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第十五章
しがみつく式神
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少年の頭に着いていた毛皮の帽子と思っていた物には、よく見ると長い耳と赤い目があった。
反対側には尻尾もあって、四本の足で少年の頭にしがみついている。
間違えない。赤目だ。
しかし、赤目は頭にしがみついているだけで、まったく身動きをしない。
「赤目。ミクはどうした?」
返事がなかった。
「おっさん。俺の頭にしがみついている変な動物に話かけているのか?」
「そうだ」
「そいつは、さっきまで人の言葉を喋っていたけど、今は喋らなくなったんだ。死んだのか?」
赤目の身体に触れてみたが、鼓動はない。式神だから当然か。
「この動物は、いつから君の頭に着いている?」
「俺があの女の子から紙束を盗った後、こいつが追いかけて来て頭に飛び乗って離れなくなったんだよ。まあ、こうなるって聞いてはいたけど……いや、なんでもない」
こいつ、今なにか口を滑らせかけたな。
まあいい。どうせ分身体から白状させるさ。
その前に、赤目をこの子から引き離さないと……
僕は赤目をそっと掴んで、持ち上げようとした。
だが……
「痛でで……やめろ!」
赤目は引き離されまいと、少年の頭に強くしがみつく。
少年も痛がっているし、無理に引き剥がさない方がいいかな。
「ミール。赤目はどうなっているんだ?」
ミールは、赤目の身体を撫でてから答えた。
「待機モードのようですね。自立モードにしないで、術者が直接分身体をコントロールしている時に、術者が気絶したりすると、最後に与えた命令を実行し続けるのです」
つまり、ミクは最後にこの少年の頭にしがみつけと命令したのだな。
それを今も、実行しているという事か。
あれ? でも、待てよ……
「ミールの姉弟子さんは、術者が気絶した途端に消えなかったっけ?」
「あれは不意打ちだったから、最後の命令を出す余裕がなかったのです。ミクちゃんの場合、通信機で助けを求める余裕があったのだから、意識を失う前に最後の命令を出せたのでしょう」
そうか。待機モードって、自動的になるわけじゃないのか。
「赤目を、この子の頭から剥がすことはできるかな?」
「力ずくで剥がすことはできますが、おそらくまたこの子の頭にしがみつくでしょう」
試しにロボットスーツの力で赤目を引っ張ってみた。
「痛てて! やめろ! やめて!」
髪の毛数本を伴って、赤目は少年の頭から離れる。
しかし、赤目は僕の手からジャンプして、再び少年の頭に飛び乗った。
分身体を作ったから、もう少年は解放してもいいと思っていたのだが、こりゃあもうしばらくは付き合ってもらうしかないな。
とりあえず、逃げられないように縛っておくことにした。
「ちくしょう! ほどけよ!」
「その動物が、君の頭から離れたらほどいてやる。それまでに逃げられたらかなわないのでね」
「逃げないから、ほどけよ」
「だめだ、信用できん。トイレに行きたくなった時は言え。その時だけは、ほどいてやる」
少年本人はそのままにして、僕は分身体の方に向き直った。
「まず。君の名前と歳を聞こうか」
「俺の名は、オレーク。オレーク・アエロフ。歳は十四」
ミクやミーチャより、少し年上か。
「親は?」
「親父は、三年前の戦争で死んだ。母さんは病気なので、俺がスリをやらないと食っていけない」
まあ、身の上は同情するが、それでスリが許されるわけではない。
「それで、オレーク」
僕はオレークの眼前に憑代を突きつけた。
「君に、これを盗めと依頼したのは誰だ?」
「そいつの名前は知らない。町外れの廃工場をアジトにしている盗賊団の仲間だという事しか」
「盗賊団?」
じゃあ、その盗賊団のトップがレムに接続されているのか?
いや、そもそもそいつはミクだと知っていてやったのか?
「そいつには、なんと言って頼まれた?」
「白い小動物を連れた、黒いおかっぱ髪の女の子から、紙の束を盗み出せと言われた。それは上着の内側にあるショルダーホルスターに入っているはずだと」
そこまで詳しく知っていたのなら、ミクと知って狙ったに間違えない。
「報酬は?」
「前金で銅貨五枚。紙束を廃工場まで持ってくれば、金貨をくれると。それと、紙束を盗ったら女の子が追いかけてくるはずだから、そのままスラム街までおびき寄せろと指示された」
「言われた通りにやったのか?」
「やった。女の子は俺を追いかけてスラム街に入ったところで、奴らに吹き矢を撃たれて倒れた」
吹き矢に、眠り薬でも塗ってあったのだろうな。
「その時点で、金貨はもらえなかったのか?」
「くれと言ったのだが、もらえなかった。『金貨がほしければ廃工場まで来い』と言われた」
「なぜ。すぐに行かなかった?」
「母さんに、食事をさせてから行こうと思った。それと、万が一俺が奴らに始末されて帰れなくなった時の事も考えて、隣の姉ちゃんに母さんの世話を頼もうと思っていた。その前に捕まって、ここへ連れてこられた」
おそらく、廃工場へ行ったら、この子は始末されただろうな。
「よし。今から廃工場に殴り込みをかけるから、案内してくれ」
それを聞いていた男たちが慌てる。
「待って下さい! 旦那。いくら旦那が強くたって、そりゃ無謀だ。あの廃工場は、俺たちだって、恐ろしくて手が出せない。自警団だって、近づけないんだよ」
「そいつらは、何者なんだ?」
「三年前の戦争で負けた帝国軍の敗残兵が、盗賊になってあそこを巣窟にしているらしいんだが、兵隊が五百人ぐらいいて、鉄砲だけでなく大砲も持っているんだ」
「そうか。じゃあ、少しは手こずるかな」
「手こずるなんてもんじゃないですよ! ていうか、やるんですか?」
「やる。そうそう。君たちには世話になったな。約束の報酬だ」
僕から銀貨を受け取ると、男たちは倒れていた仲間を担いで逃げるように帰って行った。
「俺は、どうなるんだ?」
「オレーク。君には悪いが、しばらく付き合ってもらうぞ」
「そんなあ」
「大丈夫。命の保証はする。これに懲りたら、盗みはやめるんだな」
分身体のオレークに案内させて、僕とミールは廃工場へと向かった。
反対側には尻尾もあって、四本の足で少年の頭にしがみついている。
間違えない。赤目だ。
しかし、赤目は頭にしがみついているだけで、まったく身動きをしない。
「赤目。ミクはどうした?」
返事がなかった。
「おっさん。俺の頭にしがみついている変な動物に話かけているのか?」
「そうだ」
「そいつは、さっきまで人の言葉を喋っていたけど、今は喋らなくなったんだ。死んだのか?」
赤目の身体に触れてみたが、鼓動はない。式神だから当然か。
「この動物は、いつから君の頭に着いている?」
「俺があの女の子から紙束を盗った後、こいつが追いかけて来て頭に飛び乗って離れなくなったんだよ。まあ、こうなるって聞いてはいたけど……いや、なんでもない」
こいつ、今なにか口を滑らせかけたな。
まあいい。どうせ分身体から白状させるさ。
その前に、赤目をこの子から引き離さないと……
僕は赤目をそっと掴んで、持ち上げようとした。
だが……
「痛でで……やめろ!」
赤目は引き離されまいと、少年の頭に強くしがみつく。
少年も痛がっているし、無理に引き剥がさない方がいいかな。
「ミール。赤目はどうなっているんだ?」
ミールは、赤目の身体を撫でてから答えた。
「待機モードのようですね。自立モードにしないで、術者が直接分身体をコントロールしている時に、術者が気絶したりすると、最後に与えた命令を実行し続けるのです」
つまり、ミクは最後にこの少年の頭にしがみつけと命令したのだな。
それを今も、実行しているという事か。
あれ? でも、待てよ……
「ミールの姉弟子さんは、術者が気絶した途端に消えなかったっけ?」
「あれは不意打ちだったから、最後の命令を出す余裕がなかったのです。ミクちゃんの場合、通信機で助けを求める余裕があったのだから、意識を失う前に最後の命令を出せたのでしょう」
そうか。待機モードって、自動的になるわけじゃないのか。
「赤目を、この子の頭から剥がすことはできるかな?」
「力ずくで剥がすことはできますが、おそらくまたこの子の頭にしがみつくでしょう」
試しにロボットスーツの力で赤目を引っ張ってみた。
「痛てて! やめろ! やめて!」
髪の毛数本を伴って、赤目は少年の頭から離れる。
しかし、赤目は僕の手からジャンプして、再び少年の頭に飛び乗った。
分身体を作ったから、もう少年は解放してもいいと思っていたのだが、こりゃあもうしばらくは付き合ってもらうしかないな。
とりあえず、逃げられないように縛っておくことにした。
「ちくしょう! ほどけよ!」
「その動物が、君の頭から離れたらほどいてやる。それまでに逃げられたらかなわないのでね」
「逃げないから、ほどけよ」
「だめだ、信用できん。トイレに行きたくなった時は言え。その時だけは、ほどいてやる」
少年本人はそのままにして、僕は分身体の方に向き直った。
「まず。君の名前と歳を聞こうか」
「俺の名は、オレーク。オレーク・アエロフ。歳は十四」
ミクやミーチャより、少し年上か。
「親は?」
「親父は、三年前の戦争で死んだ。母さんは病気なので、俺がスリをやらないと食っていけない」
まあ、身の上は同情するが、それでスリが許されるわけではない。
「それで、オレーク」
僕はオレークの眼前に憑代を突きつけた。
「君に、これを盗めと依頼したのは誰だ?」
「そいつの名前は知らない。町外れの廃工場をアジトにしている盗賊団の仲間だという事しか」
「盗賊団?」
じゃあ、その盗賊団のトップがレムに接続されているのか?
いや、そもそもそいつはミクだと知っていてやったのか?
「そいつには、なんと言って頼まれた?」
「白い小動物を連れた、黒いおかっぱ髪の女の子から、紙の束を盗み出せと言われた。それは上着の内側にあるショルダーホルスターに入っているはずだと」
そこまで詳しく知っていたのなら、ミクと知って狙ったに間違えない。
「報酬は?」
「前金で銅貨五枚。紙束を廃工場まで持ってくれば、金貨をくれると。それと、紙束を盗ったら女の子が追いかけてくるはずだから、そのままスラム街までおびき寄せろと指示された」
「言われた通りにやったのか?」
「やった。女の子は俺を追いかけてスラム街に入ったところで、奴らに吹き矢を撃たれて倒れた」
吹き矢に、眠り薬でも塗ってあったのだろうな。
「その時点で、金貨はもらえなかったのか?」
「くれと言ったのだが、もらえなかった。『金貨がほしければ廃工場まで来い』と言われた」
「なぜ。すぐに行かなかった?」
「母さんに、食事をさせてから行こうと思った。それと、万が一俺が奴らに始末されて帰れなくなった時の事も考えて、隣の姉ちゃんに母さんの世話を頼もうと思っていた。その前に捕まって、ここへ連れてこられた」
おそらく、廃工場へ行ったら、この子は始末されただろうな。
「よし。今から廃工場に殴り込みをかけるから、案内してくれ」
それを聞いていた男たちが慌てる。
「待って下さい! 旦那。いくら旦那が強くたって、そりゃ無謀だ。あの廃工場は、俺たちだって、恐ろしくて手が出せない。自警団だって、近づけないんだよ」
「そいつらは、何者なんだ?」
「三年前の戦争で負けた帝国軍の敗残兵が、盗賊になってあそこを巣窟にしているらしいんだが、兵隊が五百人ぐらいいて、鉄砲だけでなく大砲も持っているんだ」
「そうか。じゃあ、少しは手こずるかな」
「手こずるなんてもんじゃないですよ! ていうか、やるんですか?」
「やる。そうそう。君たちには世話になったな。約束の報酬だ」
僕から銀貨を受け取ると、男たちは倒れていた仲間を担いで逃げるように帰って行った。
「俺は、どうなるんだ?」
「オレーク。君には悪いが、しばらく付き合ってもらうぞ」
「そんなあ」
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