怪盗ミルフィーユ

津嶋朋靖(つしまともやす)

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脱走! 脱走! 大脱走!!

*金星上空*

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 高度七万二千。
 硫酸雲を抜け、視界が開けた。すぐ下で雲海が渦巻いている。
「こうして見ると、物騒な硫酸雲もええ眺めやな」
 呑気な口調とは裏腹に、ミルの目はレーダーディスプレーを油断なく見つめていた。
 地表でタルトを拾ってから、かなり時間が経っている。
 もう、キラー衛星が集まって来る頃だ。
「タルト。しばらく、慣性飛行になるで。今のうちに金星服を脱いで、こっちに来てや」
 後ろのカーゴにいるタルトに無線で伝えた。
『はい』
 帰ってきた返事は、あまり元気がない。
 ……ゴーダはん、あかんかったやな。
 タルトが、ゴーダをカーゴの中に連れてきた時にはまだ息があった。だが、重傷の体にシャトルのGはきつかったようである。
 レーダーに六つの光点が現れたのは、シャトルが大気圏を離脱した時だった。現在、距離五千。相対速度十八。間もなくレーザー攻撃圏内に入る。
「タルト! はよ来てんか」
 レーザー攪乱幕を張りながら、ミルは言った。
「すみませえん! 遅くなりました」
 タルトはようやく操縦室に現れた。
「うわあ! なんやねん? その顔」
「変装、解く暇がなくって」
「まあ、ええ。さっそくで、悪いけど、こいつらを頼むで」
 ミルはレーダーディスプレーを指差す。
 キラー衛星は四千八百キロまで近付いていた。
 さっきから、レーザーを撃ちまくっている。
 宇宙では普通、レーザーは目に見えないが、攪乱幕のために、ある程度その火線を見る事ができた。
 衛星のレーザー砲出力や周波数が、以前に手に入れた資料通りだったおかげで、それに合わせて調整しておいた攪乱幕は効率良くレーザーを防いでいる。
 それでも、何発かは攪乱幕を突破しシャトルの装甲板を叩いていた。
 もっとも、オリハルコン・コーティングを施したタングステン・カーバイド装甲に穴をあけるほどの余力はなかったが……
「大丈夫かな?」
 タルトが不安そうに良いながら、コパイシートに腰掛けた。
「なんとも言えん。今は、レーザー攻撃だけやが、キラー衛星が運動効果兵器を使ってきたらヤバいで。その前に〈ネフェリット〉に回収して貰わんと……」
「〈ネフェリット〉はどこです?」
 タルトは火器管制システムを立ち上げた。
「無事なら、後、五分で回収に来るはずや。ただし、こっちから、〈ネフェリット〉の位置を探れん。今の〈ネフェリット〉は新型の対探知システムを作動させとるから、レーダーでも視覚でも見つけられん」
 キラー衛星は相変わらずレーザーを撃ってくる。
 今のところレーザー攪乱幕に阻まれているが、攪乱幕を構成している気体や微粒子はあと数分で拡散してしまう。
 タルトの正面のディスプレーに武器選択の表示が現れた。
「化学レーザーと、無反動電磁バルカンか。レーザーは攪乱幕で使えないな」
 タルトはバルカンを選択した。
 左手に水晶振り子、右手にトリガーを握る。
 シャトルに搭載したバルカンの発射速度は秒速三〇キロ。
 一発でも当たれば、キラー衛星ぐらいは破壊できる。
「発射」
 約一分後。六つのキラー衛星は、ことごとく残骸となっていた。
 タルトはおもむろに目を開いて言う。
「取りあえず、一掃しました」
「あいかわらず、大した腕やな。そや! 言い忘れてた」
 精一杯おどけた口調でミルは言う。
「お勤めご苦労さまでした」
「はあ」
 それに対してタルトは、気の抜けた返事で返す。
「もう! 男の子なら、もっと元気な返事せんかい!!」
「す……すみません」
 とはいうものの、とても明るい気分にはなれない。
 ゴーダの死顔が脳裏に焼き付いて離れないのだ。
 俯いていると、突然、頭を両側からミルにガシッと掴まれた。
「え?」顔を上げる間もなく、タルトはミルに抱きしめられる。
「え!? え!? え!?」
 突然の抱擁にタルトは混乱した。
 ……ミ……ミルさん? もしかして、僕の事を……いや、違う……これは、そんなんじゃない……でも、もしかすると……
 しばらくして、ミルはタルトを放すと、観察するような目でタルトをジッと見つめた。
「ふむ。ドキドキしとるな」
「え?」
 タルトはミルの言った意味が分からず、しばし呆気に取られる。
「いや、なに。男ばかりの刑務所に入れられとったから、もしかして変な趣味でもうつったんやないかと、心配しとったんや。まだ、女への興味は無くなってなかったな」
 頭にカーっと血が上った。
「な……なにを心配してるんですか! そんな分けないでしょ!」
「やれやれ、やっと元気が出たか」
「え?」
「ゴーダが死んだのは、タルトのせいやない。気にするなっちゅうのは無理やけど、今は沈みこんどる場合やないで。悔やむのは生き延びてからにせい」
「はい!」
 さっきよりは元気のある返事が返ってきた。
「あ! そうだ」
 タルトはポケットから紙切れを取り出した。
「刑務所を出る前に、ゴーダから渡されたんです。お宝の有りかだって。でも……」
 ミルは紙切れを受け取ってさっと目を通した。
 紙切れには『雷神のベルト。東へ一六〇・〇八〇九一。南へ〇・〇〇八一』とだけ書いてある。
「なんの事だか、さっぱりでしょう」
「いや、これに該当する場所は分かるで」
「え!? どこなんですか?」
「詳しくは後で話す。ところで、無理や思うけど、レアメタル横流しの件、何か分かったか?」
「いや、分かったも何も、ダグー刑務所の看守長が犯人でした」
「なんで分かった?」
「最初からゴーダが知っていたんです。どうやって手に入れたか知らないけど、あいつ、裏帳簿とか裏取引の証拠写真とか、隠し持っていたんですよね。ゴーダの奴、それを使って、自分の待遇を良くするよう、看守長を脅していたみたいですよ」
「教授もその事を知っとったんか?」
「ええ。話したって言ってました」
「なるほど」
「でも、その事が、逆に仮出所をやりにくくしていたみたいですよ。仮出所の話が出たとたんに、看守長があっちこっちに手を回して、阻止していたらしいんです」
「当然やな。そんなヤバい事知ってる奴、出すわけにはいかんやろ。おっと! いかん」
 ディスプレーに目を戻すと、ちょうど金星の地平線から新手が現れるところだった。
 距離六千。相対速度十二。数一。
「まあ、心配ない。こっちには射撃の天才がおる。ほな、もういっちょ頼むで」
 だが、タルトは首を横にふった。
「駄目です。あれには人が乗ってる」
「なんやて!?」
 レーダーの反応を良く見ると、確かにキラー衛星よりも大きい。
 明らかに有人の戦闘艇だ。
 甘い事を言ってる余裕はないが、人殺しは可能な限り避けなければならなかった。今回に関してはミルも百パーセント逃げ切れる自信はない。万が一、捕まった時の事も考えて、殺人罪を犯す分けにはいかない。
 だが、例えそうでなくても、タルトもミルも血を見るのは嫌だった。
「この前みたいに、中の人間を傷つけないで機能だけ破壊する分けにはいかんか?」
「難しいですね。相手があの大きさじゃ。バルカン砲だと威力が強すぎるし、向こうも攪乱幕を張ってるから、レーザーは利かないでしょう」
「いっそ、撃ち落としたろか?」
「駄目ですよ。『物は盗っても、命は取らない』のが怪盗ミルフィーユでしょ」
「そやな。殺しはあかん。それに、シャトルはすでに高度百二十キロに達している。まもなく、邂逅点や。これなら、レーザーの射程に入る前に〈ネフェリット〉と合流できる」
 だが、戦闘艇はレーザーなど使わず、いきなりミサイルを放った。
「レーザー、もう使えますね」
 タルトが言った。良く見ると、シャトル周辺の攪乱幕はとっくに拡散してしまっている。
 タルトはレーザーのトリガーボタンを押した。
 光の槍がシャトルを飛び出し、加速中のミサイルに突き刺さる。
 ミサイルのコースは大きく逸れた。
 そのまま、大気圏へ落ちて行く。
「なんだ! あれは?」突然、タルトが叫んだ。彼の指差すディスプレーでは、何かが星空を遮っていた。「あそこに、何かいる」
「心配せんでええ。あれは〈ネフェリット〉や」
「ええ!?」
「タルトが逮捕された後で、新型の対探知システムを装備したんや」
「でも、あれが〈ネフェリット〉なら、もう一キロと離れていないはずですよ。なのにレーダーにも映らないし、赤外線も感知できないなんて」
「実はな、この前、第二太陽系に行った時に、星系を覆っている球殻の一部を切り取って持ってきたんや」
「い!? じゃあ、新型の対探知システムっていうのは!?」
「そや。電磁波の九九・九九九九九パーセントを吸収してしまう球殻の構成物質で、ネフェリットを包みこんである」
「そ……それって……ちょっと、ヤバくないですか?」
「心配ないって、引退宣言を出す前にやった事や」
「そうじゃなくって! 球状構造物に、穴なんか開けたりして大丈夫なんですか!? あれが壊れたりしたら、地球の気候に悪影響が出るんですよ」
「アヌンナキが、そないヤワなもん作るかいな。大丈夫やとっくに穴は埋まっとるって」
「本当に?」
「たぶん」
「た……たぶん……?」
 もっと、いろいろと聞きたかったが、その暇はなかった。
 ミサイルの第二波が来たのである。
 タルトが迎撃に勤しんでいる間に、ミルは通信機をオンにした。念の
 ために、通信には盗聴されにくいレーザー通信を使う。
「こちら、ミルフィーユ。ケーキ屋さん応答せよ」
『こちら、ケーキ屋。ミルフィーユどうぞ』
 モンブランの返事が返って来た。
「こちら、ミルフィーユ。小麦粉二袋を手に入れた。ガレージを開けて下さい」
『こちら、ケーキ屋。了解』
 宇宙に穴が開いた。
 隠れていた船の格納庫を開いたのだ。
「モンブラン! 緊急発進や。一Gでここから離脱する」
 ミルはシャトルを格納庫に滑り込ませるなり通信機に叫んだ。
『了解』
 加速が開始された。
「僕、ゴーダの様子を見てきます」
 タルトはハーネスを外してカーゴへ入った。
「やれやれ」
 ミルがおもむろにハーネスを外しているとき、突然エアロックが開けられた。
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