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第七章

母船との交信

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 宿へ向かう夜道を、僕たちは急いでいた。
「カイトさん。急にどうしたのです?」
 ミールの方を向く。
「ちょっと、確認したい事が出来たんだよ」

 カルルが、なぜ裏切ったのか?

 電脳空間サイバースペースにいる誰も、その理由が分からないでいるらしい。

 カルル本人も含めて……

 この惑星で、僕が接触したカルルと、ブレインレターで会ったカルルはまるで違っていた。

 顔と基本的な性格は変わらないのだが、何かが違っているのだ。

 裏切ったというより、別人になったと言った感じだ。

 リトル東京包囲戦の時、カルルは映像班を指揮していた。
 
 映像班は敵に襲撃され、カルルはトラックから離れたところで気を失っていた。

 あの時に、ブレインレターによる洗脳を受けていたとしたら……

 映像班の犠牲者は二人だけ。

 しかし、全滅していてもおかしくない状況だった。
 
 敵は、カルルを洗脳した後、怪しまれないでこっちへ戻すために攻撃の手を抜いたのだとしたら……

 考えながら歩いているうちに、宿に着いた。
 
 しかし……

「寝ている?」
 キラの話では、ミクは大いびきをかいて爆睡しているという。
 部屋割りでは、ミクはキラと同室だったのだが、キラが風呂に入っている間に、先に部屋に入っていたミクが鍵をかけて眠ってしまったのだ。
 僕達が宿に戻った時には、部屋の前の廊下でキラが途方に暮れていた。
 ドアの向こうからは、大きなイビキが聞こえてくるだけ。
「師匠。私は今夜どこで寝れば」
「仕方ないわね。キラは、あたしの部屋で寝ましょう」
 このイビキでは、起きそうにないな。
 しょうがない。朝まで待つか。
「ご主人様。ミクさんに何の用があったのです?」
電脳空間サイバースペースでのカルルは、どんな奴かを聞いてみたかったんだ。それと、カルル以外にも裏切り者はいたのか」
 ドロノフの話では、ブレインレターは複数あった。
 他にも洗脳を受けた者がいるかもしれない。
 その事をPちゃんに話すと……
「なるほど、ブレインレターでの洗脳は十分あり得ますね」
「そうだろう。そうと分かれば、カルルを元に戻すことも……」
「それは無理です」
「なぜ?」
「ブレインレターでの洗脳とは、言ってみればコンピューターウイルスのようなものを相手の意識に送り込むのです。本人も気が付かないうちに、ウイルスが増殖して意識を蝕み作り変えてしまうのです」
「それを、元に戻すわけにはいかないのかな?」
「これをやると、元からあった意識とブレインレターで送り込まれた意識が混ざり合ってしまうのですよ。元の状態に戻すには、混ざり合った意識を分離しなければなりません。可能だと思いますか? 無理です。マクスウェルの悪魔でもいない限り」
「それは……熱力学第二法則だろ。人間の精神にそれは……」
「物質でも精神でも同じです。混ざり合った物を、再び分離するのは難しいのです」
「そうなのか?」
「ご主人様。なぜ、あの男を助けようと思ったのです? あれほど、毛嫌いしていたはずなのに」

「え?」

 言われてみれば、なぜだろう?
「分からない。だが、元々あいつは味方だったはずだ。できるなら、元に戻したい。そんな風に思っている僕は、もしかしてブレインレターに洗脳されたのかな?」
「それはありません。ただ、洗脳というほどではないにしても、本来のカルルの姿を見て、親近感ぐらいは出てくるかもしれません」
「そうなのかな?」
「それより、ご主人様。そういう事でしたら、母船に直接問い合わせてみてはいかがでしょう?」
「え? できるの? そんな事」
「今まではできなかったのですが、先ほど、母船の方から通信が届きました」
「なぜ、今頃になって?」
「事情は分かりません。だが、推測はできます。母船との交信には、母船側が私の現在位置を半径五十メートルまで絞り込む必要があります。恐らく、先ほどミクさんの通信機と交信を試みた事によって、母船側が私の現在位置を特定できたのかと」
「もしかして、さっきの交信に通信衛星を経由したの?」
「はい」
「しかし、通信衛星は以前にも使っただろう?」
「その時は、誰も気が付かなかったか、気が付くのが遅れて、その間に私たちが移動したためと考えられます。それに、私が通信衛星を使ったのは、塩湖でカルル・エステスのドローンと戦った時だけです。それ以後は、通信衛星の使用は控えていました」
「なぜ?」
「あの時は、カルル・エステスが通信衛星を使用している可能性があると判断したためです。もし、そうなら、下手に通信衛星を使うと、現在位置を特定される危険がありました。しかし、今までの状況から考えて、カルル・エステスが通信衛星を使っている可能性は、ほとんどないと考えられます。そこで今回は、通信衛星を使用してみる事にしました」
「とにかく、母船と連絡が取れるなら、その方がミクに聞くよりも手っ取り早い。Pちゃん、繋いでくれ」
「分かりました。では、お部屋に来てください」
 Pちゃんに促されて、僕の部屋に入った。
「母船とのコンタクトに成功ました。では、始めます」
 Pちゃんの目から、レーザー光線が壁に向かって照射された。
 レーザーが部屋の壁に映像を映し出す。
 プロジェクションマッピングか。
 Pちゃんに、こんな特技もあったんだな。
 
 しかし、この映像はなんだ?

 てっきり、宇宙戦艦ヤ○トの艦橋ブリッジみたいな場所に繋がるのかと思っていたら、どう見ても普通のリビングルーム。
 いや、この部屋、見覚えがあるぞ。
 ブレインレターで見た僕らの溜り場?
 部屋では、女の子がこちら背中をむけ、フローリングの床で寝そべっていた。
 顔は見えないが……
『キャハハハハ!』
 この笑い声はミク?
 隣の部屋で寝ているはずでは……そうか! これは電脳空間サイバースペースのミクなのか。
 何を笑っているのかと思ったら、漫画を読んでいるところだった。
 どうやら、僕に見られている事に気がついてないようだ。
「おい。ミク」
『ん?』
 こっちを振り向いたミクは、口にせんべいを咥えていた。
 僕の方を見て、咥えていたせんべいがボロッと落ちる。
『お兄ちゃん!? なんで通信機に……あ! ひょっとして、地表にいる生データの人?』

 生データの人? なんじゃあ、それは? まあ、当たってはいるが……

「まあ、そんなところだ」
『そっか、生お兄ちゃんなんだ。ねえ、そっちに、あたしのコピーが行ったでしょ? 今、どうしてる?』
「ああ、来たけど、今はグースカ寝ている」
『ええ! お兄ちゃん、あたしの寝姿見ないでよね』
「見ないよ」

 見たくもないし……

「それより、そっちから呼び出しがあったのだが」
『そういえば、カルルがさっき通信機使っていたけど、誰も出ないってがっかりしていたよ』

 カルルが?

「なあ。ミク。地上に降りたカルルが裏切った理由って、分からないのか?」
『みんなは、分からないって言ってるけど、あたしは理由を知っているよ』
「なんだって!?」
『これは、あたししか知らない事なのだけど』

 なんだ? 何があったんだ?

『カルルが地上に降りて数日後のことだけど、カルルからあたしに通信があったの』
「カルルはなんて?」
『フラれたって』
「は?」
『香子お姉ちゃんに、プロポーズしてフラれたって言って、泣いていたんだよ』
「そ……そんな事が……」
『リトル東京の包囲戦のちょっと前ぐらいだけどね。そんな事があったので『司令部は嫌だ! 俺も最前線に出してくれ!』て、下にいるお兄ちゃんに頼んで、映像班に入れてもらったって』
「ミク。その後で、カルルはおかしくならなかったか?」
『なんか、人が変わったみたいに真面目になったって。みんなは、いい事だって言っていたけど、数年後にお兄ちゃんが香子姉と婚約して、そのしばらく後にカルルがカートリッジを盗み出して脱走したんだよ』

 人が変わったように真面目になった!?

『だから、カルルが裏切ったのは香子姉にフラれて、さらに親友だと思っていたお兄ちゃんに香子姉を取られちゃったので……ええっと、こういう時になる気分なんて言ったっけ?』
「自暴自棄と、言いたいのか?」
『そうそう。自暴自棄になって……リア充爆発しろ! て気分になって……』
『いい加減な事を言うなあ!』

 突然、カルルが画面に割り込んできた。

 電脳空間サイバースペースのカルルか。

『いい加減? 図星でしょ?』
『んなわけあるか! いったい俺が今まで生きてきて何人の女にフラれた思っているんだ!? 女一人にフラれたぐらいで一々自暴自棄になっていたら、今頃、宇宙を滅ぼしているわ!』
『え? そうなの? あたしだったら、フラれたら式神出して、そこら中のリア充を殺しまくるけどな』

 怖いぞ、この娘……

『ああ! うそ! うそ! そんな気分になるだけで、本当にはやらないから。お兄ちゃん、そんなに引かないで!』
「嘘だったのか? さっき、ミクの式神の力を目の当たりにしたからな。あれを暴れさせられたら本当マジに怖い」
『え? そんなに凄かった? 地球で出した時は、全然役に立たなかったのに……』
 カルルがミクを押しのけて、画面に出てきた。
『海斗! すまなかった! 俺のコピーが迷惑をかけて』
 カルルが手を合わせて謝った。
「カルル。その事で話がある。さっき、カルカの酒場で帝国軍の元士官に会ったんだが……」

 僕は、さっきの話をした。

『帝国軍が、ブレインレターを持っていたって?』
「ドロノフの話では、普段から国民を洗脳するのに使っていたようなんだ」
『じゃあ、俺のコピーは、それにやられたって言うのか?』
「ああ。僕もあの時の戦いをブレインレターで見ていて、腑に落ちない点があったんだ」
『どんな事だ?』
「あの時、ロボットスーツ隊は七人しかいなかったが、それでも帝国軍が映像班のいる方へ回り込めない様に対策をしていた。なのに、一個小隊ほどの部隊が回り込んで、映像班を襲撃した。僕がそれに気が付いて戻っていくまでの時間に、映像班を全滅させる余裕はあったはず。なのに犠牲は二人だけ」
『じゃあ、映像班を襲撃した奴らは、最初から洗脳が目的?』
「ああ。ついでに言うと、襲撃した奴らはドロノフの部下ではなくて、別働隊ではないかと思う。ドロノフの部隊が戦っている間に、川から舟で乗り付けたんじゃないかな?」
『そんな事が……』
「さらに言うと、リトル東京攻囲戦そのものが勝つためじゃなく、日本人の何人かを洗脳するのが目的だったのではないかな?」
『いくらなんでもそれはないだろう。あの戦いでどれだけの帝国兵が死んだと……』
「あれだけの犠牲を出したのに、総大将のネクラーソフがまったく降格していないどころか昇進していた」
『え?』
「実は、僕は先日シーバ城でネクラーソフと会ったんだ。その時の映像が残っているので、奴の着けていた階級章を、さっき調べたら大将の階級章だった。あれだけ大敗しておいて、昇進するなんて、おかしいと思わないか?」
『確かにおかしいが、俺一人を洗脳するために……』
「一人じゃないかもしれない」
『なに?』
「他にも洗脳された人間がいる可能性がある」
『そんな事が……いや、そうかもしれない。分かった。この事を上に報告しておこう』

 そこで僕達は、いくつか打ち合わせをして通信を終えた。
 通信を終えた時、僕は猛烈な睡魔に襲われ、そのままベッドに倒れこんだ。
 今日はいろんな事があり過ぎたのだから無理もないな……

 そして、翌朝。

 ミクが失踪していた。

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