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第十五章
ミーチャのネクタイ
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キラもミーチャも外出する時は、帝国軍を脱走した時に着ていた軍服を着ていることが多いが、反帝国感情の強い地域で、その格好はマズいとは以前から思っていた。
服なんてプリンターでも作れるのだが、カートリッジを節約するために、服はなるべく現地調達という方針でいたので……今回は緊急事態なのでトレンチコートなんて作ったりしたけど……キラとミーチャには、よそ行きの服がなかったのだ。
だから、ここで服を調達するのはよい事だが、キラはどんな服を選んでいるのだろう?
上空から見ると、キラは上に淡い桃色のブラウスを着て薄茶色のスカートを穿き、スカートと同じ色のジャケットを羽織り、頭にも同色のベレー帽を被っていた。
《海龍》を出るときは、ミールから借りていたお古の貫頭衣を身に着けていたが、先に自分の服を買ったようだ。それにしても、日頃はがさつなイメージだったけど、こうして見るとキラも女の子なんだな。
ミーチャは《海龍》を離れるとき、ロータスで僕が買ってやったジャージのような服を着ていたのだが、今は白いワイシャツのようなシャツに半ズボンという出で立ち。
ジャケットも買ってやればと思ったのだが、どうもその前にネクタイを締めようとして、悪戦苦闘しているようだ。
しょうがない。手伝ってやるか。
人目につかない空き地に着地してから、僕は二人のいる店に歩いて行くことにした。
しかし、空き地を出て街路に出ると、この格好はやはり注目を浴びるようだ。
冬でもないのにトレンチコートで全身を覆い隠し、デンガロンハットを目深に被りマスクをして顔を隠しているなんて、いかにもこの中に『やましい物がありますよ』と言っているようなもの。
ちなみにトレンチコートの背中には、背嚢を出すために大きな穴を開き、背嚢自体は穴を開けたリュックサックで覆い隠している。
通行人の視線が痛い。
ナーモ族の母子連れが通りがかり、子供が僕の方を指さして『ママ。変な人がいるよ』と言っているのが、翻訳ディバイスを通じて聞こえてくる。
それに対して母親は、子供に『シ! 見るんじゃありません』と言っていた。
いたたまれないなあ。
とにかく、早いところキラとミーチャのいる所へ行こう。
お! 二人が店の前にいた。
「キラさん。僕、ネクタイなんていいですよ」
「いいや、だめだ。私たちはこれから、リトル東京へ行くのだぞ。リトル東京の紳士は、皆ネクタイをしている」
「でも、結び方が分からないですよ」
「ううむ……困った」
キラはネクタイを手に悩み込む。
「キラ」
僕に呼びかけられて振り向いたキラの顔に、驚愕の表情が浮かんだ。
ミーチャも、僕を見て怯えている。
「な……何者!?」
「僕だ」
「その声は……カイト殿か? どうしたのだ? その格好」
「ロボットスーツだと目立つから、その上から服を着ているのだよ」
「いや……その格好は、余計に怪しいが……」
「いいんだよ。怪しまれるだけなら。それより、上から見ていたが、ネクタイが締められないようだな」
「うむ。それで困っていた。帝都にいる時には、兄貴がよくネクタイを付けているのを見ていたので、ミーチャにも付けてやろうと思ったのだが、やり方がさっぱり分からん。カイト殿は分かるか?」
一応、僕も高校の制服にはネクタイがあったし、短いが会社勤めしていた頃はネクタイをしていたから締め方は分かるが……
「あれ? どうやるんだったっけ」
ミーチャの首に、ネクタイを回したところで手が止まってしまった。
そういえば、自分がネクタイを付けるとき、いつも無意識にやっていたから、人に付けてやろうとするとどうやるのか分からない。
おお! そうだ。
僕は店員を呼びつけた。
帝国人の女店員も、最初は僕の姿を見て驚いたようだが、すぐに営業スマイルを取り戻し……
「お客様。何をご所望でしょうか?」
「済まないが、ネクタイの付け方は分かるかい?」
こういう時は、店員に聞くのが一番だな。
「すみません。店長なら分かるのですが、私は臨時雇いなもので……」
無理か。そもそもこの惑星でネクタイを付けるのは帝国人の一部。そして、リトル東京の日本人と、カルカの台湾人。
需要が少ないし、付け方が分かる人が少なくても仕方ない。
ん? 店の奥にあるネクタイコーナーが目に入った。
ワンタッチネクタイ? こんな物もあったのか?
僕が日本にいた頃、ワンタッチネクタイは付けるのは簡単だが、会社員には意外と不評で使う人はあまりいなかった。
だが、ミーチャみたいな子供が付ける分には問題ないだろう。
さっそくワンタッチネクタイを取ってキラに渡した。
「これをどうするのだ?」
不思議そうに見ているキラに、使い方を説明した
「おお! こんな簡単に付けられるネクタイもあったのか。最初から、これにすればよかった」
続いて、ジャケットを選ぼうとするキラを僕は引き留めた。
「何か?」
「《海龍》に持ち帰る荷物があったら預かるぞ」
「そうか。済まない」
「新しい服でミーチャとのデートを楽しむには、手ぶらの方がいいだろ」
「べ……別に、これはデートでは……」
ここで僕は、ミーチャに聞こえないようにそっとキラに耳打ちした。
「ここで、ミクには出会いたくはないだろう?」
「べ……別に私は、ミクにミーチャを取られるなんて、警戒してなんかいないぞ……」
思い切り警戒しているだろう。
「いいから、地図を出せ」
キラの出した地図の一カ所を指さした。
「このボシニ広場という辺りに、ミクがいるはずだ。ここに近づかなければ、ミクと遭遇する事はない」
「そうか……ありがとう。いや! 違うぞ。別にミクを避けてなんか……私はただ、そっちへ行きたくないだけだ」
これで、二つ目の目的は達成だな。
もし、キラがレムに接続されているなら、今頃……
レム「小娘はボシニ広場に、以下略」
部下「ははあ。レム様」
という事に、なっているはずだ。
次は、アーニャと馬美玲のところへ行こう。
服なんてプリンターでも作れるのだが、カートリッジを節約するために、服はなるべく現地調達という方針でいたので……今回は緊急事態なのでトレンチコートなんて作ったりしたけど……キラとミーチャには、よそ行きの服がなかったのだ。
だから、ここで服を調達するのはよい事だが、キラはどんな服を選んでいるのだろう?
上空から見ると、キラは上に淡い桃色のブラウスを着て薄茶色のスカートを穿き、スカートと同じ色のジャケットを羽織り、頭にも同色のベレー帽を被っていた。
《海龍》を出るときは、ミールから借りていたお古の貫頭衣を身に着けていたが、先に自分の服を買ったようだ。それにしても、日頃はがさつなイメージだったけど、こうして見るとキラも女の子なんだな。
ミーチャは《海龍》を離れるとき、ロータスで僕が買ってやったジャージのような服を着ていたのだが、今は白いワイシャツのようなシャツに半ズボンという出で立ち。
ジャケットも買ってやればと思ったのだが、どうもその前にネクタイを締めようとして、悪戦苦闘しているようだ。
しょうがない。手伝ってやるか。
人目につかない空き地に着地してから、僕は二人のいる店に歩いて行くことにした。
しかし、空き地を出て街路に出ると、この格好はやはり注目を浴びるようだ。
冬でもないのにトレンチコートで全身を覆い隠し、デンガロンハットを目深に被りマスクをして顔を隠しているなんて、いかにもこの中に『やましい物がありますよ』と言っているようなもの。
ちなみにトレンチコートの背中には、背嚢を出すために大きな穴を開き、背嚢自体は穴を開けたリュックサックで覆い隠している。
通行人の視線が痛い。
ナーモ族の母子連れが通りがかり、子供が僕の方を指さして『ママ。変な人がいるよ』と言っているのが、翻訳ディバイスを通じて聞こえてくる。
それに対して母親は、子供に『シ! 見るんじゃありません』と言っていた。
いたたまれないなあ。
とにかく、早いところキラとミーチャのいる所へ行こう。
お! 二人が店の前にいた。
「キラさん。僕、ネクタイなんていいですよ」
「いいや、だめだ。私たちはこれから、リトル東京へ行くのだぞ。リトル東京の紳士は、皆ネクタイをしている」
「でも、結び方が分からないですよ」
「ううむ……困った」
キラはネクタイを手に悩み込む。
「キラ」
僕に呼びかけられて振り向いたキラの顔に、驚愕の表情が浮かんだ。
ミーチャも、僕を見て怯えている。
「な……何者!?」
「僕だ」
「その声は……カイト殿か? どうしたのだ? その格好」
「ロボットスーツだと目立つから、その上から服を着ているのだよ」
「いや……その格好は、余計に怪しいが……」
「いいんだよ。怪しまれるだけなら。それより、上から見ていたが、ネクタイが締められないようだな」
「うむ。それで困っていた。帝都にいる時には、兄貴がよくネクタイを付けているのを見ていたので、ミーチャにも付けてやろうと思ったのだが、やり方がさっぱり分からん。カイト殿は分かるか?」
一応、僕も高校の制服にはネクタイがあったし、短いが会社勤めしていた頃はネクタイをしていたから締め方は分かるが……
「あれ? どうやるんだったっけ」
ミーチャの首に、ネクタイを回したところで手が止まってしまった。
そういえば、自分がネクタイを付けるとき、いつも無意識にやっていたから、人に付けてやろうとするとどうやるのか分からない。
おお! そうだ。
僕は店員を呼びつけた。
帝国人の女店員も、最初は僕の姿を見て驚いたようだが、すぐに営業スマイルを取り戻し……
「お客様。何をご所望でしょうか?」
「済まないが、ネクタイの付け方は分かるかい?」
こういう時は、店員に聞くのが一番だな。
「すみません。店長なら分かるのですが、私は臨時雇いなもので……」
無理か。そもそもこの惑星でネクタイを付けるのは帝国人の一部。そして、リトル東京の日本人と、カルカの台湾人。
需要が少ないし、付け方が分かる人が少なくても仕方ない。
ん? 店の奥にあるネクタイコーナーが目に入った。
ワンタッチネクタイ? こんな物もあったのか?
僕が日本にいた頃、ワンタッチネクタイは付けるのは簡単だが、会社員には意外と不評で使う人はあまりいなかった。
だが、ミーチャみたいな子供が付ける分には問題ないだろう。
さっそくワンタッチネクタイを取ってキラに渡した。
「これをどうするのだ?」
不思議そうに見ているキラに、使い方を説明した
「おお! こんな簡単に付けられるネクタイもあったのか。最初から、これにすればよかった」
続いて、ジャケットを選ぼうとするキラを僕は引き留めた。
「何か?」
「《海龍》に持ち帰る荷物があったら預かるぞ」
「そうか。済まない」
「新しい服でミーチャとのデートを楽しむには、手ぶらの方がいいだろ」
「べ……別に、これはデートでは……」
ここで僕は、ミーチャに聞こえないようにそっとキラに耳打ちした。
「ここで、ミクには出会いたくはないだろう?」
「べ……別に私は、ミクにミーチャを取られるなんて、警戒してなんかいないぞ……」
思い切り警戒しているだろう。
「いいから、地図を出せ」
キラの出した地図の一カ所を指さした。
「このボシニ広場という辺りに、ミクがいるはずだ。ここに近づかなければ、ミクと遭遇する事はない」
「そうか……ありがとう。いや! 違うぞ。別にミクを避けてなんか……私はただ、そっちへ行きたくないだけだ」
これで、二つ目の目的は達成だな。
もし、キラがレムに接続されているなら、今頃……
レム「小娘はボシニ広場に、以下略」
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次は、アーニャと馬美玲のところへ行こう。
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