上 下
626 / 848
第十五章

格納庫でのひととき

しおりを挟む
 完成した水彩画に、カルル・エステスがサインを書き込んだのは、大きく開かれた出入口から夕日が射し込む北ベイス島の機動兵器格納庫。

 戦いが始まる前に、絵は完成したようだ。

「この絵は、君にやろう」

 モデルになった女性兵士に、カルルは絵を手渡す。

「良いのですか? もらってしまって」
「ああ。近日中にここは戦場になる。せっかくの絵を、戦火に焼かれたくないからな。明日、帝都に向かう定期便が出る。それに乗せて、君の家族に届けてもらえ」
「ありがとうございます。これで、心おきなく戦えます」
「いい心がけだ。だがな、戦いが始まっても無茶はするなよ。もし危なくなったら、金色のロボットスーツの前に出て、女だと分かるように兜を外して素顔を晒すのだ。あいつはドスケベだから、美女は絶対に殺さない」
「ええ!? ドスケベなのですか? カイト・キタムラって」
「ああ。普段は紳士面しているが、あいつは絶対ドスケベだ。男は平然と殺すのに、女は殺さない理由が他に考えられない」
「はあ」

 そう思うのは、あんたがドスケベだからでは……とノドから出掛かったセリフを、女性兵士は寸前で飲み込む。

「でも、なんで敵艦隊は、到着が遅れたのでしょう?」
「馬鹿な神様が、余計なちょっかいをかけたせいだ」
「え?」
「ん? 神を馬鹿呼ばわりするなんてとんでもないとでも言いたいのか?」
「い……いえ……でも……そんな事を言って、怖くないのですか? 神罰が」
「神罰が怖くて生きてられるか。ばちなんぞ当てられるものなら当ててみやがれ。ダメ神が」

 カルルの脳裏に声が聞こえてきた。

『私はそんな安易な挑発には乗らないが、君とは違って信心深い彼女が怖がっているぞ』
「だったらどうした」

 そう言ってから、カルルは女性兵士の方を向く。

「神としばらく話をするが、気にしないでくれ」
「はい」

 カルルは神との会話に戻った。

「その様子では、ミクの拉致には失敗したようだな」
『いや、まったく。アーテミスの盗賊たちが、あそこまで無能だったとは……』
「潜水艦に忍び込ませたスパイにも、気付かれたのではないのか? アーテミスでミクが一人で行動している事が、なぜあんたに分かったのかを不審に思うだろうな」
『スパイについては、アーテミスに上陸する以前から怪しまれている。しかし、私のクローンは、以前に分身魔法による尋問を受けている事から容疑から外れているようだ。カイト・キタムラは一度会議で決めた作戦の変更内容を、わざわざクローンのいる前で話した。クローンは、信用されているようだ。ただ、ダニーロビッチ・ボドリャギンが、私に接続されている事は知られてしまった。余計な事を喋らないうちに始末するようにクラウジー・モロゾフに命じたが、失敗したようだ』
「だったら、もうかなりの情報が海斗に漏れただろうな」
『なに。ボドリャギンには、たいして重要な情報は持たせていない。それより、潜水艦隊が先ほど内海に入った。今は港町で食料の補給をしているが、明後日にはベイス島は戦闘行動半径に入る。準備をしておいてくれ』
「準備だと」

 カルルは、格納庫の奥に視線を向けた。

 視線の先では、機動兵器がにぶく光っている。

「準備などとっくに終わっている。ヒマすぎて絵を描いていたぐらいだ」
『では、期待しているぞ』

 声はそのまま途切れた。

「海斗よ。おまえが来たら、俺は全力で戦うことになるだろう。俺がやりたくなくても、その時はもう一人の俺が目覚めてしまうのでどうにもならん。悪く思うなというのは、無理な話だが……」

 カルルは機動兵器を一瞥する。

「おまえなら、こんなポンコツには負けないと信じている」 

(第十五章終了)
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編をはじめる予定ですー!

2回目チート人生、まじですか

ゆめ
ファンタジー
☆☆☆☆☆ ある普通の田舎に住んでいる一之瀬 蒼涼はある日異世界に勇者として召喚された!!!しかもクラスで! わっは!!!テンプレ!!!! じゃない!!!!なんで〝また!?〟 実は蒼涼は前世にも1回勇者として全く同じ世界へと召喚されていたのだ。 その時はしっかり魔王退治? しましたよ!! でもね 辛かった!!チートあったけどいろんな意味で辛かった!大変だったんだぞ!! ということで2回目のチート人生。 勇者じゃなく自由に生きます?

神様のミスで女に転生したようです

結城はる
ファンタジー
 34歳独身の秋本修弥はごく普通の中小企業に勤めるサラリーマンであった。  いつも通り起床し朝食を食べ、会社へ通勤中だったがマンションの上から人が落下してきて下敷きとなってしまった……。  目が覚めると、目の前には絶世の美女が立っていた。  美女の話を聞くと、どうやら目の前にいる美女は神様であり私は死んでしまったということらしい  死んだことにより私の魂は地球とは別の世界に迷い込んだみたいなので、こっちの世界に転生させてくれるそうだ。  気がついたら、洞窟の中にいて転生されたことを確認する。  ん……、なんか違和感がある。股を触ってみるとあるべきものがない。  え……。  神様、私女になってるんですけどーーーー!!!  小説家になろうでも掲載しています。  URLはこちら→「https://ncode.syosetu.com/n7001ht/」

ゲームで第二の人生を!~最強?チート?ユニークスキル無双で【最強の相棒】と一緒にのんびりまったりハチャメチャライフ!?~

俊郎
SF
『カスタムパートナーオンライン』。それは、唯一無二の相棒を自分好みにカスタマイズしていく、発表時点で大いに期待が寄せられた最新VRMMOだった。 が、リリース直前に運営会社は倒産。ゲームは秘密裏に、とある研究機関へ譲渡された。 現実世界に嫌気がさした松永雅夫はこのゲームを利用した実験へ誘われ、第二の人生を歩むべく参加を決めた。 しかし、雅夫の相棒は予期しないものになった。 相棒になった謎の物体にタマと名付け、第二の人生を開始した雅夫を待っていたのは、怒涛のようなユニークスキル無双。 チートとしか言えないような相乗効果を生み出すユニークスキルのお陰でステータスは異常な数値を突破して、スキルの倍率もおかしなことに。 強くなれば将来は安泰だと、困惑しながらも楽しくまったり暮らしていくお話。 この作品は小説家になろう様、ツギクル様、ノベルアップ様でも公開しています。 大体1話2000~3000字くらいでぼちぼち更新していきます。 初めてのVRMMOものなので応援よろしくお願いします。 基本コメディです。 あまり難しく考えずお読みください。 Twitterです。 更新情報等呟くと思います。良ければフォロー等宜しくお願いします。 https://twitter.com/shiroutotoshiro?s=09

聖女召喚に巻き添え異世界転移~だれもかれもが納得すると思うなよっ!

山田みかん
ファンタジー
「貴方には剣と魔法の異世界へ行ってもらいますぅ~」 ────何言ってんのコイツ? あれ? 私に言ってるんじゃないの? ていうか、ここはどこ? ちょっと待てッ!私はこんなところにいる場合じゃないんだよっ! 推しに会いに行かねばならんのだよ!!

処理中です...