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第六章

パンフレット

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「私が寝ている間に、何かあったのか?」
 バックミラーを見ると、車の後部座席で、キラが眠そうに眼をこすっていた。
 振り向いて様子を見たいが、あいにく僕は運転中だ。
 ちなみに、僕らはキラ・ガルキナの事をキラと呼ぶことにした。
 殺人ノートの持ち主を連想するのが若干問題だが……
「ミールさんが悪党を成敗していたのです」
 Pちゃんがさらっと説明をする。
「お師匠。言ってくれたら、手伝ったのに」
「あなたは、身体を治す事に専念しなきゃダメです」
「しかし、私は本当に病気なのか?」
 病気かどうかはともかく、正常じゃないのは確かだ。
 寝る前のキラと、起きてからのキラは本当に同じ人物なのか?
 さっきは二十代後半ぐらいの姿だったのに、今の彼女の姿は、どうみても十代半ばの少女。
「これは、分身魔法を使いすぎた影響なの?」
 本人に聞こえないように、翻訳機を日本語⇔ナーモ語に設定してから、助手席にいるミールに囁くように聞いた。
「カイトさん。これが、キラ・ガルキナの本来の姿です」
「本来の姿?」
「分身魔法を暴走させると、術者は生命力を吸い取られると言いましたね」
「ああ」
「それは、老化と言う形で現れるのです」
「老化?」
 そう言えば、最初にミケ村で見たときは二十代前後に見えた。
 しかし、暗かったから見間違えたのかとも思ったが……
 あの後、分身を暴走させたので、さらに老化が進んだのか?
「ただし、それは可逆的な老化ですので、治療すれば元に戻ります」
「治療って、どんな事?」
「魔法回復薬を飲んで、ぐっすり眠ることです」
「それだけでいいの?」
「というか、それ以外に治療法はありません。それと、今は元の姿に戻っていますが、数時間起きていると、また老化が始まります。安定させるには、三日は安静にしている必要があります」
 背後から、キラが何かを言ってきた。
 翻訳機を、日本語⇔帝国語 に切り返る。
「何やら、二人で私の事を話しているみたいだが……」
 後部座席にいる人間にしてみれば、運転席と助手席の二人から、チラチラと自分の方を見ながら意味不明の会話をされるのって、不快だろうね。自分もあるから分かるけど……
「キラ。目が覚めてから、鏡を見たかい?」
「いや。目覚めてからもなにも、私はここ数が月は鏡を見ていない」
「Pちゃん。キラに鏡を見せてあげて」
「はい」
 Pちゃんが手鏡を出した。
「いや……自分の顔なんて、あまり見たくは……え? これは!」
 やっぱり、若返った事に気が付いてなかったのか。
「可愛い」
 え?
「昔の可愛い私だ。どうして?」
 あ! 彼女が顔に自信がなかったのは、急速に老化……あるいは成長したせいだったのでは?
 実際に僕が見たときは二十代ぐらいだったけど、本人はもっと歳を取っていると思っていたのかな?
 ミールは、後部座席の方を振り返った。
「キラ。あなたの年齢は?」
「十六だが」
 十六!? 女子高生じゃないか?
「魔力の暴走がひどくなったのは、いつごろから?」
「四年ほど前、軍の施設に入れられてから、一段とひどくなった」
「やはり、そうでしたか」
「え?」
「帝国軍は、あなたの魔力を、軍事利用しようとしていたのですね」
 キラは一瞬、言葉に詰まった。
「師匠……私は……」
「大丈夫です。そのぐらいで破門にはしませんよ」
「本当に……いいのか?」
「ただし、あなたには教えるのは基礎までです。生活に困らなくなる程度にはなりますが、軍事利用したかったら、そこから先は独力でやって下さい」
「ありがとう」
 僕は翻訳機を切り替えた。
「ミール、いいのかい? キラが魔法を覚えてしまったら、これがナーモ族への攻撃に向けられるかもしれないぞ」
「そうですね。でも、無理でしょう」
「え?」
「基礎を身に着けて、魔力の暴走を抑制できるようになっても、それを戦争に使えるかというと、そんな簡単じゃありませんから」
「そうなの?」
「魔力を持っている者が、誰でも戦えるわけではないのですよ。ナーモ族で、魔法技術習得を義務付けられるほど、強い魔力を持っているのは、数千人に一人。魔法使いとなって、魔法を生業とする人は、その中から百人に一人。魔法を戦争に使える人は、さらに少なくて、ナーモ族全体で二~三十人ぐらいでしょうね」
「しかし、キラの戦闘力は、そうとうのものだったぞ。戦った僕が言うのだから……」
「あれは暴走していたからです。制御するようになったら、あんな力は出しませんよ」
「そういうものなの?」
「それと、帝国がそこまで魔法を軍事利用したいという事は、かなり追いつめられていると考えられます」
「どういう事?」
「帝国軍の最大の優位性は、火薬を使った武器。ですが、火薬の製法はすでに日本人から伝わっています。ナーモ族がそれを量産化してしまえば、魔法が使えないぶんだけ帝国軍の方が不利になりますね」
「なるほど」
「ちなみに、あたしも火薬の製法を知ってますよ」
 ミールは一冊の小冊子パンフレットを出した。
「お城にいる時に、日本人からもらった火薬の製法を書いた本です」
 本は、ナーモ語で書かれていた。
「著者名だけが、日本語で読めないのですが」
「どれ?」
 チラッと、本に目をやったとき、僕は危うくハンドルを切り損ねそうになった。
 本の著者は、北村海斗。他ならぬ、僕だった。
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