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第八章

楊 美雨

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 僕達が車から降りた時、ヤン 美雨メイユイの横にレイホーが寄って、何かを耳打ちしていた。
 すると、楊 美雨は僕の方へ向き直る。

「そちらに怪我をしたを方がいるそうですね? こちらには医者がいるけど、必要かしら?」
「ぜひ、お願いします」

 車の中に寝かせてあったダモンさんを、ストレッチャーに乗せた。ついでに、捕虜にしたダサエフも引き渡しておいた。

「カイトさん、あたしダモン様に付き添っていきますので、話を進めていて下さい」

 ミールがストレッチャーと一緒に通路の奥へと消えていく。

 それを見送っている僕に、楊 美雨が話しかけてきた。

「北村海斗君。久しぶりね」
「ども……」

 僕の事を覚えていたのか。この人にとっては、かなり昔の事なのに……

「あれ? お母さん、このお兄さんと知り合いだったの?」

 不思議そうな顔でレイホーが言う。どうやら、親子のようだ。
 
「レイホー。この人と、どこで知り合ったの?」
「カルカの郊外で、盗賊に襲われているところを助けてもらったね」
「そうだったの。お母さんは、昔この人にふられたのよ」

 ブッ! そういう言い方しなくても……

「ええ!? だって歳の差が……」
電脳空間サイバースペースでの話よ。プリンターから出た時間が違うから、歳がこれだけ離れてしまったのよ」
「ああ! なるほど」
「北村海斗君。君はあの時と姿が変わらないわね。プリンターから出たのはいつ?」
「二ヶ月前です」
「そう。私はプリンターから出て、かれこれ三十年以上経つわ。交流会の時に、君と会っているはずだけど、覚えているかしら?」
「覚えています。と言っても、正確には僕は会っていません。僕は生データから作られたので、電脳空間サイバースペースで過ごした記憶はないのです。ただ、後から電脳空間サイバースペースの記憶を植え付けられたので、交流会であなたと会っている事は知っています」
「そう。私の夫も、あの交流会で《イサナ》の女の子にふられたの。お互いふられた者同士で結婚したのよ」
「そ……そうでしたか……」

 てか、僕は別にふったわけでは……

「まあ、昔の話はさて置いて、さっそく頼みたい事があるの」
「なんでしょう?」
「プリンターがあったら、すぐに貸してほしいのだけど」
「プリンターならありますが、そんなに急いで何に使うのです?」
「私の夫が、病気なの。プリンターがあれば医療用ナノマシーンが作れるのだけど」
「そういう事は、早く言って下さい。すぐに用意します」
「急がなくていいわ。どのみち、夫は冷凍睡眠コールドスリープ中。今から解凍しても、ナノマシーンが使える状態になるまでは六時間かかるの」
「そうでしたか」

 だよね。でなかったら、こんなにのんびり構えているわけないか……

「あら? この子」

 楊 美雨はミクの方に目を向けた。

「あなたも来ていたのね」
「え? あたしの事を、知っているの?」
「知っているわよ。交流会で私の夫となる男の子をふっていたのだから……」
「え? あたし、誰もふってなんか……」

 あ!

「ひょっとして楊 美雨さんの夫って、白竜パイロン君のことでは……」
「そうよ。十歳年上の姉さん女房になってしまったけどね」

 それを聞いてミクが慌てた。

「ちょっと待って! あたし白竜君をふっていないわよ!」
「ミク。『お友達でいましょう』は『お断りします』と同じ意味なのだよ」
「ええ!? どうして、その時教えてくれなかったのよ!」
「それを僕に言われても……でも、たぶん、電脳空間サイバースペースの僕も、ミクは断ったのだと判断してのだと思う」

 僕は香子の方を向いた。

「香子も、教えてあげればよかったのに」
「そんな事言ったって、私だってミクちゃんがあの男の子をふったと思っていたし……それに私はあの時、それどころじゃなかったわ」

 え?

「幼馴染の私を差し置いて、海斗のファーストキスを奪った女と口論中だったのだけど……その時の詳しい状況を聞きたい?」

 いえ……遠慮しておきます……コワいから……
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