上 下
581 / 848
第十五章

対空砲座でのひととき

しおりを挟む
 朝日が射し込む北ベイス島、第十六対空機関砲座。

 物騒な兵器に、一人の若い女がしな垂れかかっている。

 女は白いブラウスに赤いタイトスカートを身につけているが、普段は軍服と皮鎧をまとっている女性兵士。

 その女の前に置かれたキャンパスに向かって、一心不乱に絵筆をふるっているのはカルル・エステス。

 そんなカルルの脳裏に、声が聞こえてきた。

『水彩画とは、なかなか良い趣味をしているな。カルル・エステス』

 もう、すっかり馴染んでしまったレム神の声。

 五年前、初めて頭の中でこの声が響いた時、カルルは気が狂いそうになった。

 突然身体の主導権をレムに奪われ、数日の間レムから主導権を取り戻そうとしてあらがい続けていた。だが、抵抗はいつまでも続かない。やがて、疲れ果てたカルルは、レムの支配を受け入れてしまったのだ。
 
 それから五年間、カルルはレム神の支配下にある。

 カルルは絵筆を止め、モデルの女に声をかけた。

「俺はこれから独り言のような事をつぶやくが、気にしないでいてくれ」

 女はそれを聞いて、カルルに畏敬いけいの眼差しを向ける。

「それって、レム様の声がかかったから?」

 帝国では、レム神と会話できる者は一種のエリート扱いなのだ。

「まあ、そんなところだ」

 だが、当の本人にとってはあまり良いものではない。

 それはつまり、ブレインレターで無理矢理レムと接続されたという事だから……

 カルルは、脳内に話しかけてくる存在に返事を返す。

「海斗の艦隊が来るまで、三~四日かかるのだろう。この絵は、それまでに描き上げる」
『いやいや、カルル・エステスよ。私は別にとがめているわけではないのだよ。私も芸術には関心があるので、見に来ただけだが、邪魔だったかね?』
「聞かなくても、俺の心を直接のぞけばいいだろ」
『そういう無粋な事は、控えるようにしている。どうやら邪魔をしてしまったようだな』
「見たければどうぞ。絵は人に鑑賞してもらってこそ価値がある。あんたは、人ではないかもしれないが」
『気を悪くしたのなら謝るよ。それにしても、君は絵が上手いな』
「こう見えても、俺のオリジナル体は日本の美大を出ているのでね」

 美大を出た後、カルルはデザイン関係の会社に就職していた。数年はそこで働きながら、同人誌やネット小説のイラストを描いて副収入を得ていた。

 だが、ある日会社が倒産。

 金に困っている時に同人仲間の鹿取かとり香子きょうこから、報酬五十万のモニターバイトを紹介されて飛びついてしまった。

 その結果、電脳空間サイバースペースにもう一人の自分が生まれてしまったのだ。

 そのデータを元にプリンターから生み出され、この惑星に降りたコピー人間が今のカルル。

 電脳空間サイバースペースでは抑制できていた香子への恋心は、肉の身体を得たことによって抑制ができなくなり、香子へ結婚を申し込んでしまった。

 結果は失恋。

 やけになったカルルは、最前線で戦う事を希望した。

 そこで華々しく散ってやろうと……

 だが、そこで彼を待っていたのは死よりも辛い運命。

 レムに身体を乗っ取られてしまったのだ。

 今でも本来の意志は残っているが、肝心な時にはレムによって作られた疑似人格が目覚めて身体を乗っ取られてしまう。

 今は疑似人格の方が眠っていて、カルル本来の人格が目覚めているが、レムから監視されている状態で逆らう事はできない。

「まさかと思うが、俺が絵に変な暗号でも隠しているのではと思って見に来たのか?」
『まさか。そんな事は思っていないよ』
「この絵は、俺が生きていたあかしだ」
『証?』
「そうだ。俺が自由意志で動ける間にできる事は、絵を描くぐらいだからな。この絵は、俺が死んだ後も残るだろう。その時にこの絵を見た者に、カルル・エステスという男が生きていたという事を知ってもらいたい。この絵にメッセージが込められているとしたら、そういう事だ。それとも、そういう事まであんたは禁止するのか?」
『いやいや、禁止はしないよ。ただ、ここはもうすぐ戦場になる。せいぜい大切な絵を焼かれないように気をつける事だな』

 レムの声はそこで途切れた。

「言われなくてもそうするさ」

 カルルは再びキャンパスに向かって筆を走らせる。

 描きながらカルルは呟く。

「海斗……ミクを、守ってやってくれ」
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

タイムワープ艦隊2024

山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。 この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!

【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~

こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。 人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。 それに対抗する術は、今は無い。 平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。 しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。 さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。 普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。 そして、やがて一つの真実に辿り着く。 それは大きな選択を迫られるものだった。 bio defence ※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。

アシュターからの伝言

あーす。
SF
プレアデス星人アシュターに依頼を受けたアースルーリンドの面々が、地球に降り立つお話。 なんだけど、まだ出せない情報が含まれてるためと、パーラーにこっそり、メモ投稿してたのにパーラーが使えないので、それまで現実レベルで、聞いたり見たりした事のメモを書いています。 テレパシー、ビジョン等、現実に即した事柄を書き留め、どこまで合ってるかの検証となります。 その他、王様の耳はロバの耳。 そこらで言えない事をこっそりと。 あくまで小説枠なのに、検閲が入るとか理解不能。 なので届くべき人に届けばそれでいいお話。 にして置きます。 分かる人には分かる。 響く人には響く。 何かの気づきになれば幸いです。

ロボリース物件の中の少女たち

ジャン・幸田
キャラ文芸
高度なメタリックのロボットを貸す会社の物件には女の子が入っています! 彼女たちを巡る物語。

目立つのが嫌でダンジョンのソロ攻略をしていた俺、アイドル配信者のいる前で、うっかり最凶モンスターをブッ飛ばしてしまう

果 一
ファンタジー
目立つことが大嫌いな男子高校生、篠村暁斗の通う学校には、アイドルがいる。 名前は芹なずな。学校一美人で現役アイドル、さらに有名ダンジョン配信者という勝ち組人生を送っている女の子だ。 日夜、ぼんやりと空を眺めるだけの暁斗とは縁のない存在。 ところが、ある日暁斗がダンジョンの下層でひっそりとモンスター狩りをしていると、SSクラスモンスターのワイバーンに襲われている小規模パーティに遭遇する。 この期に及んで「目立ちたくないから」と見捨てるわけにもいかず、暁斗は隠していた実力を解放して、ワイバーンを一撃粉砕してしまう。 しかし、近くに倒れていたアイドル配信者の芹なずなに目撃されていて―― しかも、その一部始終は生放送されていて――!? 《ワイバーン一撃で倒すとか異次元過ぎw》 《さっき見たらツイットーのトレンドに上がってた。これ、明日のネットニュースにも載るっしょ絶対》 SNSでバズりにバズり、さらには芹なずなにも正体がバレて!? 暁斗の陰キャ自由ライフは、瞬く間に崩壊する! ※本作は小説家になろう・カクヨムでも公開しています。両サイトでのタイトルは『目立つのが嫌でダンジョンのソロ攻略をしていた俺、アイドル配信者のいる前で、うっかり最凶モンスターをブッ飛ばしてしまう~バズりまくって陰キャ生活が無事終了したんだが~』となります。 ※この作品はフィクションです。実在の人物•団体•事件•法律などとは一切関係ありません。あらかじめご了承ください。

銀河太平記

武者走走九郎or大橋むつお
SF
 いまから二百年の未来。  前世紀から移住の始まった火星は地球のしがらみから離れようとしていた。火星の中緯度カルディア平原の大半を領域とする扶桑公国は国民の大半が日本からの移民で構成されていて、臣籍降下した扶桑宮が征夷大将軍として幕府を開いていた。  その扶桑幕府も代を重ねて五代目になろうとしている。  折しも地球では二千年紀に入って三度目のグローバリズムが破綻して、東アジア発の動乱期に入ろうとしている。  火星と地球を舞台として、銀河規模の争乱の時代が始まろうとしている。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

処理中です...