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第十六章

窮鳥懐に入れば猟師も殺さず

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「きゃあああ!」

 橋本晶が刀を構えた瞬間、芽依ちゃんは悲鳴を上げた。

「やめてぇぇ!」

 芽依ちゃんは脱兎だっとのごとく駆け出すと、子ヤギを抱き上げて、橋本晶のそばから壁際まで離れる。

「やめて! 橋本さん。ユキちゃんを殺さないで」
「え? ユキちゃん? そのお肉は……森田さんのペットなのですか?」

 こらこら、殺す前から『お肉』と呼ぶなよ。

「違いますけど……こんな可愛い子ヤギを、殺さないで下さい」
「何を言っているのです。森田さん。可愛いから殺すな、など言っていたのでは我々人類は何を食べればいいのですか?」
「それは……」
「料理作家の朝霞あさか れい氏も言っていたじゃないですか。『本来、人が生きていくには、他の生き物を殺さなければならない』と」

 誰だ? そいつは……

「でも、昔から『窮鳥きゅうちょうふところに入れば猟師も殺さず』と言います。私たちを信じて、部屋を訪ねて来た子ヤギを殺すなんて、私にはとても……」
「だけど、そのヤギは帝国軍が連れてきた家畜ですよ。つまりそのヤギは、敵なのです。敵は殺すべきです。ねえ、隊長」
「え? そ……そうなのかな?」

 いきなり同意を求められても困る。

「何を言っているんです。北村さんはたとえ帝国兵でも、可愛い女の子なら殺さないじゃないですか。ねえ北村さん」
「そ……それはだな……」
「でも隊長。そのヤギはオスかもしれませんよ。男なら殺しても良いですよね?」
「いや……それは……」

 ううむ。どっちに味方すべきか?

 ここは、ミールたちも交えて多数決を取るか?

 いや、平等に法律で解決しよう。

「そのヤギは、確かに敵だな」
「そんな……北村さん」「では、早速処刑しましょう」
「そして、白い毛に覆われている」
「え?」「それが何か?」
「そして自ら部屋に入ってきた。これは白旗を掲げて投降してきたと解釈すべき」
「「は?」」
「つまり、このヤギは捕虜だ。よってジュネーブ条約で保護される。捕虜虐待は禁止だ」
「北村さん、ありがとうございます。良かったね。ユキちゃん」
「メェェェ」
「ええぇぇ……私はお肉が食べたいですぅ。もう、携行食飽きましたあぁぁ」

 それが本音か。

「ミクちゃんも、ヤギのお肉食べたいでしょ?」

 ミクは、同意を求められて困ったような顔をする。

「ううん。ヤギのチーズなら食べたいけど、お肉はちょっと……」
「ではミールさん。お肉食べたいでしょ?」
「あたしはお魚なら……」
「お肉も美味しいですよ」
「でも、そのヤギという動物は捕虜なのでしょ? リトル東京も、カルカも捕虜虐待は禁止しているし」
「でも師匠。この場合は捕虜ではなく、戦利品と解釈……むぐ!」

 ミールが慌ててキラの口を手で塞ぐ。

 その目は『空気読め』と語っていた。

「隊長。お肉食べたくないのですか? タンパク質を採って、筋骨たくましい身体になりたくないのですか?」
「ううん。僕はヤギの肉は、クサいから嫌いなんだ」

 本当はヤギなんて食べたこともないので、クサいかどうかも知らないけど……

「そうでしたか。隊長はヤギのお肉がお嫌いでしたか。それでは仕方ないですね」

 そう言って、橋本晶は寂しそうに部屋から出て行った。

 気を悪くしたのかな?

「カイトさん。いいのですか? 追いかけなくて」
「いや、ここは……頭が冷めるまで一人にしておいた方が……」
「北村さん。ミールさん。橋本さんなら大丈夫ですよ。こんな事でへこたれるような人じゃありませんから」
「そうなのかい?」
「三十分もしたら、ケロっとして戻ってきます」

 事実そうなった。
 
 三十分後、扉が勢いよく開き、何か荷物を持って橋本晶が戻ってきたのだ。

「隊長! ヤギがだめでもヒツジなら良いですね。嫌だと言っても、もう解体して、後は焼いてジンギスカンにするだけの状態ですからね。みんなで食べてもらいますよ」

 どこで調達したのか分からない大きな皿の上に、羊肉が山盛りに盛ってあった。

 橋本晶は、皿をドンとテーブルの上に置く。

 困った。ヒツジの肉は、マジで臭いが苦手なのだが……
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