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冥婚

……梅雨……つゆ……露

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 荻原 新はバスを降りると、てのひらを上にかざして雨が降っていないかを確かめた。

 今のところ降っていないようだが、空は一面、黒い雲に覆われ、今にも雨が降り出しそう。

 用心のため、リュックから傘を取り出した。

 周囲を見回すと、紫陽花あじさいが咲きほこっている。

 関東は、昨日梅雨入りしたばかりなのだ。

「梅雨か」

 一言つぶやいてから、新は立ち止まった。

 ……梅雨つゆ……つゆ……つゆ……

 切ない思いがこみ上げてくる。

 露は一ヶ月後に隣家の子に転生すると、死神は言っていた。

 しかし、一ヶ月経っても隣家から赤ん坊の鳴き声など聞こえてこない。

 そもそも、妊婦の姿すら見かけていないのだ。

 死神の言ったことは嘘だったのか?

 ポツ! ポツ! ポツ!

 雨が降ってきた。

 新が傘をさした時……

「あら、やだ。降って来ちゃった」

 女の声に新は振り向く。

 歩道上に止まっているベビーカーの横で、母親らしき若い女がリュックの中をあさっていた。

 どうやら、傘が見つからないらしい。

 新は女の近くまで行って、母子おやこの上に傘をかざす。

「どうぞ」
「あら? ありがとう。傘入れておいたはずなのに、どこにやったのかしら?」

 結局傘は見つからなくて、母子を家まで送ることに……

「ごめんなさいね。どうも、傘は実家に忘れてきたみたいなの」
「いえ。たいしたことじゃありませんから」

 新はベビーカーの中をのぞき込んだ。

 赤ん坊と目が合う。

「可愛い赤ちゃんですね」
「ええ。四月に生まれたの。もう、起きるとすぐ泣くから大変よ。寝ている間に家に着かないと……」
「起きていますよ」
「え?」

 母親がヘビーカーをのぞき込む。

「あら? 変ねえ。いつもなら、起きるとすぐ泣き出すのに。この子ったら、君のことが、気に入ったのかな?」

 程なくして、新の家が見えてきたとき。

「本当にありがとう。私の家はここだから」
「え? お隣さんだったのですか?」
「え? お隣?」
「僕、隣の荻原です」
「まあ! そうでしたの。これからもよろしくね。荻原君。さあ、あなたもお礼を言いなさい」

 もちろん、赤ん坊にそんなことを言われても喋れるわけがない。

 だが、赤ん坊は挨拶でもするかのように、新に手を伸ばしていた。

 何気なく、新が右手をさしのべると、赤ん坊は新の人差し指を握りしめる。

「あら? この子ったら、もう未来の旦那様を捕まえちゃったのかしら?」
「女の子なのですか?」
「そうよ。仲良くしてあげてね」
「はい。それじゃあ、これからもよろしく。ええっと……この子、名前はなんというのですか?」
つゆよ」
「……!」
 
(「冥婚」終了)
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