上 下
132 / 828
第六章

消えていく分身たち

しおりを挟む
「ミール、どうしたんだ? 急に戦闘モードになって?」
 問いかけても、分身は何も答えない。
 どうやら、向こうで手の離せない事態があって、分身の操作ができなくなったようだ。
 通信機で呼び出してみたが応答がない。
 通信機はダモンさんの部屋に置いてあるはずだが、そこにいないのか? それとも通信機の使い方が分からないのか……一応使い方は教えてあるけど、まだ使っているのを見た事がないし……

 分身が、ようやく動き出しのは、十分ほど経過してから。
 困ったような顔をして、経緯を話し始めた。
「すみません。カイトさん。やっちゃったのですよ」
「やっちゃったって? なにを?」
「ベジドラゴン飼育係の男って、かなり性格のねじ曲がった奴で……」
「それは、さっき聞いたけど」
「ベジドラゴンを、執拗にムチで叩くものだから……最初は普通に止めたのですよ。ベジドラゴンを死なせたら、ネクラーソフにどやされるぞって。そしたら、そいつ『こんな玩具、またさらって来ればいい』って」
「それで?」
「それ聞いて、あたし頭にきちゃって」

 まあ、分かる。それで頭にこない方がおかしい。

「分身に、その男を殴らせてしまったのです」
「いい事だと思うけど……」
「でも、分身て、普段はそんなに強くないのですよ。軽い作業はできますが、戦闘はできないのですよね。重い剣は持てないし、弓も引けないし、人を殴っても、小突いた程度の威力しかない。だから、逆襲されまして」
「それで引くに引けなくなって、魔法回復薬を飲んで戦闘モードにしたと?」
「はい」
「戦闘モードになる時は、姿も戦士姿に強制的に変わってしまうのかい?」
「はい。その時に出している分身は全部」
 周囲を見回すと、こっちに来ている六体の分身が、すべて美少女戦士になっていた。
「という事は、アジトで逃げ回っている三体も?」
「そっちは、ちょうどいいから、暴れさせています」
「問題はそっちにいる三体か……飼育係以外の奴には、見られなかったかい?」
「大丈夫です。目撃者なら……」

 いなかったのか。よかった。

「始末しておきましたから。手際よく」

 始末したんかい! それも手際よく。

「あたしの変身した姿を見られたからには、このまま帰すわけにはいかないですからね」

 なんか、悪役みたいなセリフだな……

「それでもう一つ問題がありまして」
「なに?」
 
 なんか、聞くと不幸になりそうな……

「戦闘モードは、三十分続くのですが、その時間が過ぎると分身は一度消えてしまうのです」

 そういえば、いつも戦闘モードの後は消えていた……!

「という事は、こっちにいる分身は!?」
「後、数分で消えます。そっちにあたしがいない以上、新しい分身は作れません。つまり、カイトさんが地下道を通るのに必要な、塩撒き役がいなくなるのです」
「分かった! 今すぐ……」
「待って下さい。今から、地下道に入っても時間が足りません。分身は途中で消えてしまいます」
 
 手遅れだったか……

「一応、こっちにも、塩は残っていますが……」
「ダメだ! ミール聞いてくれ。地下道には放射能が……毒の粒子が漂っているんだ。吸い込んだら、死んでしまう」
「口の周りを布で覆うとかすれば……」
「皮膚に着いただけでも危険だ」
「じゃあ、どうやって……」
 困った。とにかく、通信手段だけでも確保できれば……
「ダモンさんの部屋に残してきた通信機は使えるかい?」
「今、部屋にいます。使ってみます」
 しばらくして、通信機のコール音が鳴った。
 画面にミールの顔が現れる。
『聞こえますか?』
「聞こえる」
 とりあえず、通信手段は確保できたか。
『よかった。ちょうど時間切れでした』
 ミールがそう言うと同時に、分身たちは溶けるように消えていった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

歴史・時代 / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:136

異世界で魔法使いとなった俺はネットでお買い物して世界を救う

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:1,180

ベテラン冒険者のおっさん、幼女を引き取り育てて暮らす

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:1,362

【完結】理想の人に恋をするとは限らない

恋愛 / 完結 24h.ポイント:78pt お気に入り:1,185

京都駅で獏を見た。

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

処理中です...