霊能者のお仕事

津嶋朋靖(つしまともやす)

文字の大きさ
上 下
136 / 269
冥婚

ワームホール

しおりを挟む
『荻原く~ん。迎えに来たよぉ~ここから出てきてぇ』

 飯島露の声は、部屋中に響き渡った。

『荻原く~ん。愛しているよぉ。どうして、あたしを中に入れてくれないのぉ?』

 荻原君は真っ青な顔になり、ガタガタと震えている。

「ねえ、優樹。この声、幽霊にしては何かおかしくない?」

 え? 

「樒。何がおかしいんだ?」
「分からないけど、何か違和感があるのよね」

 言われてみれば確かに……

 普段聞いている幽霊の声とは、何かが違うような気がする。

 その時、不意に扉が開いた。

 まさか! 幽霊が入ってきたのか? と、思ったらハーちゃんか。

 何しに戻ってきた?

「ダメじゃ。露を説得できなんだ」

 樒はハーちゃんに詰め寄る。

「ちょっと! これはいったいどうなっているのよ?」
「だから、一人で黄泉よみくように露を説得したのじゃ。だが、わらわではなく、あらた本人の声ではないと納得できないと言っておる」
「いや、私が聞いているのは、そんなことじゃなくて、どうして幽霊の声が結界の中まで届くのよ?」
「そんなの、愛の力に決まっておろう」
「愛?」
「そうじゃ。結界ごときで、愛の声をはばむことなど出来ぬのじゃ」

 なんか怪しい。

 ハーちゃんは、荻原君の方を向く。

「新。こうなったら、仕方がない。直接おまえの声で、黄泉へ逝くことを断るのじゃ」

 荻原君は頷くと、窓の方へ向かって声をかける。

「飯島さん」

 すると、ハーちゃんはコタツの上にあるミカンの入ったカゴを指さした。

「新。そっちではない。こっちに向かって声をかけるのじゃ」
「ミカンのカゴに? なんで?」
「結界を越えるための迂回うかいルートが、ここにあるのじゃ」

 結界の越えるための迂回ルート?

「樒。そんなの聞いた事ある?」

 樒はブンブンブンと首を横にふる。

「無いわ」

 ハーちゃんは、面倒くさそうに僕たちの方を向いた。

「ゴチャゴチャ五月蠅うるさい奴らじゃのう。愛の力でワームホールが開いたのじゃ」

 ワームホールって……SFかよ!

 ますますもって胡散うさん臭い。

「とにかく、こっちへ話しかければ露に声が届く。早く話しかけろ」

 荻原君はカゴに向かって話しかけた。 

「飯島さん。僕の声、聞こえる?」
『聞こえるよぉ。やっと返事してくれたね』
「飯島さん。ごめん。僕、やっぱり一緒には逝けない」
『どうして?』
「だって……僕はまだ、死にたくないし……」
『だって、あたしは死んじゃったんだよ』
『でも……痛いのはイヤだし」
『大丈夫。ハーちゃんが、痛くないように殺してくれるって』

 本当にそんな事できるのか?

「だけど……」
『それとも、他に好きな人がいるの?』
「いないよ」
『あたしの事は好きでしょ?』
「好きだよ。でも、一緒には逝けない」
『ヤダよ。あたし一人じゃ寂しいよ。一緒に来て』
「ごめん……無理なんだ」
『お願い。あたしと一緒に逝って』
「ごめんね……飯島さん……ごめんね」
『初めて会ったときから、荻原君の事が好きだったのよ』
「え? 初めてって?」
『受験の帰り、突然雨が降り出した時に、傘に入れてくれたあの時から……』
「あの時!」
『受験に合格して、一緒のクラスになれた時は凄く嬉しかったの』
「……」
『それからあたし、ずっと荻原君を見つめていたの。バスの中で寝ている荻原君、昼休みに教室で本を読んでいる荻原君、校舎裏でニャンコに弁当の残りを上げている荻原君』
「飯島さん……」
『でも、気持ちを打ち明けられなかった。バレンタインの日に、やっと決心したのに……』

 まずいな。荻原君は無言で涙を流している。

 このままだと、情に負けて『逝く』なんて言い出しかねない……ん?

 ハーちゃんがコタツの上にノートを置いて、何かを書き込んでいる。

 何をしているのだ?

 ノートをのぞき込もうとしたその時、樒の手がコタツの上にあったカゴを持ち上げた。

「ふーん。これがワームホールね」

 そこにあったのは、一台のスマホ。

 なるほど。幽霊の声に違和感があったのはこのせいか。飯島露の持っている特殊なスマホなら、普通の電話回線で現世のスマホに電話をかけられるからな。

「あ! 僕のスマホ!」

 どうやら荻原君のスマホらしい。

 たぶん、トランプで遊んでいる間に、隙を見てハーちゃんが隠したのだろうな。

 ハーちゃんの様子を見ると、悔しそうに舌打ちしていた。

「ちちい! 気づきおったか」
「これのどこが愛の力よ?」
「ふ! 確かに愛の力というのは嘘じゃ。じゃが、結界などという非科学的なもの、科学の力の前には無力じゃ」

 いやいやいや! 存在そのものが非科学的なおまえがそれを言うか!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

処理中です...