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第十三章

喫煙所1(回想)

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 リトル東京には四カ所の喫煙所がある。

 その一つ、南喫煙所の前に橋本晶はスクーターで乗り付けた。

 ガラス張りの喫煙所の中に、目当ての人物がいるのを見つける。

 橋本晶は携帯で小淵を呼び出した。

「小淵さん。例の人がいました。これから接触を試みます」
『お願いします。くれぐれも無理をしないように』
「大丈夫です。いざとなったら……」

 彼女は愛刀の感触を確かめる。

「私には、これがありますから」
『なるべく『それ』は使わないで下さいね』
「努力します」

 橋本晶は電話を切らないまま、喫煙所へと入っていく。

 喫煙所の中には、くだんの人物が一人いるだけだった。

 橋本晶が扉を開くと、男はこっちに値踏みするような視線を向けてくる。

 かまわず彼女は男から少し離れた席に座った。

 タバコを一本くわえ、ライターを近づける。

「あれ? あれ?」

 火がつかない。つくはずがない。最初から燃料切れのライターなのだから……

「よお、姉ちゃん。火がつかないのか?」

 男が話しかけてきた。

 元々、話をするきっかけ作りに最初から燃料切れのライターを用意してきたのだ。

「そうです。火、貸してもらえますか?」
「やだね」
「……」

 まさか、断られると思わずリアクションに困る。

 当初の予定では、男が火を貸してくれてから『ありがとうございます』『よくお会いしますね』『どちらのお方ですか?』と会話を繋いで、さりげなく素性を聞き出す予定だった。

 予定が狂ってしまい困窮こんきゅうする彼女の様子を見て、男は意地の悪い笑みを浮かべている。

「ええっと……」
「火は貸さない」

 ……なに? この人……普通は貸してくれるでしょ。

「冗談だ。ほれ」

 男はライターを差し出して点火した。

「ありがとうございます」

 タバコの先を火に近づける。

「おっと!」

 タバコの先が火につく寸前で、男はライターを持った手を大きく左へ動かした。

「ちょっと!」
「火はこっちだ」

 怒りを堪えつつタバコを近づけると、男はまたライターを大きく動かした。

 そんな事がしばらく続き、彼女はついにブチ切れる。

「いい加減にして下さい!」
「怒るなよ」
「もういいです! 帰ります」

 帰っては任務が果たせない。しかし、堪忍袋の緒はすでに限界に達していた。

「おいおい、それでいいのかよ。ここを出たらタバコは吸えないぞ」
「火がなかったら、どっちにしても吸えませんから」
「だから火は俺が貸してやるから」
「どうせ付ける寸前に火を動かすのでしょ。他の喫煙所に行けば、火を貸してくれる親切な人はいくらでもいるので……」
「分かった。分かった。ライター貸してやるから」

 男はライターを差し出すが、橋本晶は受け取らずに腰にさしていた日本刀を抜いた。

 それを見て男の顔は蒼白になる。

「お……おい、それ本物か?」

 彼女は無言で、自分が持っていた燃料切れライターを放り投げた。

 落下してきたライターに向かって刀を振る。

 真っ二つになったライターが床に落ちた。

「ひいいい!」

 怯える男に視線を向ける。

「悪かった! ライターはやるから命だけは……」

 彼女は男からライターを受け取ると、自分のタバコに火を付けた。

 一息吸ってから、刀を鞘に戻して男にライターを返す。

「ありがとうございます。助かりました」
「ど……どういたしまして……」
「こういう悪戯をすると、相手によっては命を落とす危険があるので気を付けてください」
「気……気を付けます」
「ところで、こんな意地悪をしてあなたは楽しいのですか?」
「え? まあ……」
「あなた、友達一人もいませんね」
「なんだと! 友達なら一杯いるぞ」
「見栄をはることないですよ」
「見栄じゃない」
「では、あなたの名前と職場を言ってみて下さい」

 少々予定は狂ったが、これで無理なく男の素性を聞き出す事ができそうだ。だが……

「個人情報には答えられない」

 当然だ。しかし……

「つまり、職場で確認されたら、友達が一人もいないという事がばれてしまうので話せないという事ですね」

 この男にとって『友達がいない』と思われるのはかなりの屈辱のようだ。そうなると、プライドを保つためには名前と職場を言わざるを得なくなった。

「いや……それは……」

 それでも渋るのを、後一押し……

「相手に名を聞くときは自分から名乗るのが礼儀でしたね。私はリトル東京防衛隊機動服中隊の橋本と申します」
「ロボットスーツ隊かよ。俺は第三ドローン部隊の矢納だ」

 これで目的の半分は達成した。

「矢納さんですか。では、後ほどドローン部隊の友達に確認しておきます。矢納さんに友達がいるかどうか」
「勝手にしろ。だいたいあのぐらいの事で腹を立てるなよ。気の短い奴だな」
「あなたは、たいしたことないと思っているようですが、やられた方はとても不愉快です。次に同じ事をやったら、問答無用でその右腕を切り落として差し上げますわ」
「怖い姉ちゃんだな」
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