滅霊の空を想う

ゆずぽん

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あの日

日常

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 暖かくなってきたと言うのにまだ雪が残っている。
 あれから半年が経ったが、空とは疎遠のままだ。
 学校で目があったら挨拶はされるから、嫌われているわけではないと思うけど。やっぱり振った方も気まずいのかな?
 僕が大学へ行ってしまったらもう会うこともなくなるだろう。
 お互いの道はもう交わることがないのかと思うとすごく悲しいが、これで良かったのかなとさえ思うようになってきた。

「ふぅ」

 腕で額の汗を拭い、一息ついた。
 あたりを見回すと広くなった部屋に違和感と寂しさを覚えた。
 片付けてみると気付く。この狭い部屋にこんなに物があったんたなぁと。
 そしてそれ以上に色んな思い出があったんだなと、段ボールに詰める度に思い出す。

「よし! 
あともうちょいっ!」

 気合を入れて立ち上がり、掃除のために本棚を持ち上げると、何かがハラリと落ちた。

「ん?なんだ?
 まさかゴキか!?」

 びっくりして思わず手を離した。

ガッ‼︎

 鈍い音とともに本棚は僕の足の親指をプレスした。

「ッッッッツ‼︎」

 声にならない声をあげ、僕は床を転げ回った。
 それは僕の人生の瞬間激痛ランキングをやすやすと更新していた。
 しばらく悶絶しながら走馬灯を楽しんでいたが、ふと先程落ちたものに目がいった。
 痛みを堪え起き上がりそれを拾った。

「ん?写真か?」

 それは小学生の頃の夏祭りに僕と亮と空の三人で撮った写真だった。
 不思議なもので、写真を見た途端忘れていた思い出が次々溢れてくる。

「確か。この時の亮は僕に金魚すくいで負けてむくれてたんだっけ!

 勝った方が空と結婚するみたいな勝負してたんだよなぁ。懐かしい」

 写真の亮はむすっとした顔で写っていて、空はそれを見て笑っている。
 そして僕はそんな空をじっと見つめていた。

「やばいなぁー俺、
 めっちゃ見てんじゃん」

 こんなに小さい頃から僕は空のことが好きだったんだな。
 勝負には勝ったものの、結局告白は出来きなかった。
 この時から僕はヘタレだったんだなぁ。まぁ、小学生はこんなもんなのかも。
 微笑ましく楽しい思い出だ。なのに何でだろう、僕は泣いていた。
 観賞に浸っていると、それをぶち壊すように扉がバンと開いた。

「輝ー!
 俺のパンツ紛れ込んでないか?」

 親父がノックもせずに入ってきた。
 デリカシーを神に剥奪されし男。
 すごくイラッとした。

「勝手に入ってくんなっていつも言ってんだろ親父‼︎」

 泣き顔を見られたくなくて僕は写真を段ボールに突っ込み、作業をしてるかのように装った。

「あはは! 悪い悪い!
 百合子に聞いてみる!
 ばいばーーい」

 そう言うとバタンと扉を閉めて出て行った。
 姉貴のに親父のパンツが混ざってるわけないだろ。母さんがそんなヘマする訳ない。
 心で突っ込みを入れた瞬間、姉貴の部屋から怒号と、階段を転げ落ちる音がした。

 親父よ。
 安らかに逝け。

 だが、Mr.ノンデリカシーな親父でも僕が泣いていた事は気付いてたみたいで。
 親父なりに気を遣ったのがわかる。
 いつもなら、「ゲームする?」とか「この本面白い?」とかなんだかんだ居座るのに、今回はすぐに出て行った。
 親父もなんだかんだ優しくて空気が読める。今はとてもありがたい。

 死んでないといいが。



 荷造りを終えて、一階に降りると親父が母さんに泣きついていた。
 母さんは笑顔で頭を撫でていた。
 正直息子の僕からしたら見たくはない光景だが、昔からなのでもう慣れている。
 こうして母さんは親父の手綱を握っているんだと思うと、女の人って強かだなと思う。
 僕がリビングの椅子に座るとテーブルには普段は見ない豪華な食事が用意されていた。

「百合子が来るまでちょっと待って。
 今日は家族全員で食べる最後の日だから」

 母さんはそう言うと姉貴を呼んだ。
 すると「はーい!」とすぐにドタドタと二階から降りてきた。
 姉貴はニコニコしながらリビングに入って来たが、親父を見た途端プイっとそっぽを向いて僕の前に座った。
 姉貴は母さんには従順だが、親父に対しては永遠の反抗期である。
 そして母さん、父さんと次々と席に着いた。
 僕は姉貴に目をやると何かを見つけて目をむいてプルプルしていた。
 そして親父の胸ぐらを掴み、それを指差しながら言った。

「お父さんの下着、リビングの床に落ちてんじゃん!
 マジで汚いからほんとにやめて!
 てかありえない!
 普通風呂とトイレ以外でパンツ脱ぎ捨てることなんてあんの?
 ボケ老人かよ!
 本ッッッッ当しっかりしろよ!」

 一気に捲し立てられ親父も驚いていたが、姉貴の手を振り払った。

「まず言っておくが……。
 俺のパンツはボタニカルの香りだ!
 全く汚くない!
 と言うか、お前と同じ匂いのはずだ!母さんが一緒に洗濯してるはずだからな!」

 と腰に手を当て胸を張った。
 すると、姉貴はふっと不敵な笑みを浮かべた。

「あはははは、一緒にする訳ないじゃんー?
 うちのはお母さんの洗濯物としか洗ってません!残念でしたー」

「何っ!?そうなのか母さん‼︎
 嘘だろ!嘘だと言ってくれ!」

 その問いかけに母さんは答えることは無かった。
 切ない、親父の立場とはこうなって然るべきなのか。
 てかそれって僕もダメージ受けるんですが。僕の洗濯物は親父と洗われていたのか。
 おっさんの物と一緒に洗濯されてるなんて……なんというか、うん、やだ。
 家族を見回し、味方がいないと悟った親父は論点を変えた。

「くっ……。
 と言うか親父に向かってボケ老人とはなんだ!
 ボケてはいない‼︎
 意図的に脱いだんだ!」

 苦し紛れとは言えそれはそれでやばいやつだな。
それならまだボケてた方がいいと思うぞ親父。
 それを聞いた姉貴は両手で腕を摩りながらきもいきもいきもいきもいと叫んでいた。

 ああ……親父とはいとも哀しき生き物なのか。どう言う生き方をすれば娘からこう言う扱いになるのか。
 反面教師としてしっかりと胸に刻ませてもらうよ。
 先程のダメージを引きずりながら、僕は彼の血を半分も継いでる事に恐怖を覚えた。
 親父は絶望し頭を抱え、姉貴は発狂という阿鼻叫喚な空間になってしまった。
 するとさっきまで黙っていた母さんがニコッとしながら手をパンっと叩いた。

「はぁい!
 もういいかな?
 まだやるって人いる?」

 そう言った瞬間、騒がしかった場が一瞬にして静かになった。
 冷や汗が流れる。
 息ができない。
 今母さんの目を見たら意識を保っていられない。
 みんなが悟った。今騒げばヤられる‼︎
 それを見た母さんはうんうんと頷き仕切り直した。

「では!今日は少し遅くなりましたが、輝の大学合格のお祝いと、家族揃ってとりあえず最後の夕食と言う事で!
 いーたーだーきーます!」

「「「いただきます!」」」

 みんなで合掌し食べ始めた。
 さっきまでの険悪な空気とは打って変わり、みんな楽しく会話している。
 母さんのお陰でうちの家族はまとまっている。
 本当に母はつよしを地で行っている人だ。
 しばらくすると、親父が徐に箸を置き僕のめを見て言った。

「輝聞いてくれるか?」

「どうした?改まって」

 いつもと違う親父の雰囲気に少し驚いた。
なんて言うか。真剣さを感じる。

「これは俺の想いだ。

 俺は高卒で偉そうな事は言えないが、必ず意味のある4年間にしろ」

 意味のある4年間か。不安だな。

「努力はするよ」

 適当に答えた。
 だが、親父は俺から目を離さない。

「まあなんだ。
 俺は馬鹿だから難しい事は言えんが、ただ勉強して卒業するだけじゃ大学に行く意味はないと思っている。
 大学、友達、バイト、サークル活動、これだけ色々な事をやれるのは学生時代の特権だ。
 そして長い人生の中で、短期間にこれだけのことを経験できるのもこの4年間だけだ。
 社会に出れば後は仕事と家の往復。
 家庭を作り、子供を産んで、死んでいく。
 勿論それが幸せな人もいる。
 俺もそうだ。今この瞬間間違いなく俺は幸せと断言できる」

 そう言った瞬間母さんはニコッと笑った。今度は本当に優しい笑顔で。
 そして親父は母さんをチラ見しニヤッとし続けた。

「だが、幸せとは人によって違う。
 お前にとっての幸せの形というかーー、あー、なんだー…………うん」

 親父はいい事言おうと言葉に詰まっている。
 すると見かねた母さんが口を開いた。

「あんたがこれが幸せだ。と思うものを見つけなさいって事よ」

 そう言うと母さんは僕に向かって微笑んだ。

「そうそう!
 それよそれ!
 俺が言いたかったのはそれなんだ!」

 親父は腕を組みうんうんと頷いた。
 それを見た姉貴は頬杖をつきながら、

「かっこつけないでそう言えばいいのにーっ。うちが大学行く時も同じ事言ったよねー」

 とぼそっと言った。
 バトルのゴングが鳴った。
 リビングで姉貴と親父が取っ組みあっている。
 母さんは何事もなかったかのように僕に微笑みながら言った。

「手を抜かずに楽しみなさい。
あんたがやりたいと思ったことに全力を注ぎなさい」

 手を抜かずにか……それが一番難しいんだよな。

「わかったよ。ありがとう」

 そう言うと母さんは、親父の方をチラッと見た。

「お父さんに、言ってあげて。
 一番寂しがっていたのはあの人だから」

 そう言うと母さんはゆっくり立ち上がり、リビングに、いる二人に近寄って行き、ダブルラリアットをかました。

ゴフッ

 2人が膝から崩れ落ちマットに沈んだ。今日も母さんのTKO勝ちだ。
 もうこの光景が見られないと思うと寂しい気持ちになった。
 そして母さんと親父の気持ちが素直に嬉しかった。僕は食器を片付け、自分の部屋に向かった。












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