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始発電車を待つ間
始発電車を待つ間
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真夜中の駅。
俺は時刻表を睨みつけていた。
「お客さん。そんな親の敵でも見るような目で時刻表睨みつけたって、さっき降りた電車が終電ですよ」
背後から駅員が声を掛けてくる。
「分かっている! 始発は何時か、確認しているんだ!」
「そうですか。始発は五時六分です」
くそ! 迂闊だった。
なんとか、終電に間に合ったのはいいが、そのまま終点まで眠り込んでしまうとは……
会社の忘年会が終わったら、すぐに帰るべきだったんだ。内田の奴が、カラオケ行こうなんて言い出すから……
駅の外へ出ると、俺をカラオケに誘った同僚の内田がスマホを操作していた。ビジネスホテルでも探しているのか? こんな田舎にあるとは思えないが……
「内田君。どこかに、休める場所は見つかったか?」
「さあ? 僕に聞かれても」
「聞かれてもって……今、スマホで探しているんじゃないのか?」
「え? 僕は今ボケモンやっているのですが……」
あのなあ……
「この辺りに、スフィンクスというレアなボケモンがいるそうなんです」
「おまえなあ……今、それどころじゃないだろう! 五時六分の始発電車が出るまで、どうやって過ごすんだ!?」
「涌井さん」
内田は地図看板を指さしていた。
「この先に公園があります。そこへ行きましょう」
公園で野宿でもしようと言うのか? この寒空の下で……いや、公園なら東屋ぐらいあるかもしれないな。
しばらく歩いて、俺達は「金字塔公園」という公園に着いた。
「やっぱりいた。スフィンクスゲット!」
内田が嬉しそうにスマホを見ているところを見ると、目当てのボケモンを捕まえたようだ。
「スフィンクスとやらは捕まえたのかい?」
「ええ。駅前をいくら探していないし、ふと駅前の地図を見たら、金字塔公園ってあるじゃないですか。金字塔という事は、スフィンクスはそこだなと……」
「なぜ、金字塔とスフィンクスが関係ある?」
「金字塔というのは、ピラミッドの事なのですよ」
確かに、公園内にピラミッドのような構造物があるが……
「なんでも、ピラミッドの形が「金」という漢字の形に似ていることから、金字塔になったそうです。スフィンクスと言ったらピラミッドでしょ。ここにくればいると思って……」
「ほう。では、内田君。君はそのボケモンを手に入れるために、この公園に行こうと言ったのか?」
「そうですよ」
「なるほど。で、そのボケモンを手に入れた後、君はどうするつもりだった? この公園で野宿する気か?」
「こんなところで野宿するわけないでしょ。家に帰りますよ」
「どうやって?」
「電車に決まっているじゃないですか」
「さっき俺は、電車は五時六分までないと言ったが、聞いていたか?」
「え?」
やはり聞いていなかったか……
「どうしてこんな事に?」
「おまえがカラオケ行こうなんて言い出すからだろ! しかも終電ぎりぎりまで粘りやがって!」
「終電に間に合ったからいいじゃないですか。その後、涌井さんが居眠りするからいけないんでしょ」
「おまえだって居眠りしていただろう!」
「僕は涌井さんが起こしてくれると思っていたから、安心して居眠りしていたんですよ。人の信頼裏切らないで下さいよ」
「勝手に信頼されても迷惑なんだよ!」
「まあまあ、落ち着きましょう。ここは現実的に対策を考えないと……」
内田は周囲を見回す。
「涌井さん。あそこへ行きましょう」
「なんだ? またレアボケモンでも見つけたか?」
「嫌だな。こんな状況でボケモンなんかするわけないじゃないですか」
さっき、思い切りやっていただろうが……
「それより、あそこに明かりが見えるでしょ。あれファミレスじゃないかな?」
内田の指差す先に確かに明かりがあった。
近づいてみると、案の定ファミレスだ。
「まだやっているかな?」
「駐車場にトラックが一杯止まっています。まだやってそうですね」
ファミレス店内に入ると、トラック運転手達とおぼしき人達が何人も仮眠を取っていた。
よかった。二十四時間営業だ。これなら始発まで過ごせそうだな。
しかし、金はあったかな?
財布を開くと、野口英世が三枚ある。
これなら大丈夫か。
程なくして、女店員に席へ案内された。
隣のテーブルでは、中年の男が一人で水割りを飲んでいる。
こいつもトラック運転手かな? いいのかな? 飲んじゃって……
「店員さん。水割り一つ」
俺達がメニューを見ていると、隣の男が女店員に呼びかけた。
だが、店員は愛想もなにもない顔で男をギロっと睨む。
「駄目です」
「なんだよ。それが客に対する態度か」
「あなた。明日、早くから運転があるんでしょ」
「亭主が嫌な思いして帰って来たんだ。飲ましてくれたっていいだろ」
「この一杯で帰るって約束でしょ。ウーロン茶出すから、それ飲んで帰って」
どうやら、あの二人夫婦のようだ。
店員は俺達の方へ向き直った。
「失礼しました。オーダーはお決まりですか?」
「緑茶ハイ二つにつまみセットを」
店員が去った後、隣の男が俺達に話しかけてきた。
「なあ、兄ちゃん達。あいつに内緒で少し酒を分けてくれないか」
「駄目ですよ。明日、トラック運転するんでしょ」
「トラックなんか運転しねえよ。頼む。一杯だけでいいんだ」
「しょうがないなあ」
暫くして店員が酒とつまみを運んでくる。
店員が戻っていったのを見計らい、俺は男のコップに緑茶ハイを分けた。
「何か嫌な事でもあったのですか?」
「ああ。ほんの少し。たった五メートルずれただけなんだ」
五メートル? なにが?
「それだけの事なのに、あの野郎、ネチネチと嫌み言いやがって」
仕事で失敗して、上司に嫌みを言われたようだな。
「涌井さん。この人、何を言っているのでしょう?」
「酔っ払いの言っている事なんか分かるか」
始発電車の出る時間になって、俺達は駅に戻った。
「涌井さん。あの人、一杯だけとか言いながらそうとう呑んでいましたね」
内田がスマホでニュースを見ている。
「後になって、国道でトラックが横転なんてならなきゃいいけど。そうなると、飲ました僕らの責任になるんですかね?」
「大丈夫だよ。誰が飲ませたかなんて分かるもんか」
「涌井さん。ばっくれるんですか?」
「じゃあ、おまえ名乗り出るのか。私が飲ませましたって」
「それは……昨夜は、何も無かったということで」
「それでいいんだよ」
事故が起きたとしても、飲んだあの男の自己責任。飲ませた俺達には関係ない。誰かが事故に巻き込まれるかもしれないが、運が悪かったと思って諦めてくれ。
俺は何も悪くないんだ。内田は……こいつは、ちょっと悪いが……悪くない。
悪いのは、運転があるのに酒なんか飲む、意志薄弱なあの男だよ。
始発電車が入ってきた。電車は停止位置を十メートルほど通り越して停止する。
随分ずれたな。
電車は十メートル戻って扉を開いた。俺達は先頭車両に乗り込み席に着いた。その時……
「涌井さん。あれを……」
「ん?」
内田は運転席を指さしていた。運転席がどうしたのだ? あれ? あの運転手って……さっき、ファミレスで酒を飲んでいた……
「涌井さん。あの人、トラックの運転手じゃなくて……」
電車の運転手だったのか!?
「いかん! 逃げるんだ!」
俺達は慌てて出口へ向かうが、寸前で扉が閉まってしまう。
「発車します」
車掌のアナウンスが流れて、電車は動き出した。
「開けろ! 降ろしてくれ!」
俺は時刻表を睨みつけていた。
「お客さん。そんな親の敵でも見るような目で時刻表睨みつけたって、さっき降りた電車が終電ですよ」
背後から駅員が声を掛けてくる。
「分かっている! 始発は何時か、確認しているんだ!」
「そうですか。始発は五時六分です」
くそ! 迂闊だった。
なんとか、終電に間に合ったのはいいが、そのまま終点まで眠り込んでしまうとは……
会社の忘年会が終わったら、すぐに帰るべきだったんだ。内田の奴が、カラオケ行こうなんて言い出すから……
駅の外へ出ると、俺をカラオケに誘った同僚の内田がスマホを操作していた。ビジネスホテルでも探しているのか? こんな田舎にあるとは思えないが……
「内田君。どこかに、休める場所は見つかったか?」
「さあ? 僕に聞かれても」
「聞かれてもって……今、スマホで探しているんじゃないのか?」
「え? 僕は今ボケモンやっているのですが……」
あのなあ……
「この辺りに、スフィンクスというレアなボケモンがいるそうなんです」
「おまえなあ……今、それどころじゃないだろう! 五時六分の始発電車が出るまで、どうやって過ごすんだ!?」
「涌井さん」
内田は地図看板を指さしていた。
「この先に公園があります。そこへ行きましょう」
公園で野宿でもしようと言うのか? この寒空の下で……いや、公園なら東屋ぐらいあるかもしれないな。
しばらく歩いて、俺達は「金字塔公園」という公園に着いた。
「やっぱりいた。スフィンクスゲット!」
内田が嬉しそうにスマホを見ているところを見ると、目当てのボケモンを捕まえたようだ。
「スフィンクスとやらは捕まえたのかい?」
「ええ。駅前をいくら探していないし、ふと駅前の地図を見たら、金字塔公園ってあるじゃないですか。金字塔という事は、スフィンクスはそこだなと……」
「なぜ、金字塔とスフィンクスが関係ある?」
「金字塔というのは、ピラミッドの事なのですよ」
確かに、公園内にピラミッドのような構造物があるが……
「なんでも、ピラミッドの形が「金」という漢字の形に似ていることから、金字塔になったそうです。スフィンクスと言ったらピラミッドでしょ。ここにくればいると思って……」
「ほう。では、内田君。君はそのボケモンを手に入れるために、この公園に行こうと言ったのか?」
「そうですよ」
「なるほど。で、そのボケモンを手に入れた後、君はどうするつもりだった? この公園で野宿する気か?」
「こんなところで野宿するわけないでしょ。家に帰りますよ」
「どうやって?」
「電車に決まっているじゃないですか」
「さっき俺は、電車は五時六分までないと言ったが、聞いていたか?」
「え?」
やはり聞いていなかったか……
「どうしてこんな事に?」
「おまえがカラオケ行こうなんて言い出すからだろ! しかも終電ぎりぎりまで粘りやがって!」
「終電に間に合ったからいいじゃないですか。その後、涌井さんが居眠りするからいけないんでしょ」
「おまえだって居眠りしていただろう!」
「僕は涌井さんが起こしてくれると思っていたから、安心して居眠りしていたんですよ。人の信頼裏切らないで下さいよ」
「勝手に信頼されても迷惑なんだよ!」
「まあまあ、落ち着きましょう。ここは現実的に対策を考えないと……」
内田は周囲を見回す。
「涌井さん。あそこへ行きましょう」
「なんだ? またレアボケモンでも見つけたか?」
「嫌だな。こんな状況でボケモンなんかするわけないじゃないですか」
さっき、思い切りやっていただろうが……
「それより、あそこに明かりが見えるでしょ。あれファミレスじゃないかな?」
内田の指差す先に確かに明かりがあった。
近づいてみると、案の定ファミレスだ。
「まだやっているかな?」
「駐車場にトラックが一杯止まっています。まだやってそうですね」
ファミレス店内に入ると、トラック運転手達とおぼしき人達が何人も仮眠を取っていた。
よかった。二十四時間営業だ。これなら始発まで過ごせそうだな。
しかし、金はあったかな?
財布を開くと、野口英世が三枚ある。
これなら大丈夫か。
程なくして、女店員に席へ案内された。
隣のテーブルでは、中年の男が一人で水割りを飲んでいる。
こいつもトラック運転手かな? いいのかな? 飲んじゃって……
「店員さん。水割り一つ」
俺達がメニューを見ていると、隣の男が女店員に呼びかけた。
だが、店員は愛想もなにもない顔で男をギロっと睨む。
「駄目です」
「なんだよ。それが客に対する態度か」
「あなた。明日、早くから運転があるんでしょ」
「亭主が嫌な思いして帰って来たんだ。飲ましてくれたっていいだろ」
「この一杯で帰るって約束でしょ。ウーロン茶出すから、それ飲んで帰って」
どうやら、あの二人夫婦のようだ。
店員は俺達の方へ向き直った。
「失礼しました。オーダーはお決まりですか?」
「緑茶ハイ二つにつまみセットを」
店員が去った後、隣の男が俺達に話しかけてきた。
「なあ、兄ちゃん達。あいつに内緒で少し酒を分けてくれないか」
「駄目ですよ。明日、トラック運転するんでしょ」
「トラックなんか運転しねえよ。頼む。一杯だけでいいんだ」
「しょうがないなあ」
暫くして店員が酒とつまみを運んでくる。
店員が戻っていったのを見計らい、俺は男のコップに緑茶ハイを分けた。
「何か嫌な事でもあったのですか?」
「ああ。ほんの少し。たった五メートルずれただけなんだ」
五メートル? なにが?
「それだけの事なのに、あの野郎、ネチネチと嫌み言いやがって」
仕事で失敗して、上司に嫌みを言われたようだな。
「涌井さん。この人、何を言っているのでしょう?」
「酔っ払いの言っている事なんか分かるか」
始発電車の出る時間になって、俺達は駅に戻った。
「涌井さん。あの人、一杯だけとか言いながらそうとう呑んでいましたね」
内田がスマホでニュースを見ている。
「後になって、国道でトラックが横転なんてならなきゃいいけど。そうなると、飲ました僕らの責任になるんですかね?」
「大丈夫だよ。誰が飲ませたかなんて分かるもんか」
「涌井さん。ばっくれるんですか?」
「じゃあ、おまえ名乗り出るのか。私が飲ませましたって」
「それは……昨夜は、何も無かったということで」
「それでいいんだよ」
事故が起きたとしても、飲んだあの男の自己責任。飲ませた俺達には関係ない。誰かが事故に巻き込まれるかもしれないが、運が悪かったと思って諦めてくれ。
俺は何も悪くないんだ。内田は……こいつは、ちょっと悪いが……悪くない。
悪いのは、運転があるのに酒なんか飲む、意志薄弱なあの男だよ。
始発電車が入ってきた。電車は停止位置を十メートルほど通り越して停止する。
随分ずれたな。
電車は十メートル戻って扉を開いた。俺達は先頭車両に乗り込み席に着いた。その時……
「涌井さん。あれを……」
「ん?」
内田は運転席を指さしていた。運転席がどうしたのだ? あれ? あの運転手って……さっき、ファミレスで酒を飲んでいた……
「涌井さん。あの人、トラックの運転手じゃなくて……」
電車の運転手だったのか!?
「いかん! 逃げるんだ!」
俺達は慌てて出口へ向かうが、寸前で扉が閉まってしまう。
「発車します」
車掌のアナウンスが流れて、電車は動き出した。
「開けろ! 降ろしてくれ!」
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