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第七章

交流会

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『では、再生を再開する』

 場面はパーティ会場に移っていた。
 数々の料理がテーブルに並べられている。
 電脳空間サイバースペースでは、食事を取らなくても死ぬことはないらしいが、飲食を楽しむことは可能なようだ。
 僕もカルルも香子も、会場にいる皆も杯を持ってテーブルを囲んで立っていた。
「《イサナ》と《天竜》の出会いを祝ってカンパーイ!」
 森田船長の音頭で乾杯となった。
「狡いなあ、大人だけ。あたしは、いつになったらお酒が飲めるの?」
 子供の声に目を向けた。
 
 浴衣姿の女の子がそこにいる。

 綾小路未来!? 

 そうか、この子もこの船に乗っていたんだな。
 僕の視線に気が付くと、綾小路未来はくるっと一回転して……
「ねえねえ。お兄ちゃん、この浴衣姿可愛いでしょ」
「ああ……可愛いよ」
「なんか、取って付けたような返事」
「そ……そんな事はないぞ」
 カルルが横から手を伸ばして、綾小路未来の頭を撫でた。
「可愛いぞ。ミク」
「カルルに聞いてないもん」
「ヒドイな。その浴衣、誰がデザインしてやったと思ってるんだ」
 
 僕は周囲を見回していた。
 僕の意志で動いているわけではないが、なんとなく電脳空間サイバースペースの僕が何を探しているのか分かる。

 人目に付かないところだな。

 僕の目はカーテンに止まった。

 あの裏に隠れていようとか考えているな。

 僕はさりげなく、カーテンの方へ歩み寄っていく。
 途中、料理と酒の確保は忘れない。
 
 カーテンの裏にさり気なく入った。
 宴会が終わるまで、ここにいるつもりだな。
「あの……すみません。入ってます」
 か細い女の声が聞こえた。
 影の薄い、大きなメガネをかけた二十歳ぐらいの女性が、カーテンの裏に先に入っていた。
「ひ!」
 思わず、声を上げそうになった僕の口を、彼女の手が塞いだ。

『紹介しておこう。彼女は船長の娘で森田もりた芽衣めい。内気な性格で、ここに隠れていたらしい。困った娘だね。もっと他人と、触れ合わないと……』

 人の事言えるか!    

「君は、船長の……」
「すみません! すみません! 私、こういうの苦手で……でも、父に行けと言われて仕方なく……でも、やっぱり辛いので、ここに隠れていたのです」
「そうか。僕も苦手なんだ。一緒に隠れていていいかな? 迷惑なら他の場所を探すけど……」
「いえ……迷惑なんて事は……北村さんとでしたら……むしろ……一緒に……」
「え?」
「いえ……その……あ! お饅頭ありますけど、いかがですか?」
 彼女の差し出した小さな皿の上で、小さな饅頭がホコホコと湯気を立てていた。
「ありがとう。僕も唐揚げ取って来たんだけど、どうかな?」
「わあ! 唐揚げ大好きです」
「じゃあ、時間まで、ここで二人だけの宴会でもしてようか」
「はい」
 だが、その目論見は長く続かなかった。
 突然カーテンが開かれたのだ。
「お兄ちゃん。何、かくれんぼしているの?」
 カーテンを開いたのは綾小路未来。その背後で香子が仁王立ちになっている。
「海斗。それに芽衣ちゃん。こんなところに隠れていないで、少しは人と交流しなさいよ」
「こ……交流しています。北村さんと」「交流しているぞ。芽衣ちゃんと」
「こういうのは、交流とは言わないの。カルルを少しは見習って……」

 香子の指差す先で、カルルが《天竜》の中華娘をナンパしてはフラれまくっていた。

「香子姉ちゃん。カルルじゃ、お手本にならないよ」
「まったく」
「それにさ、お兄ちゃんが《天竜》の女の子をナンパしちゃってもいいの?」
「それは大丈夫。海斗には、自分から知らない女の子に声をかける度胸はないから」

 悪かったな。

 カルルをふった中華娘の一人がこっちを向いた。 
 中華娘がこっちへやってきて僕に挨拶をする。
「初めまして。私、ヤン 美雨メイユイと申します。よろしくお願いします」
「どうも、北村 海斗と申します」
 綾小路未来が香子の袖を引っ張る。
「お兄ちゃん、逆ナンされているよ」
「しまった! その危険を、忘れていたわ」
 香子は僕の左腕にしがみ付いてきた。
「初めまして。私は海斗の彼女で鹿取香子と申します」

 電脳空間サイバースペースでは、僕と香子はそういう関係になっていたのか?

『言っておくが、僕と香子はそういう関係になっていない。この時点では……』

 これ、本当に録音か?

「なんだ、彼女いたのか。二人も……」
 そう言って、楊 美雨は去っていく。
「二人も?」
 香子の視線は、僕の右腕にしがみ付いている女性に向いた。
「海斗……この女は誰?」
 香子は声に、怒気を含んでいた。
「ええっと……」

 また、再生が止まった。
『一応説明しておこう。生データから再生された君なら、あるいは思い出せたかもしれないが、僕はこの時点で彼女が誰か思い出せなくて、すっかり気が動転していた』

 で、誰なんだ? 確かに見た覚えが……まさか!?

『彼女は相模原さがみはら 月菜るな……と言えば分かるだろ』

 高校時代の彼女!? 

『彼女がデータを取られたのは二十五になってからだ。だから、すぐには分からなくても無理はない』

 しかし、なんで、彼女までこの船に?

『なお。この後は見るのが怖いから、再生を数分だけ早送りする』

 おい……

 再生が再開した。
 香子と月菜が睨み合っているのを、僕はおろおろと止めようとしているところだった。

 いや……ここも早送りしろよ……

 ん? 裾を引っ張られた。
 
 振り向くと、綾小路未来が僕の裾を掴んでいる。
「お兄ちゃん。女の戦いに、男は口出し無用だよ」
「いや……しかし」
 その時、綾小路未来の背後から十二~三歳ぐらいの、顔だちの整った男の子が近づいてきた。
「あの」
 男の子に声をかけられて、綾小路未来は振り向く。
「こんにちは。僕はチャン 白龍パイロンです。よろしくお願いします」
 男の子は、流暢な日本語で挨拶した。
「こんにちは。あたし、綾小路未来でーす。よろしくね」
「あの……お願いがあります」
 男の子は顔を真っ赤にしている。
貴女あなたを見て、一瞬で好きになってしまいました」
「ええ!?」
「《イサナ》は《天竜》より六年遅れて到着するそうですね。僕、六年間待ちます。向こうの惑星で再会したら、僕と結婚して下さい」
「えええええ! お兄ちゃん……どうしよう?」 
「いい話じゃないか。OKしちゃえよ」
「他人事だと思ってえ……あのねえ、白龍君。気持ちは嬉しいけど、あたしまだ十二歳だしい……お友達でいましょ」

 ああ! その言い方は……

「そ……そうですか」

 可哀そうな白龍君。そんなに気を落とすなよ。

 船長が宴の終了を告げたのは、その時だった。

『《イサナ》と《天竜》は、タウ・セチでの再会を約束して別れたんだ』

 《天竜》の乗員たちが手を振りながら、一人ずつ消えて行った。
 電脳空間サイバースペースのリンクが切れたようだ。

『だけど、《イサナ》がタウ・セチに到着したときには、《天竜》の姿はどこにもなかった』

 僕の声は、どこか悲しそうだった。
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