怪盗ミルフィーユ

津嶋朋靖(つしまともやす)

文字の大きさ
上 下
52 / 60
森の主

捜索〈ショコラ〉

しおりを挟む
「心配ありません。私です」
「教授!?」
「さあ、急いで! 息子が時間を稼いでいる間に、CFCの船を探し出すんです」
「はい」

 なんだか分からないが、あたしはモルを抱き抱え、エレベーターに乗り込んだ。扉が締まりエレベーターは下降を始める。

「久し振りですね。お嬢さん。もっとも、私はずっと近くにいたのですが……」
「あの」
 あたしはおずおずと質問した。
「できれば説明して欲しいんですけど……」
「何から聞きたいですか?」
「全部……取りあえず、今まで何をしていたのか? 教授は生きているのかを……」
「さっきも言った通り、私はずっと近くにいました。ただ、エネルギーが足りなくて、今まで姿を表せなかったのですよ」
「なんですか? そのエネルギーって」
「今の私の体は普通の物質に見えますが、実はこれはバイオン粒子の集まった疑似物質でできているのですよ。疑似物質が普通の物質と相互作用を持つには、ある種のエネルギーが必要なのです。昔の人はそのエネルギーを精気と呼んでました。ウィルヘルム・ライヒはオルゴンと呼んでいましたがね。この周辺はオルゴンが豊富にあるので、私も姿を現わせたのです」
「教授は、幽霊なんですか?」
「難しい質問ですね。ある意味では、私は幽霊かもしれない。だが、どちらかと言うと私は幽霊というより、妖怪に近いでしょう。人の想念が実体化したものを、妖怪と定義するならばですが……」

 丁度その時、エレベーターは下に着いた。
 ここから、基礎衛星まで長い通路が続いている。
  あたしは道すがら質問を続けた。

 「最初の経緯から、説明した方がいいですね。そう、あれは四十五年前のことです……」

 この当時、オフィーリアの船、つまり〈ト・ポロ〉の資料を元にワープ実験が行われようとしていた。場所は太陽系外縁部エッジワース・カイパーベルト内にある小さな基地、カイパー5。誰もがこの実験は成功すると考えていた。
 まあ、失敗すると分かってやる人はいないけど、今回は〈ト・ポロ〉というお手本があるので、これまでの理論の欠点はすべて克服されたとみんな考えた分けだ。ただ、この時、一人の宇宙考古学者がCFCから押収した資料を分析した結果、この実験には重大な見落としがある事が分かった。
 その学者、大谷邦夫はさっそくその事を伝えようとしたのだが、時すでに遅く、実験は始まっており、カイパー5とのすべての通信手段が途絶していたのである。
 彼が実験場に駆け付けてみると、基地内では疑似物質が出現消滅を繰り返すなどのタルポイド現象が多発し、大混乱になっていた。
 だが、問題はそれだけじゃなかった。基地内にいる人間はみんな精神に異常をきたしていたのだ。ワープ機関から発生する、膨大な量のプシトロンパルスを浴びたためだった。
 大谷自信は、アヌンナキの文献を元に開発したシールドで守られていたので、プシトロンパルスの影響はなかった。
 そして、彼は騒動の原因であるワープ機関を止めるため単身実験船の中に入っていった。

「彼は、見事にワープ機関を停止させました。しかし、この時に彼は異空間に飲み込まれて、非物質化してしまったのです。ワープ機関が正常に作動していれば、離れた場所で再物質化したのですが、それが停止してしまったために、もう元に戻れなくなり、彼は精神だけの存在となったのです。そして、元に戻りたいという彼の願望が、彼自身の分身を生み出した。それが、私だったのです」

 話を聞いている間に、あたし達は基礎衛星にたどり着いた。
 船を隠しておける区画はB4ブロック、B5ブロック、A4ブロックの三つ。その内の最初の一つ、B4ブロックはもぬけの殻だった。

「外れですね。次へ向かいましょう」
 
 あたし達は、B5ブロックへ向かった。

「ところで教授。〈ネメシス〉から帰る途中で、あたしの夢に教授が現れたんですけど、あれはただの夢だったのですか?それとも」
「もちろん、ただの夢ではありません。ネフェリウムを探してもらうために、私が話しかけたのです。どうやら、見つかったようですね」

 教授はモルに視線を向けた。

「最初は愚息か竹ノ内君に話しかけるつもりでした。しかし、二人とはうまくシンクロできず、お嬢さんにだけ私の声が届いたのですよ。ところが、竹ノ内君はお嬢さんを船から降ろす相談をしていたので、しかたなく冷凍睡眠装置に介入して、それを妨害したのです」
「あ! そうだったんだ」
「僕からも聞きたいんだけど」

 今まで、あたしの腕でじっとしていたモルが言った。
「なぜ、僕をショコラに探させたの?」
「まず第一に、遭難者がいると分かったら、救助の手を差し延べるのが、知的生命体の義務です。第二に、〈ト・ポロ〉のワープ機関を停止させ、異空間にいる私のオリジナル達をサルベージできるのはあなただけです」
「まあ、確かにね」
「あの、教授。今、オリジナル達って言ったけど、サルベージするのは教授だけじゃないんですか?」
「ええ。四十五年前の事故で三十人は巻き込まれましたし、ロングアイランドでは千人ぐらいいますし、〈エルドリッジ〉事件の犠牲者や、その余波に巻き込まれたアベンジャー雷撃機のパイロットを始め、バミューダ海域で消えた人達も助けを待っています」

 ああ! そういえば、あの事件って〈エルドリッジ〉事件の直後じゃないの!!

「もっとも、その九割以上は、奴に吸収され救出不能になっているが」
「奴って?」
「そうそう、肝心な事を話していなかった。アヌンナキのモル君。愚息が随分と失礼な事言ったようですが、許してもらえませんか」
「いや、別に気にしてないよ」
「君は心の片隅で〈ト・ポロ〉遭難の原因は、自分にあるんじゃないか思っているようですが、それはまるっきり違います。それどころか、同乗していた貴族のせいでもない」
「どういう事?」
「あれは、マナの仕業です」
「ええ!? そんなバカな!! 確かにマナならワープアウトの位置を狂わす事はできるかもしれないけど……あの船には、マナを助けるための機材が積んであったんだよ」
「だから、狙われたのですよ。君はマナという存在を誤解しているようですね。まあ、無理もありません。私だって異空間であれと接触しなければ、分からなかったでしょう。あれを明確な思考のできる精神生命体と思ったのが、そもそもの間違えです。一見、単独の存在のように見えますが、実はこれは群体生物のようなものなのです。元々は多くの意識が混じりあったものですからね」
「それと、これとどう関係があるの? あいつは元の戻りたかったんだろう」
「あれを構成している意識体の半分以上は、それを望んでいたのでしょう。しかし、少なくとも三割の意識体は、それを望んでいなかった。彼らはこう考えたのです。『なぜ元の取るに足らない存在に戻る必要がある。このまま強大な力を持った存在として、永遠に生き続ければいいじゃないか』と。マナはどっちを取るかで大きく迷ったのです。その結果マナの中で意識か二つに分裂しました。人間で言うなら多重人格といったところですね。つまりマナの悪い人格が出ている時に〈ト・ポロ〉は襲われたのです」
「ちょっと待って下さい。もしかして、森の主ってマナみたいな存在じゃなくて……」
「マナそのものです」
「でも、あれは昔、封印されたはずじゃ……」
「ええ、数千年前に封印されました。しかし、その後、地球と〈エル・トラド〉とを繋ぐワープトンネルを開くために、何度か封印を解いているのです。そして、地球で十六世紀ごろに、マナを取り逃がしてしまったのです」
「じゃあそのまま……」
「いえ、その後、数百年間マナは何処かに身を潜めていましたが、二百年前にひょっこり〈エル・トラド〉に戻ってきたところを捕獲して封印しました。なぜかその時、マナはひどく衰弱していた様です。それからしばらくは封印されたままだったのですが、五十年前、CFCが〈エル・ドラド〉を攻撃した時に、マナを封じている神殿を破壊してしまったのです」

 あいつらは~ろくな事しねえなあ~

「アヌンナキの作ったマナ捕獲器も、その時に破壊されたと思われていたのですが、最近になって無事だったのが分かりました。すでに手に入れてあります」
「そんな物があるなら、今すぐに封印してやれば……」
「それは駄目です。今のマナの封印しても、すぐに捕獲器を食い破って出てくるでしょう。まずはワープ機関を停止させて、奴のエネルギーを断たねばなりません」

 B5ブロックの入り口に着いたのは、その時だった。

「どうやら、ここも違うみたいですね」
「なんで、分かるんです? まだ、中にも入っていないのに」
「さっきよりも、オルゴンが弱くなっている。ワープ機関から離れている証拠です」

 それでも一応中を確認して見た。
 もしかするとマナがあたし達の接近に気が付いて、装置を停止させたのかもしれないので。
 中は真っ暗闇だった。照明が壊れているらしい。
 あたしは背中に背負ったディパックから照明弾を取り出した。
 三発続け様に打ち出す。
 広大な空洞が真昼のように照らしだされた。突然の光に驚いたネズミやコウモリ達が驚いて逃げ出したが、船らしき物はない。

「どうやら、A4ブロックが正解ですね。さて、急ぎましょう。愚息がここへ着くまで後三十分です。それまでに、ワープ機関を停止させればマナは力を失い、私達の勝ちです」

  あたし達はA4ブロックへ向かった。

「教授。大丈夫ですか? オルゴンが弱くなったら、実体化できないのでは……」
「大丈夫ですよ。弱いと言っても、地上と比較してと言う事です。私の実体化に必要なオルゴンは十分あります。それに」
  教授はふところから水晶球のような物を出した。
「この宝珠は数種類のEMを化合して作った物で、オルゴンを蓄えておく事ができます。フルチャージしておけば、これ一つで数年は保ちます。これのおかげで私も普通の人間の様に暮らし、子供まで作れたのです」
「じゃあ、なんで実体化できなくなったのです」
「これをチャージするには、オルゴンが自然に集積するスポットに持って行けばいいのですが、ここ十数年の間に五連星世界内のオルゴンスポットが枯渇し始めたのです。どうやら、ワープ機関を手に入れて急激に力を付けたマナの仕業ですね」

 それにしても、この宝珠。どっかで見たような……あ!!

「これ! キャサリンが持ってた物と同じ!?」
「そう。あの女も私と同じような存在です。マナが差し向けたに違いありません」
「でも、どうしてあたし達の事を『マナ』が知ってしまったの?」
「ゴーダですよ。『マナ』はあの男に見張りの想念霊を付けていたのですが、私が一年前に封印しておいたのです。ところが、この前、あなた達がゴーダの死体を太陽葬に付したために封印が解けてしまい、想念霊に報告されてしまったのですよ。事情を知った『マナ』は、アイデスの町に多くの想念霊を放ってあなた方を待ち構えていたのでしょう。そして、昨夜、酒場であの女に近付いたために、愚息もあなたも思考を読まれています」

 しまった! そうだったのか!!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

ワイルド・ソルジャー

アサシン工房
SF
時は199X年。世界各地で戦争が行われ、終戦を迎えようとしていた。 世界は荒廃し、辺りは無法者で溢れかえっていた。 主人公のマティアス・マッカーサーは、かつては裕福な家庭で育ったが、戦争に巻き込まれて両親と弟を失い、その後傭兵となって生きてきた。 旅の途中、人間離れした強さを持つ大柄な軍人ハンニバル・クルーガーにスカウトされ、マティアスは軍人として活動することになる。 ハンニバルと共に任務をこなしていくうちに、冷徹で利己主義だったマティアスは利害を超えた友情を覚えていく。 世紀末の荒廃したアメリカを舞台にしたバトルファンタジー。 他の小説サイトにも投稿しています。

奇妙な日常

廣瀬純一
大衆娯楽
新婚夫婦の体が入れ替わる話

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...