677 / 848
第十六章
余の顔を見忘れたか
しおりを挟む
「コブチ!」
声の方へ視線を向けると、マルガリータ姫が芽依ちゃんに連れられて小屋に入ってくるところだった。
「おまえまで、捕まってしまったのか」
だが、声を掛けられた小淵の分身体は、何の事だか分からないようにキョトンとした顔をしている。
「コブチ! なんとか、言ってくれ」
小淵は首を捻ってから答えた。
「あの……失礼ですが、どちら様でしょうか?」
ん? 小淵はマルガリータ姫を知らないのか?
「コブチ! 余の顔を、見忘れたか!」
なぜそこだけ、一人称が「妾」ではなく「余」になる? いや……まあ、翻訳機の誤訳だと思うが……
「忘れたも何も、あなたの事は、まったく覚えがありませんが……」
「コブチ! 意地悪はやめてくれ!」
「僕はこう見えてもフェミニストですから、女性に意地悪など……」
「では、なぜ妾を知らぬなどと……? 昨夜の作戦会議で、おまえの意見を却下した事を根に持っているのか?」
「昨夜の作戦会議?」
困ったような表情を浮かべて、小淵は僕の方を向いた。
「隊長……いや北村さん。このご婦人は、どなたですか?」
「知らないのか? マルガリータ皇女だ」
「マルガリータ皇女? そんな方が、なぜベイス島に?」
「なぜもなにも、彼女がベイス島駐留帝国軍の総司令官だそうだ」
「総司令官? はて? 僕の最後の記憶では、ネクラーソフ中将がベイス島駐留軍の総司令官でしたが……」
ネクラーソフのおっさんも来ていたのか。てか、中将への降格だけで済んだようだな。
「ネクラーソフは、何かと口うるさい奴なので、帝都へ追い返したではないか。忘れたのか?」
「それは、いったいいつの事です?」
「十日前じゃ」
ん? ひょっとして!
ダニの人格は、ブレインレターを仕掛けられた後はずっと眠らされていたが、小淵の人格は時々目覚めていたのではないのだろうか?
それを聞いてみると……
「そうです。僕は時々目覚めていました」
やはりそうなのか?
では、分身体の中にいるのは、やはり小淵本来の意識。
しかし、レムはなんのために、小淵の意識を時々目覚めさせていたのだ?
「理由は分かりませんが、レムは時々僕を……僕本来の意識を目覚めさせていました」
「その時に、最初の僕が死んだ事と、二人目の僕が再生された事を知ったのかい?」
「ええ。目覚めている時に、矢納がそんな事を話していました」
「以前に別の接続者の分身体を作ったが、ブレインレターを掛けられた後の記憶がなかったんだ。どうやら、奴は一度も目覚めた事がないらしい。君の近くにいた接続者はどうなのかな? 目覚めていたのは君だけか?」
「もちろん、僕だけじゃありません。矢部さんも、成瀬さんも、カルル・エステスさんも時々目覚めていました。期間は不定期で、一ヶ月以上眠っていた事もあれば、三日ぐらいの時も……もっとも、目覚めている時期が重なる機会は少なかったですが……」
「そうか。それじゃあ話を変えるけど、君がリトル東京でブレインレターを食らった時は、どんな感じだった?」
「ブレインレターのマイクロロボットに身体中を覆い尽くされ、しばらくして僕の五感がすべて消えてしまいました。意識はしばらく残っていましたが、そこへレム神の声が聞こえてきたのです。『これよりおまえを支配下におく。抵抗は無意味だ』と。その後、心の中を探られているような感覚を覚えました。これは僕のオリジナル体が、スキャナーに掛けられた時の感覚と似ていた事から、記憶をコピーされていると推測したのですが……」
「君の推測通りだ。レムはコピーした記憶を元に君たちの疑似人格を作って、君たちの身体を遠隔操作していたらしい」
「やはり、そんな事でしたか。意識がある状態の時に、自分の現状を推測して、そうではないかと薄々思っていました」
「しかし、レムはなぜそんなややこしい事をするのだ? 疑似人格を脳内に送り込んでしまえばいいのではないのか?」
「それは……僕にも分かりません。なぜ、本来の人格を脳内に残しているのか」
「まあ、それは今考えても仕方ない。それより」
僕は床で寝ている小淵を指さした。
「今、君の本体は眠らせてある。脳間通信を断ち切れていないので、目覚めたらまたレムの操り人形だ。その前に聞いておきたい。ここで君を目覚めさせた場合、レムは君に自決させると思うかい?」
「その可能性はあります。ただ、レムはその前に僕を解放するように、交渉を持ちかけてくると思います」
「そうか。その時は、解放するしかないな」
「残念ですが。脳間通信を断ち切る方法が分かったら、もう一度僕を捕まえて下さい」
「簡単に言わないでほしいな。同じ手は通用しないだろう」
「いいえ。北村さんなら、きっと僕の思いつかない方法を考えてくれると思います」
言ってくれるよ。
「きゃああああ!」
突然あがった悲鳴は、マルガリータ姫のものだった。
何があったのだ?
声の方へ視線を向けると、マルガリータ姫が芽依ちゃんに連れられて小屋に入ってくるところだった。
「おまえまで、捕まってしまったのか」
だが、声を掛けられた小淵の分身体は、何の事だか分からないようにキョトンとした顔をしている。
「コブチ! なんとか、言ってくれ」
小淵は首を捻ってから答えた。
「あの……失礼ですが、どちら様でしょうか?」
ん? 小淵はマルガリータ姫を知らないのか?
「コブチ! 余の顔を、見忘れたか!」
なぜそこだけ、一人称が「妾」ではなく「余」になる? いや……まあ、翻訳機の誤訳だと思うが……
「忘れたも何も、あなたの事は、まったく覚えがありませんが……」
「コブチ! 意地悪はやめてくれ!」
「僕はこう見えてもフェミニストですから、女性に意地悪など……」
「では、なぜ妾を知らぬなどと……? 昨夜の作戦会議で、おまえの意見を却下した事を根に持っているのか?」
「昨夜の作戦会議?」
困ったような表情を浮かべて、小淵は僕の方を向いた。
「隊長……いや北村さん。このご婦人は、どなたですか?」
「知らないのか? マルガリータ皇女だ」
「マルガリータ皇女? そんな方が、なぜベイス島に?」
「なぜもなにも、彼女がベイス島駐留帝国軍の総司令官だそうだ」
「総司令官? はて? 僕の最後の記憶では、ネクラーソフ中将がベイス島駐留軍の総司令官でしたが……」
ネクラーソフのおっさんも来ていたのか。てか、中将への降格だけで済んだようだな。
「ネクラーソフは、何かと口うるさい奴なので、帝都へ追い返したではないか。忘れたのか?」
「それは、いったいいつの事です?」
「十日前じゃ」
ん? ひょっとして!
ダニの人格は、ブレインレターを仕掛けられた後はずっと眠らされていたが、小淵の人格は時々目覚めていたのではないのだろうか?
それを聞いてみると……
「そうです。僕は時々目覚めていました」
やはりそうなのか?
では、分身体の中にいるのは、やはり小淵本来の意識。
しかし、レムはなんのために、小淵の意識を時々目覚めさせていたのだ?
「理由は分かりませんが、レムは時々僕を……僕本来の意識を目覚めさせていました」
「その時に、最初の僕が死んだ事と、二人目の僕が再生された事を知ったのかい?」
「ええ。目覚めている時に、矢納がそんな事を話していました」
「以前に別の接続者の分身体を作ったが、ブレインレターを掛けられた後の記憶がなかったんだ。どうやら、奴は一度も目覚めた事がないらしい。君の近くにいた接続者はどうなのかな? 目覚めていたのは君だけか?」
「もちろん、僕だけじゃありません。矢部さんも、成瀬さんも、カルル・エステスさんも時々目覚めていました。期間は不定期で、一ヶ月以上眠っていた事もあれば、三日ぐらいの時も……もっとも、目覚めている時期が重なる機会は少なかったですが……」
「そうか。それじゃあ話を変えるけど、君がリトル東京でブレインレターを食らった時は、どんな感じだった?」
「ブレインレターのマイクロロボットに身体中を覆い尽くされ、しばらくして僕の五感がすべて消えてしまいました。意識はしばらく残っていましたが、そこへレム神の声が聞こえてきたのです。『これよりおまえを支配下におく。抵抗は無意味だ』と。その後、心の中を探られているような感覚を覚えました。これは僕のオリジナル体が、スキャナーに掛けられた時の感覚と似ていた事から、記憶をコピーされていると推測したのですが……」
「君の推測通りだ。レムはコピーした記憶を元に君たちの疑似人格を作って、君たちの身体を遠隔操作していたらしい」
「やはり、そんな事でしたか。意識がある状態の時に、自分の現状を推測して、そうではないかと薄々思っていました」
「しかし、レムはなぜそんなややこしい事をするのだ? 疑似人格を脳内に送り込んでしまえばいいのではないのか?」
「それは……僕にも分かりません。なぜ、本来の人格を脳内に残しているのか」
「まあ、それは今考えても仕方ない。それより」
僕は床で寝ている小淵を指さした。
「今、君の本体は眠らせてある。脳間通信を断ち切れていないので、目覚めたらまたレムの操り人形だ。その前に聞いておきたい。ここで君を目覚めさせた場合、レムは君に自決させると思うかい?」
「その可能性はあります。ただ、レムはその前に僕を解放するように、交渉を持ちかけてくると思います」
「そうか。その時は、解放するしかないな」
「残念ですが。脳間通信を断ち切る方法が分かったら、もう一度僕を捕まえて下さい」
「簡単に言わないでほしいな。同じ手は通用しないだろう」
「いいえ。北村さんなら、きっと僕の思いつかない方法を考えてくれると思います」
言ってくれるよ。
「きゃああああ!」
突然あがった悲鳴は、マルガリータ姫のものだった。
何があったのだ?
0
お気に入りに追加
139
あなたにおすすめの小説

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない
一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。
クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。
さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。
夜空に瞬く星に向かって
松由 実行
SF
地球人が星間航行を手に入れて数百年。地球は否も応も無く、汎銀河戦争に巻き込まれていた。しかしそれは地球政府とその軍隊の話だ。銀河を股にかけて活躍する民間の船乗り達にはそんなことは関係ない。金を払ってくれるなら、非同盟国にだって荷物を運ぶ。しかし時にはヤバイ仕事が転がり込むこともある。
船を失くした地球人パイロット、マサシに怪しげな依頼が舞い込む。「私たちの星を救って欲しい。」
従軍経験も無ければ、ウデに覚えも無い、誰かから頼られるような英雄的行動をした覚えも無い。そもそも今、自分の船さえ無い。あまりに胡散臭い話だったが、報酬額に釣られてついついその話に乗ってしまった・・・
第一章 危険に見合った報酬
第二章 インターミッション ~ Dancing with Moonlight
第三章 キュメルニア・ローレライ (Cjumelneer Loreley)
第四章 ベイシティ・ブルース (Bay City Blues)
第五章 インターミッション ~ミスラのだいぼうけん
第六章 泥沼のプリンセス
※本作品は「小説家になろう」にも投稿しております。
銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武
潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?

催眠術師は眠りたい ~洗脳されなかった俺は、クラスメイトを見捨ててまったりします~
山田 武
ファンタジー
テンプレのように異世界にクラスごと召喚された主人公──イム。
与えられた力は面倒臭がりな彼に合った能力──睡眠に関するもの……そして催眠魔法。
そんな力を使いこなし、のらりくらりと異世界を生きていく。
「──誰か、養ってくれない?」
この物語は催眠の力をR18指定……ではなく自身の自堕落ライフのために使う、一人の少年の引き籠もり譚。
マスターブルー~完全版~
しんたろう
SF
この作品はエースコンバットシリーズをベースに作った作品です。
お試し小説投稿で人気のあった作品のリメイク版です。
ウスティオ内戦を時代背景に弟はジャーナリストと教育者として、
兄は軍人として、政府軍で父を墜とした黄色の13を追う兄。そしてウスティオ
の内戦を機にウスティオの独立とベルカ侵攻軍とジャーナリストとして、
反政府軍として戦う事を誓う弟。内戦により国境を分けた兄弟の生き方と
空の戦闘機乗り達の人間模様を描く。
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

異世界に転生した俺は元の世界に帰りたい……て思ってたけど気が付いたら世界最強になってました
ゆーき@書籍発売中
ファンタジー
ゲームが好きな俺、荒木優斗はある日、元クラスメイトの桜井幸太によって殺されてしまう。しかし、神のおかげで世界最高の力を持って別世界に転生することになる。ただ、神の未来視でも逮捕されないとでている桜井を逮捕させてあげるために元の世界に戻ることを決意する。元の世界に戻るため、〈転移〉の魔法を求めて異世界を無双する。ただ案外異世界ライフが楽しくてちょくちょくそのことを忘れてしまうが……
なろう、カクヨムでも投稿しています。

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる