怪盗ミルフィーユ

津嶋朋靖(つしまともやす)

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森の主

アイデスの町〈ショコラ〉

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 まったく、もう! タルトってば!!

 部屋にいないと思ったら、こんなところで、金髪美人とデレデレして……

「や……やあ。ショコラ」
「『やあ。ショコラ』じゃないわよ!! なにやってるのよ!! こんなところで!?」
「なにって」タルトは少し考えた。「明日使う車の調達」
「酒場で?」
「レンタカー借りようと思ったら、このお姉さんが無料タダで乗せてくれると言うから……」

 タルトは隣に座っている金髪女を示す。

 女はあたしの方を見て言った。

「誰なの? この可愛いお嬢ちゃんは」

 お……お嬢ちゃん!!
 そりゃあ、あたしは背が低いし童顔だからよくそう言われるけど、この女に言われるとなんかムカつく。

「タルト君の妹かしら?」
「妹じゃありません!」
 あたしは間髪を入れずに否定すると、タルトと女の間に強引に割り込んだ。
「彼女です」
 そう言って、あたしはタルトの右腕にガシッとしがみつく。
「おい。ショコラ……」
「キスしたくせに」
「いや、あれは……」
「ミルにチクる」
「………ショコラ。何か誤解してない」
「タルトが、あたしの目を盗んで、ナンパをしていたと解釈している」
「だから、そうじゃなくって、僕はこの人と明日の打ち合わせをしようと思っただけで」
「あら? 私は、それに託けて、逆ナンするつもりだったんだけど……」
  女は悪びれる様子もなくそう言った。
「ジョークよ。ジョーク」
  女は左手で口をおさえ、右手をひらひらさせて言った。
「そんな、怖い目で見ないでよ」

 いや、見てやる。徹底的に睨んでやる。

「あの……お客さん」
 ウエートレスさんがおずおずとあたし達に声を掛けてくるまで、あたしは睨み続けていた。
「御注文は何になさいます?」
「私はバーボンを」
「僕は水わ……」
「あたし達は水です!!」
 タルトが水割りと言いかけたの、あたしは無理やり制して言った。
「ガニメドの水、カリストの水、エウロパの水、イオの水とございますが」
 なんでそんなに種類があるのよ!? 水なんて、みんなH2Oじゃないの?
「それじゃイオの水を」
「かしこまりました」
 ウエートレスさんは、店の奥にひっ込んだ。
「ねえ、なんでイオの水なんてあるの? 衛星〈イオ〉は、とっくの昔に壊れたんじゃ?」
「いや……僕に聞かれても、なんか珍しいから、つい注文してしまっただけで……」
「それはね」金髪女が説明を始めた。「衛星〈イオ〉のかけらを砕いて、この軌道リングの土壌を作ったわけだけど、砕かないで大きな岩のまま軌道リングに貼り付けた物もあるわけ。そんな岩山の中には、太古の水を内部に閉じ込めているものもあるのよ。それを抽出したのがイオの水ってわけ」
「そうなの? でも、ガリレオ衛星の天然水って不純物が一杯で、蒸留しないと飲めないはずじゃなかったっけ?」
「あら? 天然水じゃないわよ。単に蒸留水に、原産地名を付けただけだから」
 それって、詐欺って言わんか? まあ、天然水とは誰も言ってないから嘘ではないけど……
「あの、ところでキャサリンさん」キャサリンていうんだ、この人。「あの森の事話してもらえませんか?」
「え? あの森って?」
「キャサリンさんって、あの森に詳しいそうなんだ」
「なんだ。ナンパしてた分けじゃないのか」
「お前、ずっとそう思っていたのか!?」
「うん」
「あの、話をしていいかしら?」
 キャサリンさんは、少々いらただしげに言った。
「あ! どうぞ、どうそ」
「その前に確認しておきたいんだけど、二人共絶対に明日、あの森へ行くのね?」
「ええ」「もちろん」
「実はね、あの森の事はみだりに人には話せないの。だから、話を聞いた以上は必ず、森へは来て欲しいの。それと、これから私が話す事は決して他言無用よ。森へ行かない人には絶対、話しては駄目。この約束、守れるかしら?」
 なんか、どっかの童話みたいな話ね。
「守れます」
「守ります」
「いいわ。ただし、この約束を破ったら、あなた達に呪いが掛かるわよ」
 の……呪い? なんて時代錯誤な脅し。
「あれは、一ケ月前の事かしら。生活に疲れた私はある人に誘われて。この森へ来たわ。最初は普通の森と変わりないように見えたけど、奥へ入ってみるとそこが楽園だって分かったの。森の中はとても綺麗で、落ち葉も下草もなかった」
 誰かが常に手入れしているのかな?
「毒虫や蛇や蜘蛛なんて気持ち悪い動物はいなかったけど、可愛い小鳥や小動物、ひょうきんな熊がいたわ」
「ちょっと! 熊なんかいたら、危ないんじゃないの!?」
「とんでもない。あそこの熊はとっても親切よ。それに、あの森の動物達はみんな人の言葉が分かるの」
 この女、大丈夫かしら? ひょっとして紙一重の人なのでは……
「森の中心には、町があるの。小綺麗な家がいっぱい建っていて、宮殿みたいな家もあったわ」
「そこに、人は住んでいるんですか?」
「ええ。大勢いたわ。みんなこの森に入って行方不明になったって人達よ」
「なんで、この森の人達は帰って来れないんですか?」
「帰って来ようと思えば帰れるわ。ただし、森の主の許可を得ないで、森を出たら、もう二度と森に入れてもらえないの。許可を得て出てくる人もいるけど、この森の秘密を喋る分けにはいかないので、結局行方不明のままなのよね」
「でも、その人達ってどうやって生活しているの?特に食料とか?」
「そんな心配はまったくないわ。あの森では欲しいと思ったものは、何でも手に入るの。服でも、家でも、食べ物でも。ただ、欲しいものを思い描くだけで、目の前に現れるの。例えば『おなか空いた。パンが欲しい』と思えば、目の前にパッとパンが現れるとかね」
 あれ? この話って、どっかで聞いたような……そうだ!
 想念実体化タルポイド現象だ!!
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