怪盗ミルフィーユ

津嶋朋靖(つしまともやす)

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怪盗ミルフィーユの引退宣言

鬼頭邸〈ショコラ〉

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  あたしが中に入った時、リビングルームは物々しい雰囲気に包まれていた。二百畳ほどの広さの部屋の中に配備された警官達が、一斉にあたしの方を振り向く。

 「真奈美まなみではないか。どうしたのだ?」

  入って来たあたしに気が付いてそう言ったのは、白いあごひげを蓄えた老人だった。
  この屋敷の主人にして、あたしの祖父である……ことになっている鬼頭隆一きとうりゅういち

「おじい様! こんな物が……」

 あたしは紙を持っておじい様の元にかけ寄った。

「先ほど、わたくしのパソコンに、このようなメールが送られてきたのです」

  あたしが今、おじい様に渡したのは、そのメールをプリントアウトしたものだった。

 『ごめん。ちょっと遅くなりそうや。昼間のメールでは、今夜十二時って言うたけど、事情により十二時十分に変更します。       華麗なる大怪盗ミルフィーユより』 

 ちなみに昼間来たメールの内容はこうだ。

『今夜、十二時。〈天使の像〉をいただきにまいります。警察に知らせてもええけど、税金の無駄遣いさせるだけやでえ。        華麗なる大怪盗ミルフィーユより』
「ふざけたやつですな」おじい様から受け渡されたプリント用紙を見るなり、刑事さんはそう言った。「しかも、自分で『大怪盗』と言ったり、『華麗なる』などと形容詞を入れたり、恥ずかしくないのか?」

 本題から外れているような気がするけど、あたしも刑事さんの言ってる事に同感だ。

「ふざけた奴なのかもしれんが、こいつが大怪盗というのは事実だろ。現にこいつは、これまで十数回、予告状を出し、ことごとく盗みに成功しているという。そして警察はまったく手掛かりを掴んでいない。それで、今回は大丈夫なのかね?」

 そう言って、おじい様は部屋の中央に備え付けられた台座を指差した。台座の上には、一片三十センチほどの正方形のガラスケースが置かれている。

 その中にそれはあった。

  赤く輝く金属の彫像。背中に羽のある十才位の少年をモチーフにしているので〈天使の像〉などと呼ばれているが、本当は第二太陽ネメシス系第二惑星〈エルドラド〉で、その昔飢えた民のために虚空から食べ物を出したと言われるマナ神の像だ。
 ところでこの像、普通の金属のように見えるけど、実はこれ周期表外物質エクストラマターの一種であるヒヒイロカネで作られていた。
  周期表外物質エクストラマター、通称EMとは、簡単にいうと、メンデレーエフの周期表には、当てはまらない物質という意味だそうだが、普通の物質とEMのどこがどう違うのかなんてことは、あたしにはさっぱり分からない。
  ただ、EMに関してあたしにも分かる事は二つある。一つは、超光速船のような超技術や、重力制御、力場障壁みたいにあたし達が当たり前のように使っている技術のいくつかは、このEMなしには有り得ないという事。もし、二十一世紀の半ば頃に、EMが発見されることがなかったら、人類は未だに月に住むことすらできなかっただろうと言われているくらい有り難い物質なわけだ。
  実際、今の人類は月どころか、火星を地球化し、太陽系全域に進出し、カイパーベルト、オールト彗星雲を制覇して、太古の昔に何者(おそらくアヌンナキたど言われているけど)かによって巨大な球状構造物に蓋い隠されて、外部から見えなくなっていた太陽の四つの兄弟星〈ネメシス〉〈ツクヨミ〉〈ルシファー〉〈テスカポリトカ〉を発見し、その惑星群に植民地を築いているし、さらに近傍恒星系に探査の手を伸ばしている。
  だが、それらの輝かしい成果は全てEMという謎多き物質に支えられているわけだ。
  もう一つ、あたしに分かることは、EMというのは非常に貴重な物質だということ。といっても自然界には、かなり大量のEMが存在しているみたいなんだけど、鉱石から金属を抽出するみたいに、EMを精製することはできない。現代の人類には……
 ところが、超古代文明の遺跡からはEMを加工した品物が多数出土している。つまり、現代の人類がEMを手にするには古代遺跡から発掘する以外に方法がないということだ。
  それはともかく、おじい様が〈天使の像〉を手に入れたのは、今から五十年前の事だという。当時、この惑星〈シャングリラ〉に入植したばかりのおじい様が裏の畑を耕しているときに、愛犬が見つけ、それ以来、幸運続きで、あれよあれよという間に今のような金持ちになったという嘘か本当が分からんような逸話を聞かされたが、これが今回のミルフィーユのターゲットだ。
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