上 下
180 / 848
第七章

包囲されたリトル東京

しおりを挟む
「確かに、リトル東京は囲まれているな。それは嘘ではなかった」 
「しかし、こんな離れたところを囲んでどうするつもりだ?」
 プレハブ小屋に戻った僕の耳に、そんな会話が飛び込んできた。
「何があったんだ?」
 僕に尋ねられたカルルは、大型モニターを指差す。
「偵察用ドローンが、敵を見つけたんだよ」
 モニターには、リトル東京周辺の地図と、敵の配置が表示されていた。
 リトル東京を中心にした半径十キロの円周上に、数千人の小部隊がいくつも配備されているのが、それを見て分かった。
 南方に森の中に二千人、南西の台地に一万人、西の海上にガレー船十隻、兵力三千人、北西の草原に三千五百人、北の草原に三千五百人、北東の平原に千人、東の湖上にガレー船十五隻 兵力四千人、南東の平原に三千人。

 大軍で城を包囲すると言ったら、それこそ蟻の這い出る隙間もないぐらい包囲する意味かと思っていたけど、これじゃあ、まるっきりザル。

「どういうつもりでしょう? 兵力をこんなに分散させて?」
 その理由は、すぐに分かった。
 帝国軍の駐屯地は、すべてナーモ族の集落のすぐそばにあったのだ。
「なるほど。隕石で攻撃すればナーモ族も巻き込むぞという事か」
「湖上と海上の艦隊は?」
「近くに島がありますが、そこはプシダー族の村があります。隕石を使えば、津波で巻き込む恐れが」
「人間の盾か。えげつない事を」
「しかし、詰めが甘いな。私ならガレー船に、ナーモ族の漕ぎ手を乗せるがそれはやらなかった。船を沈めるには問題ない。もっとも、奴らはこちらの武器を知らないのだから無理もない。今まで、軍用ドローンは武器を外してあったが、すでにこちらで設計したミサイルと銃を装備している」
 正規兵器のデータはないはずなのに、どうしてドローンに武器があるのか? と前から思っていたけど、ここで設計していたのか。
「しかし、これでは各個撃破して下さいと言わんばかりの陣形じゃないですか。奴ら、何を考えているのだ?」
「すでにカナン王国軍には、軍用車両を供与してある。この機動力をもってすれば、奴らが集結する前に半数は潰せる」
「奴らは、こっちの装備を知らんのだろう。だからこんな事を……」
「はたして、そうでしょうか?」
 異を唱えたのは、他ならぬ僕だった。
「確かに帝国は、地球の科学技術を失って退化しています。しかし、彼らも元は地球人。知識として、こちらの装備は分かっているはず」
「何が言いたい?」
 僕は地図の一か所を指示した。
「もし、各個撃破戦をするなら、最初に叩くのは数の一番少ない北東の部隊です。でも、敵は戦闘の専門家。最初に我々がここを攻めるのは、十分予想できるでしょう。北東の部隊は、我々を誘い込む目的で、わざと数を少なくしているのではないでしょうか?」
「つまり。罠を用意していると?」
 僕は無言で頷いた。
「では、君はリトル東京ここに籠城するべきだとというのか?」
「普通に考えれば、それがいいと思います。たとえ、この戦力で攻め込まれても、リトル東京は落ちないでしょう。しかし、下手に出撃して、ここの守りを手薄にしている時に攻め込まれたらたまらない」
「なるほど」
「ただし、敵もそう思っているでしょうね。まともに攻めたら勝ち目はないって。だから、帝国軍は我々が打って出てこないときは、ここではなく近隣の集落を襲うと思います」
「では、どうすれば……」
「ナーモ族を見捨てるなら、籠城しても問題はないでしょうがそうはいかない。ナーモ族を助けるには、打って出るしかないでしょう」
「しかし、罠があると言ったのは君だろう」
「ええ。だから罠を逆に利用するというのはどうでしょう?」

 翌日、僕はロボットスーツ隊を率いて、北東に集結している帝国軍を攻撃に向かった。
 川向こうに布陣している帝国軍は、僕らが姿を見せると一斉に大砲を撃ってくる。
 さすがに、これの直撃を食らったら、ただでは済まない。
 しかし、砲弾の動きはレーダーで追えたので、容易に回避できた。
 乾季のせいか、川は水量が少ない。
 一番深いところでも膝までの水深しかなかったので、容易に渡河できた。
 向こう岸まで後少しというところまで来たとき……
「あいつら、抵抗もしないで逃げていきますよ」
 部下の一人が、逃走する帝国軍を指差す。
「構う事はない。僕らの任務はこの砲台を潰すことだ」
 砲台の脅威がなくなると、待っていたかのようにカナン王国軍五千を乗せた車両群が渡河する。
 そして、僕らロボットスーツを先頭にして、その後ろからカナン王国軍が続く。
「隊長。白旗です」
「なに?」
 帝国軍は白旗を上げていた。
 その白旗を持っている男は……
「アレクセイ・ドロノフ」
 ドロノフは僕の方を向いた。
「ほう。その声は、昨日俺を送ってくれた坊やだな」

 誰が、坊やだ! くそオヤジ!

「その白旗は、なんのつもりだ?」
「もちろん、降伏するという意味だ」
「地球人ではないと言ってるのに、地球の降伏の仕方を知っているのか」
「い……いや、降伏したければこうしろと、お前の上司から言われたんだよ」
「いいだろう。降伏ついでに亡命もするかい?」
「いや。素敵な申し出だが、亡命しようにも亡命先のリトル東京は間もなく無くなる」
「どういう事だ?」

 ドドーン!

 遠くから爆音が聞こえてきた。
「こういう事さ」
 ドロノフは、不敵な笑みを浮かべた。
 その背後で花火が上がる。
 何かの合図だな。
「隊長! 川が」
 川の水量がみるみる増えて行った。
 湖の堤を爆破したのだな。
 これでロボットスーツ隊はともかく、カナン王国軍の車両は渡河できない。
「なるほど。これで僕達を、足止めしたという事か。で、その後はどうするつもりだ?」
「知れた事。帝国軍がリトル東京に一斉攻撃をかける」
「戦力の大半をここで足止めされて、守りが手薄になったリトル東京は、ひとたまりもないという事か」
「そういう事さ」
「僕が頭にきて、ここにいる君たちだけでも殲滅するとかは考えなかったかい?」
「おいおい。降伏した相手を殺すのかい」
「いや、そんな事はしない。ところで、もう本隊に報告はしたのか? 僕達をここに足止めしたと?」
「さっきの花火が合図だ」
「万が一、ぼくらの足止めに失敗した場合の合図も用意してあるかい?」
「は? その時はもう一つ花火を打ち上げるだけだが……」
 僕は背後を振り返って部下に合図を送った。
「バッテリーパージ、アクセレレーション」
 二人の部下が加速機能を使って敵軍の奥深くへ向かった。
 さっき花火が撃ちあがった辺りに……
「なんのつもりだ?」
「今に分かる」
「まさか、ニセの花火を打ち上げようとかいうのか? 無駄だな。打ち上げのパターンが決まっているんだ」
 ドロノフが言い終わった時、二人の部下が戻ってきた。 
「隊長。花火は破壊しました」
「ご苦労さん。ドロノフ。これでもう失敗の合図は送れないな?」
「はあ? そもそも必要ないだろ」
「変だと思わないか? 僕らの後からついてきたナーモ族の軍隊が一発も銃を撃っていない事を」
「なに?」
 僕は通信機のスイッチを入れた。
「カルル。もういいぞ。映像を消してくれ」
『ラジャー』
 僕らの背後にいたカナン王国軍は、忽然と消えた。
 後に残されたのは、立体映像投影機を積んだトラック。
「な!? これは、いったい!」
 驚くドロノフに僕は向き直る。
「今のは、立体映像というものさ。ここにナーモ族の部隊は来ていない。今もリトル東京を守っている」
「なんだと?」
「そんなところへ帝国軍は、のこのこと攻め込んでしまうわけだが、どうなるかな?」
「ま……まだ分かるものか……。数の優位は変わらない」
 僕はウェアラブル端末に目をやった。
「海上と湖上にいるガレー船は現在炎上中だ。これで合計七千の戦力が消滅した。ここの戦力と合わせて八千が失われた。残り二万二千でリトル東京は落とせるかな?」
「くそ」
 ドロノフは、白旗を竿から引きちぎって地面に叩きつけた。
「あれ? 降伏はやめるの?」
「当たり前だ! こうなった以上、お前らの首でも持ち帰らんと帝都には帰れん」
 ドロノフは槍を構えて僕に突進してきた。
「バッテリパージ! アクセレレーション!」
 加速機能を発動させた僕は、難なくドロノフの槍を躱す。
「ブースト」
 ブーストパンチを食らったドロノフは、そのまま吹っ飛んで水路に落ちた。
 そして、乱戦に突入。

 七対千。

 数では圧倒的に不利な戦い。
 しかし、ドローンからの航空支援もあって、帝国軍はたちまち総崩れとなった。
「隊長! 映像班が襲われています」
「しまった!」
 僕は踵を返して、カルル達の方へ走った。
 
 トラックに帝国軍兵士が群がっている。
 トラックの荷台の上に登った映像班と思われる三人の男女が、ショットガンで応戦していた。
 その中にカルルの姿がない。
 僕はショットガンを抜いて帝国軍兵士を薙ぎ払った。
 さらに、空中からドローンが対地ミサイルを放つ。
 帝国軍が逃げ去った後、カルルの姿を探したが見当たらない。
 トラックの周囲に何人か人が倒れていたが、その中にもカルルの姿はなかった。
「カルルは?」
 生き残った映像班の者に尋ねたが、みな自分が助かるのに必死で誰もカルルの安否を知らなかった。
 カルルが見つかったのは川の近く。
 気を失って倒れているところを発見された。
 救援に来たヘリコプターにカルルの身柄を託した後、僕はロボットスーツ隊をまとめてリトル東京へと引き返した。
 しかし、僕が帰り着いた時には、すでに決着がついていた。
 帝国軍は、総戦力の九割を失い、帝都に引き返していくところだったのだ。
 
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

異世界でネットショッピングをして商いをしました。

ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。 それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。 これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ) よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m hotランキング23位(18日11時時点) 本当にありがとうございます 誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

平和国家異世界へ―日本の受難―

あずき
ファンタジー
平和国家、日本。 東アジアの島国であるこの国は、厳しさを増す安全保障環境に対応するため、 政府は戦闘機搭載型護衛艦、DDV-712「しなの」を開発した。 「しなの」は第八護衛隊群に配属され、領海の警備を行なうことに。 それから数年後の2035年、8月。 日本は異世界に転移した。 帝国主義のはびこるこの世界で、日本は生き残れるのか。 総勢1200億人を抱えた国家サバイバルが今、始まる―― 何番煎じ蚊もわからない日本転移小説です。 質問などは感想に書いていただけると、返信します。 毎日投稿します。

異世界転移ボーナス『EXPが1になる』で楽々レベルアップ!~フィールドダンジョン生成スキルで冒険もスローライフも謳歌しようと思います~

夢・風魔
ファンタジー
大学へと登校中に事故に巻き込まれて溺死したタクミは輪廻転生を司る神より「EXPが1になる」という、ハズレボーナスを貰って異世界に転移した。 が、このボーナス。実は「獲得経験値が1になる」のと同時に、「次のLVupに必要な経験値も1になる」という代物だった。 それを知ったタクミは激弱モンスターでレベルを上げ、あっさりダンジョンを突破。地上に出たが、そこは小さな小さな小島だった。 漂流していた美少女魔族のルーシェを救出し、彼女を連れてダンジョン攻略に乗り出す。そしてボスモンスターを倒して得たのは「フィールドダンジョン生成」スキルだった。 生成ダンジョンでスローライフ。既存ダンジョンで異世界冒険。 タクミが第二の人生を謳歌する、そんな物語。 *カクヨム先行公開

日本が日露戦争後大陸利権を売却していたら? ~ノートが繋ぐ歴史改変~

うみ
SF
ロシアと戦争がはじまる。 突如、現代日本の少年のノートにこのような落書きが成された。少年はいたずらと思いつつ、ノートに冗談で返信を書き込むと、また相手から書き込みが成される。 なんとノートに書き込んだ人物は日露戦争中だということだったのだ! ずっと冗談と思っている少年は、日露戦争の経緯を書き込んだ結果、相手から今後の日本について助言を求められる。こうして少年による思わぬ歴史改変がはじまったのだった。 ※地名、話し方など全て現代基準で記載しています。違和感があることと思いますが、なるべく分かりやすくをテーマとしているため、ご了承ください。 ※この小説はなろうとカクヨムへも投稿しております。

宮様だって戦国時代に爪痕残すでおじゃるーー嘘です、おじゃるなんて恥ずかしくて言えませんーー

羊の皮を被った仔羊
SF
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 時は1521年正月。 後奈良天皇の正室の第二皇子として逆行転生した主人公。 お荷物と化した朝廷を血統を武器に、自立した朝廷へと再建を目指す物語です。 逆行転生・戦国時代物のテンプレを踏襲しますが、知識チートの知識内容についてはいちいちせつめいはしません。 ごくごく浅い知識で書いてるので、この作品に致命的な間違いがありましたらご指摘下さい。 また、平均すると1話が1000文字程度です。何話かまとめて読んで頂くのも良いかと思います。

やさしい異世界転移

みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公 神洞 優斗。 彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった! 元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……? この時の優斗は気付いていなかったのだ。 己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。 この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

処理中です...