上 下
7 / 14
始発電車を待つ間

始発電車を待つ間

しおりを挟む
 真夜中の駅。

 俺は時刻表を睨みつけていた。

「お客さん。そんな親のかたきでも見るような目で時刻表睨みつけたって、さっき降りた電車が終電ですよ」

 背後から駅員が声を掛けてくる。

「分かっている! 始発は何時か、確認しているんだ!」
「そうですか。始発は五時六分です」

 くそ! 迂闊だった。

 なんとか、終電に間に合ったのはいいが、そのまま終点まで眠り込んでしまうとは……

 会社の忘年会が終わったら、すぐに帰るべきだったんだ。内田うちだの奴が、カラオケ行こうなんて言い出すから……

 駅の外へ出ると、俺をカラオケに誘った同僚の内田がスマホを操作していた。ビジネスホテルでも探しているのか? こんな田舎にあるとは思えないが…… 

「内田君。どこかに、休める場所は見つかったか?」
「さあ? 僕に聞かれても」
「聞かれてもって……今、スマホで探しているんじゃないのか?」
「え? 僕は今ボケモンやっているのですが……」

 あのなあ……

「この辺りに、スフィンクスというレアなボケモンがいるそうなんです」
「おまえなあ……今、それどころじゃないだろう! 五時六分の始発電車が出るまで、どうやって過ごすんだ!?」
涌井わくいさん」

 内田は地図看板を指さしていた。

「この先に公園があります。そこへ行きましょう」

 公園で野宿でもしようと言うのか? この寒空の下で……いや、公園なら東屋ぐらいあるかもしれないな。

 しばらく歩いて、俺達は「金字塔公園」という公園に着いた。

「やっぱりいた。スフィンクスゲット!」

 内田が嬉しそうにスマホを見ているところを見ると、目当てのボケモンを捕まえたようだ。

「スフィンクスとやらは捕まえたのかい?」
「ええ。駅前をいくら探していないし、ふと駅前の地図を見たら、金字塔公園ってあるじゃないですか。金字塔という事は、スフィンクスはそこだなと……」
「なぜ、金字塔とスフィンクスが関係ある?」
「金字塔というのは、ピラミッドの事なのですよ」

 確かに、公園内にピラミッドのような構造物があるが……

「なんでも、ピラミッドの形が「金」という漢字の形に似ていることから、金字塔になったそうです。スフィンクスと言ったらピラミッドでしょ。ここにくればいると思って……」
「ほう。では、内田君。君はそのボケモンを手に入れるために、この公園に行こうと言ったのか?」
「そうですよ」
「なるほど。で、そのボケモンを手に入れた後、君はどうするつもりだった? この公園で野宿する気か?」
「こんなところで野宿するわけないでしょ。家に帰りますよ」
「どうやって?」
「電車に決まっているじゃないですか」
「さっき俺は、電車は五時六分までないと言ったが、聞いていたか?」
「え?」

 やはり聞いていなかったか……

「どうしてこんな事に?」
「おまえがカラオケ行こうなんて言い出すからだろ! しかも終電ぎりぎりまで粘りやがって!」
「終電に間に合ったからいいじゃないですか。その後、涌井さんが居眠りするからいけないんでしょ」
「おまえだって居眠りしていただろう!」
「僕は涌井さんが起こしてくれると思っていたから、安心して居眠りしていたんですよ。人の信頼裏切らないで下さいよ」 
「勝手に信頼されても迷惑なんだよ!」
「まあまあ、落ち着きましょう。ここは現実的に対策を考えないと……」

 内田は周囲を見回す。

「涌井さん。あそこへ行きましょう」
「なんだ? またレアボケモンでも見つけたか?」
「嫌だな。こんな状況でボケモンなんかするわけないじゃないですか」

 さっき、思い切りやっていただろうが……

「それより、あそこに明かりが見えるでしょ。あれファミレスじゃないかな?」
 
 内田の指差す先に確かに明かりがあった。
 近づいてみると、案の定ファミレスだ。
 
「まだやっているかな?」 
「駐車場にトラックが一杯止まっています。まだやってそうですね」 

 ファミレス店内に入ると、トラック運転手達とおぼしき人達が何人も仮眠を取っていた。

 よかった。二十四時間営業だ。これなら始発まで過ごせそうだな。
 しかし、金はあったかな?
 財布を開くと、野口英世が三枚ある。
 これなら大丈夫か。
 
 程なくして、女店員に席へ案内された。
 隣のテーブルでは、中年の男が一人で水割りを飲んでいる。

 こいつもトラック運転手かな? いいのかな? 飲んじゃって……
 
「店員さん。水割り一つ」

 俺達がメニューを見ていると、隣の男が女店員に呼びかけた。
 だが、店員は愛想もなにもない顔で男をギロっと睨む。
 
「駄目です」 
「なんだよ。それが客に対する態度か」 
「あなた。明日、早くから運転があるんでしょ」 
「亭主が嫌な思いして帰って来たんだ。飲ましてくれたっていいだろ」 
「この一杯で帰るって約束でしょ。ウーロン茶出すから、それ飲んで帰って」 

 どうやら、あの二人夫婦のようだ。

 店員は俺達の方へ向き直った。 

「失礼しました。オーダーはお決まりですか?」 
「緑茶ハイ二つにつまみセットを」 

 店員が去った後、隣の男が俺達に話しかけてきた。

「なあ、兄ちゃん達。あいつに内緒で少し酒を分けてくれないか」 
「駄目ですよ。明日、トラック運転するんでしょ」 
「トラックなんか運転しねえよ。頼む。一杯だけでいいんだ」 
「しょうがないなあ」 

 暫くして店員が酒とつまみを運んでくる。 
 店員が戻っていったのを見計らい、俺は男のコップに緑茶ハイを分けた。 

「何か嫌な事でもあったのですか?」 
「ああ。ほんの少し。たった五メートルずれただけなんだ」 

 五メートル? なにが?
 
「それだけの事なのに、あの野郎、ネチネチと嫌み言いやがって」

 仕事で失敗して、上司に嫌みを言われたようだな。
 
「涌井さん。この人、何を言っているのでしょう?」 
「酔っ払いの言っている事なんか分かるか」   
   



 始発電車の出る時間になって、俺達は駅に戻った。 

「涌井さん。あの人、一杯だけとか言いながらそうとう呑んでいましたね」
 
 内田がスマホでニュースを見ている。
 
「後になって、国道でトラックが横転なんてならなきゃいいけど。そうなると、飲ました僕らの責任になるんですかね?」 
「大丈夫だよ。誰が飲ませたかなんて分かるもんか」 
「涌井さん。ばっくれるんですか?」 
「じゃあ、おまえ名乗り出るのか。私が飲ませましたって」 
「それは……昨夜は、何も無かったということで」 
「それでいいんだよ」

 事故が起きたとしても、飲んだあの男の自己責任。飲ませた俺達には関係ない。誰かが事故に巻き込まれるかもしれないが、運が悪かったと思って諦めてくれ。

 俺は何も悪くないんだ。内田は……こいつは、ちょっと悪いが……悪くない。

 悪いのは、運転があるのに酒なんか飲む、意志薄弱なあの男だよ。 

 始発電車が入ってきた。電車は停止位置を十メートルほど通り越して停止する。 

 随分ずれたな。
 
 電車は十メートル戻って扉を開いた。俺達は先頭車両に乗り込み席に着いた。その時…… 
 
「涌井さん。あれを……」 
「ん?」 

 内田は運転席を指さしていた。運転席がどうしたのだ? あれ? あの運転手って……さっき、ファミレスで酒を飲んでいた……
 
「涌井さん。あの人、トラックの運転手じゃなくて……」

 電車の運転手だったのか!?
 
「いかん! 逃げるんだ!」
 
 俺達は慌てて出口へ向かうが、寸前で扉が閉まってしまう。

「発車します」 
  
 車掌のアナウンスが流れて、電車は動き出した。 

「開けろ! 降ろしてくれ!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

庭木を切った隣人が刑事訴訟を恐れて小学生の娘を謝罪に来させたアホな実話

フルーツパフェ
大衆娯楽
祝!! 慰謝料30万円獲得記念の知人の体験談! 隣人宅の植木を許可なく切ることは紛れもない犯罪です。 30万円以下の罰金・過料、もしくは3年以下の懲役に処される可能性があります。 そうとは知らずに短気を起こして家の庭木を切った隣人(40代職業不詳・男)。 刑事訴訟になることを恐れた彼が取った行動は、まだ小学生の娘達を謝りに行かせることだった!? 子供ならば許してくれるとでも思ったのか。 「ごめんなさい、お尻ぺんぺんで許してくれますか?」 大人達の事情も知らず、健気に罪滅ぼしをしようとする少女を、あなたは許せるだろうか。 余りに情けない親子の末路を描く実話。 ※一部、演出を含んでいます。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

我慢できないっ

滴石雫
大衆娯楽
我慢できないショートなお話

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

意味がわかるとえろい話

山本みんみ
ホラー
意味が分かれば下ネタに感じるかもしれない話です(意味深)

雌犬、女子高生になる

フルーツパフェ
大衆娯楽
最近は犬が人間になるアニメが流行りの様子。 流行に乗って元は犬だった女子高生美少女達の日常を描く

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

処理中です...