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国内騒動編

第184話 金撒き祭り

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「アトラス様。レザイ領民がかなり不満を持っております」

 東レード山林地帯の魔物討伐後、執務室で今後のことを考えるフリをしていた。

 するとセバスチャンがいつものように飛び込んできたのだ。

 毎日同じように着地時に床を足で擦ってるので、摩擦で絨毯が剥げてきている……。

 そろそろ絨毯も買い替える必要があるな……応接間じゃないから、多少見た目が悪くても許されるのではあるが。

「ああうん。クズ撒き餌作戦に不満を持ったんだろ? それは考慮して……」

 あの作戦はかなり酷かったからな。

 レザイ領民を文字通り撒き餌にしたのだから、不満を持たれても仕方ない。

 流石に罪悪感もあったのでかなり高い報酬を支払ったし、あの作戦で死人は誰も出なかった。

 それどころか大怪我した者もいなかったのだから、レザイ領民の生命力の高さはかなり高い。

「違いますぞ。その作戦後に恩赦をもらった兵士たちを見て、兵士以外の領民たちがデモを行っています。奴らだけズルい、フォルン領は俺達にも渡せと」

 なんでレザイ領民は俺達の最悪の想像を、容易に上回るのだろう。

 思わず額に手を当てて天井を仰ぎ見てしまう。

「いや作戦に参加した奴らは命をかけたわけで……何もしてない奴らがもらえるわけが」
「彼ら曰く、私が息子を産まなければ活躍しなかった。私が息子を鍛えなければ活躍しなかった」
「いやそんな理屈が通るわけが……」
「挙句の果てに兵士の親族でもない者が、近所に私が住んでなければあの息子は作戦に参加しなかったなどと」

 バタフライ効果という言葉がある。

 蝶の羽ばたいた時に発生した風が、ハリケーンにもなりえるという言葉だ。

 よくタイムマシンが出てくる映画などで、過去を変えれば未来に大きな影響を与えるという説明に使われる。

 兵士の親族でもない者の主張はそれに通じる……まさかSFで使われるバタフライ効果を剣と魔法のファンタジー世界で聞くことになるとは。

 いやバタフライ効果の用語に失礼か。クズフライ効果でも言っておこう。

 クズフライ効果――クズは信じられない主張をして、どんなことをしてでも金をもらおうとする。みたいな感じでどうだろうか。

「このままでは領民たちの儲けた兵士たちへの恨みが、アトラス様に向けられて暴動が起こりかねませんぞ」
「意味わからん……俺は大金もらってもクズ撒き餌作戦に参加したくない……普通に超危険だったのに。危険だったのが広まってないのか?」
「それは広まっております。その上でズルいと言っておるのです。領民からすれば、作戦参加者は大金を得た。私は得てないのは不公平というわけですぞ」

 セバスチャンの言葉に頭が痛くなってきた。

 レザイ領で暴動が起きるのはあまり好ましくはない。イレイザーの件と二方面作戦は流石に嫌だ。

 今のレザイ領は壁で包み込んでいるので、関所以外から出るのは難しい。なので暴徒が外に出ることはないが……それでもあいつら、何してくるか読めないんだよな……。

 しばらく考え込んだ後、俺は名案を思い付いてしまった。

「わかった。ならばレザイ領に金を撒く」
「レザイ領に投資するということですな。もしくは配給でも?」
「いや違う。文字通り……金を撒く。欲と俗にまみれた金撒き大会を開催するぞ!」



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 レザイ領の中心地。元レザイ領主の屋敷の前の広場。

 そこは集まったレザイ領の民衆たちで地面が見えないほどの人口密度と化していた。

 彼らはもみくちゃになりながら、互いにガンを飛ばしあっている。

 そんな恐ろしい広場の中央上空にヘリコプターを飛ばせて、俺とカーマにラークが乗っていた。

 運転手は最近暴れまくっているセバスチャンだ。

 俺は拡声器を手に取ると領民たちに語り掛ける。

「聞け! これより金撒き大会を開始する! だがその前に武器を持った者は捨ててこい! 言っておくが心を読める者がいるから、暗器などもわかるからな! 」

 こいつらにスポーツマンシップとか望むだけムダだ。だが武器を持っている者がいたら殺し合いになりかねない。

 流石にそれは好ましくない……かは怪しいな。レザイ領民が減れば、彼らの力が弱まるからアリか……?

 いやダメだ。流石に人としてダメだろう。

 葛藤した己の心に鞭を打ちつつ、広場の領民たちを観察すると。

 …………ほぼ全員がこの広場から離れたところに、武器を捨てていた。

 服の中にナイフはもちろん、背中にクワだったりポケットに鉄の球だったり多種多様だ。

 捨てられた武器で4メートル以上はあるだろう山が作られている。

 …………こいつら相手に人だからとか考えないほうがよいかも。

「……どうするの? 本当に金撒き大会やるの? 死人が出るんじゃ……」

 カーマが心配そうに話しかけてくる。そんな彼女の頭を撫でて俺は言い切る。

「大丈夫だ、彼らの生命力を甘く見るな。それに……」
「それに?」
「ここで中止したら暴動が起きて、血祭りが開催されるぞ」

 カーマは眉をひそめながら下の民衆を見つめた後、黙り込んでしまった。

 俺の予想に納得してしまったのだろう。

「わかったか? わかったなら金貨や銀貨、銅貨を撒くぞ」
「うん……でも本当にお金を撒くんだね……」
「あいつらには直接的なありがたみを渡さないと、全くありがたがらないからな!」

 カーマが金貨、銀貨、銅貨が大量に入った革袋の中を見ながらため息をついた。

 ヘリコプターの中にはそんな袋がいくつも用意されている。これらはここで撒くためのものだ。

 貨幣の金額合計が金貨千枚分ほどで高くついたが、レザイ領のゴタゴタを解決できるなら高くはない。

 ……本来ならば金貨千枚を使うなら、レザイ領が発展できる政策など考えるべきだろう。

 だがそれではレザイ領民は俺達を恨むままだ。奴らはパッと見で儲かってないからな。

 なので直接的に儲かったのがまるわかりのように、金撒きなどというバカみたいなことやってるわけで。

 金を粗末に扱ってはいけないのだが、今回ばかりは許して頂きたい。

 金撒きこそがレザイ領に対してどう金を扱えば、最もよい使い道かを必死に考えた結果なのだから……。

「ほら金を撒き始めろ。こんな経験めったにできないぞ」
「普通は人生で経験することないだろうね……」
「……無駄遣い」

 不満を言いながらも俺達は金をヘリから撒き始めた。

 その瞬間、地上にいる領民たちが地獄の亡者もかくやの叫びを繰り出してくる。

「きええええぇぇぇぇ! 俺だ! 金は全部俺の物だぁ!」
「ざけんな! てめぇら全員俺のために死ねよ!」
「それは俺が狙った金だっ! 返せ!」
「死ねぇ!」

 ……金を奪い合う亡者……いやクズたちによって、地上では地獄絵図が発生していた。

 金貨を手に取った者はその瞬間、近くの者にぶっ飛ばされる。

 銀貨をつかみ取った者は即座に身をかがめて、銀貨を抱きかかえて守る。

 銅貨ですら恐ろしい奪い合いが起きて、人が大量に倒れこんでいく。

 その様子を見た俺達は顔を合わせて絶句していた。

 いや喧嘩になるくらいの予想はしてたんだけど……それでもまさか、ガチで殺してでも奪い取るみたいな感じになるとは……奪い合うのは仮にも隣人だろうに。

「ね、ねえ……」
「カーマ、下を見ると恐怖が増加するぞ」
「それって高いところが怖い時の対応法だよね!?」

 俺は下の地獄を見ないようにして、無表情で金をばらまき続ける。

 金をばらまくなんて神様ぽいことしてるのに、作り出してるのは地獄だった。

 いやでもこれは祭りなんだ。元々は餅撒きのイメージで考えた祭りだし、楽しんで「わっしょい!」とか言ってる奴もいるかも……。

「そこに金貨を持っている奴がいるぞ! 生かして帰すな!」
「その銀貨とお前の命! どちらかふたつにひとつだ!」
「殺す殺す殺す殺す殺すぅ!」
「その金貨を触ったのは俺だ! 所有権は俺にあるっ!」
「てめぇ! 金貨飲み込みやがったな! はけっ! 吐き出すまで腹殴ってやる!」
「……なあ、あの空飛ぶゴーレムに乗り込めば金を全部取ることができるんじゃ……」

 ここは地獄だ。

 楽しむとか助け合いとか譲り合いとか、そんな清い心は最初に投げ捨てられていた。

 結局この地獄は二時間ほど続き、終わった後は死屍累々……にはならなかった。

 金を手にした連中が即座に逃げ、それを奪うために他の者が追っていく。

 それが繰り返された結果、この広場には誰一人として残らなかった。

 広場に誰も残ってないということは、立てなくなった負傷者や死人もいないわけで。

 俺達は先ほどの狂騒が消え去り、静まり返った広場に降りた後。

「……あいつら丈夫過ぎない? 正直、死人が出てるの覚悟したんだけど」
「ボクもそう思う……すごくしぶといというか、生き強いよねあの人たち。とある人が誰かにぶっ飛ばされた後、それとは別の人からの追撃に対して即座に起き上がって、逆に反撃してたの何度も見たよ……」
「量産型化け物」

 嵐の後の静けさ。ものの見事に広場には一枚の銅貨すら落ちていない。

 イナゴの大軍もかくやの彼らに、俺達はただただ呆れかえるしかなかった。

 とりあえず疲れたのでそのままヘリでフォルン領に帰ったのだった。

 そして後日、執務室で仕事していると再びセバスチャンから報告が来た。

「アトラス様! レザイ領民の件でご報告でございますぞ! 彼らは金撒き大会の後、互いに恨みあっておりますぞ! 儲けた者はホクホク、金が手に入らなかった者は儲けた者を逆恨みでございます!」
「フォルン領への恨みはどうだ?」
「互いに恨みあうのに必死です、我らには特に恨みは向いてないですぞ!」
「…………よし!」

 わざわざ金撒きをした理由。それはレザイ領民たちに、互いに恨みあわせるのが狙いだった。

 フォルン領ではなくて他の者にヘイトを向けさせる。

 そうすることで奴らはフォルン領に攻撃を仕掛けなくなる。

 しばらくの間、レザイ領民は互いに食い合うことになるだろう。

 地獄を発生させてしまったが結果は良好。死人も重症人もいなかったのでめでたしめでたし!

「レザイ領が内戦状態になったのはよいのですかな?」
「外に迷惑かけるよりは、中で勝手に食らい合ってくれた方が幾分マシだと思うが?」
「間違いございませんな」


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閑話挟んで最終章予定です。
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