怪盗ミルフィーユ

津嶋朋靖(つしまともやす)

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怪盗ミルフィーユの引退宣言

鬼頭邸〈ショコラ〉4

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「なんや!? ショコラ。なんのつもりや?」
 「ミル。これで撃たれても死ぬ事はないわ。でも、最低三十分は動けなくなるはずよ。この状況で、それが何を意味するか分かっているわね」
 「落ち着きいな、ショコラ。そないな事したら、あんたまで逮捕されるで」
 「あたし十四歳だもん。横暴な従姉妹にそそのかされたって言えば済むわ」
 「少年法を盾にするんかい。えげつないやっちゃなあ。でもな、それならモンブランやタルトはどうするつもりや?」
 「二人には、あたしから逃げろって言っておくわ」もっとも、あの義理堅い男達が素直に逃げるとも思えないけど……「ミルが約束を守れば済むことよ。アイテムが全部、揃ったら、足を洗うという約束をね」
 「おお! そうやった。忘れてへんでえ」
  うそつけ!! 今の今まで忘れてたくせに。
 「『銭湯に行って足を洗おう』なんてギャグを飛ばしたら、即座に撃つわよ」
 「あ……あはは……何言うてんねん。そないアホな事言うわけないやろ」
  そう言っているミルのこめかみに、ツーっと汗が流れるのをあたしは見逃さなかった。やっぱり考えていたな。
 「じゃあ、足は洗うのね」
 「当然や。うちが今まで約束をやぶった事あるか?」
 「あのねえ、そういう風に言うと、まるで約束守ったことが、あるみたいじゃない」
 「失礼な!! うちは約束を意図的に破った事はあらへん。ただ、覚えてへんだけや」
  なんじゃい、そりゃあ?
 「じゃあ、今回の約束、思い出したからには、守ってくれるんでしょうね?」
 「も……もちろんや。第一、アイテムは揃ってもうたし、もう盗む必要はないやろ」
 「そうね。でも、あたし達が外宇宙に行くのに必要な資金は、まだ足りないわ。もし、ミルがそれを調達するために怪盗ミルフィーユを続けようって了見なら、あたし撃つわよ」
 「そ……そんな事あらへん」
 「じゃあここで誓って。怪盗ミルフィーユは本日を持って引退します。明日からは真っ当なオーパーツハンター竹たけノ(の)内うち魅瑠みるに戻りますって」
  まあ、オーパーツハンターも真っ当な仕事とは言い難いが、怪盗よりましだろう。
 「わぁった! わぁった! 言えば良いんやろ。怪盗ミルフィーユは本日を持って引退します。明日からは真っ当なオーパーツハンター竹ノ内魅瑠に戻ります。これでええな?」
 甘い! 口約束を信じるほど、あたしは甘くないぞ。
  あたしはポケットからB5用紙のポスターを取り出した。
 「じゃあ、これを壁に貼って」
  あたしはポスターをミルに渡した。
 「何や? これ」
  怪訝な顔をしてミルはポスターを広げる。そこには……
『貴重なオーパーツを専門に盗む怪盗ミルフィーユは、今回を持って引退させて頂きます。長い間、ご声援ありがとうございました』
 「な……なんか、マンガの最終回みたいな文章やな」
 「なんでもいいでしょ。早く貼って」
 「しかし、こんなもの貼ったら、まるで引退するみたい……」
 「何だって!?」
 「なんでもあらへん!」
  ミルは、そそくさとポスターを貼った。
  これでよし。ミルの性格からして、あたしとの約束はどうせ守らないけど、世間に公表してしまったことは律義に守るはずだ。
  バタン! 不意に扉が開いた。見るとそこに一人の警官が立っている。
  しまった!? 時間をかけ過ぎたか?
 「しー! 僕だ、僕」
  警官は帽子を外した。帽子と一緒に顔も外れる。これもホロマスクだ。三十代半ばの男性の顔を写したホロマスクの顔の下から、十代後半の美少年の顔が現れる。
 「タルトやないか。どないしてん?」
 「どないもこないも、何をぐずぐすしてるんですか!?」
  彼はあたし達の仲間の一人、宮下瑤斗。年はあたしより四つ上のお兄さんだけど、あたしはいつもタルトって呼び捨てにしている。 さっき天窓を指差して『おい! 天窓のところに誰かいるぞ』と叫んだのは彼だった。
  タルトは十八才の現役大学生……だったのだけど、今は休学中で、ミルの所へはアルバイトのつもりでやって来た。
  もちろんミルが泥棒やってるなんて知らずに……
 知った時は、かなり驚いていた。驚いてはいたが、彼はあっさりと協力者になってしまった。どうやら、ミルに一目惚れしたらしい。
  しかし、これは彼の人生最大の過ちだと、あたしは確信している。
ミルみたいな女に惚れたら人生終りだ。一日も早く彼は、おのれの過ちに気が付くべきだわ。だいたいにして、なんだって彼みたいなハンサムボーイが、ミルみたいなオバンに夢中になるのよ。
  すぐそばに若くて、可愛くて、頭も良いあたしみたいな女の子がいるというのに……そこのおまえ、笑うな。
  ちなみに彼は、ダウジングという特技がある。振り子とか占い棒を使って、地下に埋まっている物を見つける、一種の超能力だ。
  そういう能力のある人をダウザー(水脈占い師)と言って、昔からヨーロッパでは井戸を掘るのに活躍していた。
  近代になっても、古い水道管を捜すにその能力が使われている。
  もちろん、遺跡発掘現場では重宝されていた。
 「とにかく、急いで下さい。すでに三体のダミーミルフィーユが、警察の手に落ちてるんですよ。早く逃げなきゃ、警察が騙された事に気が付いて戻ってくるでしょ」
  ダミーミルフィーユってのは、今回の仕事のために用意したアンドロイドだ。
  適当に逃げ回って、警察を攪乱するのが目的。
  さっき、天窓のところにいたのもその一つで、全部で五体用意したから、あと二体が警察から逃げ回っているはず。
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