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第八章
『奴』とは?
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成瀬真須美は、僕から五メートル離れたところにブレインレターの円筒を置く。
「その前に傷の手当をしないと。邪魔をしないでね。アレンスキーさん」
救急箱を持って僕の方へ来た。
「おい! ナルセ。何もこんな所でやらなくても……それに、ここにいたらカ・モ・ミールがやってくる。早く移動しないと」
「それを防ぐのがあなたの仕事でしょ。私は北村君の手当をしなければならないの」
「薬が一つしかないんだ」
「一つあれば十分よ。あなた強いのでしょ。そもそもあなたが、彼にこんな怪我をさせなければ、すぐに済んだのよ」
「分かった。十分だけだぞ」
成瀬真須美は僕の横に救急箱を置き、手当を始めた。
不意に翻訳機を切る。
エラに聞かせたくない事を話したいのか?
「北村君。私を信じて」
「これは時間稼ぎ?」
「そうよ」
「感染症の件は?」
「あれは嘘。治療で時間を稼いで、Pちゃんとミールちゃんが来るまでエラを引き留めておくためよ」
「それは無理だ」
「なぜ?」
「さっき仲間の一人が負傷した。二人は今、その治療に掛かりっきりで、すぐにはこっちへはこられないはず」
「ミールちゃんはともかく、Pちゃんは北村君の奪還を優先するはずよ」
「いや、Pちゃんが一番優先するのは僕の命令だ」
「何を命令したの?」
「重症者が出たら、その治療を優先しろと」
「まったく、君って奴はいつもそう! なんで、もっと自分を大切にしないのよ!」
「え? いつも?」
「ごめん。前の北村君がそうだったのよ。前の北村君がロボットスーツ隊の隊長をやっていた時、部下に対して『命を粗末にするな』『危なくなったら逃げろ』と言っていたくせに、自分はすぐに危険な事をやって、香子ちゃんをハラハラさせていたのよ」
ブレインレターで聞いたデート中の会話……そういう事だったのか。
「怪我もよくしていた。病院で看護師をしていた私に頼みに来た事があったわ。『次に怪我をしたら、香子にばれない様に治療してくれ』と。もちろん私は『最初から、怪我なんかするなあ!』と言って追い返したけどね」
「そんな事が……」
「でも、そんな君が、ちょっとカッコイイなって思っていたわ」
「え? うぐ」
突然、成瀬真須美は僕にキスをしてきた。
「ごめんね。さっき『本気で好きだったわけじゃない』と言ったのは嘘。本当は好きだった。だから、罠にかけるための誘惑なんてやりたくなかったの。でも、ブレンインレターで頭の中に、奴を送り込まれた私は逆らえなかったのよ」
「奴? 奴って?」
「奴は……はううう!」
どうしたんだ? 成瀬真須美が突然、目を見開いて痙攣した。
痙攣はすぐに治まったが……
「どうやら、奴の事は話せないみたいね」
「洗脳されると、そうなってしまうのか?」
「そう。自由意思は残っているのだけど、肝心なところで奴に逆らえない。だけど、北村君を殺すか、仲間にするかを選ぶことはできるわ。だから、私もカルルも仲間にするつもりだった。補給基地を攻撃したとき、私もカルルも君を生け捕りにするはずだったのよ。まさか矢納が、対戦車ライフルを撃ってくるなんて思っていなかったわ」
「矢納さんは、なんで洗脳されなかったの?」
「奴も、憑りつく相手を選ぶのよ。性格の悪い人間の中には入りたくないそうよ」
いったい『奴』って?……待てよ。
遺棄宇宙船の中にあったダイイングメッセージには『奴は逃げた』と書いてあった。
奴とは同じ存在か?
「う!」
突然、成瀬真須美が呻いた。
「どうしたの?」
「今、私の中の奴が、君に伝えろと。二人の粛清命令を出したのは自分だと」
「なぜ、今頃になってそれを僕に?」
「協力してもらう以上は、大して重要でない情報は話してもいいという事だそうよ」
「成瀬さんは、どういう状況で洗脳されたの?」
「病院勤務の帰りに変な男に声をかけられたのよ。『看護師さん。怪我人がいます』って。カマキリみたい印象の男だったわ。ついて行ったらブレインレターが待ち構えていたというわけ」
カマキリみたいな印象の男!
「矢納さんですね」
「そうよ。あいつは、リトル東京で君に近い人間を選んで洗脳していた」
それじゃあ、僕のせいでこの人は……
「おい! ナルセ! まだか?」
エラが苛ただし気に言ってきた。
「もうすぐ、終わるわよ」
「そうか」
エラは立ち上がり、ブレインレターの方へ歩いていく。
「このスイッチを押せばいいのだな?」
エラはブレインレターに手を伸ばした。
「ちょっと待って、アレンスキーさん。何をする気?」
「何って、もう治療は終わるのだろう? 私がかわりにスイッチ押してやろうと言うのだ。何か問題でもあるのか?」
「まだ、液体絆創膏が乾いていないのよ」
「どのくらいで乾く?」
「五分」
「では、五分経ったらスイッチを入れる」
エラは懐から懐中時計を取り出して時間を確認した。
「成瀬さん。念のため聞くけど、あのブレインレター偽物だよね?」
「ゴメン。偽物なんて用意するヒマなかった」
「じゃあ」
「まさか、あいつがこんな事をするとは思っていなかったわ」
「成瀬さん。あいつ、自分が粛清される事に感づいているみたいだ」
「なんですって?」
「あの様子だと、あんたを疑っている」
「不味いわね」
ダモンさんの治療さえ終われば、Pちゃんがドローンを飛ばしてくれると思うが……
菊花のエンジン音は聞こえてこない。
「五分経った。スイッチを入れるぞ」
その時、どこからか飛んできた光る玉がブレインレターを直撃した。
「うわ!」
小さな爆発に驚いて、エラは慌てて飛び退く。
「アレンスキーさん、何をやっているのよ! 貴重なブレインレターを」
「ち……違う! 今のは、私ではない」
「あなた以外に、誰がプラズマボールを使うのよ」
「だから、私ではない」
確かに、自分のプラズマボールで驚くはずがない。
では、いったい?
「そこまでよ!」
こ……この声は? まさか?
「その前に傷の手当をしないと。邪魔をしないでね。アレンスキーさん」
救急箱を持って僕の方へ来た。
「おい! ナルセ。何もこんな所でやらなくても……それに、ここにいたらカ・モ・ミールがやってくる。早く移動しないと」
「それを防ぐのがあなたの仕事でしょ。私は北村君の手当をしなければならないの」
「薬が一つしかないんだ」
「一つあれば十分よ。あなた強いのでしょ。そもそもあなたが、彼にこんな怪我をさせなければ、すぐに済んだのよ」
「分かった。十分だけだぞ」
成瀬真須美は僕の横に救急箱を置き、手当を始めた。
不意に翻訳機を切る。
エラに聞かせたくない事を話したいのか?
「北村君。私を信じて」
「これは時間稼ぎ?」
「そうよ」
「感染症の件は?」
「あれは嘘。治療で時間を稼いで、Pちゃんとミールちゃんが来るまでエラを引き留めておくためよ」
「それは無理だ」
「なぜ?」
「さっき仲間の一人が負傷した。二人は今、その治療に掛かりっきりで、すぐにはこっちへはこられないはず」
「ミールちゃんはともかく、Pちゃんは北村君の奪還を優先するはずよ」
「いや、Pちゃんが一番優先するのは僕の命令だ」
「何を命令したの?」
「重症者が出たら、その治療を優先しろと」
「まったく、君って奴はいつもそう! なんで、もっと自分を大切にしないのよ!」
「え? いつも?」
「ごめん。前の北村君がそうだったのよ。前の北村君がロボットスーツ隊の隊長をやっていた時、部下に対して『命を粗末にするな』『危なくなったら逃げろ』と言っていたくせに、自分はすぐに危険な事をやって、香子ちゃんをハラハラさせていたのよ」
ブレインレターで聞いたデート中の会話……そういう事だったのか。
「怪我もよくしていた。病院で看護師をしていた私に頼みに来た事があったわ。『次に怪我をしたら、香子にばれない様に治療してくれ』と。もちろん私は『最初から、怪我なんかするなあ!』と言って追い返したけどね」
「そんな事が……」
「でも、そんな君が、ちょっとカッコイイなって思っていたわ」
「え? うぐ」
突然、成瀬真須美は僕にキスをしてきた。
「ごめんね。さっき『本気で好きだったわけじゃない』と言ったのは嘘。本当は好きだった。だから、罠にかけるための誘惑なんてやりたくなかったの。でも、ブレンインレターで頭の中に、奴を送り込まれた私は逆らえなかったのよ」
「奴? 奴って?」
「奴は……はううう!」
どうしたんだ? 成瀬真須美が突然、目を見開いて痙攣した。
痙攣はすぐに治まったが……
「どうやら、奴の事は話せないみたいね」
「洗脳されると、そうなってしまうのか?」
「そう。自由意思は残っているのだけど、肝心なところで奴に逆らえない。だけど、北村君を殺すか、仲間にするかを選ぶことはできるわ。だから、私もカルルも仲間にするつもりだった。補給基地を攻撃したとき、私もカルルも君を生け捕りにするはずだったのよ。まさか矢納が、対戦車ライフルを撃ってくるなんて思っていなかったわ」
「矢納さんは、なんで洗脳されなかったの?」
「奴も、憑りつく相手を選ぶのよ。性格の悪い人間の中には入りたくないそうよ」
いったい『奴』って?……待てよ。
遺棄宇宙船の中にあったダイイングメッセージには『奴は逃げた』と書いてあった。
奴とは同じ存在か?
「う!」
突然、成瀬真須美が呻いた。
「どうしたの?」
「今、私の中の奴が、君に伝えろと。二人の粛清命令を出したのは自分だと」
「なぜ、今頃になってそれを僕に?」
「協力してもらう以上は、大して重要でない情報は話してもいいという事だそうよ」
「成瀬さんは、どういう状況で洗脳されたの?」
「病院勤務の帰りに変な男に声をかけられたのよ。『看護師さん。怪我人がいます』って。カマキリみたい印象の男だったわ。ついて行ったらブレインレターが待ち構えていたというわけ」
カマキリみたいな印象の男!
「矢納さんですね」
「そうよ。あいつは、リトル東京で君に近い人間を選んで洗脳していた」
それじゃあ、僕のせいでこの人は……
「おい! ナルセ! まだか?」
エラが苛ただし気に言ってきた。
「もうすぐ、終わるわよ」
「そうか」
エラは立ち上がり、ブレインレターの方へ歩いていく。
「このスイッチを押せばいいのだな?」
エラはブレインレターに手を伸ばした。
「ちょっと待って、アレンスキーさん。何をする気?」
「何って、もう治療は終わるのだろう? 私がかわりにスイッチ押してやろうと言うのだ。何か問題でもあるのか?」
「まだ、液体絆創膏が乾いていないのよ」
「どのくらいで乾く?」
「五分」
「では、五分経ったらスイッチを入れる」
エラは懐から懐中時計を取り出して時間を確認した。
「成瀬さん。念のため聞くけど、あのブレインレター偽物だよね?」
「ゴメン。偽物なんて用意するヒマなかった」
「じゃあ」
「まさか、あいつがこんな事をするとは思っていなかったわ」
「成瀬さん。あいつ、自分が粛清される事に感づいているみたいだ」
「なんですって?」
「あの様子だと、あんたを疑っている」
「不味いわね」
ダモンさんの治療さえ終われば、Pちゃんがドローンを飛ばしてくれると思うが……
菊花のエンジン音は聞こえてこない。
「五分経った。スイッチを入れるぞ」
その時、どこからか飛んできた光る玉がブレインレターを直撃した。
「うわ!」
小さな爆発に驚いて、エラは慌てて飛び退く。
「アレンスキーさん、何をやっているのよ! 貴重なブレインレターを」
「ち……違う! 今のは、私ではない」
「あなた以外に、誰がプラズマボールを使うのよ」
「だから、私ではない」
確かに、自分のプラズマボールで驚くはずがない。
では、いったい?
「そこまでよ!」
こ……この声は? まさか?
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