15 / 55
第三章 猫の惑星
出発
しおりを挟む
《楼蘭》日本基地の時空穿孔機が稼動したのは実に一ヶ月ぶりのことだった。
七つのワームホール圧壊以来、新しいワームホールを開く事もできず、かといってシスター工業製の時空管を架け替えようにも新しい時空管が届かないので、ずっと使われてなかったわけだ。
もっとも、今回は《リゲタネル》の補助で使うだけだが。
《リゲタネル》の時空穿孔機は一回使うと次のビームを撃つのに十時間かかるが、日本基地の時空穿孔機は《楼蘭》の天然縮退炉からエネルギーを得ているので三十分に一回は発射できる。
だから今回は《リゲタネル》の時空穿孔機は使わないで、日本基地の時空穿孔機でワームホールを開き《リゲタネル》はその中に飛び込んでいく事にしたのだ。
それならば、ワームホールの向こう側がCFCに占領されていても、直ぐに逃げて帰ってくることができるからだ。
それはいいのだが……
「サーシャ!」
あたしはディスプレイの一点を指差す。
ロシアの宇宙フリゲート艦がそこに映っていた。その真下にはCFCの居住区画がある。
「ロシア基地に連絡して、直ぐにあれをやめさせて」
サーシャは馬鹿にするような目をあたしに向ける。
「何を怒ってるのよ。フリゲート艦は補給を待つ間ただあそこに停泊しているだけよ」
「たまたまその下にCFCの居住区があるというわけ?」
「そうよ」
「で、CFCがあたし達の妨害をしてきたら、あそこにレーザーでも撃ち込む気?」
「それもいいかもしれないわね」
「ふざけないで。《楼蘭》は中立地帯よ。こんな無法は許さないわ」
「イヤだと言ったらどうするの?」
「あなたにはこの船を下りてもらうわ」
「あなたにその権限があるの?」
「あるわよ。ロシアとの契約書にも調査員は国際法を遵守する事と明記されているわ」
「やれやれ」
サーシャは通信機を手にとって連絡をとった。程なくしてフリゲート艦は離れていく。
「本当に日本人は甘いわね。これで私達は保険をなくしたのよ」
「かまわないわ。民間人を盾に取るなんて非道な事、あたしにはできない」
「そんな甘い事言ってると、私達生きて帰れないかもしれないわよ」
「甘いのはサーシャさんの方じゃないの」
黙々とコンソールに向かって作業をしていた慧は振り向きもしないで皮肉っぽく言う。
「私のどこが甘いっていうの? 坊や」
「CFCが本気で僕らの邪魔をしてくるなら」
慧はCFC居住区を指差す。
「あそこの人達ぐらい平気で切り捨てるよ」
「そんな事ないわよ。あそこにはCFC社員の家族がいるのよ」
「甘いね。CFCのトップにとって社員なんて所詮捨て駒だよ。むしろロシアの軍艦が民間人を危険に晒したってプロパカンダに喜んで利用するだろうね」
「な……」
「はい、そこまで。もう出発の時間よ」
地表では時空穿孔機が鎌首を持ち上げ、空中の一点に照準を合わせている。時空穿孔機の先にはマーカーの刺さったワームホールがあった。
それは三年前にあたしが通り抜けたワームホールだ。
《リゲタネル》は時空穿孔機のビーム軸線に合わせた形で待機している。
ビームが発射された。
マーカー付近が閃光を放ちワームホールが開く。
開いたワームホール目掛けて《リゲタネル》は発進した。
光に包まれた後、あたし達は別の空間に出ていた。
一万キロ先には青い地球型惑星が見える。大陸の形からして間違えない。
惑星二一〇三デルタだ。
「慧、直ぐに索敵をやって」
「了解。今のところ周囲に敵影はないよ」
あたしはサーシャの方を振り向く。
「サーシャ。ロシア側のワームホールは?」
サーシャはコンソールを操作している。
「今、探しているわ」
程なくしてサーシャはそれを見つけて映像を拡大する。
ロシア側のワームホールは地表から六万キロ離れた位置にあった。
「ワームホールは開いてないわ。マーカーが刺さったままよ。CFCはまだここへきていないわ」
どうやら、物騒なものは使わなくて済みそうね。
念のため、マーカー付近に向かって二機の索敵プローブを向かわせた。もし、ワームホールが開いたら、すぐに知らせが来るはずだ。
「慧。惑星上空千キロまで近づけて」
「了解」
《リゲタネル》は五時間後、惑星上空千キロにまで到達した。その途中、探査プローブを六機射出。衛星軌道に乗ったプローブから次々と情報が集まってくる。
海陸比二十対一と圧倒的に海が多い。
そのぐらいは前回の調査でも分かっていた。
ただ、これだけ陸地が狭いのに文明の兆候がさっぱり見付からない。
浮島が見付かったのは調査開始から三十分後。プローブのレーダーが見つけた。だが、浮島は一つではなかった。
三時間の観測で、浮島は三十個見付かった。
「船長、プローブはまだ残っているかい?」
教授の声はどっか興奮気味だ。
「五機ありますが」
「この恒星系には他に六つ惑星がある。そっちの方にもプローブを送ってもらえんか」
「いいですけど、プローブの速度じゃ一番近い惑星まで一週間はかかりますよ」
「わかっている」
「何か気になることでも?」
「うむ。この惑星、見かけの質量と実際の質量が大きく食い違っている」
見かけの質量とは、光学観測やレーダー観測あるいは地震観測などで得られた惑星の体積や構成物質から予想された理論上の質量だ。
それに対して実際の質量は公転周期を元に算出したもの。
もちろん、惑星内部の構成物質まではなかなか分からないので見掛けの質量は誤差がある。その誤差を考えても実際の質量と大きく食い違うという事は。
「どうやらこの惑星、かなりのエキゾチック物質を含んでいるぞ。おそらく、この惑星だけではないだろう。恒星系全体がかなりのエキゾチック物質を含んでいると考えられる。是非とも他の惑星の調べてみたいんだがな」
ちなみに地球の理論質量と実際の質量はあまり食い違ってない。地球にはほとんどエキゾチック物質が含まれていないからだ。
それに対して、月は内部空洞説が出るほど食い違っていた。
その原因がエキゾチック物質であることが分かったのは前世紀の半ば頃のこと。
月で見つかったエキゾチック物質は、原子核内の重核子の一部だけが斥力を持つ物質だったのだ。
例えば炭素原子なら原子核は陽子六個と中性子六個で構成されている。その中の中性子二個が斥力を持っていたとしても、他の四個の中性子と、六個の陽子の持つ引力の方が大きいのでその炭素原子は月面に留まれるわけだ。
こうして見付かった斥力重核子を抽出する研究が始まり、現在のようにエキゾチック物質が利用されるようになった。
なお月のエキゾチック物質は現在ではほぼ枯渇している。太陽系内で今もエキゾチック物質が産出するのは火星と小惑星帯。
どちらも、産出量は僅かだ。
現在の主要産出地はワームホールの先にある銀河間空間の惑星だが、そのほとんどは米系企業に押さえられている。
「まあ、プローブを遊ばせておくのももったいないし、内惑星と外惑星に一機ずつ送りましょう」
「頼む」
あたしは二機のプローブにデータを入力して外へ送り出した。二機のプローブはそれぞれ反対方向へと進んでいく。
内惑星と外惑星に。
「しかし、これだけのエキゾチック物質を含んでいて、よく惑星がバラバラにならんものじゃ」
教授が首を捻る。
「いや、バラバラになりかけているのかもしれんな。実際はかなりのエキゾチック物質が惑星から飛び出していて、あの浮島は辛うじて惑星に留まったものかもしれん」
そうしている間にプローブの見つけた浮島は三十八個になった。
こんなにたくさんあったのに、どうして前回の調査であたし達は見つけられなかったんだろう?
いや、前の調査は粗末なシャトル一機だけ。
今回とは装備が違いすぎる。
「凄いわ!! この惑星は宝の山……いや、宝の星よ」
気のせいかサーシャの瞳に$のマークが浮かんだように見えた。すっかり欲望に目が眩んでいるようだ。
「浮島を一つ持ち帰っただけで、一生遊んで暮らせるわ」
「サーシャさん。忘れてないかな? この惑星には知的生命体がいる事を」
慧の声には思いっきり皮肉が篭っていた。
この二人、もう少し仲良くしてくれないかな。
「忘れてなんかいないわよ。でも、どこにいるの? 地表をいくら探したっていないじゃないの」
「見つけたよ」
「え? どこに?」
慧は画像の一つを拡大する。
海の映像だ。
いったい慧は何を見つけたんだ?
まさか海底人?
いや、違った。
海面から何かが突き出している。
自然の岩なんかじゃない、明らかに人造物だ。高層建築物の先端が海から顔を出しているようだ。
「都市?」
あたしは思わずつぶやいた。
「急激な海面上昇があったんだね。それで一度文明が滅びたんだ」
「なあんだ。文明は滅びてたのね。これなら直ぐに採掘できるわね」
異星人とは言え一つ文明が滅びたというのに、そういう嬉しそうな顔するなよ!
「一度滅びたけど、もう文明の再建が始まっているみたいだよ」
浮かれているサーシャに慧は冷静に指摘してきた。
「え?」
慧は浮島の一つを映していた映像を拡大する。そこに農園らしきものが映っていた。
農園の中で農作業をしている二足歩行の生物がいる。
少し離れたところに貯水池と村があった。
なるほど。海面上昇が起きる前に、なんらかの飛行手段であそこに移り住んだのね。
「ち!」
サーシャの舌打ちが狭い操縦室に響き渡った。
「ねえ、佐竹船長様。ものは相談なんだけど」
「なあにサーシャ? まさかと思うけど、今からあの村をグレーザー砲で焼き払って、何もいなかった事にしようとか言い出すんじゃないでしょうね?」
「ま……まさか。そんな恐ろしい事考えるわけないじゃないの。いやあねえ」
そう言ってるサーシャのこめかみにツーと汗が流れた。
考えてやがったな。この女。
「そんな事より、早いところあの島に下りてさっさと契約しちゃいましょうよ」
「言葉が通じないのに、どうやって契約するというのよ? まずはコンタクトを取るのが先でしょ」
「言葉が通じなくても、心が通じれば大丈夫よ。こうやって契約書を用意して」
いつの間に書いたのかサーシャの手に『この惑星のエキゾチック物質はすべてサーシャ・アンドレーヴィッチ・イヴァノフに差し上げます』とロシア語で書かれた書類があった。
「手振り身振りで、これにサインさせて」
悪徳商人か! おまえは!
「見てよ。この生物」
慧が浮島の生物を拡大する。
これは……
「可愛い」
思わずあたしの口から感嘆の声が漏れる。
そこに映っていたのは二足歩行の猫型異星人だった。
「まあ! なんて可愛いの」
サーシャも猫派だったようだ。映像に見とれている。
「ああ、なんて事。一瞬でもこんな可愛いネコちゃん達を、焼き払おうなんて考えたなんて」
やっぱり考えていたのか!!
「ねえ、早く島に下りましょうよ」
サーシャがせかす気持ちも分からないではない。あたしも、早いとこあの可愛い生物に会ってみたいが、向こうからしたら迷惑な話だろう。
この映像で見たところ、猫達の身長は五十センチほど。いくらあたしの身長が低いといってもその三倍はある。
これが逆の立場ならどうか。
いきなり東京に宇宙船が下りてきて、身長五メートルの生物が降りてきたら街はパニックになるだろう。
それこそ、あの猫達からみればあたし達は怪獣に等しい。
船内に警報が鳴ったのはその時だった。
七つのワームホール圧壊以来、新しいワームホールを開く事もできず、かといってシスター工業製の時空管を架け替えようにも新しい時空管が届かないので、ずっと使われてなかったわけだ。
もっとも、今回は《リゲタネル》の補助で使うだけだが。
《リゲタネル》の時空穿孔機は一回使うと次のビームを撃つのに十時間かかるが、日本基地の時空穿孔機は《楼蘭》の天然縮退炉からエネルギーを得ているので三十分に一回は発射できる。
だから今回は《リゲタネル》の時空穿孔機は使わないで、日本基地の時空穿孔機でワームホールを開き《リゲタネル》はその中に飛び込んでいく事にしたのだ。
それならば、ワームホールの向こう側がCFCに占領されていても、直ぐに逃げて帰ってくることができるからだ。
それはいいのだが……
「サーシャ!」
あたしはディスプレイの一点を指差す。
ロシアの宇宙フリゲート艦がそこに映っていた。その真下にはCFCの居住区画がある。
「ロシア基地に連絡して、直ぐにあれをやめさせて」
サーシャは馬鹿にするような目をあたしに向ける。
「何を怒ってるのよ。フリゲート艦は補給を待つ間ただあそこに停泊しているだけよ」
「たまたまその下にCFCの居住区があるというわけ?」
「そうよ」
「で、CFCがあたし達の妨害をしてきたら、あそこにレーザーでも撃ち込む気?」
「それもいいかもしれないわね」
「ふざけないで。《楼蘭》は中立地帯よ。こんな無法は許さないわ」
「イヤだと言ったらどうするの?」
「あなたにはこの船を下りてもらうわ」
「あなたにその権限があるの?」
「あるわよ。ロシアとの契約書にも調査員は国際法を遵守する事と明記されているわ」
「やれやれ」
サーシャは通信機を手にとって連絡をとった。程なくしてフリゲート艦は離れていく。
「本当に日本人は甘いわね。これで私達は保険をなくしたのよ」
「かまわないわ。民間人を盾に取るなんて非道な事、あたしにはできない」
「そんな甘い事言ってると、私達生きて帰れないかもしれないわよ」
「甘いのはサーシャさんの方じゃないの」
黙々とコンソールに向かって作業をしていた慧は振り向きもしないで皮肉っぽく言う。
「私のどこが甘いっていうの? 坊や」
「CFCが本気で僕らの邪魔をしてくるなら」
慧はCFC居住区を指差す。
「あそこの人達ぐらい平気で切り捨てるよ」
「そんな事ないわよ。あそこにはCFC社員の家族がいるのよ」
「甘いね。CFCのトップにとって社員なんて所詮捨て駒だよ。むしろロシアの軍艦が民間人を危険に晒したってプロパカンダに喜んで利用するだろうね」
「な……」
「はい、そこまで。もう出発の時間よ」
地表では時空穿孔機が鎌首を持ち上げ、空中の一点に照準を合わせている。時空穿孔機の先にはマーカーの刺さったワームホールがあった。
それは三年前にあたしが通り抜けたワームホールだ。
《リゲタネル》は時空穿孔機のビーム軸線に合わせた形で待機している。
ビームが発射された。
マーカー付近が閃光を放ちワームホールが開く。
開いたワームホール目掛けて《リゲタネル》は発進した。
光に包まれた後、あたし達は別の空間に出ていた。
一万キロ先には青い地球型惑星が見える。大陸の形からして間違えない。
惑星二一〇三デルタだ。
「慧、直ぐに索敵をやって」
「了解。今のところ周囲に敵影はないよ」
あたしはサーシャの方を振り向く。
「サーシャ。ロシア側のワームホールは?」
サーシャはコンソールを操作している。
「今、探しているわ」
程なくしてサーシャはそれを見つけて映像を拡大する。
ロシア側のワームホールは地表から六万キロ離れた位置にあった。
「ワームホールは開いてないわ。マーカーが刺さったままよ。CFCはまだここへきていないわ」
どうやら、物騒なものは使わなくて済みそうね。
念のため、マーカー付近に向かって二機の索敵プローブを向かわせた。もし、ワームホールが開いたら、すぐに知らせが来るはずだ。
「慧。惑星上空千キロまで近づけて」
「了解」
《リゲタネル》は五時間後、惑星上空千キロにまで到達した。その途中、探査プローブを六機射出。衛星軌道に乗ったプローブから次々と情報が集まってくる。
海陸比二十対一と圧倒的に海が多い。
そのぐらいは前回の調査でも分かっていた。
ただ、これだけ陸地が狭いのに文明の兆候がさっぱり見付からない。
浮島が見付かったのは調査開始から三十分後。プローブのレーダーが見つけた。だが、浮島は一つではなかった。
三時間の観測で、浮島は三十個見付かった。
「船長、プローブはまだ残っているかい?」
教授の声はどっか興奮気味だ。
「五機ありますが」
「この恒星系には他に六つ惑星がある。そっちの方にもプローブを送ってもらえんか」
「いいですけど、プローブの速度じゃ一番近い惑星まで一週間はかかりますよ」
「わかっている」
「何か気になることでも?」
「うむ。この惑星、見かけの質量と実際の質量が大きく食い違っている」
見かけの質量とは、光学観測やレーダー観測あるいは地震観測などで得られた惑星の体積や構成物質から予想された理論上の質量だ。
それに対して実際の質量は公転周期を元に算出したもの。
もちろん、惑星内部の構成物質まではなかなか分からないので見掛けの質量は誤差がある。その誤差を考えても実際の質量と大きく食い違うという事は。
「どうやらこの惑星、かなりのエキゾチック物質を含んでいるぞ。おそらく、この惑星だけではないだろう。恒星系全体がかなりのエキゾチック物質を含んでいると考えられる。是非とも他の惑星の調べてみたいんだがな」
ちなみに地球の理論質量と実際の質量はあまり食い違ってない。地球にはほとんどエキゾチック物質が含まれていないからだ。
それに対して、月は内部空洞説が出るほど食い違っていた。
その原因がエキゾチック物質であることが分かったのは前世紀の半ば頃のこと。
月で見つかったエキゾチック物質は、原子核内の重核子の一部だけが斥力を持つ物質だったのだ。
例えば炭素原子なら原子核は陽子六個と中性子六個で構成されている。その中の中性子二個が斥力を持っていたとしても、他の四個の中性子と、六個の陽子の持つ引力の方が大きいのでその炭素原子は月面に留まれるわけだ。
こうして見付かった斥力重核子を抽出する研究が始まり、現在のようにエキゾチック物質が利用されるようになった。
なお月のエキゾチック物質は現在ではほぼ枯渇している。太陽系内で今もエキゾチック物質が産出するのは火星と小惑星帯。
どちらも、産出量は僅かだ。
現在の主要産出地はワームホールの先にある銀河間空間の惑星だが、そのほとんどは米系企業に押さえられている。
「まあ、プローブを遊ばせておくのももったいないし、内惑星と外惑星に一機ずつ送りましょう」
「頼む」
あたしは二機のプローブにデータを入力して外へ送り出した。二機のプローブはそれぞれ反対方向へと進んでいく。
内惑星と外惑星に。
「しかし、これだけのエキゾチック物質を含んでいて、よく惑星がバラバラにならんものじゃ」
教授が首を捻る。
「いや、バラバラになりかけているのかもしれんな。実際はかなりのエキゾチック物質が惑星から飛び出していて、あの浮島は辛うじて惑星に留まったものかもしれん」
そうしている間にプローブの見つけた浮島は三十八個になった。
こんなにたくさんあったのに、どうして前回の調査であたし達は見つけられなかったんだろう?
いや、前の調査は粗末なシャトル一機だけ。
今回とは装備が違いすぎる。
「凄いわ!! この惑星は宝の山……いや、宝の星よ」
気のせいかサーシャの瞳に$のマークが浮かんだように見えた。すっかり欲望に目が眩んでいるようだ。
「浮島を一つ持ち帰っただけで、一生遊んで暮らせるわ」
「サーシャさん。忘れてないかな? この惑星には知的生命体がいる事を」
慧の声には思いっきり皮肉が篭っていた。
この二人、もう少し仲良くしてくれないかな。
「忘れてなんかいないわよ。でも、どこにいるの? 地表をいくら探したっていないじゃないの」
「見つけたよ」
「え? どこに?」
慧は画像の一つを拡大する。
海の映像だ。
いったい慧は何を見つけたんだ?
まさか海底人?
いや、違った。
海面から何かが突き出している。
自然の岩なんかじゃない、明らかに人造物だ。高層建築物の先端が海から顔を出しているようだ。
「都市?」
あたしは思わずつぶやいた。
「急激な海面上昇があったんだね。それで一度文明が滅びたんだ」
「なあんだ。文明は滅びてたのね。これなら直ぐに採掘できるわね」
異星人とは言え一つ文明が滅びたというのに、そういう嬉しそうな顔するなよ!
「一度滅びたけど、もう文明の再建が始まっているみたいだよ」
浮かれているサーシャに慧は冷静に指摘してきた。
「え?」
慧は浮島の一つを映していた映像を拡大する。そこに農園らしきものが映っていた。
農園の中で農作業をしている二足歩行の生物がいる。
少し離れたところに貯水池と村があった。
なるほど。海面上昇が起きる前に、なんらかの飛行手段であそこに移り住んだのね。
「ち!」
サーシャの舌打ちが狭い操縦室に響き渡った。
「ねえ、佐竹船長様。ものは相談なんだけど」
「なあにサーシャ? まさかと思うけど、今からあの村をグレーザー砲で焼き払って、何もいなかった事にしようとか言い出すんじゃないでしょうね?」
「ま……まさか。そんな恐ろしい事考えるわけないじゃないの。いやあねえ」
そう言ってるサーシャのこめかみにツーと汗が流れた。
考えてやがったな。この女。
「そんな事より、早いところあの島に下りてさっさと契約しちゃいましょうよ」
「言葉が通じないのに、どうやって契約するというのよ? まずはコンタクトを取るのが先でしょ」
「言葉が通じなくても、心が通じれば大丈夫よ。こうやって契約書を用意して」
いつの間に書いたのかサーシャの手に『この惑星のエキゾチック物質はすべてサーシャ・アンドレーヴィッチ・イヴァノフに差し上げます』とロシア語で書かれた書類があった。
「手振り身振りで、これにサインさせて」
悪徳商人か! おまえは!
「見てよ。この生物」
慧が浮島の生物を拡大する。
これは……
「可愛い」
思わずあたしの口から感嘆の声が漏れる。
そこに映っていたのは二足歩行の猫型異星人だった。
「まあ! なんて可愛いの」
サーシャも猫派だったようだ。映像に見とれている。
「ああ、なんて事。一瞬でもこんな可愛いネコちゃん達を、焼き払おうなんて考えたなんて」
やっぱり考えていたのか!!
「ねえ、早く島に下りましょうよ」
サーシャがせかす気持ちも分からないではない。あたしも、早いとこあの可愛い生物に会ってみたいが、向こうからしたら迷惑な話だろう。
この映像で見たところ、猫達の身長は五十センチほど。いくらあたしの身長が低いといってもその三倍はある。
これが逆の立場ならどうか。
いきなり東京に宇宙船が下りてきて、身長五メートルの生物が降りてきたら街はパニックになるだろう。
それこそ、あの猫達からみればあたし達は怪獣に等しい。
船内に警報が鳴ったのはその時だった。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説

静寂の星
naomikoryo
SF
【★★★全7話+エピローグですので軽くお読みいただけます(^^)★★★】
深宇宙探査船《プロメテウス》は、未知の惑星へと不時着した。
そこは、異常なほど静寂に包まれた世界── 風もなく、虫の羽音すら聞こえない、完璧な沈黙の星 だった。
漂流した5人の宇宙飛行士たちは、救助を待ちながら惑星を探索する。
だが、次第に彼らは 「見えない何か」に監視されている という不気味な感覚に襲われる。
そしてある日、クルーのひとりが 跡形もなく消えた。
足跡も争った形跡もない。
ただ静かに、まるで 存在そのものが消されたかのように──。
「この星は“沈黙を守る”ために、我々を排除しているのか?」
音を発する者が次々と消えていく中、残されたクルーたちは 沈黙の星の正体 に迫る。
この惑星の静寂は、ただの自然現象ではなかった。
それは、惑星そのものの意志 だったのだ。
音を立てれば、存在を奪われる。
完全な沈黙の中で、彼らは生き延びることができるのか?
そして、最後に待ち受けるのは── 沈黙を破るか、沈黙に飲まれるかの選択 だった。
極限の静寂と恐怖が支配するSFサスペンス、開幕。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
国を、民を守るために、武田信玄は独裁者を目指す。
独裁国家が民主国家を数で上回っている現代だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 純粋に国を、民を憂う思いが、粛清の嵐を巻き起こす
【第弐章 川中島合戦】 甲斐の虎と越後の龍、激突す
【第参章 戦争の黒幕】 京の都が、二人の英雄を不倶戴天の敵と成す
【第四章 織田信長の愛娘】 清廉潔白な人々が、武器商人への憎悪を燃やす
【最終章 西上作戦】 武田家を滅ぼす策略に抗うべく、信長と家康打倒を決断す
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です))
月噴水(ムーン・ファンテン)
津嶋朋靖(つしまともやす)
SF
二十一世紀半ば頃。月には、天然の溶岩洞窟を利用した国際基地が建設されていた。ある日、月基地に使っていた洞窟の壁の一部が崩れ、新しい洞窟が見つかる。さっそく、新洞窟に探査ロボットが送り込まれた。洞窟内部の様子は取り立てて変わった事はなかった。ただ、ほんの一瞬だけロボットのカメラは、何か動く物体をとらえる。新洞窟の中に何かがいる。そんな噂が基地中に蔓延した。
(この物語は『時空穿孔船《リゲタネル》』の半世紀前を舞台にしてします)

名前を棄てた賞金首
天樹 一翔
SF
鋼鉄でできた生物が現れ始め、改良された武器で戦うのが当たり前となった世の中。
しかし、パーカッション式シングルアクションのコルトのみで戦う、変わった旅人ウォーカー。
鋼鉄生物との戦闘中、政府公認の賞金稼ぎ、セシリアが出会う。
二人は理由が違えど目的地は同じミネラルだった。
そこで二人を待っていた事件とは――?
カクヨムにて公開中の作品となります。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
天使
平 一
SF
〝可愛い天使は異星人(エイリアン)!?〟
異星人との接触を描く『降りてきた天使』を、再び改稿・改題しました。
次の作品に感動し、書きました。
イラスト:
『図書館』 https://www.pixiv.net/artworks/84497898
『天使』 https://www.pixiv.net/artworks/76633286
『レミリアお嬢様のお散歩』 https://www.pixiv.net/artworks/84842772
『香霖堂』 https://www.pixiv.net/artworks/86091307
動画:
『Agape』 https://www.youtube.com/watch?v=A5K3wo5aYPc&list=RDA5K3wo5aYPc&start_radio=1
奇想譚から文明論まで湧き出すような、
素敵な刺激を与えてくれる文化的作品に感謝します。
神や悪魔は人間自身の理想像や拡大像といえましょう。
特に悪魔は災害や疫病、戦争などの象徴でもありました。
しかし今、私達は神魔の如き技術の力を持ち、
様々な厄災も自己責任となりつつあります。
どうせなるなら人間は〝責任ある神々〟となって、
自らを救うべし(Y.N.ハラリ)とも言われます。
不安定な農耕社会の物語は、混沌(カオス)の要素を含みました。
豊かだが画一的な工業社会では、明快な勧善懲悪が好まれました。
情報に富んだ情報社会では、是々非々の評価が可能になりました。
人智を越えた最適化も可能になるAI時代の神話は、
人の心の内なる天使の独善を戒め、悪魔をも改心させ、
全てを活かして生き抜く物語なのかもしれません。
日本には、『泣いた赤鬼』という物語もあります。
その絵本を読んで、鬼さん達にも笑って欲しいと思いました。
後には漫画『デビルマン』やSF『幼年期の終わり』を読んで、
人類文明の未来についても考えるようにもなりました。
そこで得た発想が、この作品につながっていると思います。
ご興味がおありの方は『Lucifer』シリーズ他作品や、
エッセイ『文明の星』シリーズもご覧いただけましたら幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる