霊能者のお仕事

津嶋朋靖(つしまともやす)

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高速道路の霊

霊能者協会

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 霊能者協会西東京支部は、周囲を竹林に囲まれた古い屋敷の中にある。
 僕が、ここに直接来るのは一年ぶりの事。
 霊能者への依頼は、通常メールなどで伝えられるから、直接ここへ出向くことなど滅多にない。
 なんで今回は、ここに呼ばれたのだろう?
 やはり、あの女とコンビを組まされることと関係があるのか?
 あるんだろうな。
 だって、さっき送られてきたメールの内容、しきみには見せられない事が書いてあったし。
 樒に送られて来たメールには僕を助手に付けるような事が書かれていたらしいが、僕に送られてきた方には別の事が書かれていた。

 樒の監視役になってくれと……

 大きな門の前に、僕は原チャリを止めた。
優樹まさき。あんた制服のまま来たの?」
 その声は背後からだった。
 振り向くと、赤い繋ぎのライダースーツに身を包んだ樒が、フルフェイスのヘルメットを脇に抱えていた。
 その側には真っ赤な大型バイクが停止している。
「着替えている時間が無かったんだよ。家、遠いし」
「遠いって……私と同じマンションじゃない」
「うぐ……」
 そうだった。
 小学生の時に今のマンションに引っ越してきて以来、こいつとはずっとご近所さんだった。

 幼なじみ?

 とんでもない。

 腐れ縁と言うんだ。

 幸いお隣さんではないが、小学生の時も、中学生の時もなぜかこいつとエレベーターで鉢合わせになり、いつも学校に一緒にいく羽目になった。
 高校は別のところにと思っていたのに、なぜかこいつも同じ高校に来ていた。
「私だって、着替える余裕があったのに」
「なんだっていいだろ。僕は制服が好きなんだよ」
「ふうん、そう」
 
 そのまま、僕らは屋敷の中へ。

 こいつ絶対分かっていて言っていたな。

 僕が制服で来たわけを……

 僕は外出時、なるべく制服で出かけるようにしている。

 私服なんかで出かけたら、昨日のように小学生と間違えられるからだ。
 
 昨日は制服が洗濯中だったので仕方なく私服で出向くことになり、学生証と免許証を提示するはめになったのだが……
「だけど。良いわね。優樹は」
 廊下を歩きながら、樒は僕の方をじろじろ見ながら言った。
「良いって? 何が?」
「だってさ、優樹の身長なら、電車に乗っても映画見に行っても、子供料金で通るし」

 ムカ!

「そんな事はしていない!」
「やればいいじゃない」
「犯罪だぞ」
「バカね。あんたが年齢を申告しなければ、向こうが勝手に間違えてくれるのだから犯罪じゃないわよ。まったく、私も背が低かったら……」

 だったら、お前の無駄に高い身長を少し分けてくれよ……

 そんな事を話している内に僕たちは支部長室に入った。
 
 支部長室は十畳ほどの広さの和室で、真ん中に大きな卓袱台があり、その向こう、腰までありそうな艶やかな黒髪を後ろに束ねた、二十代半ばほどの巫女さんが待っていた。この巫女さんが、霊能者協会西東京支部長の御神楽みかぐら芙蓉ふようさん。
 ウワサによれば式神が使えるそうだ。
「久しぶりね、優樹君。しばらく見ないうちに……」
 芙蓉さんはそこで口ごもった。
 しばらく、視線を僕の頭頂部に走らせてから話を続ける。
「立派になったわね」
「あの……大きくなったねとは、言ってくれないのですか?」
「え?」
 芙蓉さんは困ったような笑みを浮かべた。
 その時、横から伸びてきた樒の手が僕の頭をなでる。
「なってないわよ。大きくなんか」
「前回会った時よりより、二センチ……いや一センチは伸びてる」
「そんな微々たる違い分からないって。ねえ、芙蓉さん」
 芙蓉さんは、かるく咳払いすると僕らの方へ向き直った。
「そんな事より、樒さん。なぜあなたがここにいるの? 私は優樹君だけを呼んだはずだけど……」
「え? そうなの?」
 樒はスマホを取り出してメールをチェックした。
「あれ? 本当だ。私のメールにはそんな事書いてないわ。優樹のメールにはあったのに」
「優樹君は別件で呼び出したの。あなたは呼んでいません。もう帰っていいですよ」
「まだ、茶を出して貰っていない」
 
 ピキ! という擬音が聞こえたような気がした。
 
 芙蓉さんは無言で、ペットボトルの茶を差し出す。

「飲んだら、帰りなさい」
「ええ!? ペッドボトル!」
「嫌なら返しなさい」
「いえ……いただきます」
 樒はベッドボトルを一気に飲み干した。
「それで、優樹に何の用でしたっけ?」
「だからあ! あなたには関係のない話です。帰りなさい」
「今回の依頼の説明も聞いていないけど……」
「それは後で、優樹君に説明してもらいます。だから、あなたは帰りなさい」
「しかし、未婚の男女を二人っ切りしては危険だと思いますので……」
「優樹君は、私を襲ったりしません」
「いえ、どちらかというと優樹が芙蓉さんに襲われる危険が……」

 数分後、爆音を轟かして走り去る樒のバイクに向かって、芙蓉さんは塩を投げつけるように撒いていた。
 
「芙蓉さん。そんなに撒いたら塩がもったいないです」
「はあはあ……優貴君。あなた、メールを見せてはいないでしょうね?」
「見せていません。ただ、メールを受け取った時にあいつが近くにいたもので。その時に芙蓉さんに呼び出された事を話してしまいました。まさか、付いてくるとは……」
「それは迂闊だったわね」
「それで、監視役ってどういう事です?」
「中で話します」

 僕は芙蓉さんに連れられて、さっきの部屋に戻った。
「優樹君。昨日の仕事の件について、私に報告すべき事があるのじゃないの?」
「え?」
 て……という事は、この人は樒が何をやらかしたか、知っているのだな。
「ええっと……」
「優樹君。辛い気持ちは分かるわ」
「は?」
 辛いって? 何を言っているんだ?
「愛する彼女の悪行を、告発するなんて辛いでしょうけど……」
「ちょっと待って下さい! 愛する彼女って誰の事です?」
「え? 樒さんだけど……君とそういう仲じゃ……」
「違います!」
「ああ! 今のところは幼馴染で、まだそういう仲にはなっていないのね」
「まだも、今のところも、これからも、未来永劫、樒とそういう仲にはなりません」
「ならないの?」
「なりません。そもそも、幼馴染なんて言うのはやめて下さい。あいつとは腐れ縁です」
「そ……そうだったの? それで、話を戻すけど、樒さんについて何か報告すべき事があるわね?」
「はい」
 僕は昨日の経緯を話した。
「そう。樒さんがそんな事を……でも、なぜ報告しなかったの?」
「それは……報復が恐ろしくて……」
 実は面倒なだけだったけど……
「メールを受け取った時も『昨日の報酬を寄越せ』と恐喝されていたのです」
「まあ……」
「ところで芙蓉さんは、なぜ分かったのです?」
「実は、樒さんがこういう事をするのは初めてじゃないの。以前にも依頼者さんから『法外な報酬を要求された』と苦情があって……その時は、厳重注意をしたの。これ以上やったら、強制修行施設に送ると……」
「強制修行施設!? 聞いたことあるけど、実在するのですか?」

 僕の質問に、芙蓉さんは無言で頷いた。

 協会はいくつかの修行施設を持っているが、そういう普通の施設とは違って、素行の悪い霊能者を反省させるための施設が日本のどこかにある。そこに送られた霊能者には、地獄の修行が待っているという。
 どんな修行かは誰も知らない。生きて帰った者はいないから……と噂されている。
 一方で、この修行施設は素行の悪い霊能者にルールを守らせるためのフェイク情報で、施設は実在しないのではないかという説もある。

「その脅しで、樒さんも改心したと思っていたのだけど……」

 いや……それ甘いって。たぶん、樒は施設は実在しないと思っているって……

「でも、心配になって、もしかすると、私に気づかれない様にやっていたのではないかと……」
「それで、僕に見張り役を……」
「ええ。優樹君なら、以前から彼女と親しくしていると思って……」

 だから親しくなんかしていないって……

「分かりました。見張り役引き受けます」
「いいの?」
「はい。必ず、樒を強制修行施設に送り込めるような、動かぬ証拠を掴んでみせます」
「いや……そこまで、大事にならないように頼みたいのだけど……」
「何を言ってるのです! 甘いこと言っていたら樒がつけあがるだけです。自分がやっている事が犯罪だという事を、あいつに自覚させるべきです」
「それはそうなんだけど……でもね、彼女がこうなったのは事情があるのよ」
「どんな事情が?」
「先代の支部長を覚えているかしら?」
「え?」

 先代と言うと、芙蓉さんの双子の姉の槿むくげさん。

「覚えてますけど……顔が芙蓉さんと同じなので、僕は交代した事に暫く気が付きませんでした」
「姉と私が交代したのは二年前。交代というより、姉は協会から除名されて、副支部長だった私が繰り上がって支部長に就任したの」

 そういうゴタゴタがあったのか?
 いつに間にか、支部長が交代したとしか考えていなかったが……

「しかし、なんでお姉さんは除名されたのですか?」
「除霊や降霊の依頼者さんに、姉は協会の規定を遥かに上回る法外な請求をしていたの。つまり、樒さんに、この手口を教えたのは私の姉なのよ」
「そんな事が……」
「だから、私としては樒さんを何とか更正させたいのよ。一族の責任として」
「そうでしたか」
「だからお願い。大事にはならないように樒さんの更正に協力して……」

 面倒だな……しかし……

「いいでしょう。でも、もし更正が無理だとしたらどうします?」
「その時は、強制修行施設が実在するという事を、身をもって知ってもらいます」

 面倒なことになった。
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