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国内騒動編
閑話 ドラゴンズの一日
しおりを挟む我らドラゴンの朝は人間に比べてかなり早い。
人は夜の闇では何も見えないというが、我らドラゴンは明るさに関わらず全てを見渡すことができる。
これもレード山林地帯で生き残るため、自らを研磨して得た力だ。
特に長である我――ドラゴニウムは最も研磨されている自信がある。
まだ人間が寝静まった頃、我らは小屋でいつものように朝会を開催する。
我らが各自地面に座りながら円陣を組み、議論の準備が完了した。
『本日の最初の議題は、フォルン領の将来性についてだ』
持ち回りの議長ドラゴンが事前に用意していた紙を手に取って、ドラゴンの言葉で読み始めた。
この議題は週に一度以上必ず上がる。
このフォルン領が発展しなければ、契約を結んでいる我々も損益を被ることになる。
自らの生命線に関わる話である以上、積極的に話していくことは当然だ。
『フォルン領は先月に比べて貿易黒字が一割増加している。これは好景気と呼べる』
『先月も増加していたことを考えればしばらくは安泰か』
『だがあまりに貿易で黒字が続くと、諸外国との摩擦が……』
色々と議論をしながら今後のフォルン領の未来を予測する。
国や領地の将来性とは刻一刻として変わっていくものだ。
それこそ前日までは安泰だったのに、翌日には国家存亡の危機なんて可能性もある。
頻繁に話題をもうける必要があり、話し過ぎるということはない。
『では今月のフォルン領は安泰ということで』
『『『意義なし』』』
『では次の議題にうつる』
議長のドラゴンが紙に目を通して、次の議題を確認した。
『次は我らの翻訳係が一向に交尾をせず、子孫を残さない件についてだ』
この議題もかなり重要である。基本的にドラゴンは人の言葉を話すのは苦手だ。
私は必死に話すのを練習してある程度は人語を話せるが、そもそもドラゴンの口では発音が極めて難しい単語が多い。
そのため巻き舌など必死に練習したり、話せるようになるまで凄まじい苦労をした。
つまりドラゴンにとって人の言葉を話すのは特殊技能であり、全ての者が行うのは難しい。
更に言うならそれでも完璧に人語を話すのは難しい。特に細かなニュアンスがずれてしまう。
やはり翻訳係として我らの心を読める者が必須なのだ。なのでかなり重要であるのだが……。
『それについては、しばらくはイレイザー関係で棚上げにせざるを得ない。そう結論をつけたはずだが?』
議長に対して他のドラゴンが反論する。
そのドラゴンが言う通り、今のフォルン領はイレイザーという存在の対策に手いっぱいだ。
イレイザーを放置していて世界が滅んでは子孫を残すも元も子もなく、その対策に必要らしい翻訳係が孕んで動けなくなっては困る。
そのためにしばらくこの議題は放置しておく。そう決まったはず。
『その通りだ。だがその件で情報が進展した。翻訳係と領主に肉体的接触があったらしい』
『情報源は?』
『メルだ。賄賂としてケーキも渡している故、情報に間違いはない』
『『『おおっ!』』』
メルの言葉ならば嘘はないだろう。というよりもあ奴が嘘をついても即分かる。
つまりこのことは本当であり、確かに進展があったと言える。
そもそも翻訳係の件を差し置いても、領主兼次期国王の子孫に関する情報だ。
間違いなくこの国を左右する内容であり、極めて重要な議題ではあるのだが。
『それで子供は?』
『残念ながらそこまではいかなかったらしい。相変わらず人は理性などのムダな壁が多い……』
『我らのように卵生になればよいのだ。そうすれば妊娠で動きが阻害されることもない』
『そもそも我らが卵生になった理由は何だったか』
『レード山林地帯でゆっくり腹を膨らませる余裕がなかったからだ』
『何も産まないのでこの議題は終わりでよかろう。結局生産性がない』
話が妙な方向に流れ始めたので、我が議題を終了させる流れを取る。
結局あのへたれ共がヤラねば何も産まれないのだから、多少は進展があったと記憶してればよい。
『では本日の議題は終了だ。体調の悪い者はいないな? では最後にかけ吠えを。ではせーの』
『『『『今日も一日よろしく頑張りましょう!』』』』
一斉に吠えた後、各自が仕事の用意を始める。
我らの仕事は基本的にドラゴン便の運送係だ。ソリを引いて空を飛び、遠くに物資や人を運ぶ。
余裕を持ったスケジューリングでの運送のため、別にきつい仕事ではない。
ドラゴン便は各駅とフォルン領を結んでいて、我らは担当を決めてその航路を往復している。
ここで重要なのは、出発地と目的地のどちらかに必ずフォルン領が入る。
フォルン領→王都、ベフォメット→フォルン領などはあっても、王都→ベフォメットなどのフォルン領を介さない直通便はない。
これはフォルン領に集権するための仕組みだ。我らの運ぶ品は必ずフォルン領を通ることにより、この領地の重要度を上げる。
この中央集権制をフォルン領主に提案したら、「目から鱗なんだけど」などと言ってきよった。
人間に鱗はないだろうが。そもそも領主が考えておけという話なのだが。
そしてドラゴン便の仕事を終えた後、我らはフォルン領か各駅に設置された小屋にて夜を過ごす。
この時にフォルン領で過ごすか、他場所各駅の小屋で過ごすかは各ドラゴンの自由意志に基づく。
なのでドラゴン便の運航予定は当日の朝までわからない。ドラゴン全員がフォルン領に帰っていた場合、王都などの駅の始発は当然遅れる。
客からすれば不満かもしれないがそんなことは知らぬ。嫌ならドラゴン便に乗らなければよいだけだ。
『お疲れー。じゃあ帰るか』
『ああ』
我らはドラゴン便の勤務終了後、王都からフォルン領へと帰っていく。
今日はフォルン領で不定期秘密開催の酒飲み放題会がある。
この会は我らを労わせるために無理やり月一でフォルン領に主催させている会だが、いつ行われるかが当日の晩まで秘密にされている。
理由は少しでも我らの参加頭数を減らして、酒の消費量を減らすためだろう。
なんというセコイ考えだ。
だがそんなくだらない策など我らドラゴンには無意味だ。
我らはすでにフォルン領の中枢人物を買収しているので、酒飲み放題会の開催日の前日には開催を把握している。
そうしてフォルン領のドラゴン小屋に戻り、全ドラゴンが勢ぞろいしている中。
我は樽を手に取って上に掲げた。
『今月もお疲れ様だっ! 今宵はおごりゆえ好き放題飲め!』
『『『おおっ!』』』
そんなわけで全員が手に持った酒樽を空にした後、牛の丸焼きなどを平らげていく。
やはり肉は美味い。フォルン領主は我らに極力葉っぱを食べさせたいようだが、我らは肉も好きなのだから。
そうして飲めや歌えやのドンチャン騒ぎが終わり、翌日にフォルン領主に酒会の経費を求めたところ。
奴は青ざめた顔で引きつった笑みを浮かべて。
「……自重って言葉を知らないか?」
『愚か者。無料で食えるなら遠慮などするわけなかろう! それと今度は他の酒も欲しい。二百樽ほどでよい』
「ほどでよいって量じゃないんだよ! 舐めてんのかお前!」
やれやれ。人間単位で考えられては困る。
我らにとって一樽など一口で飲み干せてしまうのだから。
「……ところで酒会の出席率よすぎないか? 何でいつも出席率百パーセント……」
『我らの独自の情報網を舐めるでない』
「なんでドラゴンが独自の情報網持ってるんだ……」
さて今回も開催日を教えてもらった報酬として、メルに昨日の酒会で余った酒を渡してやらねば。
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