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第七章
二百年前の僕と今の僕
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死んだ……という事なのか。
先に再生された僕は、死んでいたのか。
ダモンさんが言っていた、補給基地を守って死んだ戦士というのは……僕の事だったのだな。
『間もなく、君の感覚は元に戻る。ここから先の事は、ミクに聞いてくれ』
おい! ちょっと待て! まだ聞きたい事がいっぱい……
「カイトさん! 大丈夫ですか?」
目を開くと、僕はさっきの草原に立っていた。
頭に大きな猫耳のある幼女が、僕を心配そうに見つめている。
身体中にたかっていたマイクロマシンも、いつの間にかなくなり、僕の服装も防弾服に戻っていた。
いや、最初から服は変わっていない。今までのが幻影だったんだ。
ウェアラブル端末の時計を見ると、せいぜい五~六分しか経過していなかった。
「ミール」
「なんでしょう?」
「君は、会った事があるのか? その……補給基地を守っていたという日本人に」
「いえ、あたしは会った事ありません。ダモン様は、何度か補給基地に行って会っていますが……」
そうか。ミールは会った事がないんだな。
「ミク」
女の子は、僕の方を振り向いた。
「やっと、ミクって呼んでくれたね。お兄ちゃん」
「え?」
あれ? なんで…そうか、ブレインレターで見た僕は、この娘の事をミクと呼んでいた。
「電脳空間では、お兄ちゃんはいつも、あたしをミクと呼んでた。だから、ここでもミクと呼んで」
「そうか……じゃあ……ミク。僕は、どうやって殺された?」
「裏切り者が、いたの」
「カルルの事か?」
「そう。カルル・エステスが、リトル東京から大量のマテリアル・カートリッジを持ち出して帝国に逃げたんだ。それで、帝国のプリンターが使えるようになっちゃって、お兄ちゃんのロボットスーツに通用する兵器……対戦車ライフルとか、ロケット砲を作ったんだよ。お兄ちゃんは、対戦車ライフルに磁性流体装甲ごと心臓を貫かれて、即死だったって」
「……」
「死ぬ前に、お兄ちゃんはね、香子お姉ちゃんと婚約していたんだ」
「それは知っている。ブレインレターで見た」
「だから、お姉ちゃんは《イサナ》に連絡して、もう一度お兄ちゃんを再生してほしいって、お願いしたの」
「それで、僕は再生されたのか?」
「うん」
「しかし、なぜ生データから? 電脳空間の僕を、なぜ使わなかった?」
「お兄ちゃんが死んだのは、カルルが裏切ったからなんだよ」
「……!」
「ブレインレターで見たでしょ。お兄ちゃんとカルルはずっと友達だったんだ。だから、電脳空間のお兄ちゃんは、もう一度再生されても、カルルと戦える自信がなかったの。だから、カルルと出会う前の生データから作ろうという事になったの」
「そうか……そうだ! シーバ城を脱出した香子たちは?」
「それがね、ヘリコプターの通信機が壊れちゃって、連絡が取れないの」
「なんだって? いや、それは大丈夫だ。カルカの町にいるはずだから。そうだろ? ミール」
僕はミールの方を向いた。
「ですから、まだ王子と王妃の行方が分からないのです。当然、一緒にいたはずの日本人の行方も分かりません」
「そうだった」
「それよりカイトさん。詳しい事情は分かりませんが、今の話だとカイトさんが再生された理由は、香子という女の婿にされるためという事ではないのですか?」
「え?」
そうなるのかな?
僕はミクの方を向いた。
「そうなの?」
「そうだよ。聞いていて、分からなかった?」
「いや……確かに、先に再生された僕は香子と婚約していて……それが死んだので、代わりに僕が作られたという事は……」
「でもさ、何も知らないで再生されたお兄ちゃんは、納得いかないよね。会ったこともない女の婿になるために再生されたなんて」
「え? いや、香子と会った事はあるが……」
「知っているよ。お兄ちゃんと香子お姉ちゃんは、幼馴染だったって。でも、その記憶は本物だと思う?」
「え? 何を言って……」
「お兄ちゃんは、二百年前の人間のデータを元に再生されたんだよ。だから、二百年前の記憶を持っているけれど、その記憶はお兄ちゃんが実際に体験したことではない。つまり、この惑星でプリンターから生み出されたお兄ちゃんは、香子姉ちゃんに会ったことは一度もないんだよ。ただ、そういう記憶があるだけ……」
「ええっと……ちょっと……待ってくれ」
頭が混乱してきた。
でも、この子の言ってる事が、正しいという事は分かる。
というより、この事は、僕がこの惑星に降りてから考える事を避けていた問題だ。
今まで、考えないようにしていた。
考えても、混乱するだけだから……
本当の僕は、この惑星で初めて生を受けた。
だが、僕はそういう風に考えるより、二百年前の世界から転移してきたと考えるようにしていた。
その方が楽だから……
でも、実際は違う。
僕はこの惑星で生まれた。
母親の胎内ではなく、プリンターという機械で作られたという違いはあるが、僕は二百年前の地球から転移したのではなく、ここで生まれたのだ。
「ねえ、お兄ちゃん。お兄ちゃんは、二百年前の自分に縛られる事は無いんだよ。だって、本当は、この惑星で初めて生まれたのだから。それでも、納得できるの? 香子お姉ちゃんの婿になる事を、義務付けられているなんて」
「納得できません!」
突然そう叫んだのは、僕ではなかった。
先に再生された僕は、死んでいたのか。
ダモンさんが言っていた、補給基地を守って死んだ戦士というのは……僕の事だったのだな。
『間もなく、君の感覚は元に戻る。ここから先の事は、ミクに聞いてくれ』
おい! ちょっと待て! まだ聞きたい事がいっぱい……
「カイトさん! 大丈夫ですか?」
目を開くと、僕はさっきの草原に立っていた。
頭に大きな猫耳のある幼女が、僕を心配そうに見つめている。
身体中にたかっていたマイクロマシンも、いつの間にかなくなり、僕の服装も防弾服に戻っていた。
いや、最初から服は変わっていない。今までのが幻影だったんだ。
ウェアラブル端末の時計を見ると、せいぜい五~六分しか経過していなかった。
「ミール」
「なんでしょう?」
「君は、会った事があるのか? その……補給基地を守っていたという日本人に」
「いえ、あたしは会った事ありません。ダモン様は、何度か補給基地に行って会っていますが……」
そうか。ミールは会った事がないんだな。
「ミク」
女の子は、僕の方を振り向いた。
「やっと、ミクって呼んでくれたね。お兄ちゃん」
「え?」
あれ? なんで…そうか、ブレインレターで見た僕は、この娘の事をミクと呼んでいた。
「電脳空間では、お兄ちゃんはいつも、あたしをミクと呼んでた。だから、ここでもミクと呼んで」
「そうか……じゃあ……ミク。僕は、どうやって殺された?」
「裏切り者が、いたの」
「カルルの事か?」
「そう。カルル・エステスが、リトル東京から大量のマテリアル・カートリッジを持ち出して帝国に逃げたんだ。それで、帝国のプリンターが使えるようになっちゃって、お兄ちゃんのロボットスーツに通用する兵器……対戦車ライフルとか、ロケット砲を作ったんだよ。お兄ちゃんは、対戦車ライフルに磁性流体装甲ごと心臓を貫かれて、即死だったって」
「……」
「死ぬ前に、お兄ちゃんはね、香子お姉ちゃんと婚約していたんだ」
「それは知っている。ブレインレターで見た」
「だから、お姉ちゃんは《イサナ》に連絡して、もう一度お兄ちゃんを再生してほしいって、お願いしたの」
「それで、僕は再生されたのか?」
「うん」
「しかし、なぜ生データから? 電脳空間の僕を、なぜ使わなかった?」
「お兄ちゃんが死んだのは、カルルが裏切ったからなんだよ」
「……!」
「ブレインレターで見たでしょ。お兄ちゃんとカルルはずっと友達だったんだ。だから、電脳空間のお兄ちゃんは、もう一度再生されても、カルルと戦える自信がなかったの。だから、カルルと出会う前の生データから作ろうという事になったの」
「そうか……そうだ! シーバ城を脱出した香子たちは?」
「それがね、ヘリコプターの通信機が壊れちゃって、連絡が取れないの」
「なんだって? いや、それは大丈夫だ。カルカの町にいるはずだから。そうだろ? ミール」
僕はミールの方を向いた。
「ですから、まだ王子と王妃の行方が分からないのです。当然、一緒にいたはずの日本人の行方も分かりません」
「そうだった」
「それよりカイトさん。詳しい事情は分かりませんが、今の話だとカイトさんが再生された理由は、香子という女の婿にされるためという事ではないのですか?」
「え?」
そうなるのかな?
僕はミクの方を向いた。
「そうなの?」
「そうだよ。聞いていて、分からなかった?」
「いや……確かに、先に再生された僕は香子と婚約していて……それが死んだので、代わりに僕が作られたという事は……」
「でもさ、何も知らないで再生されたお兄ちゃんは、納得いかないよね。会ったこともない女の婿になるために再生されたなんて」
「え? いや、香子と会った事はあるが……」
「知っているよ。お兄ちゃんと香子お姉ちゃんは、幼馴染だったって。でも、その記憶は本物だと思う?」
「え? 何を言って……」
「お兄ちゃんは、二百年前の人間のデータを元に再生されたんだよ。だから、二百年前の記憶を持っているけれど、その記憶はお兄ちゃんが実際に体験したことではない。つまり、この惑星でプリンターから生み出されたお兄ちゃんは、香子姉ちゃんに会ったことは一度もないんだよ。ただ、そういう記憶があるだけ……」
「ええっと……ちょっと……待ってくれ」
頭が混乱してきた。
でも、この子の言ってる事が、正しいという事は分かる。
というより、この事は、僕がこの惑星に降りてから考える事を避けていた問題だ。
今まで、考えないようにしていた。
考えても、混乱するだけだから……
本当の僕は、この惑星で初めて生を受けた。
だが、僕はそういう風に考えるより、二百年前の世界から転移してきたと考えるようにしていた。
その方が楽だから……
でも、実際は違う。
僕はこの惑星で生まれた。
母親の胎内ではなく、プリンターという機械で作られたという違いはあるが、僕は二百年前の地球から転移したのではなく、ここで生まれたのだ。
「ねえ、お兄ちゃん。お兄ちゃんは、二百年前の自分に縛られる事は無いんだよ。だって、本当は、この惑星で初めて生まれたのだから。それでも、納得できるの? 香子お姉ちゃんの婿になる事を、義務付けられているなんて」
「納得できません!」
突然そう叫んだのは、僕ではなかった。
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