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冥婚

成仏

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「もう。いいわ。放してあげて」

 意外な事に、樒にそう言ったのは飯島霧だった。

「ふん! そうね。こんなおっさん掴んでいたら、手が汚れちゃうわ」

 樒は矢納の胸ぐらを手放す。

 そうしている間に、飯島霧は次のレスを書き込んだ。

『心配しなくても、あたしはたたりません』

 それを読んで、矢納は答える。

「本当か? そんな事言って、後で祟る気じゃないだろうな?」
『あたしは、これから転生して幸せな人生を掴むの。あなたごときを祟ったために、それを台無しにしたくはありません』
「そうか、そうか。転生するのか。そいつは良かった。百万円払わなくて済んだ」

 そう言って矢納は、その場を立ち去ろうとする。

「ちょっと、待って下さい」

 僕に呼び止められて矢納は振り向く。

「また事故が起きたら、どうするのですか? 車は駐車場に入れて下さい」
「うるせー! チビ! 事故が起きても、俺には関係ねえ」

 そのまま矢納は店の中へ姿を消した。

 なんて奴だ!
  
「おい、君たち」

 さっきから黙っていた死神のロックさんが口を開いた。

「急ぐ必要はないと言ったが、さすがに時間がかかり過ぎだ」

 そうだった。急がないと……

「まあ、ゆっくりやっても露ちゃんが転生できなくなる訳じゃないのだが、俺は次の死者のところへ行かなきゃならないのでな」

 死神って多忙なんだな。

 僕たちは手分けして、矢納に荒らされた花や供物を片づけると、佐藤くるみさんが守り通した飯島露の遺影を歩道上に添えた。

 遺影の前に、荻原君は小さな白い包みを置く。

「飯島さん。バレンタインチョコ、ありがとう。嬉しかったよ。だって、僕も君が好きだったから」

 僕たちは遺影に向かって手を合わせた。

「もういいだろう。露ちゃん。包みを手にしてごらん」

 死神に促されて飯島露は、包みを掴み持ち上げた。

「わあ! 今度はさわれた」

 飯島露は喜んで包みを開く。

 一方、遺影の前には元の包みが残っていた。

 彼女の持っている包みは、そこから分離した霊的物質なのだな。

「わあ! ゴデバのチョコ! ありがとう荻原君」
「喜んでもらえて嬉しいな」
「それじゃあ、あたしはもう逝くね。隣の家で生まれた子と、仲良くしてあげてね」
「もちろん」

 いやいや、年の差がありすぎるのだが……

 ここで、そういう事を言うのは野暮だろうか?

 そして、飯島露は死神に連れられて消えて逝った。
 
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