時空穿孔船《リゲタネル》

津嶋朋靖(つしまともやす)

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第二章  時空穿孔船

日本基地

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 《楼蘭》の日本基地に《リゲタネル》が入港したのは、それから三時間後の事だった。
 《リゲタネル》の性能は秘匿しておきたかったのでこっそりと入港したが、それでもかなりの人が気付いただろう。 
 圧壊したはずのワームホールの方向から船が来た事に……
 だから、港に野次馬が集まってくるのでは心配したが、どうやらそれはなかったようだ。
 港であたし達を待っていたのはたった二人。
 その一人は……
「栗原さん」
 あたしは船から降りるなり栗原さんに傍に駆け寄った。
「退院できたんですね。おめでとうございます」
「ああ。君のおかげだよ。君がいなかったらメタンの川で氷付けさ」
「とんでもない。あたしも栗原さんのアドバイスがなければ、とても切り抜けられませんでした」
 あたしは栗原さんの手を握った。 
 一見すると生身の手に見えるが、触ってみると……
「義手なんですね」
「おい! 頼むからすまなそうな目で見るのはやめてくれよ」
「すみません」
「それより紹介しよう」 
 栗原さんは振り返って、背後の人物を指し示す。
「彼女がロシアの調査官で……」
「栗原さん。存じてます。先日お会いしました」
「そうだったのか?」
 栗原さんの背後で不敵な笑みを浮かべているのは、この前フォーの屋台で会った女だった。
「また会ったわね。サーシャ・アントラバッチ・ロワノフさん」
 あれ? 彼女の笑みが凍りついたけど、間違えたかな?
「サーシャ・アンドレーヴィッチ・イヴァノフよ」
 彼女はイラただしげに訂正を入れる。
「あら。ちょっと違ったわね」
「サーシャでいいわ。どうせ覚えられないでしょ。佐竹美陽みようさん」
美陽みはるです」
 この女、わざと間違えたな!
「あら、ごめんなさい。私ロシア人だから漢字は苦手なの」
 嘘付け! 
 この前はちゃんと間違えなかったろ。
 それに、今あたしが胸に着けているネームプレートには、ローマ字でデカデカと「MIHARU」と書いてあるだろ。
 ちなみにあたしの美陽みはるという文字は日本人でも時々「みよう」と間違える。
 「みよう」ならまだいいけど小学生の頃はよく「みょうちゃん」とか「みょうなやつ」とかからかわれたりした。
 慧には絶対言わせなかったが。
「今後あたしの事は美陽みはると呼んでちょうだい。で、今回の共同調査に参加するのはあなたなの? サーシャ」
「だから、ここにいるのよ。前回の調査に参加していて尚且つ日本語に堪能ということで選ばれたわ。それとも私じゃ不満かしら?」
「いいえ。そんな事はないわ」
 とは言え、マーフィさんの話ではこの女は産業スパイの疑いがある。
 用心はしておかないと。
「あなた以外には?」
「今回は私一人よ」
 サーシャは《リゲタネル》を興味深げに眺める。
「この船に時空管を積んできたの?」
「いいえ」
「時空管がない? じゃあどうやって向こうに行くの?」
 しょうがない。どのみちこいつは《リゲタネル》に乗せることになるんだし……
「この船自体が時空管よ」
「なんですって?」
「《リゲタネル》は船殻にエキゾチック物質を使っているのよ。時空管はいらないわ。この船単独でワームホールを越えられるのよ」
「からかってるの?」
「いいえ。そうでなかったらどうやってあたしがここへ戻ってきたと思う? 地球とのワームホールはまだ復旧していないのよ」
「まったく、日本人はとんでもない事を考えるわね」
「考えたのはドイツ人よ」
「ドイツ人?」
「ハンス・ラインヘルガー教授」
「なんですって!? ラインヘルガー教授」
 う! ひょっとして教授ってかなり有名な人だったのか? 
 単にあたしが知らなかっただけで。
「もうすぐ降りてくるわ」
 ちょうどその時、船から慧と教授が降りてきた。二人とも相変わらず白衣姿だ。
 あたしはサーシャに慧と教授を紹介した。
 唐突にサーシャが教授の傍に近寄る。
「ラインヘルガー教授ですね。お目にかかれて光栄ですわ」
 サーシャは両手で包み込むように教授の右手を握った。
 さっきその手でフケ頭を掻いていた事は黙っていた方がいいわね。
「いやあ、ワシこそ、こんな美人と知り合えて光栄じゃよ」
 と言いつつ、教授の空いてる左手がサーシャのお尻に伸びるが、サーシャは素早くかわしてその手も握り締める。
 顔は相変わらずにこやかにしている。
 なんかコワい光景だな。
 そうしている間に栗原さんは病院の診察があると言って帰っていった。
 ひょっとして無理して出てきてくれたのかな?
「美陽。なぜロシア人を船に乗せるの?」
 慧が怪訝な顔で尋ねる。
 は!
 すっかり忘れてたけど、慧の親父さんは大のロシア人嫌い。
 慧もその影響を受けてかなり嫌露感情が高い。
 サーシャが乗ってくることは先に話しておくべきだったか。
「今まで黙っていたけどさ、今回のミッションはロシアとの共同調査なのよ」
 あたしは今までの経緯を話した。
「つまり、ロシア側のワームホールからも行けるんだよね。なんでこの船に同行するの?」
 はっきりとは言ってないが、慧の目は如実に『ロスケなんか乗せたくねえよ』と物語っている。
 二十二世紀に入っても国家間、民族間の諍いはなくなることはない。むしろ広い宇宙へ出てきてしまったために、今まで地球で無理やり押さえつけられていた民族問題が返って噴出してしまったようだ。
 《楼蘭》のように国連が統治しているところは平和だが、ワームホールをいくつも越えた先の殖民惑星ではキリスト教徒とイスラム教徒の争い。あるいは黒人と白人の争いが起きたりしている。
 でも、あたしはそういう事はどっか他人事のような気がしていた。日本には関係のない話のような気がしていた。
 しかし、それは間違い。日本も例外ではない。ロシアとの間には百六十年も前から領土問題が続いている。
 慧のお父さんのように、酒を飲んではロシアの悪口を言う人は決して少なくない。
「ロシア人は向こうのワームホールから勝手に入ってくればいいのに。共同調査なら惑星上で挨拶すればいいだけだと思うけど」
「まあ、あたしも変だなと思うけどね。向こうがどうしても日本側の入口から入りたいと言うのよ」
「ふうん」
 慧は教授と話しているサーシャの傍に歩み寄る。何をする気だ?
「サーシャさん」
「なあに? 坊や」
 あ! ヤバイ。『坊や』と言われて慧の顔が一瞬引きつった。
 慧は自分の童顔にコンプレックスを持っている。
 なので女から『坊や』とか『かわいい』とか言われるのを凄く嫌がるのだ。ブサメンからすれば贅沢な悩みだが……
 ただでさえ嫌露感情持っているところへ、これで余計にサーシャへの印象は悪化した。
 女に暴力をふるうようなことはしないが、こいつは決して人畜無害というわけではない。
「ちょっと聞きたいことがあるんですよ。お・ば・さ・ん」
 おいおいおい……こいつ完全に喧嘩売ってる。
「ん? 何を聞きたいの?」
 あれ? サーシャは特に怒ってる様子がない。日本語の『おばさん』の意味がよく分かってないのかな?
 慧は質問を続けた。
「なぜロシア側のワームホールを使わないんですか?」
「なんでって、共同調査だからよ」
「共同調査はわかるけど、それならお互いのワームホールから探検隊を送り込んで現地で集合すればいいじゃないですか?」
「いいじゃない一緒に行ったって。君もこんな美女と一緒の船に乗れてラッキーと思ってるでしょ」
「はあ? 美女?」
 サーシャも今度は顔をしかめた。
「あなたを乗せるのは命令だから仕方なくだよ。そもそも、ロシア側のワームホールはどこにあるんですか?」
「国家機密に属することなので教えられないわね」
 サーシャもようやく喧嘩を売られている事に気が付いたよう。声が険しくなった。
「国家機密?」
 慧はあたしの方を振り向く。
「美陽。日本側のワームホールの位置は国家機密にならないの?」
「一応国家機密だけど……」
「サーシャさん連れてたっら国家機密がばれるけどいいのかい?」
「上の許可はとってあるわ」
「だけど、こっちの国家機密だけ教えて、ロシアの国家機密は教えないというのは」
 確かにフェアではないが…… 
「サーシャを乗せる事は国の命令よ、国が良いといってるんだから、あたし達がどうこう言うことじゃないわ」
「国の命令か。まったく甘いね。そんなんだから……」
「船長はあたしよ。あたしが乗せるという以上サーシャは船に乗せるわ」
「……わかった」
 慧は渋々同意した。
 あたしはサーシャに向き直る。
「話は付いたわ」
「そう。ところで、この船には武器は付いてるの?」
「武器? そんなもの付けてどうするの?」
 慧は不思議そうに言う。
「馬鹿じゃないの! 戦うためよ」
「何を相手に戦うの? 日本とロシアが共同調査するなら、惑星にはもう戦う相手はいないでしょ」
「う……それは」
 この女、まだ何か隠しているな。
「サーシャさん。一応、危険生物を相手にするために小型のレーザーや猟銃ぐらいなら持っていくけど、それじゃ足りないの?」
「足りないわ」
「なぜ?」
「それは……」 
 サーシャは口ごもった。
「ええっと……凶悪な異星人と遭遇するかも知れないし……」
 そりゃあまあ、その可能性は皆無とは言わんが……
「マニュアルではそういう場合、戦わないで極力逃げるという事になってるけど」
 サーシャが返答に詰まっているところへ教授が割り込んでくる。
「まあ、いいじゃないか武器ぐらい。サーシャさん。《リゲタネル》は元々民間船だから武装はしてないが、武器を取り付けることはできるぞ。ただし、五日かかるがどうじゃ?」
「それでいいわ。でも、できれば百メガワット以上のレーザーか対艦ミサイルが欲しいわね」
 艦隊戦でもする気か? 
「まあ、努力はしてみる。ただし《楼蘭》で調達できればな」
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