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第一章 ワームホール圧壊
メタンクラゲ
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今ごろになって、なんであんな昔の夢を見るんだろう?
時計を見ると眠っていたのは数分ほど。
眠っている間にも、あたしと相棒を乗せたバギーは自動操縦で走り続けていた。どうやらあたしはバギーの 中でレコーダーを作成しているうちに眠ってしまったらしい。
このバギーのシート、身長百五十五センチのあたしには大きすぎる。だからつい居心地がよくなって眠ってしまったんだな。
ヤバイヤバイ、こんな世界でうっかり眠っていたら命がいくつあっても足りないわ。いくらバギーの中にいるとはいえ、あたしの置かれた状況はかなり厳しい。
バギーの外気温は氷点下百三十度。気圧千五百ヘクトパスカル。大気成分は窒素九十五パーセントと後は水素、メタン、炭酸ガス。酸素はまったくない。
空は一面分厚い雲に覆われていて、ほとんど光は差しこまない。
重力は月とほほ同じ六分の一G。あたしがいるのはそんな天体の上だった。
観測ロケットを雲の上に打ち上げて調べたところ、この天体は木星型惑星の周囲をめぐる衛星のようだ。太陽系からどちらの方向へどれだけ離れているかは分からない。
それを調べる前にあたし達は襲われたのだ。
この衛星の生物に。
あたしは手を前に伸ばして、車載コンピューターのディスプレイを指先でクリックした。眠る前に作成したレコーダーが音声で再生される。
『西暦二一〇六年六月二十日。
記録者、宇宙省時空調査官 佐竹美陽。
もしかすると、この記録は私の遺書になるかもしれない』
ここは変えた方がいいかな? やはりここはお決まり通り『あなたがこれを見ている時、私はもうこの世にいないだろう』とか。
いやいや、あたしが上手く生還できた後で、そんな事を吹き込んだレコーダーを誰かに聞かれたら大恥だ。最初のままでいこう。
『事の起こりは同年六月十日。ワームホールステーション《楼蘭》にて新しいワームホールが開いた事から始まる。予備調査の結果、どうやら大気を有する天体の上にワームホールがつながったらしい。
これは極めて稀な事だ。通常、ワームホールがどこにつながるかは、まったく予測できない。たいていの場合は何もない宇宙空間につながる。ピンポイントで天体の大気圏につながるなどめったにあることではなかった。
そして六月十七日、危険はないと判断されて有人調査に踏み切った。今にして思えば、もう少し時間を置いて無人探査車両による探査をするべきだったが、残念な事に、楼蘭基地にあった無人探査車両は全て出払っていた。戻ってくるのに一ヶ月は掛かる。それなら、それほど危険はなさそうだし有人探査で行こうという事になってしまったのだ。
この日、私は相棒の栗原真調査官とともにこの未知の天体に足を踏み入れた。当初、調査は順調に進んでいた。天体の大地は岩のように硬い有機物と氷が主成分。この大地の上を液化したメタンが川となって流れ、湖沼を形成している。
ただ、この天体は分厚い雲に覆われているため天測ができなかった。そこで私と栗原は小型ロケットを持ち込み、衛星を打ち上げて大気圏外から観測する事にした。打ち上げを容易にするため、私達はワームホールから南へ百キロ下った赤道に移動し、そこでロケットを打ち上げた。ほどなくしてロケットから分離したプローブが映像を送ってきて、この天体が木星型惑星の周囲を巡る衛星だと判明する。そして、いよいよ天測を行おうとしたその時、奴は襲ってきた。
それは象ほどの大きさだっただろうか。巨大なクラゲのようなナメクジのような軟体生物が触手をくねらせながらこっちへ向かってきた。と言っても、気密天幕の中で作業をしていた私は最初それに気がつかなかった。後で栗原に聞いた話だ。
天幕の外で作業をしていた栗原の叫びを聞いて、天幕から顔を出した私の前にその怪物はいた。
パニック状態に陥った私は慌てて天幕の中に逃げ込んでしまったが、それがかえって幸いしたようだ。怪物は私をからめ取ろうと触手を伸ばしてきた。しかし、天幕内の空気に触れた途端、奴は悲鳴を上げ天幕から遠のいた。最初は何が起きたのか分からなかった。
天幕から外へ出てみると、怪物は天幕から十メートル離れたところでこちらの様子を伺っている。
触手の一本が爛れて、そこから体液が滴っていた。それを見て私は理解した。この低温の世界では水は瞬く間に凍ってしまう。
おそらく、この生物の体を流れている体液は液化メタン。それが、摂氏十五度に調整された天幕内の空気に触れたため、たちまち火傷のような症状を負ってしまったのだ。
突然、怪物が甲高い悲鳴を上げた。
怪物の触手が落ち、巨体のあちこちに水泡のような傷が現れては破裂していく。
よく見ると細い光の筋が怪物の体を切り刻んでいた。光の筋の元に目を向けると、レーザートーチを持った栗原が立っている。
やがて怪物は完全に動かなくなる。私は栗原の近くに行き事情を聞いた。栗原は私が天幕内に居るとき、高台でアンテナを設置していたのだ。そのとき、あの怪物がこっちへ向かって来るのを見つけ、大急ぎで高台から駆け下り、レーザートーチを取りにバギーへ向かったというのだ。
私たちは暫定的に怪物をメタンクラゲと命名した。
この時、すぐにこの場所から逃げていれば栗原は助かっていただろう。だが、私達は愚かにも好奇心からメタンクラゲの死体の調査をしてしまい、それによって貴重な時間を浪費してしまう。
気がついたときには、天幕はメタンクラゲの群れに囲まれていた。仲間の悲鳴を聞きつけて集まってきたのだろうか?
後はもう大混乱。その最中、私と栗原は離れ離れになってしまう。
彼と再会したのは、半日後。東へ十キロ行ったところにある渓谷に栗原は倒れていた。液化メタンの川に落ちてここまで運ばれてきたようだ。辛うじて息はあったが意識はなく、四肢は酷い凍傷を負っていた。私は彼をバギーに乗せて、今ワームホールのある仮設基地を目指している途中である』
と、レコーダーはこんなものでいいかな?
コンピューターの画面をナビゲーターに切り替えてバギーの現在位置を表示させる。バキーは栗原さんが倒れていた渓谷から、ワームホールのある地点までの百二十キロの道を進んでいたのだが、まだ三分の一も進んでいなかった。
振り向くと、後部シートでは栗原さんが寝ている。
凍傷によって壊死した彼の手足はすでにあたしがレーザートーチで焼き切って応急処置を施した。
容態はあまりよくない。
一刻も早く、《楼蘭》に連れて行かないと彼の命は危ない。
仕方ない、オートドライブを切るか。
過剰なまでに安全を優先するオートドライブに任せるより、あたしが運転した方が早い。
と、その前に。
あたしはさっき作成したレコーダーを保存し、衛星軌道を周回中のプローブに送るようにセットした。今度、プローブがバギーの上空を通るのは十二分後。その時になったら、データが自動的に送信されプローブのコンピューターに記録される。
もしこのままあたし達が死んでも、何年か後に誰かがあのプローブを発見してくれるかもしれない。そして、ここで何があったかを知るだろう。
でも……
あたしはこんな衛星で死ぬ気なんかない。
何がなんでも生きてやる。
生き延びて、あの町へ帰るんだ。
今はワームホールが圧壊してしまい行くことのできない、懐かしい相手町があるカペラ第四惑星に行くまであたしは死ねない。
あたしはステアリングを握り締め、アクセルを一気に踏み込んだ。
しばらくの間、バギーは順調に走り続ける。
異変が起きたのは一時間後。
赤外線センサーが一キロ先にメタンクラゲの熱源を捕えた。
熱源と言っても、メタンクラゲの体温はあたしら地球生物と比べると遥かに低い。それでも、この周辺の無機物と比べれば高いのを利用してメタンクラゲを見つけられるようにセンサーを調整しておいたのだ。
あたしはバギーを停止させ、車載カメラを熱源に向け拡大する。
「貝?」
あたしは思わずつぶやく。
これはメタンクラゲなんかじゃない。別の生き物だ。
高さ一~二メートルぐらいの殻をもった巻貝のような生物の群れがそこにいた。巻貝たちの周囲には白い草のような物が伸びている。
あれも生物なのだろうか?
巻貝たちは触手を伸ばして草を引きちぎり殻の中に取り込んでいる。貝の群れはどうやら草を食べているようだ。
あの草、草と言うより熱水鉱床で見られるチューブワームによく似ている。という事は、あの草状生物は体内でメタン細菌かなんかと共生して化学合成を行っているのだろうか?
そして貝状生物はその捕食者。
不意に、貝の群れが動き出した。
何かに追われるように。
突如、岩陰から触手が伸びて貝を捕まえた。
その直後、岩陰から触手の本体、メタンクラゲが出現する。
どうやらこの世界では、貝が草食獣、メタンクラゲが肉食獣の役割を担う食物連鎖があるようだ。
「ううう」
背後で呻き声が聞こえた。
あたしは振り返る。
「栗原さん。気がついたの?」
栗原さんはうっすらと目を開けている。
「どこか痛む?」
痛むも何もあったものじゃない。手足を切り落としたのだから。鎮痛剤を打ってあるけどどこまで効果があるか。
「痛みはない。だが、手足の感覚が無いんだが……」
今、言うべきだろうか? 本当のことを……
いや、黙っていてもいずれ分かる事だ。
「栗原さん、落ち着いて聞いてください」
「どうした?」
「あたしが発見したときには、その……両手両足とも、すっかり壊死していました。もう切断するしか……なかったんです」
「……」
栗原さんは両目をカッと見開き、しばらくの間無言であたしを見つめていた。
「そうか……」
てっきり取り乱すかと思ったけど、意外と落ち着いているわね。
「しばらくは義手と義足の生活になるな」
「あの……」
「俺の両足な、八年前にも一度事故で無くしているんだ。再生とリハビリに一年かかったよ。今度は両手まで無くしてしまったか」
だから、落ち着いていたんだ。
「ところで、ここはどこだ?」
いけない。こんなことしている場合じゃなかった。
「バギーの中です。今、ワームホールに向かっている途中」
「止まってるみたいだが」
「ええ。前にメタンクラゲが現れちゃって」
「光だ」
「え?」
「奴らは光に引き寄せられる」
「なんですって?」
「俺はそれに気がついて、信号弾を撃って奴らを引き離した」
「走光性があるというのですか?」
「そうだ。恐らくロケットを打ち上げた時の光が奴らを引き寄せてしまったんだ」
「なんて事」
「信号弾は残っているか?」
「ええ」
「それで奴らを引き離せ。そのすきにバギーを走らせるんだ」
「分かりました」
あたしは外へ出るためにヘルメット取った。
長い髪を束ねたポニーテールを押し込みながらヘルメットを装着し、信号銃を手にとってエアロックから外に出た。
あたしは片手に信号銃を持って近くの岩山に上った。重力が小さいので苦にならない。程なくして頂上にたどり着く。
頂上から下を見下ろすと、数匹のメタンクラゲの群れが巻貝達を襲っている姿が見えた。
あたしは銃を東の方向へ向けて撃つ。
信号弾は数キロ先まで飛翔し、そこで強力な光を放ち始めた。
この光は一分ほど続く。
そして光を浴びたメタンクラゲ達は光源に向かって一斉に移動を開始した。貝を放り出して。
あれ? 光に向かうという事は……
嫌な予感があたしの脳裏をかすめる。
時計を見ると眠っていたのは数分ほど。
眠っている間にも、あたしと相棒を乗せたバギーは自動操縦で走り続けていた。どうやらあたしはバギーの 中でレコーダーを作成しているうちに眠ってしまったらしい。
このバギーのシート、身長百五十五センチのあたしには大きすぎる。だからつい居心地がよくなって眠ってしまったんだな。
ヤバイヤバイ、こんな世界でうっかり眠っていたら命がいくつあっても足りないわ。いくらバギーの中にいるとはいえ、あたしの置かれた状況はかなり厳しい。
バギーの外気温は氷点下百三十度。気圧千五百ヘクトパスカル。大気成分は窒素九十五パーセントと後は水素、メタン、炭酸ガス。酸素はまったくない。
空は一面分厚い雲に覆われていて、ほとんど光は差しこまない。
重力は月とほほ同じ六分の一G。あたしがいるのはそんな天体の上だった。
観測ロケットを雲の上に打ち上げて調べたところ、この天体は木星型惑星の周囲をめぐる衛星のようだ。太陽系からどちらの方向へどれだけ離れているかは分からない。
それを調べる前にあたし達は襲われたのだ。
この衛星の生物に。
あたしは手を前に伸ばして、車載コンピューターのディスプレイを指先でクリックした。眠る前に作成したレコーダーが音声で再生される。
『西暦二一〇六年六月二十日。
記録者、宇宙省時空調査官 佐竹美陽。
もしかすると、この記録は私の遺書になるかもしれない』
ここは変えた方がいいかな? やはりここはお決まり通り『あなたがこれを見ている時、私はもうこの世にいないだろう』とか。
いやいや、あたしが上手く生還できた後で、そんな事を吹き込んだレコーダーを誰かに聞かれたら大恥だ。最初のままでいこう。
『事の起こりは同年六月十日。ワームホールステーション《楼蘭》にて新しいワームホールが開いた事から始まる。予備調査の結果、どうやら大気を有する天体の上にワームホールがつながったらしい。
これは極めて稀な事だ。通常、ワームホールがどこにつながるかは、まったく予測できない。たいていの場合は何もない宇宙空間につながる。ピンポイントで天体の大気圏につながるなどめったにあることではなかった。
そして六月十七日、危険はないと判断されて有人調査に踏み切った。今にして思えば、もう少し時間を置いて無人探査車両による探査をするべきだったが、残念な事に、楼蘭基地にあった無人探査車両は全て出払っていた。戻ってくるのに一ヶ月は掛かる。それなら、それほど危険はなさそうだし有人探査で行こうという事になってしまったのだ。
この日、私は相棒の栗原真調査官とともにこの未知の天体に足を踏み入れた。当初、調査は順調に進んでいた。天体の大地は岩のように硬い有機物と氷が主成分。この大地の上を液化したメタンが川となって流れ、湖沼を形成している。
ただ、この天体は分厚い雲に覆われているため天測ができなかった。そこで私と栗原は小型ロケットを持ち込み、衛星を打ち上げて大気圏外から観測する事にした。打ち上げを容易にするため、私達はワームホールから南へ百キロ下った赤道に移動し、そこでロケットを打ち上げた。ほどなくしてロケットから分離したプローブが映像を送ってきて、この天体が木星型惑星の周囲を巡る衛星だと判明する。そして、いよいよ天測を行おうとしたその時、奴は襲ってきた。
それは象ほどの大きさだっただろうか。巨大なクラゲのようなナメクジのような軟体生物が触手をくねらせながらこっちへ向かってきた。と言っても、気密天幕の中で作業をしていた私は最初それに気がつかなかった。後で栗原に聞いた話だ。
天幕の外で作業をしていた栗原の叫びを聞いて、天幕から顔を出した私の前にその怪物はいた。
パニック状態に陥った私は慌てて天幕の中に逃げ込んでしまったが、それがかえって幸いしたようだ。怪物は私をからめ取ろうと触手を伸ばしてきた。しかし、天幕内の空気に触れた途端、奴は悲鳴を上げ天幕から遠のいた。最初は何が起きたのか分からなかった。
天幕から外へ出てみると、怪物は天幕から十メートル離れたところでこちらの様子を伺っている。
触手の一本が爛れて、そこから体液が滴っていた。それを見て私は理解した。この低温の世界では水は瞬く間に凍ってしまう。
おそらく、この生物の体を流れている体液は液化メタン。それが、摂氏十五度に調整された天幕内の空気に触れたため、たちまち火傷のような症状を負ってしまったのだ。
突然、怪物が甲高い悲鳴を上げた。
怪物の触手が落ち、巨体のあちこちに水泡のような傷が現れては破裂していく。
よく見ると細い光の筋が怪物の体を切り刻んでいた。光の筋の元に目を向けると、レーザートーチを持った栗原が立っている。
やがて怪物は完全に動かなくなる。私は栗原の近くに行き事情を聞いた。栗原は私が天幕内に居るとき、高台でアンテナを設置していたのだ。そのとき、あの怪物がこっちへ向かって来るのを見つけ、大急ぎで高台から駆け下り、レーザートーチを取りにバギーへ向かったというのだ。
私たちは暫定的に怪物をメタンクラゲと命名した。
この時、すぐにこの場所から逃げていれば栗原は助かっていただろう。だが、私達は愚かにも好奇心からメタンクラゲの死体の調査をしてしまい、それによって貴重な時間を浪費してしまう。
気がついたときには、天幕はメタンクラゲの群れに囲まれていた。仲間の悲鳴を聞きつけて集まってきたのだろうか?
後はもう大混乱。その最中、私と栗原は離れ離れになってしまう。
彼と再会したのは、半日後。東へ十キロ行ったところにある渓谷に栗原は倒れていた。液化メタンの川に落ちてここまで運ばれてきたようだ。辛うじて息はあったが意識はなく、四肢は酷い凍傷を負っていた。私は彼をバギーに乗せて、今ワームホールのある仮設基地を目指している途中である』
と、レコーダーはこんなものでいいかな?
コンピューターの画面をナビゲーターに切り替えてバギーの現在位置を表示させる。バキーは栗原さんが倒れていた渓谷から、ワームホールのある地点までの百二十キロの道を進んでいたのだが、まだ三分の一も進んでいなかった。
振り向くと、後部シートでは栗原さんが寝ている。
凍傷によって壊死した彼の手足はすでにあたしがレーザートーチで焼き切って応急処置を施した。
容態はあまりよくない。
一刻も早く、《楼蘭》に連れて行かないと彼の命は危ない。
仕方ない、オートドライブを切るか。
過剰なまでに安全を優先するオートドライブに任せるより、あたしが運転した方が早い。
と、その前に。
あたしはさっき作成したレコーダーを保存し、衛星軌道を周回中のプローブに送るようにセットした。今度、プローブがバギーの上空を通るのは十二分後。その時になったら、データが自動的に送信されプローブのコンピューターに記録される。
もしこのままあたし達が死んでも、何年か後に誰かがあのプローブを発見してくれるかもしれない。そして、ここで何があったかを知るだろう。
でも……
あたしはこんな衛星で死ぬ気なんかない。
何がなんでも生きてやる。
生き延びて、あの町へ帰るんだ。
今はワームホールが圧壊してしまい行くことのできない、懐かしい相手町があるカペラ第四惑星に行くまであたしは死ねない。
あたしはステアリングを握り締め、アクセルを一気に踏み込んだ。
しばらくの間、バギーは順調に走り続ける。
異変が起きたのは一時間後。
赤外線センサーが一キロ先にメタンクラゲの熱源を捕えた。
熱源と言っても、メタンクラゲの体温はあたしら地球生物と比べると遥かに低い。それでも、この周辺の無機物と比べれば高いのを利用してメタンクラゲを見つけられるようにセンサーを調整しておいたのだ。
あたしはバギーを停止させ、車載カメラを熱源に向け拡大する。
「貝?」
あたしは思わずつぶやく。
これはメタンクラゲなんかじゃない。別の生き物だ。
高さ一~二メートルぐらいの殻をもった巻貝のような生物の群れがそこにいた。巻貝たちの周囲には白い草のような物が伸びている。
あれも生物なのだろうか?
巻貝たちは触手を伸ばして草を引きちぎり殻の中に取り込んでいる。貝の群れはどうやら草を食べているようだ。
あの草、草と言うより熱水鉱床で見られるチューブワームによく似ている。という事は、あの草状生物は体内でメタン細菌かなんかと共生して化学合成を行っているのだろうか?
そして貝状生物はその捕食者。
不意に、貝の群れが動き出した。
何かに追われるように。
突如、岩陰から触手が伸びて貝を捕まえた。
その直後、岩陰から触手の本体、メタンクラゲが出現する。
どうやらこの世界では、貝が草食獣、メタンクラゲが肉食獣の役割を担う食物連鎖があるようだ。
「ううう」
背後で呻き声が聞こえた。
あたしは振り返る。
「栗原さん。気がついたの?」
栗原さんはうっすらと目を開けている。
「どこか痛む?」
痛むも何もあったものじゃない。手足を切り落としたのだから。鎮痛剤を打ってあるけどどこまで効果があるか。
「痛みはない。だが、手足の感覚が無いんだが……」
今、言うべきだろうか? 本当のことを……
いや、黙っていてもいずれ分かる事だ。
「栗原さん、落ち着いて聞いてください」
「どうした?」
「あたしが発見したときには、その……両手両足とも、すっかり壊死していました。もう切断するしか……なかったんです」
「……」
栗原さんは両目をカッと見開き、しばらくの間無言であたしを見つめていた。
「そうか……」
てっきり取り乱すかと思ったけど、意外と落ち着いているわね。
「しばらくは義手と義足の生活になるな」
「あの……」
「俺の両足な、八年前にも一度事故で無くしているんだ。再生とリハビリに一年かかったよ。今度は両手まで無くしてしまったか」
だから、落ち着いていたんだ。
「ところで、ここはどこだ?」
いけない。こんなことしている場合じゃなかった。
「バギーの中です。今、ワームホールに向かっている途中」
「止まってるみたいだが」
「ええ。前にメタンクラゲが現れちゃって」
「光だ」
「え?」
「奴らは光に引き寄せられる」
「なんですって?」
「俺はそれに気がついて、信号弾を撃って奴らを引き離した」
「走光性があるというのですか?」
「そうだ。恐らくロケットを打ち上げた時の光が奴らを引き寄せてしまったんだ」
「なんて事」
「信号弾は残っているか?」
「ええ」
「それで奴らを引き離せ。そのすきにバギーを走らせるんだ」
「分かりました」
あたしは外へ出るためにヘルメット取った。
長い髪を束ねたポニーテールを押し込みながらヘルメットを装着し、信号銃を手にとってエアロックから外に出た。
あたしは片手に信号銃を持って近くの岩山に上った。重力が小さいので苦にならない。程なくして頂上にたどり着く。
頂上から下を見下ろすと、数匹のメタンクラゲの群れが巻貝達を襲っている姿が見えた。
あたしは銃を東の方向へ向けて撃つ。
信号弾は数キロ先まで飛翔し、そこで強力な光を放ち始めた。
この光は一分ほど続く。
そして光を浴びたメタンクラゲ達は光源に向かって一斉に移動を開始した。貝を放り出して。
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全てを活かして生き抜く物語なのかもしれません。
日本には、『泣いた赤鬼』という物語もあります。
その絵本を読んで、鬼さん達にも笑って欲しいと思いました。
後には漫画『デビルマン』やSF『幼年期の終わり』を読んで、
人類文明の未来についても考えるようにもなりました。
そこで得た発想が、この作品につながっていると思います。
ご興味がおありの方は『Lucifer』シリーズ他作品や、
エッセイ『文明の星』シリーズもご覧いただけましたら幸いです。
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