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呪殺師は可愛い男の子が好き

五年前

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 巨大な屋敷の敷地内の地下に、昔掘られた坑道があった。

 みがき砂を採掘していた跡らしいが、今はもうほとんどの人から忘れられている。

 その忘れられた坑道の中に、私はいた。

 その中から、私は上の屋敷の主に向けて式神を放っていたのだ。

 今回私が受けた依頼は呪殺。脅しではなく、完全な殺害依頼。

 しかし、ただ殺すだけなら簡単だが、今回は殺害対象者に自分がこれから呪殺されると分からせてから、殺せという依頼だった。

 こういう依頼はたまにある。

 復讐や見せしめで呪殺依頼する者に多い。

 今回は復讐が目的だ。

 私は依頼を遂行するため、一週間前に対象者の元へ式神を送り『七日後に呪い殺す』と宣告しておいた。

 それに対して、向こうは霊能者協会に護衛を依頼。

 だが、この程度の事は想定内。

 霊能者協会なら屋敷の周囲に強力な結界を張るだろう。

 だが、私自身が結界内に入ってしまえば問題ない。

 屋敷の地下に坑道がある事も調査済み。

 私は坑道から結界内に侵入して式神を放ったのだ。

 想定外だったのは、護衛についていた御神楽姉妹の式神が意外と強力だった事。

 だが、式神が強いのなら術者を狙えばいいだけ。

 私は、ネズ子を放って術者を探させた。

 程なくして、ネズ子が術者を見つける。

「ヒョー様。御神楽姉妹の一人を見つけました」
「姉の方か? 妹の方か?」
「姉の槿です。近くに置いてある携帯電話に、名札が貼ってありました」
「携帯もあるのか。それは好都合」

 私はふところから憑代を取り出して床に叩き付けた。

「出でよ。式神」

 紙の憑代は見る見るうちに黒い大蛇の姿になる。

「行け。御神楽槿を捕えて来い」

 大蛇は坑道の天井を抜けて外へ出た。

 そのままネズ子の案内で御神楽槿のいる部屋に入り込む。

 大蛇の目を通して見ると、一人の若い巫女が和室の真ん中で結跏趺坐けっかふざしていた。

 大蛇は大きく口を開き、長い舌で巫女をからめ取る。

「しまった!」

 巫女はもがくがもう遅い。

 そのまま大蛇の口の中に引き摺りこむ。

 同時にネズ子が人の姿に変身すると、携帯電話を拾って大蛇の口の中に飛び込んだ。

 私はそれを確認すると大蛇の口を閉じる。

 後はネズ子に任せるとしよう。

 蛇の舌に絡み取られて、もがいている御神楽槿の前にネズ子が歩み寄る。

「初めまして。御神楽槿さんでちゅね?」
「そうよ。あなたがヒョー?」
「いえいえ。あたしはヒョー様の式神でちゅ。ネズ子と呼んで下さい」
「なにがネズ子よ。くっ! 放せ」
「いやでちゅね。ここは『クッ! 殺せ』と言わないと萌えないでちゅ」
「誰かそんな事。私にとって最も大切なのは私の命よ。殺せなんて、口が裂けても言わないわ」
「そうでちゅか」

 そこで、私は蛇の舌をゆるめて御神楽槿を放した。

「なんのつもり?」
「ここは大蛇の口の中でちゅ。口が閉じてしまえば、ここから逃れることはできないでちゅ」

 そう言ってネズ子は携帯電話を差し出した。

「私の携帯?」
「それで妹さんに、電話をかけてほしいでちゅ。今の状況を伝えるでちゅ」
「分かったわ」

 御神楽槿は携帯を操作した。

 ほどなくして相手が出る。

「もしもし。芙蓉。私よ。槿よ」
『お姉さま、どうしたのですか? さっきから、お姉さまの式神が止まっているのですが』
「ヒョーに捕まっちゃったのよ」
『なんですって!?』
「奴は大蛇のような式神を放ってきたわ。その式神に飲み込まれてしまったのよ」
『自力で出られないのですか?』
「無理よ」

 そこでネズ子は手を差し出した。

「電話を代わってほしいでちゅ」

 御神楽槿は、ネズ子に携帯電話を渡す。

「もしもし。御神楽芙蓉さんでちゅか? あたしは、ヒョー様の式神でネズ子と申しまちゅ」
『姉を人質にしたと、解釈していいのかしら?』
「そうでちゅ。さあ、御神楽芙蓉さん。お姉さまの命が惜しかったら……」
『惜しくないです』
「は? 今なんと?」
『惜しくないと言ったのです。勝手にそっちで、煮るなり焼くなりして下さい』
「だって。実のお姉さまでちゅよ」
『それがなにか? 私よりちょっと早く生まれただけの人が、どうかしましたか?』
「ええっと……仲の良いお姉さんの命が、危ないのですけど……」
『あのですね。兄弟姉妹だから、仲がいいなんて決めつけないでもらえませんか。迷惑なのですよ』
「ええっと……」

 ネズ子は、助けを求めるような視線を御神楽槿に向けた。

「妹さんに、嫌われていたのでちゅか?」
「そんなはずないわ。私は妹から、敬愛されているはずよ」
「でも、妹さんは、煮るなり焼くなり好きにしろと言ってまちゅ」
「なんですって! ちょっと電話を代わりなさい!」
「はいでちゅ」

 美神楽槿は携帯電話を受け取ると、一気にまくしたてた。

「ちょっと芙蓉! 煮るなり焼くなり好きにしろとはどういう事よ!?」
『そのままの意味ですよ。このままとうとくない犠牲となって下さい』
「ははあ、あんたさては支部長の椅子を狙っているのね」
『そんなつまらない地位なんて、興味ありません』
「じゃあなんでよ? 敬愛する姉のピンチなのよ。なんとかしなさいよ」
『はあ? いつから、私がお姉さまを敬愛しているなどと錯覚していたのですか? 私は昔からお姉さまが嫌いでした』
「え? 私……嫌われていたの?」
『なぜ今まで、嫌われている事に気が付かないのですか? 散々私の嫌がる事をやっておいて』
「何かやったかしら? ああ! プリンを勝手に食べた事なら謝るわ」
『あれも、お姉さまがやったのですね』
「あら? 墓穴だったかしら」
『幼稚園児の頃、私に何度もオネショの罪をなすりつけましたね』
「そんな昔の事……子供にはよくあることじゃない」
『小学生の時も、花瓶を割ったり、窓ガラスを割ったりした罪を私になすりつけましたね』
「そんな事あったかしら?」
『中学生のころ、自分の自転車がパンクしたからと言って、私の自転車に無断で乗っていきましたね』
「やあねえ。芙蓉ちゃんたら、細かい事を……そんな細かい事ねちねち言っていたら、彼氏できないわよ」
『高校生の時、私の付き合っていた彼氏にある事ない事ふきこんで、私がフラれるように仕向けましたね』
「だって北村君って可愛いし、私が付き合いたかったし……それにある事ない事なんて言ってないわよ」
『違ったのですか?』
「ない事ない事言ったのよ」
『よけい悪い!』

 激怒した御神楽芙蓉は、式神を操って姉の式神を殴りつけた。

「きゃあ! 私の式神になにするのよ!」
『本人に手が届かないから、代わりに式神を殴ったのです』
「このお」
『ああ! 私の式神を殴りましたね』
「お返しよ」

 そのまま、姉妹の式神同士での戦いとなった。

「妹の癖に生意気よ!」
『ちょっと早く、生まれただけで威張らないで! それに式神の性能は私の方が上です』
「姉より優れた妹などいねえ!」

 二人の喧嘩を、ネズ子はただオロオロと見守っているだけだった。
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