怪盗ミルフィーユ

津嶋朋靖(つしまともやす)

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脱走! 脱走! 大脱走!!

 *〈ネフェリット〉*ショコラ

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「ミルぅぅぅ!!」
 エアロックを開くなり、あたしは怒鳴った。
 オーラを見れる人が今のあたしを見れば、怒りの赤いオーラに包まれているのが分かっただろう。
 ミルにそれが見えないのが残念だ。
「あら? ショコラやない?どないしてん?」
 思った通り、ミルは呑気そうに答える。
 あたしの怒りに気付いていないのか、それとも気付いてとぼけているのか分からないが。
「どないもこないも……それが、人をいきなりロープで縛り倒した奴の言う事か!!」
「あらあかん。すっかり、忘れとった。堪忍な」
 こ……この女は……!!
「堪忍な、じゃないわよ! おかげでおなかは空くし、トイレにもいけないし……」
「ひょっとして……お漏らしした?」
「するかああ!! 今一歩のところで、モンブランにロープを解いて貰ったのよ」
 あたしは真っ赤になって怒鳴る。
 結局あの後、モルにはロープを解けず、インカムを操作してもらって、モンブランを呼び出してもらった。
 しかし、キラー衛星を躱すのに必死で、モンブランもすぐには来てくれない。
 解放されたは今から三分前の事。
「なら、良かったやない」
「よくなあい! とうとう、やっちゃったのね!? 脱走幇助」
「うん。やっちゃった」
「ああああ……何て事を……これで、警察はあたし達を本気でツブしにくるわ。今までは大目に見てくれたけど……もう、おしまいよおぉぉぉ!」
「大丈夫、大丈夫。今回も大目に見てくれるって」
「どうしてよ?」
「レアメタル横流しの犯人とその証拠を掴んだんや。後は、これを公安当局にチクってやれば、うちらの事はチャラにしてくれるはずや」
 まあ、たしかに、偉い人と、そういう取引がしてたというから大丈夫だと思うが……
「それは良いとしてよ」あたしは、ちらっとカーゴの出入り口に目をやった。「あたしは嫌よ。脱獄囚と同じ船の中で過ごすなんて」
「そない、毛嫌いせんでも……」
「冗談じゃないわよ! 金星刑務所に入ってる囚人っていったら、並の悪党じゃないわ。 ギャングとか、宇宙海賊とか、テロリストとか、悪徳宗教団体の教祖とか、悪の秘密結社の幹部とか、連続幼女誘拐殺人犯とか、そういう悪人の中の悪人ばかり。それこそ、歩く災厄、百害あって一利無しのゴキブリ以下の奴よ。そんなのが、同じ船の中にいたらコワいじゃないの」
「あのなあ、ショコラ。コワいと思うなら、そういう事を、ここで大声で言わない方がええで」
 ミルはそう言って、カーゴへと続くをハッチを指差す。
「え?」しまったあ!! 今の聞かれてたあ!「あわわわわ!!」
 あたしは慌てて、キュロットのポケットを探った。
 ない! ない! ない! スタンガンがない。
 あった!
 あったけれど、これって飛翔タイプじゃなくて、相手の肌に直接押し当てる格闘用スタンガンだ。 

 ええい! これでも無いよりましか。

  あたしはスタンガンのスイッチを入れて身構えた。
「ミルさん」
 突然、ハッチが開いた。
 「いやああああ!」
 その瞬間にパニックったあたしは、ハッチから出て来た顔中ひげだらけの男に、スイッチの入ったスタンガンを投げ付けていた。

だって怖かったんだもん。

「うわ!?」
 あたしの投げ付けたスタンガンは、あっさりと躱された。
「来ないでえ!!」
 あたしは男に飛び掛かった。
「誰かあ!!」
 あたしは男の鳩尾に膝蹴り叩き込んだ。
「助けてぇ!」
 アッパーカットが決まる。
「殺さないでぇ!!」
 背後に回りスリーパーホールド。
「うああ!! 殺さないでくれえ!!」
 男は叫んだ。
「ええかげんにせんかい!! アホ娘」
 ミルのパンチが、あたしの頭上に叩き込まれた。
「いったあい!! 何すんのよ。ミル」
「人に、いきなり殴りかかっておいて、何するもへったくりもあるかぁい!」
 ミルは、腹を押さえて呻いている男の側によった。
「大丈夫かい。すまへんなあ。乱暴な妹で。堪忍な」
「何よ! あたしが、悪いみたいに。だいたいそいつは脱獄囚よ。いつ、突然暴れ出すか分からないじゃない」
「突然暴れたのは、あんたやろが」
 そう言えば、そういう説もあるような……あら!? 男の顔から何かが垂れ下がっている。
 ひげ……?
 男は顔に手を掛けた。
 ベリ! ひげを一気にはがす。

 その下から現れた顔は……

「タ……タルト?」
 横を見るとミルがニヤニヤ笑ってる。おのれ、最初っからタルトが出てくること知ってて、ひっかけやがったな!
「やだ! ごめん! タルト。あたしてっきり脱獄囚だとばかり……」
 あたしはタルトの元へ駆け寄った。
 怒ってるかな? でも、タルトは女の子に優しいから、殴り返したりはしないと思うけど。
「やあ、ショコラ。久し振りだね」
 さわやかな笑顔で、タルトは言った。
「タルト」
 心が広い……と油断した瞬間。
「この野郎! 痛かったぞ」
「キャ!」
 あたしは一瞬の隙を突かれ、ヘッドロックを掛けられた。ジタバタもがいたけど、ヘッドロックは外れない。
 タルトも手加減してくれてるのか、痛くはないけど……ん?
 不意にあたしの鼻腔を、ミョーな匂いがくすぐった。
 匂いは急速に強くなる。
 まさか!? この匂いって……
 あたしの脳裏を恐ろしい推測が過ぎった。
 いや、そんな恐ろしい事、あっていいわけがない。
 でも、それならこの匂いはなに? お願い、違ってて。
 あたしは、恐ろしい推測が外れていることを願いつつ、ヘッドロックを掛けられた状態のままタルトに質問した。
「タルト……あなた……まさか……」
「なんだい?」
「タルト………………………………お風呂には、入っている?」
 一瞬、あたりは沈黙した。
 なんか……コワい答えが返ってきそう。
「ハッハッハッ! ばかだなあ」
 軽やかなタルトの笑い声が沈黙を破る。
そうよね。そんな分けないわよね。
「刑務所に、そんなものがあるわけないだろう」
 ほら、やっぱり……………………え?
「ひええええええええぇぇぇぇぇ!!」
 あたしの悲鳴が船中にこだました。
 もし、宇宙が大気で満ちていたら、隣の恒星系まで聞こえたかも……
 そのくらい大きな声だった。
「はなせぇ! バッチイ! エンガチョ!!」
 あたしは、もがいたがさっきの事を根に持ったのか、タルトはなかなか離してくれない。 
  後で、分かったけど、刑務所にも当然お風呂はあって、囚人は一日一回入浴することが義務付けられていた。
 入らない奴は、看守に無理やり浴槽に叩き込まれる。
 にも関わらず、タルトがこんなに汗臭かったのは、金星服のせいだった。
 宇宙服を始め、気密服という物は、それを着用する人間の安全性、快適性をとことん追及して設計してある。
 もちろん衛生機構も完備していて、気密服の中で雑菌が繁殖するなどという事はない。
 普通は……
 金星服だって本来はそうなっているはずだが、囚人用の金星服はコスト最優先になっていて、取り敢えず中の人間が生きていればいい作りになっていた。
 事故が起きれば、その時はその時……衛生機構など有って無きのごとしだから、中では雑菌が繁殖しまくっている。
 アトラクションの着ぐるみ状態だ。
 だから、一日中金星服の中にいたりしたら、それこそ一か月は風呂に入ってなかったんじゃないかってくらい匂いが付く。
 こんなひどい物を使わされているから、金星刑務所の囚人達はバタバタと死んでいくわけだ。
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