怪盗ミルフィーユ

津嶋朋靖(つしまともやす)

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森の主

帰ってきなさい

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 森は完全に消失し、砂漠に戻った。
 そこかしこにスライム状の疑似物質が残っているが、それも後数日で消え去るだろう。そんな中に、未だに蠢いている物があった。それは少年の姿をしている。

「どこへいくの?」

 岩山の影で少年は呼び止められた。
 振り返ると、〈天使の像〉を持ったレイピアが立っている。

「僕を封印に来たか?」

 王女は黙って頷いた。

「サッサとやれよ。もう僕には、なんの力も無い。この姿を保つのがやっとだ」
「竹ノ内魅瑠が、CFC船を発掘したわ。中にあったサルベージ機材も無事よ」
「……」
「もうすぐ、あなたは人間に戻れるわ」
「……やめてくれ……そんな、余計な事は、やめてくれぇ!」
「なぜ? そんなに神になりたいの?」
「おまえに何が分かる! ワープ実験で肉体を失い、生とも死ともつかない状態で漂っていた僕の気持ちが、おまえなんかに分かるものか!! 神に成りたかった分けじゃない。成るしかなかったんだ。人に戻った後に、待ち受ける悲しみに耐えるぐらいなら」
 台詞の後半は涙声になっていた。
「助けるなら、もっと早くしてくれれば良かったんだ! 今更、こんな時代で生き返ってどうする!? 両親も、兄弟も友達も、みんな死に絶えたこんな時代に生き返って、どうやって生きていけと言うのだ? それに、サルベージしたって、みんなが助かる分けじゃない。特に僕の時代に肉体を失った者逹は、ほとんどマナと同化してしまったために、サルベージしたとたんに死んでしまうんだ。生き返る事ができるのは、マナの中核にいた僕と、ここ数百年の間にマナに取りこまれた者だけ。あいつらを犠牲にして、僕だけ生き返れって言うのか? レイピア王女。お願いだからサルベージはやめてくれ。そうしたら、また昔の様にワープトンネルの管理をやってやるよ」

 レイピアは、黙って首を横に振った。

「なぜ?」
「あなたに取り込まれた人達の中には、帰りを待つ肉親を持つ者がいるのよ」
「だったら、そいつらだけサルベージすりゃいいだろう!!」
「それができない事は、あなたが一番良く知ってるんじゃなくて。サルベージするときは、すべて一緒になってしまう。だからこそ、あなたは〈ト・ポロ〉を襲ったのでしょ?」
「なんで……なんで、あんたがこんな事に関わる? あんたには関係の無い事だろう」
「私も、肉親の帰りを待つ一人よ」
「え?」
「私は地球人との混血なの。私の母は四十五年前から、私の祖父大谷邦夫の帰りを待っている」
「そうか。あんたあいつの孫だったのか」

 レイピアは頷いた。

「分かった。やれよサルベージ。どうせ僕には止められないんだ。だけど、一つだけ願いを聞いてくれ」
「なあに?」
「サルベージされて出てきた人間の中に、僕と同じ姿の奴がいたら、殺してほしい」

 パシッ!
 乾いた音が鳴り響いた。少年の頬にレイピアの手形が残っている。

「死んでもいい命なんて、この世にないのよ」
「なんだよ!? いいじゃないか!! 大谷の奴はあんたが待っているからいいけど、僕の帰りを待ってる奴なんて、いやしないんだ!! どうせ僕を待っている奴なんて……?」

 泣きじゃくる少年を、レイピアは抱き締めた。

「私が待ってて上げる。だから……帰ってきなさい……それまでは、この中で……」

 少年の姿は〈天使の像〉に吸い込まれて消えた。
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