怪盗ミルフィーユ

津嶋朋靖(つしまともやす)

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さらわれたミル

*〈ネフェリット〉*〈ショコラ〉

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「なんか、自分のやった事が、報道されてるの見ると照れるで」
 リビングでテレビを見ながらミルがそうつぶやいたのは、ゴーダさんを太陽葬に付してから三時間後。陽電子補給のために立ち寄った人工惑星都市〈ヘリオポリス〉での事。
「しかし、顔が映らんのが残念やなあ。いっぺん、映ってみたいんやけど……」

 ピシ……ピシ……

「ミルゥー!!」
 あたしは立ち上がって叫んだ。
「こんな形で、報道されてうれしいの!?」
「うん、うれしい」
 涼しい顔でミルは言った。言うだけ無駄だったか。
「けどさあ、脱獄囚全員の射殺って言っているけど」
 あたしはチラッとタルトを見た。
「タルトの事はどうなってるの?」
「それは大丈夫。刑務所に入っていたのは、宮下瑤斗じゃない。別の人間さ。僕が逮捕されて投獄されたという記録はどこにもない」
「じゃあ、タルトはまるっきりの別人に成り済ましてたわけ?」
「そうだよ」
「じゃあ、疑いを晴らすのはわりと簡単だったんじゃ……」
「なに言ってんの? そんな事したら、刑務所に潜入できないじゃないか」
 タルトは意外そうに言う。
「簡単だったのね。疑いを晴らすのは?」
「簡単も何も、別人だという事が、ばれないようにするのが大変だったよ」
 という事は……あたしはチラッと、リビングの出口に目をやった。
 案の定、ミルが足音を忍ばせて出て行こうとしている。
「ミルゥー!!」
 開閉スイッチに延ばし掛けたミルの手が、ピタッと止まった。
 ひきつった笑みを浮かべ、ミルはぎこちなくこっちを振り向く。
「なんや? うちは、これからコックピットに行って、出港の準備を……」
「まだ、補給が済むまで一時間あるわよ。それに出港準備は、モンブランがやってくれてるわ」
「さよけ」
「不可抗力じゃなかったのね」
「なんのことや?」
「とぼけないで!! タルトの冤罪を晴らすつもりは、最初からなかったのね!!」
「いや……最初はあったんやけど……代わりの方法を考える前にタルトが捕まってもうて……ついでやから最初の予定通りいこうと……」
 ついでって……あんた……
「ショコラ。文句があるなら僕に言いな」
「タルト!?」
「ミルさんが、冤罪を晴らそうとしていたのは本当だよ。ただ、僕が断ったんだ」
「なんで?」
「考えてもみろ。そんな事したら、なぜ指名手配犯のデータと、僕のデータが入れ替わっていたのか調べられるぞ。そうなると、ゴーダを逃がすチャンスを無くすかもしれないし、下手をすると怪盗ミルフィーユの事だってばれるかもしれない。最初の予定通りやるのが一番安全だと思ったんだ」
「でも……」
「それに今までの事はともかく、今回の事は僕の親父のしでかした事に、ミルさんを巻き込んでしまったんだ。ミルさんが悪いんじゃない」
「いいわ。これ以上言っても水掛け論だし」
『では、次のニュースです。先頃、海王星の衛星〈トリトン〉で発見された遺跡は……』
 テレビのディスプレーが、黒い噴煙を上げる火山を背景にして遺跡の発掘現場を映した。
「ああ! こんな、しょうもないもん映しとらんと、もっとうちらのやった事出してえな」
 あかん、全然反省してない。
「ところでショコラ。僕らに何か言う事があったんじゃないのか?」
 ふと、思い出したようにタルトが言った。
 そう。あたしはみんなにモルの事を紹介しようと思って集まってもらった。
 しかしだ……さっきからあたしが抱きかかえているヌイグルミを『アヌンナキのモル君でぇす』なんて言ってみなさい。
 二人とも、大爆笑するに決まっているわ。
 何て言って紹介するか、あたしはさっきから悩んでいた。
「モンブランが来たら話すわ」
 取りあえず後回しにしよう。
 その場合、爆笑する人間が一人増えるだけで、何の解決にもならないような気がするけど……
「ところでさあ。結局分かったの? 〈オフィーリア〉の船の事」
 あたしは、さらっと話題を変えた。
「おお! そやった」
 ミルはポケットから紙切れを取り出した。
「これは、ゴーダのおっちゃんがくれた物や」
 紙切れには『雷神のベルト。東へ一六〇・〇八〇九一。南へ〇・〇〇八一』と書いてあるだけ。
「さて、二人とも、神話に出てくる雷神の名前を上げてみい」
「ええっと、建御雷之男神たけみかづちのおのかみ
 あたしは言った。
「帝釈天」
 タルトが言った。
「ヨーロッパの神様の名前や」
「北欧神話のトール」
「ギリシャ神話のゼウス」
「ゼウスの別名は?」

  あっ! そうか。

木星ジュピター!」
 あたしとタルトは同時に答えた。
「そや。CFCの船は、木星付近で消息を断った。という事は、今も木星系にあるっちゅう事や」
「そっか。でも、ベルトっていうのは?」
「木星を取り巻いているもの。つまり木星の輪ですね」
「いいや、土星ならともかく、木星のちっぽけな輪の中じゃ、とっくの昔に誰かが見つけとる。木星を取り巻いているものなら、もう一つあるやろ」
「ええ!?」「でも!?」
「でも、なんや?」
「あれができたのは、五年前。マリネリス紛争の直前ですよ。CFCの船が事故ったのは半世紀前」
「計算が合わないじゃない」
「ちちち。二人とも勘違いしてへんか?今、タルトは『できたのは、五年前』ちゅうたけど、それは入植が始まった時期や。二人ともあれの事を、もう少しよく考えてみい」
 あれって言うのは、人類最大の建造物〈スープラマンデーン〉。
 昔、誰かがこう言った。『月から地球を眺めた時、見える人造物は〈万里の長城〉だけだろう』と。
 そして現在ではそれを真似して、こんな事を言う人がいる。
 第二太陽系ネメシスから第一太陽ソル系を眺めた時、見える人造物は〈スープラマンデーン〉だけだろうと。
 でも、この前あたしは第二太陽系から眺めたけど、全然見えなかったぞ。
 最初にそれを考案したのは、二十世紀の英国の科学者ポール・バーチだったと言われている。彼のプランは、木星にすっぽり覆いをかぶせて人工の地殻を作り、人の住める人工の惑星、〈スープラマンデーン〉惑星を作ろうとものだった。
 これが、完成すれば、地球の三百倍の生活空間が生まれるという。
 あの狭っ苦しいスペースコロニーとは、雲泥の差だ。
 もちろん、実際にこれを建設するとなると、その費用、建設期間はスペースコロニーの比では無い。
 そこで、このプランを縮小し、木星丸ごと包み込むのではなく木星表面から四万キロの位置に、軌道リングを建設するというプランが考案された。
 実施されたのは、二十一世紀の後半ごろ。木星の赤道上空四万キロの同一衛星軌道上に、多数の基礎衛星を打ち上げることから始まった。
 やがて、基礎衛星同士が連結され、木星を取り巻く複数の巨大なパイプが作られる。
 そのパイプに液体金属を満たし、高速回転させた。
 その結果、液体金属の遠心力によって支えられる帯状の人工大地ができたのが今から十五年前。
 人工大地は、幅五百キロ、一周七十一万キロもあり、大地自体は木星に対して静止していた。
 そのために、大地の上には木星の自然重力がかかってくる。
 ただし、この位置での木星の自然重力は地球表面と同じ一Gなるわけだ。
 次に始まったのが、この大地の南北両端に山脈を作ること。
 それも、高さ二〇〇キロの。
 山脈というより壁だ。
 この巨大な壁で挟まれた帯状の空間に大気を入れると、大気は木星の重力によって人工大地の上に安定するわけだ。
 最初は力場障壁を使うという案も出たが、シールドを維持するだけで膨大なエネルギーを食うために、その案はボツとなり、結局普通の物質で作ることになった。
 最後の仕上げは、人工大地の上に土壌を敷き詰める事。
 大量の土壌を得るために、無人の衛星〈イオ〉を壊して、それを敷き詰める事になった。
それに対して、世界中で反対運動が起きたけど、結局押し切られ、ガリレオ・ガリレイが発見した四つ衛星の一つは、永遠にその姿を消したのだった。
 その後に空気が満たされ、人工太陽衛星が軌道に乗り入植が始まったのが五年前の事。入植と同時にマリネリス紛争が勃発した。
 軌道リングも戦場になったが、幸いな事に基礎部分は破壊を免れ、現在ではその上で二億人の人が暮らしている。
「入植が始まったのは確かに五年前や。せやけど、軌道リングの基礎衛星は二〇八〇年頃から打上げられとる。CFCの船が遭難した時点では、衛星の数は千機近く回っていた」
「その一つに船が漂着したというわけね」
「そや。そして東へ一六〇・〇八〇九一。南へ〇・〇〇八一というのは、緯度経度を現している。つまり、船があるのは軌道リングの東経一六〇・〇八〇九一度、南緯〇・〇〇八一度のあたりということや」
「〈ネフェリット〉のデータバンクに軌道リングの地図はないの?」
「あるはずや」
 ミルは、テーブルの端を引っ張った。引き出しのようにコンソールが現れる。コンソールを操作すると、今までニュースを映していた壁面のディスプレーに軌道リングの地図が表示された。地図というより写真だけど。
「これで、東経一六〇・〇八〇九一度、南緯〇・〇〇八一度の位置を拡大すると……」
 中心部に標高三百メートルほどの小さな岩山があった。
 その周囲三キロが緑色に染まっているという事は、その辺りに草原でもあるんだろう。「変だなあ」
 タルトが怪訝な表情で言った。
「何が、変なの?」
「なんであの辺りだけ、あんなに青々としているんだろう? あの辺りは緑化計画の範囲から完全に外れていて、数百キロに渡って荒野が続いているんだ。中央水路からも十五キロは離れているし、どうしてあそこだけ、あんなに植物が繁殖できるんだ?」
「オアシスじゃないの」
「軌道リングに空気や水が満たされたのは、入植が始まる三年前。まだ八年しか経っていない。そんな短期間で、そういう地質構造ができるかな?」
「戦争中に、あの辺りで送水パイプが破損して、そのままになってるという事もあるで」
「でも、気になりませんか? よりによってCFCの船がある位置に、こういう物があるっていうのは」
「確かに変やな。念のために、他にこれと似たものがないか、検索してみよ」
 ミルの指が、コンソールの上を流れるように動いた。
 百平方キロ以下の緑地帯と言う条件で検索をかける。
 五十六件見つかった。
 その中で、都市部の公園を除外する。
 三十二件残った。
 中央水路、つまり軌道リングの赤道上を真っ直ぐ流れる幅五十メートルの運河から水を引いているものを除外する。
 十三件残った。
 その中で十二件は南北の大気遮断壁にへばり付くように存在している。
 壁に積もった雪を水源にしているんだ。
 水源のはっきりしない緑地帯は、そこだけだった。
「これは」「やっぱり」「怪しいで」
 ミルは緑地帯をさらに拡大してみた。
「案外、緑のペンキを塗ってあっただけだったりして……」
 バカな事を言った直後、ミルの顔が凍り付く。
 ペンキなんてとんでもない。
 ディスプレーに現れたのは、鬱蒼とした森だった。
「そんなアホな!? なんで、こんな大きな森が?」
「なにを驚いているの?」
「二人とも。これを見てなんか変やと思わんか?」
「何が?」「普通の森にしか見えませんが」
「何いうてんねん! 木がこんなに大きくなるのに、何年かかると思う」
「あ!」
 確かに、計画的に緑化された緑地なら植樹も行われているだろうけど、こんなイレギュラーの緑地に植樹などされている分けがない。 ここの植物は、すべて種から育ったはず。
 軌道リングに空気が満たされてから、八年しか経っていないのに、こんなに大きな木があるはずがない。
「CFCの船は、『オフィーリアの船』から外したワープ機関を積んでいたんですよね。 そいつのせいで時間の流れがおかしくなったとか……」
「それは違うね」
 あちゃー! 突然の聞き覚えの無い声に、タルトとミルは辺りを見回した。程なくして、二人の視線はあたしに、いやあたしの膝の上にいるモルに集中する。
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