時空穿孔船《リゲタネル》

津嶋朋靖(つしまともやす)

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第四章 閉ざされた恒星系

相手町?

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 そこに町はなかった。
 廃墟すらなかった。
 ただ、巨大な氷河によって抉り取られたような痕がそこにあるだけだった。
 十六年の間に繁殖した植物が、辛うじて大地に穿たれた傷跡を覆い隠していた。
 あたし達はどうする事もできず、ただ呆然とかつて町があった場所を見つめていた。
 これがあたしの胸にわだかまっていた不安の正体だった。
 あたしは心の一部で、この事を予想していた。でも、それを認めることをずっと拒んでいた。
 相手町は無くなっていたのだ。
 十六年前のあの日に。
 行けなくなったのでない。
 存在をやめたのだ。
 カペラに戻っても、もう相手町なんてどこにもなかったんだ。
 あの日あたし達が助かったのは単なる幸運だったに過ぎない。いや、慧の親父さんの咄嗟の判断だった。あの時、親父さんはワームホールを出て真っ直ぐには走らず、すぐに左手のパーキングに逃げ込んだ。
 そのおかげでワームホール崩壊時に発生した衝撃波の直撃を免れたのだ。
 そしてワームホールから数キロ先にある苫小牧の町も大きな損害を受けた。
 まして、ワームホールの真正面に作られた相手町が無事であるはずがないんだ。苫小牧の町を襲ったのと同じ規模の衝撃波が、相手町も襲ったに違いない。
 衝撃波は町を、人を容赦なく飲み込んだのだ。
 父も、慧の母も、洋子ちゃんも、吉良先生もみんな衝撃波に飲み込まれたんだ。
 考えれば分かる事だったはずなのに。
 でも、あたしはその事実を認めず、カペラに帰れば町は残っていると思い続けていた。
 友達と再会することを夢見ていた。 
 そうしないとあたしの心は折れてしまっていたからだ。事実を認めてしまっていたら、あたしの心を支えていた何かが崩壊してしまっていたからだ。
「ククク」
 慧はいつの間にか地面に膝をついて笑っていた。
 笑いながら涙を流している。
「なんとなく、こんな気がしていた」
 そうか。
 慧も気がついていたんだ。
 でも、認めるのが恐ろしかったんだ。
 だから昨日は『引き上げよう』なんて言ってたんだ。
「こんな結末、酷すぎるよ。あんまりだよ」
「慧」
 あたしは慧の頭を抱きしめる。
 あたしの腕の中で慧は嗚咽を漏らす。
 まるで十六年前に戻ったかのように。

 どのくらいの間、呆然としていたのだろう?
 あたしを現実に引き戻したのは、通信機の呼び出し音。
 呼び出していたのはサーシャだった。
『美陽! 大丈夫ですの?』
「大丈夫って? 何が?」
『その』
 サーシャは少し口ごもる。
『さっき軌道エレベーターの人達に会ったのよ。その人達から、あなたの町がどうなったか聞いて……』
「サーシャ。ひょっとしてあたしの事心配してくれてるの?」
『べ……別に心配なんかしてないわよ』
「あたしは……あんまり大丈夫じゃないけど……大丈夫よ」
『どっちなのよ!?』
「大丈夫」
『そう。ならいいわ。今から《リゲタネル》でそっちへ向かうわ。その場所から動かないでね』
「了解」
 通信を切った。
「美陽!」
 少し離れたところで、慧が手をふっている。
「こっち来て! 早く」
 何か見つけたのかな?
 あたしは慧の傍に駆け寄る。
「見て、これ」
 慧の指差す先に石碑があった。
「これは?」
 あたしは石碑の文字を読んだ。
『西暦二〇九〇年七月二十四日
相手町時空管圧壊事件の犠牲者二〇一六名の御魂ここに安らかに眠る』
 どういう事? この惑星に取り残された人はこんなに多くないはず?
「これを見て」
 慧の示す先に、亡くなった人達の名簿があった。その中にはあたしと慧の名前も含まれている。
 そうか! この石碑を建てた人は、あたし達も死んだと思っていたんだ。
 地球に逃げ帰れた人がいると知らなかったんだ。
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