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冒険者の街デギンバル編 5
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静寂。熱気。泥の匂い。そして自分の汗のアロマとおっさんの汗の匂い。
ジャングルの下草を割るように突き出た大岩の脇に転がっている私。岩に押し付けるように背後から私を抱きしめる体勢のおっさん。
敵の礫から私を守るための位置取りとはわかっているから文句は言わないが、おっさん臭いのには長時間耐えられないかもしれない。
来ると予想した攻撃はなかなか来ず、追跡者どもの動きは分からない。
息を殺し、耳を澄ませて気配を探ってみたが、自分の心音が邪魔でよくわからない。
それにしても、次の攻撃はまだなのか。どこから来るのか。来て欲しくはないけれど、来ないというのはもどかしい。蛇の生殺し。
「おっさん、状況わかるの」
「ああ。敵はパターンを変えた。日時計の針のように右側に回り込んでいる」
「マズい?」
「……足場を固めたな。こっちに狙いを定めようとしている」
「ヤバいじゃん、ヤバいじゃん!」
「ヤバいが、こっちの思う壺だ」
本当だろうか。敵が回り込んでくるのなら、こっちも射線を避けるために移動するべきでないのか。
「でもさ、おっさん」
「しっ」
おっさんが口に人差し指を当て、私の言葉を飲み込ませた。おっさんはどこか遠くを見る視線で、何かを探っているようだった。
短いのか長いのかわからない時間がじりじりと過ぎた。
「? 何?」
おっさんの異変に気づいた。私の背中に密着しているおっさんが、ビクビクっと痙攣した。一回、二回、さらに三回、四回。
すぐに察した。おっさんは今、自分のギフトを開放しているのだと。
個人差はあるが、ギフト持ちが能力を発現するとき、全身が痙攣することがある。私なんか恥ずかしいくらい派手にビックンビックンする。
おっさんのギフトの中身はよくわからない。ただ、今は敵の行動にあわせてそれを迎撃する何かだろう。
私のギフトには攻撃力がない。迎撃はおっさんに頼るしかない。
そしてそれは、突然始まった。
音?
声?
両方だった。破壊音と叫び声だ。
私の右手ジャングルの奥、およそ50メルトルか。
土煙が上がり、木々の破片が宙を舞う。
その奥から複数の人間の叫び声。
何が起こっている?
こっちに来る?
「ねえ……ねえ、おっさん!?」
私は何が起きているのかわからないことが不安で、起き上がろうとした。
すると強い力で地面に引き戻された。
「う、動くな。まだ……狙っているぞ」
湿った地面に突っ伏した。敵の射程内にいるということに違いない。
ジャングルの奥は騒ぎが嘘のように静寂に覆われていた。何が起こったのだろう? その騒動はもう終わったのだろうか?
答えを知っていそうなおっさんに問いかけようと、私が首を後ろに向けた瞬間。
空間を切り裂き、直線的に何かが飛来した。
右足太ももが燃えた。
14
思わず叫んだ。すぐに自分で口を押さえたが痛みが上回り情けない声が指の間からほとばしり出た。
「肉か? 骨か?」
そんな判別がつく余裕はなかった。泣きながらダンゴムシになって止血しようとしたが足がうまく動かなかった。
「止血する。動くな」
おっさんがもぞもぞ移動して私の下半身に回り込んだ。
「手ごたえはあった。それでも攻撃してきたのか、とんでもない奴だ」
「大丈夫! この程度の傷、自分で止血できる」
「無理だろ。この期に及んで強がりは不要だ」
ブツブツ言いながらおっさんは私の激痛の走る部分に止血バイオシートを張り付けた。
私は涙にまみれながら唾を飲み込んだ。
「じっとしていろ。賞金がかかっているからな、お前の場合、急所は外してくれるさ」
「死なない程度に穴だらけにされそう……」
「敵の腕は神技だ。お前の逃走を防ぐために足を狙った一撃だろう」
「じゃあ、次の攻撃は……」
「そうだ。俺の急所を外す理由はないからな、次は俺を仕留めに来る」
ここでおっさんに死なれたら、ジャングルに不慣れな私はそのまま賞金稼ぎに捕まるしかない。
そしてギルドに賞金を懸けた金持ちに監禁され、死ぬまでギフトを搾り取られる。
文字通り、死ぬまで。
「おっさん、私を置いて死なないでよ」
「手はすべて打った。あとは,運だ」
「私、運悪い」
「そうか。俺もだ」
私は変な笑いしか返せやしない。
でもここで私はおっさんに伝えておかなくてはいけない。
「私、大丈夫だから。この程度の傷なら、すぐに治る。だからおっさんは、おっさんの防御を優先して」
「すぐ、治る?」
一拍の間をおいてから、おっさんが呟くように言った。
「ギフトか?」
「うん」
おっさんは何かを考えていた。やがてふっと息を吐いた。
「そうか。その言葉を信じる。次の手が見えた。じっとしていろ」
静寂。熱気。泥の匂い。そして自分の汗のアロマとおっさんの汗の匂い。
ジャングルの下草を割るように突き出た大岩の脇に転がっている私。岩に押し付けるように背後から私を抱きしめる体勢のおっさん。
敵の礫から私を守るための位置取りとはわかっているから文句は言わないが、おっさん臭いのには長時間耐えられないかもしれない。
来ると予想した攻撃はなかなか来ず、追跡者どもの動きは分からない。
息を殺し、耳を澄ませて気配を探ってみたが、自分の心音が邪魔でよくわからない。
それにしても、次の攻撃はまだなのか。どこから来るのか。来て欲しくはないけれど、来ないというのはもどかしい。蛇の生殺し。
「おっさん、状況わかるの」
「ああ。敵はパターンを変えた。日時計の針のように右側に回り込んでいる」
「マズい?」
「……足場を固めたな。こっちに狙いを定めようとしている」
「ヤバいじゃん、ヤバいじゃん!」
「ヤバいが、こっちの思う壺だ」
本当だろうか。敵が回り込んでくるのなら、こっちも射線を避けるために移動するべきでないのか。
「でもさ、おっさん」
「しっ」
おっさんが口に人差し指を当て、私の言葉を飲み込ませた。おっさんはどこか遠くを見る視線で、何かを探っているようだった。
短いのか長いのかわからない時間がじりじりと過ぎた。
「? 何?」
おっさんの異変に気づいた。私の背中に密着しているおっさんが、ビクビクっと痙攣した。一回、二回、さらに三回、四回。
すぐに察した。おっさんは今、自分のギフトを開放しているのだと。
個人差はあるが、ギフト持ちが能力を発現するとき、全身が痙攣することがある。私なんか恥ずかしいくらい派手にビックンビックンする。
おっさんのギフトの中身はよくわからない。ただ、今は敵の行動にあわせてそれを迎撃する何かだろう。
私のギフトには攻撃力がない。迎撃はおっさんに頼るしかない。
そしてそれは、突然始まった。
音?
声?
両方だった。破壊音と叫び声だ。
私の右手ジャングルの奥、およそ50メルトルか。
土煙が上がり、木々の破片が宙を舞う。
その奥から複数の人間の叫び声。
何が起こっている?
こっちに来る?
「ねえ……ねえ、おっさん!?」
私は何が起きているのかわからないことが不安で、起き上がろうとした。
すると強い力で地面に引き戻された。
「う、動くな。まだ……狙っているぞ」
湿った地面に突っ伏した。敵の射程内にいるということに違いない。
ジャングルの奥は騒ぎが嘘のように静寂に覆われていた。何が起こったのだろう? その騒動はもう終わったのだろうか?
答えを知っていそうなおっさんに問いかけようと、私が首を後ろに向けた瞬間。
空間を切り裂き、直線的に何かが飛来した。
右足太ももが燃えた。
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思わず叫んだ。すぐに自分で口を押さえたが痛みが上回り情けない声が指の間からほとばしり出た。
「肉か? 骨か?」
そんな判別がつく余裕はなかった。泣きながらダンゴムシになって止血しようとしたが足がうまく動かなかった。
「止血する。動くな」
おっさんがもぞもぞ移動して私の下半身に回り込んだ。
「手ごたえはあった。それでも攻撃してきたのか、とんでもない奴だ」
「大丈夫! この程度の傷、自分で止血できる」
「無理だろ。この期に及んで強がりは不要だ」
ブツブツ言いながらおっさんは私の激痛の走る部分に止血バイオシートを張り付けた。
私は涙にまみれながら唾を飲み込んだ。
「じっとしていろ。賞金がかかっているからな、お前の場合、急所は外してくれるさ」
「死なない程度に穴だらけにされそう……」
「敵の腕は神技だ。お前の逃走を防ぐために足を狙った一撃だろう」
「じゃあ、次の攻撃は……」
「そうだ。俺の急所を外す理由はないからな、次は俺を仕留めに来る」
ここでおっさんに死なれたら、ジャングルに不慣れな私はそのまま賞金稼ぎに捕まるしかない。
そしてギルドに賞金を懸けた金持ちに監禁され、死ぬまでギフトを搾り取られる。
文字通り、死ぬまで。
「おっさん、私を置いて死なないでよ」
「手はすべて打った。あとは,運だ」
「私、運悪い」
「そうか。俺もだ」
私は変な笑いしか返せやしない。
でもここで私はおっさんに伝えておかなくてはいけない。
「私、大丈夫だから。この程度の傷なら、すぐに治る。だからおっさんは、おっさんの防御を優先して」
「すぐ、治る?」
一拍の間をおいてから、おっさんが呟くように言った。
「ギフトか?」
「うん」
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