怪盗ミルフィーユ

津嶋朋靖(つしまともやす)

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なんで、あんたがここにいる?

超光速船の死角〈ショコラ〉

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 タルトが倒れてから、八時間が経過した。あれから、あたしは懸命に周囲を探ったんだけど、海賊船の居場所がつかめない。
 ゲート周辺は、交通量も多くて雑電波、雑熱源が多すぎるというのもあるが、何よりもタルトがいないのが痛かった。さっきまで、彼がダウジングで補佐してくれたおかげで、敵を見つけていたけど、今はそれがない。
 タルト、早く起きて来て。でも、起きたら怒るだろうな。
「ねえ、ミル。海賊は、もう行っちゃったんじゃないの? さっきの一撃で」
「そうかも、しれんな」
 〈ネフェリット〉が光速を超えたのは、まさにその時だった。
「さあ、警戒解除や。光速を超えた以上……? モンブラン、なにしてるんや?」
 ミルが、そう言った直後、船体が大きく揺れた。
 なに!! 攻撃!?
 そんな、今はシールドを……あれ?
 ちゃんと力場障壁が張られている?
 対ビーム用の力場障壁は、莫大なエネルギーを食うので四六時中張ってるわけではない。敵が近付いた時だけ展開していたはずなのに……
「モンブラン……あんた、攻撃が来るってなんで分かったんや?」
「そ……それが、今、あっしの耳元で『あぶない! シールドを張れ!!』って声が聞こえて、無我夢中で……」
「声? 男のか?」
「ええ、そうでした」
「教授……おられるんか?」
 ええ!? じゃあ、あたしがさっき聞いた声も……
 あたし達は、狭いコックピット内をキョロキョロ見回した。
 でも、誰もいない。
「キョロキョロしてるな! 敵は目の前だ!!」
  き……聞こえた!?
「うちにも、今、聞こえたで」「あっしも」
 じゃあ、今のは……いけない! それどころじゃない。
「ミル! 敵は正面よ!! レーザーはそっちから来たわ」
「なんやて!? いつの間に。モンブラン! 左舷スラスター全開! コースをずらすんや」
「ラジャー」
 そうだったんだ。奴はずっとあたし達の正面で待っていたんだ。
 〈ネフェリット〉が光速を超えるのを……
 光速を越えた船に、光は追いつく事はできない。だから、今の〈ネフェリット〉を後方や側面から攻撃する事は不可能なはず。
 ただ一つ、正面を除いて……
 そのたった一つの死角を取られたあたし達から、攻撃はできない。
 〈ネフェリット〉はすでに見掛けの光速を越えているために、フィールド外にレーザーを撃てないのだ。
 それは敵も同じなはず。レーザーを発射するには、一時的に時間加速率を落として、速度を光速以下に落とさなければならない。
 そして、レーザー発射後に再び加速率を上げる。もちろん、こっちも時間加速率を落とせばレーザーを発射できるが、正面にいる敵は攻撃できない。
 どうしてかって。
 敵がレーザーを撃つために加速率を下げた瞬間を狙えば別だが、それ以外の時は敵も常に光速を越えている。つまり、超光速で移動する敵の後方からレーザーを撃ってもレーザーは敵に追いつけないばかりか、時間加速率を元に戻した〈ネフェリット〉は自分の撃ったレーザーに追いついてしまうのだ。逆に正面にいる敵は〈ネフェリット〉のスピードなど関係なしに攻撃できる。
 数分後、〈ネフェリット〉を再びレーザーが襲った。
「なんでや? なんでこっちの居場所が分かるんや?」
 それからも、〈ネフェリット〉は右へ左へとコースを変え続けた。
 にも、関わらず敵は正確にこっちの居場所を把握し攻撃してくる。
「何とか、前に周り込めんか?」
「やってるんですが、敵はこっちの加速にぴったり合わせて加速してるもんで、なかなか……何より、力場障壁にエネルギーを回し過ぎて、これ以上加速が……」
 でも、変ね。確かに、こっちから発したレーザーは追いつけないけど、そのかわり他の電磁波も追いつけない。だから、敵は電磁波から、こっちの動きを知ることはできないはずなのに……
「タキオンだ」
 また、あの声が聞こえた。
 ちょっとまって、タキオン? あたしは超光速粒子探知器のデータを確認した。やっぱり! 〈ネフェリット〉の中から超光速粒子タキオンパルスが出ている。それも八時間前から……
 でも、なんでパルスが……?………!!
「〈天使の像〉だわ!! ミル! 〈天使の像〉が超光速粒子パルスを出している!!」
「なんやて!?」
「あたし、パルスを止めて来る」
 あたしはシートから立ち上がった。
「ちょい、まちーな。ショコラ」
 ミルの制止に構わず、あたしはコックピットから飛び出した。
 〈天使の像〉は研究室に置いてあるはず。あたしはリビングを横切り、通路に飛び出した。
 タラップを降りようとしたとき、船体が大きく揺れる。
「きゃあっ!」
 あたしは、背中から転落した。
 ドサ!!
 何かが、いや誰かがあたしを受け止めた。
 まさか!? 教授の幽霊?
「大丈夫か? ショコラ」
 じゃなくて、その息子の方だった。
「ふええーん! タルトぉ!!」
 あたしは、思わずタルトの首っ玉にしがみつく。
「おい、どうしたんだ? こんな所で。それに、さっきからこの揺れは……」
「あのねえ!! 〈天使の像〉がパルス出して、敵が正面に周り込んで、攻撃されてて、こっちから攻撃できなくて、あたしはパルスを止めに……」
「ああ!! 分かった! 分かった! なんだか分からんが、よく分かった!!」
 分かったのか? 今ので……
「とにかくコックピットに、いきゃ良いんだな」
  タルトは、そっとあたしを降ろした。
  すばやく、タラップを上り始める。
「ああ! タルト待って。その前に顔を洗った方が……」
「そんな暇はない」
「いや、あの……」……顔の落書きが、そのままなんですけどぉ……と言えず、あたしは研究室に向かう。
 狭い通路を抜けようやくたどり着いた。ドアを開ける。
 奇怪な石像。古代文字の刻まれた金属プレート。ピンジュラーの鏡、太陽水晶などヴィマーナの部品。オリハルコン、ヒヒイロカネ、ツーオイストーン、エレクサ、その他いろんなEMでできている発掘品の数々が雑然と置かれている。
 ほとんど、ミルがあっちこっちの惑星や衛星で集めてきたものだ。
 中には盗んだ物もあるけど……
 そう言えば以前に、ミルがここで発掘品の山に埋もれて眠っていた事があったけど……あの時は、ミルは自力で出てこれなくて、あたしが引っ張り出したっけ。まったく、オーパーツ・ハンターが発掘されてちゃ世話ないわね。
 あたしは、作業台の上に乗っている箱を開ける。あたし達が盗み出した〈天使の像〉がそこにあった。
 さあ、タキオンを止めなきゃ……どうやって?
 ああ!! タキオンって、どうやったら止まるのよぉ!?
 インカムでミルを呼び出そうか。
「スウェーデンの石を使うんだ」
 また、教授の声?
『スウェーデンの石』っていったら、二十世紀始め頃のアメリカの電気工学者ヘンリー・モレイが発見した物質だ。石とは言うけど白い粘土のような物質で、ゲルマニウム半導体の一種と当時は考えられていた。今では、これはEMの一種だと分かっている。
 ヘンリー・モレイはこれを宇宙エネルギーという訳の分からないものを電気に変換するんだって言ってたけど、実際には中性粒子ニュートリノを電気に変換していたのよね。
 しかも、変換効率はあまり良くなくて、実用的ではなかったと言う。でも、こんな物でタキオンパルスを遮断できるのかしら?
 スウェーデンの石なら、三年前に水星で発掘した後、買い手が付かなくて、コンテナに閉まっといたはずだけど……
 あたしはコンテナを開けた。
 あった! スウェーデンの石。
 あたしは粘土のようなスウェーデンの石をかき分け〈天使の像〉を埋め込むと、インカムでミルを呼び出した。
「ミル。タキオンは止まった?」
『ようやったで、ショコラ。どうやったか知らんがパルスは消えた』
 本当に止まったんだ。嘘みたい。
『モンブラン! タルト! 反撃や! 超光速船を後ろから攻撃できないと思い込んでいる、あのくそぢぢいに思い知らしたれ! レーザーが追いつけんでも、この世で唯一つ、超光速船に追いつける物があるという事を!!』
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