怪盗ミルフィーユ

津嶋朋靖(つしまともやす)

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森の主

クラウドバスター〈ショコラ〉

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 突然、周囲が爆炎に包まれた。
 同時にシールドに掛かっていた圧力が消える。
 上空を見上げると、レイピア王女の飛行船が浮かんでいた。
 なんで?
「何者だ?」

 巨人は問い掛けた。

「私はエル・ドラドの王女レイピア」
「エル・ドラドの王女が何の用だ?」
「決まっている。イタズラ精霊を封じ込めに来た」
「ふん! やれるものなら、やってみろ! 今の僕は昔の様にはいかないぞ」

 巨人は飛行船に襲いかかる。飛行船の下部からバルカン砲が火を吹いた。弾丸を浴びた巨人は瞬く間に消えていく。

 どうやら、これもバイオンを吸収する、何らかのEMを弾頭に使っているのだろう。
 竜が飛行船に近付いた。
 いけない! このままじゃ攻撃されちゃう。
 だが、そうはならなかった。

「レイピア君。元気だったかね?」

 竜の上から、教授がフレンドリーに声を掛けた。
 どういう事?

「先生。ご無沙汰しておりました」
「ヤッホー! 先生、うちも元気やでえ!!」

 聞き覚えのある脳天気な声が、森の上空を響き渡る。

「おお! 竹ノ内君、君はいつも元気だね」
「元気が取り柄」

 それってアホってことじゃないの?

「とりあえず、うちらは従姉妹逹と合流しますよって」
「うむ。頑張りたまえ」

  ジェットパックを背負った人影が数体、飛行船を離れた。

「ああ!!」

 唐突に、タルトが素頓狂な声をあげる。

「思い出した! レイピア王女って、どっかで会ったような気がすると思っていたら、あの人、親父の教え子の一人だ」
「え? そうなの。でも、ミルとは時期が違っていたんじゃ……」
「とんでもない! あの二人が、仲良く家へレポート提出に来たのを、僕は何度も目撃している。明らかに友達だ。あの二人」
「じゃあ、あたし達、かつがれてたのぉ!?」

 ジェットパックを背負ったミルが地面に降りたった。

「やっほー! ショコラにタルト。元気にしとったかあ!」

 ミルの脳天気な声が、今ほどあたしの脳細胞を逆撫でした事はなかった。

「ミルゥゥー」
「な……なんや……二人とも怖い顔して………あ!」

 ミルはササッとレイピア王女の後に隠れた。

「うちは、レイちゃんの人質なんや。はよ。助けに来てんか」

 わざとらしい。

「ばれてるよ。竹ノ内」

 レイピア王女は冷たく言い放つ。

「やっぱし。ははは!」
「『ははは!』じゃないわよ!!」
「説明して下さい!」
 
 あたし達はミルに詰め寄った。

「いや……二人を騙した事は、悪いと思っとる。だから……堪忍や」

 ミルは突然、土下座して謝った。
 
「わー! ミルさん!! やめて下さい。そこまでしなくていいです。僕はミルさんさえ無事だったらそれで……」

 タルトは慌ててミルを引き起こした。

「ほな、許してくれるか?」
「許します! 許しますから。頭上げて下さい」 
「ほな、頭上げたるから、あっちも説得してんか」

 と言って、あたしの方を指差す。

 てめえでやれよ!

「なあ、ショコラ」
 
 タルトもタルトよ。
 いくら惚れてる女だからって、言いなりにならないでよね。

「いや! 絶対許さない。頭下げたって、土下座したって、五体投地礼したって許せない」
「許さなくてもいい。ただ、怒るのは、あれを何とかしてからにしようよ」

 顔を上げたあたしの目に『あれ』が映る。
 何体もの巨人がのしのしと歩く姿が。
 竜が火を吹き、飛行船がEM弾頭を発射して巨人を倒していくが、倒す側から再び巨人が復活する。切りがない。

「ミル。このままじゃジリ貧だよ」
「心配ないて。もうすぐモンブランが秘密兵器を持ってきてくれる」

 ミルがそう言った直後、ドーン! という音が響き、やがて火の玉が現れた。大気圏突入カプセルだ!
 やがて、十分に減速したところでカプセルはパラシュートを開いた。地表に降りると同時にカプセルはカパッと二つに割れ、中から妙な物体が現れる。
 不格好な対空砲のような物体……いや、対空砲というよりも、ただ鉄パイプを並べただけの装置みたいだけど……

「なんのつもりだ!? そんな不細工な大砲で、僕をどうにかできると思っているのか?」

 巨人が叫んだ。

「あいにくと、大砲ではないんや。先生!! 退避して下さい」
「待つんだ。竹ノ内君」

  竜が降下してきた。

「キャサリン君! 死にたくなければ一緒に来るんだ」

 呆気に取られるキャサリンを竜に乗せると、教授は飛び立った。
 しばらくして。

『竹ノ内君。もういいぞ。やってくれ』携帯で教授が言ってきた。
「おおっし! モンブラン! クラウド・バスター作動や!!」
 
 クラウド・バスターだって!?

『ラジャー!』

 携帯から返事が来た直後、突然、巨人達が苦しみ始めた。体中が色を失ったと思うと白い灰となって消えてしまう。
 巨人だけじゃない。森の木々も急速に消えていき中心部の岩山がむき出しになった。
 岩山だけは、普通の物質でできているから変化がないんだ。

「な……なんだこれは?」

 くぐもったマナの声が響いた。かなり苦しそうだ。
 すでに森の八割近くが消えてしまい、もはや巨人を作る力はないみたいね。

「きさま! いったい何をした!?」
「これはな、今から二百年前にウィルヘルム・ライヒが開発した対タルポイド兵器、クラウド・バスターや!!」
「何が、対タルポイド兵器よ。ライヒは元々気象制御のために作ったのよ」

 大威張りで言うミルの横から、レイピア王女がボソッと突っ込みを入れた。

「ええやないの。実際にライヒは、これでUFOやっつけたんやで」

 クラウド・バスターって、この前ウィルヘルム・ライヒの資料を調べた時に見たっけ。確か鉄パイプとケーブルを組み合わせた簡単な装置で、大気中のオルゴンを吸収し水中へ逃がす装置だとか。
 ライヒは、これで雲を消したり出したりしたので『クラウド 破壊器バスター』と名付けた。
 そして、ある夜、当時のアメリカを騒がしていたタルポイド=UFOにこれを向けたところ、たちまちのうちにUFOは光を失ったというが……

「ば……ばかな。確かに二百年前にそいつにやられたが」

 あ! こいつだったんだ。その時のUFO。

「こんな威力はなかっはずだ」

 そうか。二百年前に衰弱して帰ってきたのは、そういう事情があったんだ。

「二百年分の技術革新て奴や。鉄パイプにはEMをコーティングし、細部にはアヌンナキの技術を取り入れてある。吸引力は当時の二万倍や!! 恐れ入ったか!」
「なに、威張っているのよ。あれは先生が設計したものを、〈エル・ドラド〉の科学省で製造したのよ」
「冷たいなあ、レイちゃん。うちら親友やないか」
「悪友よ」
「なに言うてまんねん。学生時代はレポート提出のために一緒にドロ……」
「遠慮することないわ! あなたと私の仲じゃないの」

 なんか、この二人、ヨコシマな秘密を共有しているわね。

「なめるなよ! 人間ども。確かに装置は強化されているが、ここには地球ほど大量の水はない。中央水路の水など、ものの数十分で飽和状態にしてくれる」
「その前に、ワープ機関を停止させてジ・エンドやな」
「こんな短時間で、見付けられるものか」
「アホやな、もうとっくに見付かっとるわ」
 
 え?

「なんのために大袈裟な演技をして、タルトとショコラを先に行かせたと思う? この二人の心を読んで、こっちにタルポイド対策がないと判断したあんたは、油断してこの二人を野放しにしとったやろう。その間に二人が捜しだしたはずや」

 おい! ちょっとまて……

「ほう。で、どこにあったんだい?」

 マナが皮肉を込めて言った事に、ミルは気が付いてない。

「それはな……どこにあるんや? ショコラ」
「知らない」

 あたしは冷たく言い放った。
 
「……へ……あんたら、まだ見つけてへんのか?」
「うん」
「と、いうか基礎衛星の中には、そんな物なかったんですよ」
「あんたら………………………」

 ミルはしばらく硬直した後、無言であたしとタルトにジェットパックを差し出した。
 あたし達が装着したのを確認すると、マナの方を向き直り。

「マナはん。うちら急用ができましたんで、また今度お邪魔させていただきます。ほな、さいなら」
「またんかぁい!!」

 わずかに残っていた森が変化し、巨大な蔦となって、空中に飛び立ったあたし達に襲いかかる。
 だめだ、飛行船に近付けない。しかたなく、あたし達はクラウド・バスターの吸引口まで退避した。
 ここまでは、蔦も近付けないが、中央水路の水が飽和状態になればここも危ない。
 せめて、もっとたくさん水があれば……
 近くの衛星〈カリスト〉〈ガニメド〉〈エウロパ〉にはたくさんあるのに……岩山の中にあるイオの水を利用できないかな?
 だめよね。
 そんなものじゃ、それこそ焼け石に……水……?
 あたしは、ジッと岩山を見つめた。
 あれって、火山性の岩よね……もしかして……
 あたしは携帯を操作し〈ネフェリット〉のコンピューターにメールで指示を与えた。

「みんな。三分後に〈ネフェリット〉から援護射撃が来るわ。その隙に逃げるのよ」
「それしかないな」

  三分後。あたし達が飛び立った直後に、天空から光の槍が降ってきた。狙いは……

「やめロオォォォ!」

 マナは絶叫すると、ありったけの蔦を伸ばしターゲットをかばう。
 やっぱり、そうか!
 あたしはミル達からはぐれ、一路岩山を目指した。
 背後から制止の声が聞こえるが、構っていられない。
 今、躊躇したらマナに気付かれる。

「どこ行くの? ショコラ」
 
 ディパックの中から、モルが問い掛ける。

「分かったのよ。CFC船の在処が。あの岩山よ」
「だって、あの岩山には穴を掘った跡は無かったんだろう」
「そうよ。岩山に穴を掘って、船を埋めたんじゃないわ。船は、最初から岩山の中にあったのよ」

 そう、あたし達は根本的な勘違いをしていた。
 五十年前、CFC船は基礎衛星に漂着したと考えていたが、本当はそこではなかった。船は五十年前にあって現在はないもの、衛星〈イオ〉に不時着したのだ。
 衛星〈イオ〉は火山で有名な星。
 おそらく船は、すぐに溶岩に飲み込まれてしまったのだろう。

「あの岩山の中心部には、小さな空洞あると言ってたわ。それって、きっと船のキャビンよ。溶岩に飲み込まれたのなら、船体自体は岩と密着してしまうから、レーダーでは分からないはずだわ」

 そして、月日が経ち、軌道リング建設のために〈イオ〉は砕かれた。
 岩塊の一つの中に船がある事に誰も気付かないまま、軌道リングに張り付けられたのだ。それがあの岩山だ。

「あたしも、確信はできなかったわ。だから、〈ネフェリット〉に、あの岩山を攻撃させたの。そしたら、マナは岩山をかばったわ。あそこにマナにとって大事な物がある証拠よ」

 岩山まで、あと二百メートル。
 マナはあたしに気が付いていない。
 スイッチを押す。
 反応無し。早すぎたか。
 さらに、二百メートル進んでスイッチを押す。
 何も起きない。
 あたしの早とちりだったのか?
 不安が込み上げてきた。

「そこで、何をしているうぅぅ!」

 ヤバい! マナに気付かれた。
 無数の蔦が、あたしの方に伸びてくる。
 あたしは、ジェットパックを全開にした。
 しかし蔦の伸びるスピードの方が速い。
 早くも親指ほどの蔦があたしの足首に触れてきた。
 一か八かスイッチオン。
 三度目の正直!?
 変化無し。
 岩山の中央で、ついに追いつかれた。
 両手両足を蔦に絡め取られる。
 気持ち悪い。
 再びスイッチオン。

「ぐぎゃアァァァ!!」

 マナが咆哮を上げた。
 振り向くと蔦がボロボロと崩れ、白い灰となっていく。

 やった! 大成功!!

「ミル。ワープ機関は停止したわ。クラウド・バスターを止めて。このままじゃ教授達が近付けない」
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