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第四章

魔法使い

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 悪い人たちは、五百メートルほど川を下った辺りにいた。
 ゆっくりとだが、確実にこちらを目指している。
 どっかの軍隊のようだ。
 全員同じような、甲冑を纏っている。
 日本の甲冑とは違う。
 皮鎧に多数の小さな金属板を、魚の鱗のように貼った鎧だ。
 スケイルアーマーという種類に近い。
 兜はロボコップの様に、目のあたりだけ長方形の穴がある。
 全員腰に剣をつけていて、小銃のような武器を持っている。
「どうして? 撒いたと思ったのに?」
 ミールは、顔に恐怖を浮かべていた。
「あいつら、川に沿って進んでいるな。君、この川を舟かなんかで逃げてきたんじゃないの?」
「ええ、そうですけど……」
「その舟は?」
「舟なら……」
 彼女は川を指差した。
 しかし、そこには何もない。
「あそこにつないで……いけない! つなぐのを忘れていました。まだ、荷物が置いてあったのに……」 
 だいだい読めてきた。
 流された舟を、あいつらが下流で見つけたんだろう。
 中にある荷物を見つけて、上流にミールがいると踏んでやってきたな。
「とにかく、君は隠れていろ。僕が何とかする」
「ダメです。これ以上、あなたを巻き込むわけには行きません」
「しかし……」  
「大丈夫です。あたし、こう見えても魔法使いですから」
「え?」
 今『マホウツカイ』とか言ったような?
 翻訳ディバイスのディスプレイに、今喋ったセリフが文字で表示されている。
 確認してみたが、やはり『魔法使い』と言っていた。
「魔法使いって? 魔法とか、妖術とか、幻術とか、呪術とか使う人という意味でいいのかな?」
「はあ? 魔法使いに、他にどんな意味があるというのですか?」
「い……いや……翻訳機の誤訳かなと思って……」
「は?」
 言えない。日本では『魔法使い』に童貞という意味もあるなんて……
「すみませんが、しばらく声を出さないでもらえますか? 魔法を使うので、集中する必要があるのです」
「あ……はい」
 本当に魔法なんてあるのか? 今から使うと言われても、全然実感がわかない。 
 ミールは結跏趺坐けっかふざをして目をつぶり、何か呪文のようなものを唱え始めた。
 翻訳ディバイスを向けてみたが『翻訳不能』と表示されるだけ。
 しばらくして、ミールの身体が輝き始めた。
 どんなトリックだ?
 そして、輝くミールからもう一人のミールが分離した。
 ミールが二人になった!?
 二人のミールは同時に目を開く。
「もう、声を出していいですよ」
 二人同時に声を出した。
「驚いたな。本当に魔法ってあるんだ」
「どっちが本物か分かりますか?」
「さっぱり分からない。しかし、分身なんか作ってどうするの?」
「分身の方に、わざと敵に捕まってもらうのです。その隙に本体である私が逃げます。実は昨夜も、この手にまんまとひっかけてやりました」
 昨夜も!? 同じ手が通用するのかな?
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