上 下
128 / 848
第六章

宮廷魔法使いの執務室  2

しおりを挟む
「でも、ダモン様がやった事は日本人の基地の位置を教えただけで、落城に直接関わるような事では……」
「だが、実際にそれが原因で、城は落ちてしまった」
「……他に、方法は……なかったのですか?」
「あったかも知れない。だが……女房と子供が人質に取られたと知った時、私はすっかり気が動転してしまった。今考えれば、誰かと相談して、人質を奪還するという手もあった。あるいは帝国軍の目的が魔法使いの生け捕りにあるなら、私の女房子供に手をかけるはずがないと……今からでは、何もかも手遅れだがな」
「でも、ダモン様。補給基地だって、簡単には落ちなかったじゃないですか。帝国軍は三回も攻撃に失敗して、一個師団が丸ごと壊滅したじゃないですか。ダモン様が補給基地の場所を教えたのは、帝国軍には落とせないと思っていたからではないのですか?」
「確かに……私もタカをくくっていた。あの基地は、日本の最強戦士が守っている。場所を教えたところで、落とせるものかと……だが、落ちてしまった」
「でも……一つの基地を落とすだけで、敵は一個師団を失ったのですよ。敵を罠にかけたと思えば……」
 ダモンさんは首を横にふる。
「そのために、一人の女性を、失意のどん底に追い込んでしまった」
「え?」
「飛行機械で、この城に物資を届けてくれていた日本女性を覚えているか?」
「ええ」
「補給基地が落ちた時、彼女は号泣して後追い自殺までしかけたのだ」
「ええ!? なぜ?」
「補給基地を守っていた戦士は、彼女の恋人だった。戦争が終わったら、結婚するはずだったのだ。私は、取り返しのつかない事を……」
「……」
 ダモンさんは僕の方を向いた。
「君は日本人だな。その鎧は知っているぞ。ロボットスーツとか言ったな」
「ええ」
「補給基地を守っていた戦士も、それを使っていた。私は彼が、帝国軍一個大隊を一人で壊滅させるところを、この目で見たことがある」
「一個大隊!?」
 僕だったら、絶対無理だ。
 そいつはどうやって、そんな事をやったんだ?
「その光景を見たとき、私は彼を、無敵の闘神か何かのように錯覚してしまった。だから、帝国軍がいくら攻めてきたところで蹴散らしてくれると……だが、違った。鎧の中にいたのは、神でも悪魔でもない。血の通った人間だった。私は、彼を死に追いやってしまった……」
「でも、それは戦争だから……」
「戦争だからなどという言い訳では、私は自分を許せない。私が女房子供を愛しているように、彼女も、あの戦士を愛していたのだ。私は、この身をもって、その償いをしなければならない」

 この人は、良い人だ。
 なぜミールが、慕っているのかよく分かる。
 だけど、この人は、人の心が分かっているようでいて分かっていない。

「ダモンさん。あなたは卑怯だ」
「なに?」

 いきなり、卑怯呼ばわりされてムッと来たのか、ダモンさんは僕を睨みつけてきた。
 だけど、ここで引くわけにはいかない。
 僕はヘルメットを外した。
 素顔を晒して、こっちも睨み返す。

 まあ、僕の童顔で睨まれてもビビらないと思うけど、それでもヘルメット越しに睨みつけたのでは……あれ? ダモンさんは引いている。
 ううむ……この惑星で戦いを潜り抜けていくうちに、少しは僕の顔にも貫禄が付いてきたのだろうか?
 よし、もうひと押し…… 

「罪の意識は、苦しいですか? あなたが死のうとしているのは、その苦しみから逃れたいからじゃないのですか?」
「な……そんな事は……」
「カイトさん……」
「ミール。ちょっと黙っていてくれ」
 ミールは押し黙った。
「この身を持って罪を償う? そんなのは、自分勝手です。償うために死のうとしているのではない。あなたは、自分のやった罪から逃れたくて、死のうとしているだけだ」
「君のような若者に、何が分かる? 私の何が分かると言うのだ?」
「ええ、分かりませんよ。あなたの事なんて。でも、愛する者が死んだら、悲しいのは僕にも分かる。あなたが死ぬことによって、あなたを愛している人達を、悲しませたいのですか?」
「私を……」
「あなたの奥さんも子供も、ここにいるミールも、あなたが死んだら悲しみます。だから、ミールは分身を使わないで、直接ここへあなたを説得に来たのですよ」
「ミール。そうなのか?」
 ミールは無言で頷いた。
「ダモンさん、生きて下さい。誰もあなたの死なんて、望んでいない」
「しかし……」
「日本人の女に、あなたは引け目を感じているようだけど、あなたが死んだら今度は彼女が、罪の意識に苛まれることになる。自分の涙が、あなたを死に追い込んでしまったと……」
「それは……」
 ダモンさんは、しばらく無言でうな垂れていた。
「確かに……君の言う通りだ。死んでこの重圧から解放されたいという気持ちが、心のどこかにあったようだ」
「では、ダモン様。考え直してくれますね?」
 ミールは、希望に満ちた視線をダモンさんに向ける。
 しかし、ダモンさんは無言で首を横にふったのだ。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

タイムワープ艦隊2024

山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。 この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!

光のもとで1

葉野りるは
青春
一年間の療養期間を経て、新たに高校へ通いだした翠葉。 小さいころから学校を休みがちだった翠葉は人と話すことが苦手。 自分の身体にコンプレックスを抱え、人に迷惑をかけることを恐れ、人の中に踏み込んでいくことができない。 そんな翠葉が、一歩一歩ゆっくりと歩きだす。 初めて心から信頼できる友達に出逢い、初めての恋をする―― (全15章の長編小説(挿絵あり)。恋愛風味は第三章から出てきます) 10万文字を1冊として、文庫本40冊ほどの長さです。

銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

平和国家異世界へ―日本の受難―

あずき
ファンタジー
平和国家、日本。 東アジアの島国であるこの国は、厳しさを増す安全保障環境に対応するため、 政府は戦闘機搭載型護衛艦、DDV-712「しなの」を開発した。 「しなの」は第八護衛隊群に配属され、領海の警備を行なうことに。 それから数年後の2035年、8月。 日本は異世界に転移した。 帝国主義のはびこるこの世界で、日本は生き残れるのか。 総勢1200億人を抱えた国家サバイバルが今、始まる―― 何番煎じ蚊もわからない日本転移小説です。 質問などは感想に書いていただけると、返信します。 毎日投稿します。

異世界転移ボーナス『EXPが1になる』で楽々レベルアップ!~フィールドダンジョン生成スキルで冒険もスローライフも謳歌しようと思います~

夢・風魔
ファンタジー
大学へと登校中に事故に巻き込まれて溺死したタクミは輪廻転生を司る神より「EXPが1になる」という、ハズレボーナスを貰って異世界に転移した。 が、このボーナス。実は「獲得経験値が1になる」のと同時に、「次のLVupに必要な経験値も1になる」という代物だった。 それを知ったタクミは激弱モンスターでレベルを上げ、あっさりダンジョンを突破。地上に出たが、そこは小さな小さな小島だった。 漂流していた美少女魔族のルーシェを救出し、彼女を連れてダンジョン攻略に乗り出す。そしてボスモンスターを倒して得たのは「フィールドダンジョン生成」スキルだった。 生成ダンジョンでスローライフ。既存ダンジョンで異世界冒険。 タクミが第二の人生を謳歌する、そんな物語。 *カクヨム先行公開

やさしい異世界転移

みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公 神洞 優斗。 彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった! 元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……? この時の優斗は気付いていなかったのだ。 己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。 この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

処理中です...