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ラスペラスとの決戦編

第172話 狙い撃ち

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 自転車で一番近くのビルの前まで爆走した俺は、急いで自転車から降りて正面入り口からビルに入ろうとする。

 だが……ガラスの自動ドアの前に立っても、まったく開いてくれない。

「だーっ! ミーレ!? ドアが開かないんだけど!?」

 俺がその場で叫ぶと脳裏にミーレの声が聞こえてくる。

『電気通ってないから開くわけないでしょ。扉をぶち破りなよ』
「ガラスの破片が飛んで来たら危ないだろ!」
『……セバスチャンさんなら嬉々として飛び込んだだろうにね』
「俺は人間基準での話をしている。あんな人外と一緒にするな。それに音が出るのはよろしくない」

 少し離れた場所ではカーマたちが、目立つようにうわきつ女王と戦っている。

 俺が不意打ちできるように彼女らは、なるべく派手に音も出してくれている。

 だから少しくらい音を立てても、うわきつ女王には気づかれない可能性もあるが……リスクを負うわけにはいかない。

『じゃあ裏口から入ったら? そちらはカギかかってないはず』

 ミーレの指示に従って急いでビルの裏口に回ると、そちらの扉はドアノブタイプの手動だった。

 急いで扉を開いて中に入り、階段を駆け上がる。

 三階まで登った後にうわきつ女王のいる方角の部屋を発見。急いで部屋に入って窓を覗くと、うわきつ女王が視認できるのが確認できる。

 よし、ここが絶好の狙撃ポイントだな。

 俺は【異世界ショップ】を開店し、周囲の景色がビルの部屋から変わっていく。

 いつものように飲食チェーン店の景色になって、ミーレが不満そうな顔をして店内カウンターでひじをついていた。

「まさか戦いの最中に呼び出されるとはね……しかもビルを大量に買うなんて何考えてるのさ……」
「無論、うわきつ女王に勝つことだけだ。他にも購入したいものがある」
「……今度は何さ?」

 ミーレがすごく面倒そうな顔をしている。

 彼女もビルを大量に用意するのは大変だったようだ。だがそんなことを気にしている余裕はない。

「象を永眠させるくらいの麻酔銃を頼む。それで女王を眠らせる」
「それ女王死ぬよ!? なんで象が永眠するものを食らって、人が生きられる道理があるのさ!?」
「え? セバスチャンなら生きてそうじゃないか?」
「私は人間基準での話をしているの!」
「おいおい。まるでセバスチャンが人でないみたいじゃないか。失礼な」
「アトラスが! アトラスがさっき言ったよね!?」

 カウンターをバンバン叩き始めるミーレ。いかん、からかうの楽しいけどあまり時間ないな。

「冗談だ。普通に眠らせる麻酔銃を頼む」

 ミーレは「はいはい」と頷くと、彼女の手元にスコープつきのライフルが出現する。

「それと狙撃の技術も買う。ヘリの操縦技術とかも買えたんだし、できるよな?」
「それは買えるよ。でもさ、麻酔銃ってそんなに射程ないよ? ビルから女王には届かないよ?」
「…………まじで?」

 …………それは計算外過ぎる。いやだってサバンナとかでさ、ライオンとか麻酔銃で撃ってない?

 最低でも一キロくらいは余裕で届くものだとばかり……。

 そんな俺に対してミーレはやれやれと、手でジェスチャーした後に。

「仕方ない。特注ということで、射程を伸ばしてあげよう」
「まじか、女神かよ。今からミーレ様って呼ぶわ、五分くらい」
「あ、料金は百倍ね」
「女ゴミめ! この守銭奴!」

 ニヤニヤと勝ち誇った笑みを浮かべるミーレ。

 おのれ……銭ゲバめ……! だがここで麻酔銃の狙撃ができなければ、女王に勝つ手段が……。

 いやスナイパーライフルで頭ふっとばせば勝てるけど、流石にそこまでは……。

「も、もう少し安くならないか? 流石に百倍はおかしいだろ! 横暴だ! 料金の内訳を教えろ!」
「元々の値段が金貨一枚。それにまず射程を伸ばす改造費用が金貨九枚。それで麻酔銃の射程をわざわざ伸ばすということは、そこまでして人を殺さないようにしたということ。なのでこれを兵器とは認めません。なので兵器割引がなくなって金貨百枚です……何か文句でも?」

 ミーレが笑いながら有言の圧力をかけてくる。

 ぐっ……病院で保険がききませんみたいなノリか……!

 ただでさえビル大量購入で金かかってるのに……仕方ないか。ここで言い争っている間に、カーマたちがやられてしまっても困る。

「……わかった。わかったからよこせ! それと狙撃の技術もな!」
「はーい。他に何か欲しい物は?」
「金が欲しい」
「お客様お帰りでーす、またの来店をお待ちしておりまーす」

 ミーレの別れの言葉と共に、周囲の風景がビルの一室へと戻る。

 手元には特注品のバカみたいに高い麻酔銃……だがこれで準備は整った。

 化粧品会社のビルを購入したのは、何もうわきつ女王の広範囲魔法を撃たせないためだけではない。

 もうひとつの狙い……それは俺が隠れられる場所が欲しかった。

 仮に俺が銃での狙撃を狙っているのがバレたら、うわきつ女王は何らかの対応をしてくるだろう。

 この世界の住人ならばともかく、あいつは地球からの転生者。

 銃の性質などを知っている……はずなのだ。いやあのうわきつBBAだと、ワンチャン狙撃とか頭にないかもしれないが……。

 まあ普通の人間なら土の壁を周囲に作って隠れたり、常時水の膜をまとったり……ご自慢のチート魔力で麻酔銃を防いでくるだろう、たぶん。

 だが今の奴は狙撃への対策を一切行っていない。それは奴の中では、遠距離攻撃は見てから防げると考えているからだ。

 魔法と銃の違いはその速度。魔法は発動を見てから防げるが、銃は発射された時にはもう遅い。

 威力では魔法のほうが遥かに上だが、人間一人眠らせるのに攻撃力は必要ない。

 窓から麻酔銃を構えて、照準をうわきつ女王に合わせる。

「おーっほっほ! 私に勝てるわけないじゃないのぉ!」

 うわきつ女王の周囲に、大量のウサギの顔の形の炎が出現する。

 それらが一斉に木の巨人に襲い掛かり、哀れに燃え尽きる巨人。

 ……うわきつ。なんで魔法の炎までウサギ……似合わんぞBBA。

「さらにこれもオマケよぉ!」

 うわきつ女王が杖を振るうと、ハートの形をした大岩が空に大量に出現。
 
 それらが降り注いでセンダイたちに襲い掛かる。

「ランダバルがいないと好き勝手できるわぁ! 今日の天気は……晴れ時々私の愛よぉ!」

 今日の天気は地獄模様だ、速やかに制圧せねば……。

 急いでライフルの照準をうわきつBBAにセット。距離は百メートルほどだ、奴は戦闘開始から同じ場所から動いていない。

 それはこの障害物もない荒れ地なら、負ける要素はないと考えているのだろう。

 実際、あの女王の魔法ゴリ押しの前では彼女に近づけない。遠距離での魔法合戦でも勝ち目がない。

 動かずに固定砲台になることがうわきつ女王の最適戦術。

 あんた強かったよ本当……これまでで一番甚大な被害だったよ……死ぬほど金が消えたからな!?

 くそっ! 考えたら腹立ってきた! 少しくらい痛みを伴う攻撃にすりゃよかった! 

「あれ? そういえばアトラス伯爵の姿がいないよぉなぁ? 化粧品のお礼にせっかく投げキッスしてあげようと」

 女王の恐ろしい呪詛と同時に、俺はライフルの引き金をひいた。
 
 パァンと響く銃声と共に、うわきつ女王が地面に倒れ伏すの。

 …………勝った。危なかった、あと少し遅かったら勘づかれていたかも……。

 女王、最大の強敵だった。お前のことは忘れたくても忘れられないだろう。

 せめて安らかに眠れ……。

『死んでないよー? 麻酔銃だよー?』
「やめろ。またあの女王と話さねばならないという現実に引き戻すな」
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