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第八章

ミーチャ・アリエフ

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「それじゃあ、まず。君の名前を聞こうか。それと歳を」
 
 僕がそう言ったのは、トレーラーの上に張ったテントの中。
 折り畳みテーブルを挟んで、パイプ椅子に座っている少年に対してだ。
 しかし、本当に少年なのだろうか?
 実は女の子が、男装しているのでは? と、思えるぐらい可愛い顔をしている。
 
「ミーチャ・アリエフ。十ニ歳」

 少年は、まだ、声変わりもしていないか細い声で答えた。

「十ニ歳だって!?」

 容姿は幼く見えるが、軍隊に入るぐらいだから実年齢はもっと上かと思っていたが……
 僕はキラの方を振り向く。

「帝国軍は、こんな小さな子供でも徴用するのか?」
「え? 十二歳なら、普通だと思うが……」
「そうなの?」

 文化の違いか? いや、いや、帝国人も元は地球人だろ。
 それも宇宙開発ができる程の先進国の人間。

「それでも、少年兵を実戦に出すなど普通はない。まして最前線に出すなどありえない。安全な帝都で訓練させるか、儀仗兵に動員したりするものだ。それなのに、こんな砂漠まで来ているのは、おそらくあの変態が無理を言って連れてきたのだろう」
「それって、帝国の法律とか軍規とかで、問題にならないの?」
「もちろん、問題になる。だが、エラ・アレンスキーなら、たいていの無理を押し通せる」
「なんて奴だ」
 
 テントの入り口が開き、外の熱気が入ってきた。

「ご主人様。例の物お持ちしました」

 Pちゃんが、ドームカバーを被せたお盆を持って入ってきた。

「じゃあ、テーブルに置いて」
「失礼します」

 Pちゃんは少年の前にお盆を置くと、ドームカバーを外した。
 今回ドームカバーの下にあったのは、もちろんカロリーメイトなんかではない。
 生クリームをたっぷりかけたカスタードプリン。
 プリンターで作ったのではなく、旅の前にカルカの宿でPちゃんが作った手作りだ。
 Pちゃん自体が機械なのだから、手作りと言っていいのか疑問だが……本来はミクのために用意していた……ミク、いいよね? この子に上げても……

「ミーチャ。疲れただろう。話をする前に、これでも食べてくれ」

 しばらくの間、ミーチャはキョトンとしていたが、やがてスプーンを手に取って一口食した。

「美味しい!」

 そのまま、ミーチャは涙を流しながらプリンを食べ続けた。

 普段ろくなもの食べてないんだな。

「さて、ミーチャ。食べながらでいいから、答えてくれ。君の今後の事だ。僕らは軍隊ではない。僕らの計画が片付いたら、君を捕えておく必要はない。君が望むなら、適当な帝国軍陣地を送り届けてもいいが……え?」

 ミーチャは、ショックを受けたようにスプーンをボロッと落とした。

「お願いです! 僕を追い返さないで下さい」

 いや……泣きながら、訴えられても……

「追い返すのではなくて、解放するという事なんだけど……」
「どう違うのですか?」
「どうって……君は今、捕らわれの身なのだよ。それは分かっているのかな?」
「こんな美味しい物が食べられて、こんなに優しくしてもらえるなら、一生捕らわれの身でいいです」

 それは僕が困る。

「もう、軍隊はイヤです! アレンスキー大尉怖いし、ごはん不味いし」

 ううん……困った。

 捕虜なのだから、いずれ解放しなきゃならないのだが……虐待されると分かっていて、解放するのも……

 僕は、キラに耳打ちした。

「この子をこっそり親元に帰した場合、脱走兵扱いになるのか?」
「当然だ。脱走兵として処分されるな」
「ううむ」
「ようは、アレンスキーのいない部隊に引き渡せばいいのだろう。あいつさえいなければ、それほど酷い扱いはされないはずだ。それにどのみち、アレンスキーのいる部隊は、殲滅するのだからいいではないか」
 
 それもそうか。

 僕はミーチャに向き直った。

「大丈夫だよ。帰っても、君がアレンスキー大尉に苛められる事はないから」

 しかし、ミーチャはイヤイヤと首を横にふった。

「お願いです。僕を軍隊に戻さないで下さい」
「いや、しかし……」
「掃除でも洗濯でもします。だから、ここに置いて下さい」
「しかし……帝国には、君の親だっているだろ」
「いません」
「え?」
「僕は孤児です。施設で育ちました」

 今度は、キラが僕に耳打ちした。

「帝国では、国の施設で育った子供は、十歳になると軍隊に徴用されることになっている」

 酷い制度だ。

「カイト殿。親もいないというし、ここは私と一緒に亡命という事でどうだろう?」
「いや、キラの亡命だって、まだ決まったわけでは……」
「私はもう、そのつもりだ。なんなら、ミーチャは私の弟という事にして、一緒にリトル東京に行くのもいいではないか」

 ううむ、どうしたものか?

「お願いします。ぼ……くを……zzzzz」

 薬が効いてきたようだ。

 ミーチャは、パタっとテーブルに突っ伏した。

 咄嗟にPちゃんが支えなかったら、食べ残しのプリンに顔から突っ込んでいただろう。
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