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第十二章
役場が危ない
しおりを挟む「見えました! 魔塔の島です!」
船に見張りの声が響き渡ったのは、その翌日のことだった。船長の号令のもと、着岸準備のため、急に甲板は騒々しくなった。
インテス様は貴人にしては珍しく、平民たちとの距離の近い人で、これまでも甲板作業などあれこれと手伝っていた。シディもそれに倣って、殿下の隣で大綱をまとめたり帆を畳んだりする作業をやらせてもらってきて、船員たちとも結構仲良くなった。
殿下には「病み上がりなのだからもう少し休め」としつこいほど言われたのだったが、みんなが忙しく動き回っているときにじっとしているほうがつらい。というわけで、今回も手伝うことにしたのだ。
実は最初のうち、シディは屈強な海の男たちを見てなんとなくしり込みしていたのだが、今では普通に口がきける。
「この綱、ここでいいんですよね?」
「おお、いいっすよ~! だいぶ作業に慣れましたな、オブシディアン様」
「そ、その呼び方はやめてくださいってば……」
赤くなっていたら、周囲の男たちがガハハハ、と笑う。
「いやいや、そんなわけには参りませんや」
「なにしろインテス様の秘蔵っ子だもんよ!」
「いや、秘蔵っ子って……」
「だが、仕事に困ったらうちに来るといいや」
「えっ」
「そうだそうだ。あんた、仕事の覚えは早いし手際もいいしよ」
「小回りもきくし素早いし、くるくる動いてくれて俺たちゃ大助かりだったぜ」
「ほ、ほんとうですか!?」
四方八方から褒められて、むず痒いような喜びが湧きあがる。今までこんな風に気持ちよく人から褒められたことはなかった。インテス様を除いては、だが。
「いざとなったら船員として雇ってもらえるよう、俺らも船長に口添えさせてもらいますぜ~!」
「あ、ありがとうございます……」
いや、でも本当は困る。仕事に困るということは、インテス様のもとを離れるということではないか。それは困る。そんなのイヤだ。
微妙な顔になってもじもじしていたら、ますます船員たちに笑われるシディだった。しまいに「こらこら。私の可愛い子をからかうのはそのぐらいにしてくれよ」と殿下が助け船をだしてくれてしまいになったが。
水平線の彼方から次第にちかづいてくる島の影は、平たい円錐状に見えた。真ん中が高くなった砂山を海の上に盛り上げた感じだ。
近づいてくるにつれ、それが人工的な建物で覆われているのがわかるようになってくる。色とりどりだが、レンガづくりの素朴な形をした建物群が、地面を覆っているのだった。建物は円錐の頂点に向かうにつれて高いものになっている。
船が桟橋についたところで、シディはこの気持ちのいい海の男たちに別れを告げなくてはならなかった。というのも、船旅は往路のみで、帰りは魔塔の者に送ってもらう手筈になっているらしいのだ。
かなり名残惜しい気持ちになったが、あんまり寂しそうにしていてもインテス様ににらまれそうだ。だからぐっと堪えたのに、塞いだ顔はごまかしきれなかったらしい。ぽん、と肩を叩かれて見上げると、インテス様が紫の瞳に優しい光を湛えて見下ろしていた。
「心配するな。これが最後の別れでもあるまいし」
「そ……そうですか?」
「そうだとも。縁があればまた会えよう。その日を楽しみに生きればよいのよ」
「は、はい……」
貴人であるにも係わらず、この方は人の気持ちに敏感でとても優しい気遣いをなさる。周囲にいるだれに対してもそうなのだ。だからこそ、一般の人々からの人望もあるのだろう。大体の王侯貴族というものは、皇宮で見たああいう尊大で不遜な態度をとるのが普通なのだから。
と、桟橋を歩ききったあたりの所に、フードのついた長いマントを羽織った集団が固まって立っているのに気がついた。みな全身灰色だ。種族はいろいろのようだった。鳥のような顔の人。クマのような顔の人。大きい人も小さい人もいる。匂いもさまざまだ。
中でももっとも小柄でいちばん年上らしい人が、静かに殿下に近づいてきて頭を下げた。どうやらイタチの獣人であるらしい。彼に倣って、後ろに立っている人たちも同じように頭を下げる。
「インテグリータス殿下。お待ち申し上げておりました」
「ああ。久しいな、セネクス。紹介しよう。こちらが私の半身、オブシディアンだ」
言われて背中を押され、シディも慌てて頭を下げた。
「あっ、あのっ。オブシディアン、です……」
「おお、ではこちらのお方が」
セネクス老人がむほほほ、と奇妙な笑い声をたてて頭を下げると、背後の人々も「おお」とか「それでは」とかそれぞれに驚きの声を上げ、それぞれにお辞儀をしてきた。
「お会いできますのを、首を長うしてお待ち申し上げておりましたぞ」
「こちらはセネクス。この魔塔の島を統括する、最高位魔導士だ」
「え、ええっ」
ではこの人は、ここの最高権威者ではないか。そんな偉い人が直々に迎えに出てきたということなのだろうか。いや、自分はともかくインテス殿下が来られたのだから当然なのかもしれないが。
「さあさあ。このような場所で話し込むのはよしましょうぞ。いざ、魔塔へご案内つかまつりまする」
「ああ、頼む」
殿下がうなずいた途端、周囲にぶわっと不思議な空間が出現した。景色が微妙に歪み、体の周りに軽やかでさわやかな香りが満ちる。それが自分たちと魔導士の面々を一気につつみこんだ球体を生成しているようだ。
と、ふわりと足が勝手に地面から離れた。
「ふわああっ!?」
「ああ、どうぞご安心を。魔塔まで一気にお連れ申し上げるだけですゆえ」
「ええっ。あ、あのあの、殿下っ……」
必死で殿下の衣にしがみつくと、ぎゅっと肩を抱き寄せられた。
「案ずるな。飛翔の魔法でひとっとびするのさ。なにしろ歩いていくとなると、あそこはかなり面倒な立地なのでな」
「ひ、ひとっとび……!?」
どういう意味だ。いや、怖い。
もしかして飛ぶのだろうか? 勘弁してくれ!
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