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え!? 教授は死んでいた?
シャングリラ上空三〇〇キロ
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「……あると思うんやけどなあ。まだ……」
ミルが未練がましくつぶいたのは、〈ネフェリット〉の操縦室で預金残高を調べているときだった。
数字は、ここ数か月の間に急激に落ち込んでいる。
「やっぱ、〈パイザ〉は太陽系で捜すべきやったやろか? 時間圧縮航法の試運転をかねてとは言え、わざわざ一千天文単位(千五百億キロまたは五・八光日)も旅して第二太陽系まで来たせいで大赤字や。〈ネフェリット〉の燃料かて、バカにならんしな」
〈ネフェリット〉は、かつてミルが在学していた大学がフィールドワーク用に所有していた船を払い下げてもらった船である。
元々は外宇宙で使用するために建造した物だが、建造中に戦争が始まり時間圧縮航法システムが未完成のままだった。戦争終了後も必要なオーパーツが揃わないまま、係留料金を食うだけの役立たずとなっていた。それに目を付けたミルは格安料金で買い取った後、必要なオーパーツを入手(盗んで)して完成させたのである。
〈ネフェリット〉は全長三百五十メートル、全幅百五十メートルと中程度の大きさであるが、その推進機関には、最新鋭のPE七型プラズマコア対消滅エンジンが二機装備されている。
電子と陽電子の対消滅が生み出す膨大なエネルギーから得られる加速度は最大三十G。 船体は五十Gに耐えられる構造になっており、居住区や研究室、貨物室など、高いGから守らなければならない部分には最大六十Gの慣性を打ち消せる、慣性中和機構が完備されている。
各国の宇宙軍でも、これほどの高性能の船はないが、その分の運用経費が高く付いた。
「姉御、残りの陽電子だけでは、光速の十パーセントまで加速するのがやっとですぜ。それ以上加速すると今度は減速できなくなって、太陽系を通り越してしまいます」
ミルの後ろで航法計算していたモンブランが言った。
「さよか。で、その場合、何日で帰れる?」
「三ケ月弱ってとこですな」
「まあ、何とか辛抱できんこともない時間やな。しゃあない。それで行こう。あ~あ、予定ではこの惑星で、もう二~三件仕事して、帰りの燃料代を稼ぐつもりやったのに、あないな引退宣言出した直後に仕事なんぞできんしな。それこそ、世間様に顔向けできん」
今までやっていた事でも、十分に世間様に顔向けできないという自覚はないようである。
「姉御。〈シャングリラ〉には、まだ手付かずの遺跡がそうとうありますよ。まともに、オーパーツを捜しても、十分稼げると思いますが……」
「あかん、あかん。〈シャングリラ〉の船舶係留料金はめっちゃ高いんや。こんな所で何十日も掛けてオーパーツ捜しとったら、それこそ係船料稼ぐためにオーパーツ捜すようなものやで。それにな、ここの遺跡が手付かずなのは理由があるんや」
「どういう事です?」
「ここの法律ではな、埋設文化財とか地下資源とか、ようするに地下に埋もれている金目の物は、すべて国有財産という事になっとるんや。こっそり掘り出しても、どっからか役人が嗅ぎ付けて来てな、オーパーツハンターが、みごとお宝を見つけた時を見計らってしゃしゃり出てきて、問答無用でオーパーツを没収してまうんや」
「なるほど」
「まったく、警察は無能なくせに、そういう所には優秀な人材を置いとるなんて、なんちゅういけすかん惑星や!」
「第二太陽系内には、まだ他に惑星があります。そっちへ行ってみてはどうでしょう?」
第二太陽系には、四つの惑星がある。
それ以外の惑星は、アヌンナキによって球状構造物の材料にされたらしい。ただ、惑星の配置が変わっていた。
チチウス・ボーデの法則から言って、本来第二惑星と第四惑星のあるべき位置に、惑星が存在せず、かわりに本来第三惑星がある軌道上に三つの惑星が存在していた。つまり、第二太陽系には第一惑星の他に、第二惑星が三つあるわけだ。
本来は第二、第四惑星だったものをアヌンナキが何らかの手段で第三惑星軌道上に移動させ、六十度の間隔をおいて配置したらしいと言われている。三つの惑星はどれも地球の大きさに近く、大気も呼吸可能だ。東から、つまり公転方向の前方からそれぞれ〈アガルタ〉〈エル・ドラド〉〈シャングリラ〉と呼ばれており、その内〈エル・ドラド〉には原住知的生命体が存在していた。
原住知的生命体といっても、その姿は地球人とまったく同じである。それもその筈、彼等はかつてアヌンナキに連れられて来た地球人の子孫だったのだから……
「そやな……〈アガルタ〉か〈エル・ドラド〉で一稼ぎしてから……」
「いや。直ぐに帰った方がいい」
「なんでですか? 先生………………?え!?」
ミルは慌てて周りを見回した。大して広くもない〈ネフェリット〉の操縦室の中には、自分とモンブランしかいない。
「なあ、モンブラン。あんた、今なんか言うたか?」
「ですから、ネメシス系内には、まだ他に惑星がありますが、そっちへ行ってみてはどうでしょうかと」
「いや、その後や。『直ぐに帰った方がいい』って……」
「いいえ。なんであっしが?」
「そやな、それに今の声、宮下先生にそっくりやったしな……」
「宮下先生……? 姉御、そう言えばあの先生からもらったカードは見たんですか?」
「おお! そやった。はよ、見んと買い物に行っとるショコラとタルトが帰ってきてまう」
「あの、二人がいちゃ、まずいんですか?」
「見てみんと分からんけど、もしかすると二人に見せられんかもしれん」
「はあ……」
「先生と、うちとの間にはいろいろとあったんや。あれは、うちがまだ大学生の頃やったな」
ミルはふと遠い目付きになった。
「宇宙考古学の単位が足りんで、うちがめちゃ焦ってる時にな、先生に『単位をやるから、今夜私の家へ来なさい』と呼び出されたんや」
「ま……まさか? 行ったんですか?」
「行った」
「ええ!? そ……それで、まさかその後で、お子様の前では、絶対にやってはいけない事があったのでは!?」
ミルはコクっと頷き、話を続けた。
「先生は紳士やし、まさか、そないな事あるまいと思ったんやけどなあ」
「だめです! そういう男が一番危ないんです!!」
「先生の家で、うちは先生と二人っ切りになったんや」
「あの野郎! 今度会ったら」
「先生は、うちの肩に手をかけ、こう言ったんや」
「ゴク!」
「『竹ノ内君。この学校の出資者の高野氏を知っているかね?』うちは頷いた『彼の家の床の間には、金星で発掘されたダイヤモンドタブレットが飾られている。それを盗みだして、そこに記せれている古代文字を翻訳しなさい。それができたら、レポートにして来週金曜日までに提出するんだ』そうしたら単位をくれると」
「あの……姉御……」モンブランは目を点にして言った。「それだけで?」
「それだけや」
「だって、さっき『お子様の前では、絶対にやってはいけない事』と」
「なに、言うてんねん! 教授が学生に犯罪を強要したんやで!! こんな事がお子様の前でやっていいと思うか!?」
「ご……ごもっともで……」
「あ! モンブラン、あんた今、やぁらしい事を想像したやろ」
「してません! してません!!」
「ほんまかあぁ~」
「本当です!! それで、どうなったんです?」
「その後、見事タブレットを盗みだしたんや。盗みのテクニックは教授に手解きしてもろうとんやけどな」
「て、ことは、教授もそう言う事をやっていたと」
「そうや。発掘品のコレクターって奴は、なかなかそういうもん手放そうとせんのでなあ。先生も苦労したみたいや」
「はあ……つまり、盗んでたと……」
「しかし、盗みだしたはいいけど、うちの読める古代文字はエジプトの神聖文字と日本の神代文字ぐらいで、タブレットの文字は全然読めんかった」
「じゃあどうやったんで……?」
「ショコラに見せたら、あっさりと解読してもうた。今かて、そうしとるやないか」
「ごもっともで」
実際、ミルが発掘するなり盗むなりして手に入れたオーパーツの古代文字は全てショコラが解読していた。
「ショコラは、うちのお母はんの妹の子でな。六才のころ竹ノ内家に預けられたんや。ご両親とも学者で、外宇宙探査に出かけてしまいはって、十年くらい帰らんと言う事になって、それで両親が戻るまで我が家で預かる事になったんや。ほんま、あの時は無口やけど可愛い子やったで、今はすっかり生意気になってもうたけど……」
「今でも、可愛いと思いますが……」
「それは置いといて、とにかくあの時、うちは盗みだしたはいいけど、タブレットの文字がさっぱり読めんで困っとったんや。一応シュメール文字に似とったので、シュメール語の翻訳ソフトを使ってみたけど、訳に立たんかった。そんな時、部屋にショコラが入ってきてな、タブレットを朗読し始めたんや。いや、びっくりしたで。六歳の子が、いきなりあんなもん読みだすんやから。聞いてみたら、この文字はタルシス文字といって、アヌンナキが使かっとった文字なんやと」
「前っから思ってたんですけど、なんでショコラちゃんみたいな子供が古代文字を読めるんです?」
「本人が言うには、ご両親の仕事……宇宙考古学者やったんやけど、仕事を側で見ているうちに覚えたそうや。ただ、うちはショコラは自覚のないサイコメトリー能力者(物体を手にしただけで、その物体の由来や、あるいはまた、それにまつわる人々の過去、現在、未来に関する知識を得る超能力を持つ人)やないかと思うんや。つまり本人は文字を読んどるつもりやけど、実は文字に込められた思いを読んどるやないかと……」
「でも、それだと、姉御がタブレットを盗んだ事だって分かるのでは……」
「まあ、そのへんはうちにも分からんわ。超能力っていうのは、曖昧なもんが多いし」
「確かに……しかし、てとこは姉御。二年前に、姉御が怪盗ミルフィーユを始めた時は初犯じゃなかったんで?」
「初犯も何もあの時点では、前科二十犯ぐらいになっとったで。まあ、捕まらんかったから、前科はないけど。あれ以後もちょくちょく教授にレポートを提出しとったんや。いや、卒業してからもや。うちかて、卒業してから最初の二ヶ月ほどはOLちゅうもんをやっとた。しかし、すぐにこれは人間のやる仕事やないという事に気が付いたんや」
「いや、それほど酷いものでも、ないのでは……」
「会社勤めをやった事のない人は分からへんけど、あれは人間のやる仕事やないで」
「そうなんですか?」
もちろん、そんな分けがない。そんな分けは無いが、人によっては会社勤めは地獄の苦しみになる事がある。そして、ミルにとっては二ヶ月間の会社勤めは、地獄以外の何ものでも無かった。
「とにかく、二ヶ月で会社を辞めたうちは、直ぐにフリーのオーパーツハンターを始めたんや。その一方で教授の依頼を受けては、オーパーツを盗んどった。ただし報酬は単位やのうて、現金やけどな」
「なるほどねえ。どうりで二年前、初犯にしては姉御の手口が鮮やかだと思いましたよ」
「言っとくけど、この事はショコラとタルトには内緒やで」
「分かってます」
通信機のコール音が鳴り響いたのはその時だった。
ミルが未練がましくつぶいたのは、〈ネフェリット〉の操縦室で預金残高を調べているときだった。
数字は、ここ数か月の間に急激に落ち込んでいる。
「やっぱ、〈パイザ〉は太陽系で捜すべきやったやろか? 時間圧縮航法の試運転をかねてとは言え、わざわざ一千天文単位(千五百億キロまたは五・八光日)も旅して第二太陽系まで来たせいで大赤字や。〈ネフェリット〉の燃料かて、バカにならんしな」
〈ネフェリット〉は、かつてミルが在学していた大学がフィールドワーク用に所有していた船を払い下げてもらった船である。
元々は外宇宙で使用するために建造した物だが、建造中に戦争が始まり時間圧縮航法システムが未完成のままだった。戦争終了後も必要なオーパーツが揃わないまま、係留料金を食うだけの役立たずとなっていた。それに目を付けたミルは格安料金で買い取った後、必要なオーパーツを入手(盗んで)して完成させたのである。
〈ネフェリット〉は全長三百五十メートル、全幅百五十メートルと中程度の大きさであるが、その推進機関には、最新鋭のPE七型プラズマコア対消滅エンジンが二機装備されている。
電子と陽電子の対消滅が生み出す膨大なエネルギーから得られる加速度は最大三十G。 船体は五十Gに耐えられる構造になっており、居住区や研究室、貨物室など、高いGから守らなければならない部分には最大六十Gの慣性を打ち消せる、慣性中和機構が完備されている。
各国の宇宙軍でも、これほどの高性能の船はないが、その分の運用経費が高く付いた。
「姉御、残りの陽電子だけでは、光速の十パーセントまで加速するのがやっとですぜ。それ以上加速すると今度は減速できなくなって、太陽系を通り越してしまいます」
ミルの後ろで航法計算していたモンブランが言った。
「さよか。で、その場合、何日で帰れる?」
「三ケ月弱ってとこですな」
「まあ、何とか辛抱できんこともない時間やな。しゃあない。それで行こう。あ~あ、予定ではこの惑星で、もう二~三件仕事して、帰りの燃料代を稼ぐつもりやったのに、あないな引退宣言出した直後に仕事なんぞできんしな。それこそ、世間様に顔向けできん」
今までやっていた事でも、十分に世間様に顔向けできないという自覚はないようである。
「姉御。〈シャングリラ〉には、まだ手付かずの遺跡がそうとうありますよ。まともに、オーパーツを捜しても、十分稼げると思いますが……」
「あかん、あかん。〈シャングリラ〉の船舶係留料金はめっちゃ高いんや。こんな所で何十日も掛けてオーパーツ捜しとったら、それこそ係船料稼ぐためにオーパーツ捜すようなものやで。それにな、ここの遺跡が手付かずなのは理由があるんや」
「どういう事です?」
「ここの法律ではな、埋設文化財とか地下資源とか、ようするに地下に埋もれている金目の物は、すべて国有財産という事になっとるんや。こっそり掘り出しても、どっからか役人が嗅ぎ付けて来てな、オーパーツハンターが、みごとお宝を見つけた時を見計らってしゃしゃり出てきて、問答無用でオーパーツを没収してまうんや」
「なるほど」
「まったく、警察は無能なくせに、そういう所には優秀な人材を置いとるなんて、なんちゅういけすかん惑星や!」
「第二太陽系内には、まだ他に惑星があります。そっちへ行ってみてはどうでしょう?」
第二太陽系には、四つの惑星がある。
それ以外の惑星は、アヌンナキによって球状構造物の材料にされたらしい。ただ、惑星の配置が変わっていた。
チチウス・ボーデの法則から言って、本来第二惑星と第四惑星のあるべき位置に、惑星が存在せず、かわりに本来第三惑星がある軌道上に三つの惑星が存在していた。つまり、第二太陽系には第一惑星の他に、第二惑星が三つあるわけだ。
本来は第二、第四惑星だったものをアヌンナキが何らかの手段で第三惑星軌道上に移動させ、六十度の間隔をおいて配置したらしいと言われている。三つの惑星はどれも地球の大きさに近く、大気も呼吸可能だ。東から、つまり公転方向の前方からそれぞれ〈アガルタ〉〈エル・ドラド〉〈シャングリラ〉と呼ばれており、その内〈エル・ドラド〉には原住知的生命体が存在していた。
原住知的生命体といっても、その姿は地球人とまったく同じである。それもその筈、彼等はかつてアヌンナキに連れられて来た地球人の子孫だったのだから……
「そやな……〈アガルタ〉か〈エル・ドラド〉で一稼ぎしてから……」
「いや。直ぐに帰った方がいい」
「なんでですか? 先生………………?え!?」
ミルは慌てて周りを見回した。大して広くもない〈ネフェリット〉の操縦室の中には、自分とモンブランしかいない。
「なあ、モンブラン。あんた、今なんか言うたか?」
「ですから、ネメシス系内には、まだ他に惑星がありますが、そっちへ行ってみてはどうでしょうかと」
「いや、その後や。『直ぐに帰った方がいい』って……」
「いいえ。なんであっしが?」
「そやな、それに今の声、宮下先生にそっくりやったしな……」
「宮下先生……? 姉御、そう言えばあの先生からもらったカードは見たんですか?」
「おお! そやった。はよ、見んと買い物に行っとるショコラとタルトが帰ってきてまう」
「あの、二人がいちゃ、まずいんですか?」
「見てみんと分からんけど、もしかすると二人に見せられんかもしれん」
「はあ……」
「先生と、うちとの間にはいろいろとあったんや。あれは、うちがまだ大学生の頃やったな」
ミルはふと遠い目付きになった。
「宇宙考古学の単位が足りんで、うちがめちゃ焦ってる時にな、先生に『単位をやるから、今夜私の家へ来なさい』と呼び出されたんや」
「ま……まさか? 行ったんですか?」
「行った」
「ええ!? そ……それで、まさかその後で、お子様の前では、絶対にやってはいけない事があったのでは!?」
ミルはコクっと頷き、話を続けた。
「先生は紳士やし、まさか、そないな事あるまいと思ったんやけどなあ」
「だめです! そういう男が一番危ないんです!!」
「先生の家で、うちは先生と二人っ切りになったんや」
「あの野郎! 今度会ったら」
「先生は、うちの肩に手をかけ、こう言ったんや」
「ゴク!」
「『竹ノ内君。この学校の出資者の高野氏を知っているかね?』うちは頷いた『彼の家の床の間には、金星で発掘されたダイヤモンドタブレットが飾られている。それを盗みだして、そこに記せれている古代文字を翻訳しなさい。それができたら、レポートにして来週金曜日までに提出するんだ』そうしたら単位をくれると」
「あの……姉御……」モンブランは目を点にして言った。「それだけで?」
「それだけや」
「だって、さっき『お子様の前では、絶対にやってはいけない事』と」
「なに、言うてんねん! 教授が学生に犯罪を強要したんやで!! こんな事がお子様の前でやっていいと思うか!?」
「ご……ごもっともで……」
「あ! モンブラン、あんた今、やぁらしい事を想像したやろ」
「してません! してません!!」
「ほんまかあぁ~」
「本当です!! それで、どうなったんです?」
「その後、見事タブレットを盗みだしたんや。盗みのテクニックは教授に手解きしてもろうとんやけどな」
「て、ことは、教授もそう言う事をやっていたと」
「そうや。発掘品のコレクターって奴は、なかなかそういうもん手放そうとせんのでなあ。先生も苦労したみたいや」
「はあ……つまり、盗んでたと……」
「しかし、盗みだしたはいいけど、うちの読める古代文字はエジプトの神聖文字と日本の神代文字ぐらいで、タブレットの文字は全然読めんかった」
「じゃあどうやったんで……?」
「ショコラに見せたら、あっさりと解読してもうた。今かて、そうしとるやないか」
「ごもっともで」
実際、ミルが発掘するなり盗むなりして手に入れたオーパーツの古代文字は全てショコラが解読していた。
「ショコラは、うちのお母はんの妹の子でな。六才のころ竹ノ内家に預けられたんや。ご両親とも学者で、外宇宙探査に出かけてしまいはって、十年くらい帰らんと言う事になって、それで両親が戻るまで我が家で預かる事になったんや。ほんま、あの時は無口やけど可愛い子やったで、今はすっかり生意気になってもうたけど……」
「今でも、可愛いと思いますが……」
「それは置いといて、とにかくあの時、うちは盗みだしたはいいけど、タブレットの文字がさっぱり読めんで困っとったんや。一応シュメール文字に似とったので、シュメール語の翻訳ソフトを使ってみたけど、訳に立たんかった。そんな時、部屋にショコラが入ってきてな、タブレットを朗読し始めたんや。いや、びっくりしたで。六歳の子が、いきなりあんなもん読みだすんやから。聞いてみたら、この文字はタルシス文字といって、アヌンナキが使かっとった文字なんやと」
「前っから思ってたんですけど、なんでショコラちゃんみたいな子供が古代文字を読めるんです?」
「本人が言うには、ご両親の仕事……宇宙考古学者やったんやけど、仕事を側で見ているうちに覚えたそうや。ただ、うちはショコラは自覚のないサイコメトリー能力者(物体を手にしただけで、その物体の由来や、あるいはまた、それにまつわる人々の過去、現在、未来に関する知識を得る超能力を持つ人)やないかと思うんや。つまり本人は文字を読んどるつもりやけど、実は文字に込められた思いを読んどるやないかと……」
「でも、それだと、姉御がタブレットを盗んだ事だって分かるのでは……」
「まあ、そのへんはうちにも分からんわ。超能力っていうのは、曖昧なもんが多いし」
「確かに……しかし、てとこは姉御。二年前に、姉御が怪盗ミルフィーユを始めた時は初犯じゃなかったんで?」
「初犯も何もあの時点では、前科二十犯ぐらいになっとったで。まあ、捕まらんかったから、前科はないけど。あれ以後もちょくちょく教授にレポートを提出しとったんや。いや、卒業してからもや。うちかて、卒業してから最初の二ヶ月ほどはOLちゅうもんをやっとた。しかし、すぐにこれは人間のやる仕事やないという事に気が付いたんや」
「いや、それほど酷いものでも、ないのでは……」
「会社勤めをやった事のない人は分からへんけど、あれは人間のやる仕事やないで」
「そうなんですか?」
もちろん、そんな分けがない。そんな分けは無いが、人によっては会社勤めは地獄の苦しみになる事がある。そして、ミルにとっては二ヶ月間の会社勤めは、地獄以外の何ものでも無かった。
「とにかく、二ヶ月で会社を辞めたうちは、直ぐにフリーのオーパーツハンターを始めたんや。その一方で教授の依頼を受けては、オーパーツを盗んどった。ただし報酬は単位やのうて、現金やけどな」
「なるほどねえ。どうりで二年前、初犯にしては姉御の手口が鮮やかだと思いましたよ」
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