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高速道路の霊
幻影
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しかし、軽自動車もそんなに速度は出ないんだな。
メーターの数字は八十付近。
樒のバイクなら、軽く百五十は出るはず。
「もっと飛ばしてください」
「そんな事言ったって、ここの制限速度は八十キロですから……」
「しかし、これでは追いつけない」
「でも、今の時間はハイウエーパトロールが巡回していますから……ほら。スピード出し過ぎたら、ああなっちゃいますよ」
池田さんの指差す先で、赤色灯が点滅していた。
パトカーだ。
バイクが捕まっているようだが……あれ? 樒のバイク!
うん。やっぱり制限速度は守らないとね。
パトカーの横を通る時に、窓を開けて手を振ると樒は僕に気が付いたようだ。
程なくして、僕のスマホが鳴る。
「もしもし、どちら様?」
『優樹。私よ』
「わたしわたし詐欺ですか?」
『樒よ。私がパトカーに捕まっているのを見たでしょ?』
「見たよ。制限速度は、守らないとね」
『池田さんに聞いて。この罰金、必要経費で落ちないかしら?』
僕は運転席の方を向いた。
「池田さん。樒はスピード違反の罰金を、必要経費で落としてくれと言っていますが、無理ですね?」
「無理です」
スマホに口を戻した。
「無理だって」
『そんなあ……』
「それじゃあ、現場で待っているから……」
スマホを切った。
「池田さん。ゆっくり行って大丈夫です」
程なくして、前方にトンネルが見えてきた。
「池田さん。あらかじめ言っておく事があります」
「なんでしょう?」
「今、この車のフロントガラスに、昨日の霊がしがみ付いています」
「え?」
トンネルが見えてきた時から、昨日の血まみれの女が逆さまにしがみ付いているのだ。
昨日はワゴン車でいくら走っていても、出なかったのに……
一日一回しか出演しないのか?
「あの……霊って……昨日のですか?」
「落ち着いて下さい。トンネルに入ると池田さんにも見えるようになります」
「あ……あの……彼女を待たなくていいのですか? あなたは除霊できないのでは……」
「確かに、僕には強制除霊はできません。しかし、この霊からは、それほど邪悪な波動は出ていません」
「しかし……事故が……」
「霊に悪気はなかったと思います。おそらく、運転手は霊に驚いてハンドルを切り損ねたのでしょう。だから、池田さんも霊に驚かない様に、心の準備をしていて下さい」
「分かりました」
程なくして、車はトンネルに入った。
池田さんの表情が強張る。
フロントガラスに張り付いている霊が、見えるようになったらしい。
女が口を動かした。
「か……出し……」
何かを言っているが、聞き取れない。
「池田さん。車を路側帯に止めて下さい」
「はい」
僕は池田さんを残して車を降りた。
軽自動車の屋根の上に、女が腹這いになって乗っかっているのが見える。
もちろん、霊体だ。
「こんにちは」
女は僕の方をふり向いた。
「そこで、何をしているのですか?」
女は無言で、僕に手を伸ばしてきた。
僕はその手を掴む。
次は瞬間、僕は走る車の助手席に座っていた。
これは? 女の記憶?
女が見た光景を、僕は幻影で見ているんだ。
車は、猛スピードで高速道路を走っている。
メーターは百五十キロを示していた。
なんでこんな速度?
運転席では、男が蒼白な顔でハンドルを握っている。
とても、スピードを楽しんでいるスピード狂の顔には見えない。
まるで、何かに追いかけられているみたいに……
突然、視線が後ろを向いた。
女が振り向いたのだろうと思うが……な!?
リアウインドー一杯に後続車が迫っていた。
車間距離は一メートルもなさそうだ。
向こうの運転手の顔が見える。
二十代ぐらいの若い男だ。
いかにも、脳みその足らなそうな顔をしている。
これは煽り運転!
事故の原因はこれか。
視線が助手席側の窓に向いた。
窓が開き、女が首を出して後続車に向かって何かを叫ぶ。
『もう、やめて!』と言っているようだ。
その時、窓から吹き込んだ強風で、車内にあった葉書が何枚も舞い上がった。
視線が前を向く。
トンネルの壁が目前に迫っていた。
次の瞬間、僕はトンネルの中に戻っていた。
僕はハザードランプを点滅させている軽自動車の横に立っていた。
女の霊は、まだ自動車の屋根の上。
顔は僕の方を向いている。
「可哀そうに。煽られて、怖かったでしょ」
女は頷く。
「あの男に、復讐したいのですか?」
女は首を横に振って言った。
「カルマを、出して……」
業?
「カルマは……」
女は、さらに何か言いかけた。
しかし、その声は突絶響いてきたバイクのブレーキ音にかき消される。
ブレーキ音の方を見ると、樒のバイクが駆け込んでくるところだった。
路側帯に止まったバイクから、樒は飛び降りると右腕をまっすぐ伸ばして前に向けた。
バカ! よせ!
「臨・兵・闘・者・皆・陳・烈・在・前」
空中に格子を描くように、樒の手が縦横に動き回った。
九字切だ。
「ぎゃううううう!」
女の霊は消滅した。
「優樹! 大丈夫!?」
樒が駆け寄ってくる。
「馬鹿! なんて事するんだ!?」
「馬鹿とは何よ!? 助けてあげたのに」
「今、霊と話をしていたんだ。台無しにしやがって」
「え? いや、私はあんたが霊に襲われていると思って……」
「霊に襲われているのか、平和的に話し合っているのか、見て分からないのかよ!」
「そんなの分からないわよ。私は、優樹が心配で気が気じゃなかったのよ」
え?
「心配してたの?」
「当たり前じゃない」
なんで? まさか、こいつ僕の事……いや、そんなはずはない。どうせ罰金の半額だけでも、僕に負担させたいなんて考えていただけだろう。でも……
「済まなかった。馬鹿なんて言って」
「いや、私も邪魔しちゃってごめんね。それで、霊はなんて言っていたの?」
「それは……」
今の事を話そうとしている僕に、池田さんが恐る恐る話しかけてきた。
「あの……霊は払えたのでしょうか?」
「払えたけど、一時しのぎです」
確かに、樒の九字切で霊は一時的に霊界に送った。
しかし、未練を残した霊を無理やり霊界に送っても、しばらくしたらこっちへ戻ってきてしまう。
除霊をするには、その前に未練を断ち切る必要があるのだ。
「ええ! あの幽霊、煽り運転で殺されたの。可哀そう」
僕の話を聞いて、樒も少しは憤りを覚えたようだ。
「私もバイク転がしていると、よく煽られるのよね。本当、あういう走り屋って最低だわ」
それは、僕もよくある。
原チャリを見つけると、目の敵にして煽り立てる奴に……
「でもさ、それなら未練を絶つ方法もはっきりしたわね。犯人見つけてフルボッコにしてやれば、幽霊も満足するわよ」
「犯人が、そんな簡単に見つかるわけないだろう」
「それもそうか」
だが、犯人はそのすぐ後に見つかってしまった。
メーターの数字は八十付近。
樒のバイクなら、軽く百五十は出るはず。
「もっと飛ばしてください」
「そんな事言ったって、ここの制限速度は八十キロですから……」
「しかし、これでは追いつけない」
「でも、今の時間はハイウエーパトロールが巡回していますから……ほら。スピード出し過ぎたら、ああなっちゃいますよ」
池田さんの指差す先で、赤色灯が点滅していた。
パトカーだ。
バイクが捕まっているようだが……あれ? 樒のバイク!
うん。やっぱり制限速度は守らないとね。
パトカーの横を通る時に、窓を開けて手を振ると樒は僕に気が付いたようだ。
程なくして、僕のスマホが鳴る。
「もしもし、どちら様?」
『優樹。私よ』
「わたしわたし詐欺ですか?」
『樒よ。私がパトカーに捕まっているのを見たでしょ?』
「見たよ。制限速度は、守らないとね」
『池田さんに聞いて。この罰金、必要経費で落ちないかしら?』
僕は運転席の方を向いた。
「池田さん。樒はスピード違反の罰金を、必要経費で落としてくれと言っていますが、無理ですね?」
「無理です」
スマホに口を戻した。
「無理だって」
『そんなあ……』
「それじゃあ、現場で待っているから……」
スマホを切った。
「池田さん。ゆっくり行って大丈夫です」
程なくして、前方にトンネルが見えてきた。
「池田さん。あらかじめ言っておく事があります」
「なんでしょう?」
「今、この車のフロントガラスに、昨日の霊がしがみ付いています」
「え?」
トンネルが見えてきた時から、昨日の血まみれの女が逆さまにしがみ付いているのだ。
昨日はワゴン車でいくら走っていても、出なかったのに……
一日一回しか出演しないのか?
「あの……霊って……昨日のですか?」
「落ち着いて下さい。トンネルに入ると池田さんにも見えるようになります」
「あ……あの……彼女を待たなくていいのですか? あなたは除霊できないのでは……」
「確かに、僕には強制除霊はできません。しかし、この霊からは、それほど邪悪な波動は出ていません」
「しかし……事故が……」
「霊に悪気はなかったと思います。おそらく、運転手は霊に驚いてハンドルを切り損ねたのでしょう。だから、池田さんも霊に驚かない様に、心の準備をしていて下さい」
「分かりました」
程なくして、車はトンネルに入った。
池田さんの表情が強張る。
フロントガラスに張り付いている霊が、見えるようになったらしい。
女が口を動かした。
「か……出し……」
何かを言っているが、聞き取れない。
「池田さん。車を路側帯に止めて下さい」
「はい」
僕は池田さんを残して車を降りた。
軽自動車の屋根の上に、女が腹這いになって乗っかっているのが見える。
もちろん、霊体だ。
「こんにちは」
女は僕の方をふり向いた。
「そこで、何をしているのですか?」
女は無言で、僕に手を伸ばしてきた。
僕はその手を掴む。
次は瞬間、僕は走る車の助手席に座っていた。
これは? 女の記憶?
女が見た光景を、僕は幻影で見ているんだ。
車は、猛スピードで高速道路を走っている。
メーターは百五十キロを示していた。
なんでこんな速度?
運転席では、男が蒼白な顔でハンドルを握っている。
とても、スピードを楽しんでいるスピード狂の顔には見えない。
まるで、何かに追いかけられているみたいに……
突然、視線が後ろを向いた。
女が振り向いたのだろうと思うが……な!?
リアウインドー一杯に後続車が迫っていた。
車間距離は一メートルもなさそうだ。
向こうの運転手の顔が見える。
二十代ぐらいの若い男だ。
いかにも、脳みその足らなそうな顔をしている。
これは煽り運転!
事故の原因はこれか。
視線が助手席側の窓に向いた。
窓が開き、女が首を出して後続車に向かって何かを叫ぶ。
『もう、やめて!』と言っているようだ。
その時、窓から吹き込んだ強風で、車内にあった葉書が何枚も舞い上がった。
視線が前を向く。
トンネルの壁が目前に迫っていた。
次の瞬間、僕はトンネルの中に戻っていた。
僕はハザードランプを点滅させている軽自動車の横に立っていた。
女の霊は、まだ自動車の屋根の上。
顔は僕の方を向いている。
「可哀そうに。煽られて、怖かったでしょ」
女は頷く。
「あの男に、復讐したいのですか?」
女は首を横に振って言った。
「カルマを、出して……」
業?
「カルマは……」
女は、さらに何か言いかけた。
しかし、その声は突絶響いてきたバイクのブレーキ音にかき消される。
ブレーキ音の方を見ると、樒のバイクが駆け込んでくるところだった。
路側帯に止まったバイクから、樒は飛び降りると右腕をまっすぐ伸ばして前に向けた。
バカ! よせ!
「臨・兵・闘・者・皆・陳・烈・在・前」
空中に格子を描くように、樒の手が縦横に動き回った。
九字切だ。
「ぎゃううううう!」
女の霊は消滅した。
「優樹! 大丈夫!?」
樒が駆け寄ってくる。
「馬鹿! なんて事するんだ!?」
「馬鹿とは何よ!? 助けてあげたのに」
「今、霊と話をしていたんだ。台無しにしやがって」
「え? いや、私はあんたが霊に襲われていると思って……」
「霊に襲われているのか、平和的に話し合っているのか、見て分からないのかよ!」
「そんなの分からないわよ。私は、優樹が心配で気が気じゃなかったのよ」
え?
「心配してたの?」
「当たり前じゃない」
なんで? まさか、こいつ僕の事……いや、そんなはずはない。どうせ罰金の半額だけでも、僕に負担させたいなんて考えていただけだろう。でも……
「済まなかった。馬鹿なんて言って」
「いや、私も邪魔しちゃってごめんね。それで、霊はなんて言っていたの?」
「それは……」
今の事を話そうとしている僕に、池田さんが恐る恐る話しかけてきた。
「あの……霊は払えたのでしょうか?」
「払えたけど、一時しのぎです」
確かに、樒の九字切で霊は一時的に霊界に送った。
しかし、未練を残した霊を無理やり霊界に送っても、しばらくしたらこっちへ戻ってきてしまう。
除霊をするには、その前に未練を断ち切る必要があるのだ。
「ええ! あの幽霊、煽り運転で殺されたの。可哀そう」
僕の話を聞いて、樒も少しは憤りを覚えたようだ。
「私もバイク転がしていると、よく煽られるのよね。本当、あういう走り屋って最低だわ」
それは、僕もよくある。
原チャリを見つけると、目の敵にして煽り立てる奴に……
「でもさ、それなら未練を絶つ方法もはっきりしたわね。犯人見つけてフルボッコにしてやれば、幽霊も満足するわよ」
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