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第七章

モフモフは別腹

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「んがあ~~!」
「まったく、なんで私が……」
 不満そうなPちゃんの声と、ミクの大イビキを背後から浴びながら、僕はステアリングを握っていた。
「私のひざ枕は、ご主人様のためにあるのに……」
 バックミラーで後部シートを見ると、ミクがPちゃんのひざ枕の上で爆睡している。
 絶え間なく流れる涎を、Pちゃんはイヤそうにふき取っていた。
「ご主人様。叩き起こしていいですか?」
「もう少し寝かしておいてやろうよ」
「でも、私のひざが、この子の涎でベトベトです」
「お人形さん。ひざぐらい我慢なさいな。その子は疲れているのですよ」
「ミールさん、覚えてらっしゃい」
「はいはい。あ! カイトさん。カルカが見えてきました」
 ミールが指差す先では、地平線から何か建物らしきものが出ているのが見えた。
「この分身体は、そろそろ限界です。だから、私の本体が迎えに行きますね」
「どうやって?」
 返事がなかった。
 横を見ると、ミールはいつの間にかいなくなっている。
 ただ、助手席の上には木札があるだけだった。

 ミールは、どうやって迎えにくるつもりだろう?

「ご主人様。ミールさんが戻ってきても置き去りにしましょうよ」

 また、そんな事を……まさか?

「Pちゃん。君は本当は、どこまで知っているんだい?」
「なんの事でしょうか?」
「僕が再生された理由だよ。君は事あるごとに、僕とミールを引き離そうとしているな。それは、僕が香子と結婚するために再生されたという事を知っていたからじゃないのか?」
「それに関してデータがないというのは事実です」
「本当かあ?」
「あるいは、撃墜されたシャトルのメインコンピューターにはあったかもしれません。しかし、この人型筐体に移したデータの中にはないのです。ただ、ご主人様が他の女性と仲良くなりそうになったら、私は可能な限り妨害するようにプログラムされているのも事実です」
「なんのために?」
「それは分かりません。しかし、ご主人様が鹿取香子さんと結婚するために再生されたのなら、私がこのようにプログラムされた理由も分かります」
「プログラムだったのか。本当にヤキモチを焼いているように見えたぞ」
「ヤキモチを焼いていたのも事実です。私には感情がありますから。ロボットの私がこんな事を言ったら、気持ち悪いと思われるかも知れませんが、私はご主人様を……北村海斗さんを愛しています」
「お……おい」
「ご安心下さい。私の想いはいつでも消せます。ただ、私がそういう想いを抱いているのは、私のベースとなった人格を提供された方が、ご主人様を愛していたからです」
「な……誰なんだ? それは……」
「鹿取香子さんです」
「なんだって? いや、確かに君と話をしていると、時々香子と話をしているような気がしていたけど……そういう事だったのか」
「でも、勘違いしないでください。ご主人様に、他の女性を近づかせないように行動するプログラムを作ったのは、鹿取香子さんではありません。そもそも、鹿取香子さんにそんなスキルはありません」
「では誰が?」
「実は、このことがご主人様に発覚したときのためのメッセージを、プログラマーからお預かりしていますが、聞いていただけますか?」
「メッセージって? そのプログラマーは、僕の知っている人なのか?」
「直接会った事はないと思います。しかし、ご主人様が見たブレインレターの中でおそらく見ているでしょう」
 いったい、誰なんだ?
「分かった。聞かせてくれ」
「では、車を止めて下さい」
 車を止めると、メインモニターに大きなメガネをかけた女の子が現れた。
 
 芽衣ちゃん?

 ブログラマーって、芽衣ちゃんだったのか?
 いや、ロボットスーツの出力調整法を独力で調べ出したぐらいだから、この娘は見かけによらず、そうとう優秀なのかもしれない。

『ゴメンなさい! ゴメンなさい! ゴメンなさい!』

 いや、謝らなくていいから事情を……芽衣ちゃんじゃ仕方ないか……

『北村さんは、きっと怒っていると思いますが……』

 いや、別に怒ってないけど……

『こんな姑息なプログラムを作ったのは私です。だから、香子さんを悪く思わないでください。北村さんが死んだショックで憔悴した香子さんを見ていられなくて……だから、もう一度北村さんを再生する事になったのに、生データから作るというから……あ! 生データから作られた北村さんは、私を知らないですよね』

 いや、ブレインレターで見たから……と今さらどうにもならんな。

 しばらく芽衣ちゃんの自己紹介が続いた。

『……そんなわけで、生データからから作られた北村さんに、悪い虫がついてはいけないと思って私が勝手にやったのです。だから、人工知能P0371に、そんなプログラムがあるなんて香子さんは知りません。だから、香子さんを嫌いにならないでください。会ったら慰めてあげてください。できれば、もう一度プロポーズしてあげてください。お願いします』

 メッセージは終わった。

 ううん……困った……

「ご主人様。聞いた事を後悔していませんか?」

 ちょっと、後悔している……知らない方がよかったかも……でも……

「それでも、ミールを置き去りにするのはなし。こんな別れ方はしたくない」
「そうですか。ご主人様がそれでいいというなら……」

 不意にPちゃんが押し黙った。

 頭のアンテナがピコピコと動く。

 何か電波をキャッチしたのか?

「ご主人様。先行しているドローンに、飛行物体が接近しています」
「飛行物体だって?」
「大きさからして、ベジドラゴンのようですね。今、映像を出します」
 メインモニターにドローンからの映像が現れた。
 遠くの空に黒い点が見える。 
「拡大します」
 頭に大きな赤いリボンをつけたベジドラゴンがそこにいた。
 エシャーだ。
 そのエシャーの背中にミールが乗っている。
 分身ではなくて、本体だ。
 ドローンに気が付いたのか、ミールはこっちに手を振っていた。

 車から降りて待っていると、ほどなくしてエシャーが舞い降りてきた。
 
「カイトさーん! お会いしたかったです!」
 
 ミールはエシャーから降りるなり、僕の方へと駆け寄ってきた。

 しかし……

 僕の傍に着く前に、何かが猛スピードでミールの背中に飛びついた。

「わあい! 猫耳が大きくなってる。モフモフ」

 ミク!? 爆睡していたと思っていたら、いつの間に……

 ミクはミールの背中にしがみ付き、ミールの猫耳に頬ずりしていた。
「ちょっと! やめなさい!」
「やだ。猫耳にモフモフしたい」
「やめて! あたしは、同性愛の趣味なんてないのだから!」
「大丈夫。あたしもないから。でもね、モフモフは別腹なのだよ」
「やめてえ!」
「ミールさんもミクさんも、すっかり親睦を深められましたね」
「深めていません。Pちゃん! 見てないで助けて」
「なぜ、私がそんな事を? さっきまで、私がこの子の涎にひざを汚されていたのに、ミールさんは全然助けてくれなかったじゃないですか」
「そ……それは……」
 
 これ以上、ややこしくなる前に……

「え? なに? お兄ちゃん」

 僕は、ミクの襟首を掴みミールから引き離した。

「人が嫌がるような事をするのはやめなさい」
「ええ!? もっと、モフモフしたい」
「ダメ! ミールが嫌がっているだろ」
「ブー! メイドさん、またひざ枕して」
「嫌ですよ。私のひざが涎でベトベトです」
「いいじゃない。そんなの拭けば」

 イラ!

「あれ? お兄ちゃん、どこへ連れて行くの」

 僕はミクの襟首を掴んだまま、エシャーの方へ連れて行く。

「エシャー、ちょっと頼みが」
「ナアニ? カイト」

 車内に軽快な音楽が流れていた。
 音楽データを再生しているのではない。
 音楽を流しているのは、今まで、この惑星では無用の長物だったカーステレオのラジオ。
 驚いた事に、カルカにはラジオ局があったのだ。
「カイトさん、カルカで買ってきたお菓子です。どうぞ」
「ありがとう。ミール」
「ご主人様。ミールさん。冷たいお茶がありますけど、いかがですか?」
「飲む飲む」「あたしも頂きます」

「あのう、北村海斗様」
 後部シートで、Pちゃんのひざの上にちょこんと座っている赤目がおずおずと言った。
「ん? 赤目も食べるかい?」
「いえ、僕は式神ですから。ただ僕の目を通して、この様子を見ているあるじが『なに自分達だけで、美味しそうなもの食べてるのよ!? あたしも混ぜて』と伝えろと言っております」

 チラッと横を見ると、車に並行して飛んでいるエシャーの上で、ミクが恨めしそうにこっちを見ていた。

「入れてやろうか?」
「ダメですよ。カイトさん」
「そうですよ。ご主人様。お行儀の悪い子には、躾けが必要です」
「でも……そろそろ可哀そうかなと……」
 だが、意外なことに赤目が反対した。
「いいえ、北村海斗様。ここで甘やかすのは主のためになりません。我が主は、データを取られる前から堪え性のないお子様でした。電脳空間サイバースペースで長い時間を過ごしていましたが、まったく成長しておりません。しかも、自分は大人だと思い込んでおります。ここはビシっと躾けて頂かないと……」
「そ……そうなの? てか、赤目。君はあの子の式神だろ。主に逆らうような事できるの?」
「僕は主の不利益にならない事でしたら、かなり自由に動けるのですよ。社会性を身に着けるのは、主に取って悪いことではありませんので」
 
 結局、カルカの町に入るまで、ミクはエシャーに乗せたままだった。
 
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