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ラスペラスとの決戦編

第146話 敵国クズ汚染

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 弟を開放してしまった後、俺達は馬車に乗ってラスペラス国へと侵入した。

 俺はいつもの奴隷商人、カーマとラークは前よりは露出を減らした奴隷服。

 露出を減らしたのは弟に対して、二人のエッチな姿を見せないためだ。

 ちなみに弟は特に変装などせずに普通の服を着ている、はずなのだが……間所でこんな出来事があった。

「私は普通の商人で兄は奴隷商人。この二人は奴隷です」
「虚偽を言うな。兄が普通の商人で、貴様が奴隷商人だろう! お前みたいな奴が、まともな商人であるものかっ!」

 ラスペラス国の間所にいた兵士に、弟のほうが奴隷商人にみられてしまった。

 クズ力が強すぎたらしいので諦めて弟と役職を交替しようか考えた。

 だがただでさえクズな弟にクズ役職を与えると、クズ罪で逮捕されかねないのでやめた。

「私たちは善良な奴隷商人です。見ればわかりますよね?」
「うむ。まさか貴様みたいに怪しい奴が、本当に問題があるなら間所など通るまい」

 兵士の説得に成功したクズ弟が、俺にウインクしてきたやめろ目が潰れる。

 善良な奴隷商人ってなんだよ。平和主義の人殺しみたいな矛盾やめろ。

 そして何故か無事に間所を突破し、今はラスペラス国のとある街にいる。

 ここの街にした理由は、弟がここがよいと選んだだけである。

 決してラスペラス国の中でも金持ちが集まっていて、腹が立ったとかではない。

 俺は揺れる馬車の中、御者をしている弟に話しかける。

「それでどうやってこの街をクズ汚染するんだ?」
「兄者、汚染なんて悪い言い方はやめてくれ。民たちを自堕落に酒に溺れる暮らしに変えるだけさ」
「それを汚染と言わずに何と言えと。さっさと問いに答えろ」

 弟は気持ち悪い笑みを浮かべながらこちらに視線を向ける。

「簡単だよ。まずは……兄者に分かりやすく言うなら、『クズの因子』を持っている者を数人ほど救う」
「クズの因子」
「そして彼らが周囲を更に救っていき、皆が幸せになる」
「完全にゾンビ映画の発端だな……」

 性質が悪いのはゾンビと違って、見た目では汚染されてかわからないところだな。

 ……なんか本当にこの国に、弟を撒いてよいか不安になってきた。

 俺は禁忌の策を行っているのではないだろうか……いや自分で禁忌って言ったけど……。

 想像以上にヤバイ想像が浮かんできたというか。

 自分のこれから行う業に心配していると、カーマが軽くあくびをしながら。

「その『クズの因子』のがないと、弟さんは周囲を汚染できないの?」
「汚染じゃないんだけどね。そうだね、因子を持たない相手を直接的に僕が救うことはできない。だが僕が救った人間は、普通の人間も救うことができる」
「間に媒介挟んで変異……鳥インフルエンザみたいなノリやめろ」

 聞けば聞くほどこいつ生物兵器では? 条約で使用禁止すべき存在では?

 いやこいつの存在自体を禁止すべきだろう。

「ちなみにレスタンブルク国は、ほぼ全員がクズの因子持ってるよ」
「俺らの国の民は、大昔に神様のヒゲでも引っこ抜いたのか!? 何で呪われてるんだ!?」
「いやいや。これは原罪からの祝福の類だよ。人としての業から逃れることができる」

 いやいやいや、どう考えても呪詛だろうが。類人猿に戻されてるだろ。

 そんなことを話していると、弟が舐めまわすような視線でカーマたちを見て。

「しかし姫君に奴隷服は似合わないね」
「はぁ!? めっちゃ似合って可愛いだろうが! 誘拐犯の垂涎の的だろうが!」
「欠片も嬉しくないんだけど!?」

 カーマが怒ってしまった。

 おかしい、べた褒めしたつもりなのに……言い方が悪かったか。

「すまん言い直す。奴隷商人垂涎の商品だろうが!」
「なお酷いよ!?」
「兄者、僕もそれは同意見だ。彼女らには奴隷の才能がある」
「そんな才能いらないよ!?」

 とうとうカーマにそっぽを向かれてしまった。俺には女の子を褒める才能がないようだ……。

 ウェディングドレス似合うみたいなノリだったのに。

「兄者、クズ因子を持つ人間を見つけたよ。じゃあちょっと馬車を止めて、開花させてくるね。そうすればこの街はみんなハッピーだ」
「ちょっと待て。少し懸念というか、罪悪感が加速してきた」

 馬車を止めて御者台から降りようとする弟を制止する。

 果たしてここでやらせていいものだろうか……俺は取り返しのつかないことをやっているのでは?

 そんな恐ろしい罪悪感がマッハである。だが弟は俺に対して笑いかけてくると。

「大丈夫だ兄者。僕たちのやってることは救うことだ。この街をよく見るんだ、ここは恐ろしい街だよ……人が住める街じゃない」

 弟は真剣な顔で、何かを憎んでいるかのように呟いた。

 そういえばこいつは、わざわざこの街を汚染対象に選んだ。それは何か大きな理由が……。

「働かされるなんてこの世の地獄だ! 人は働かずに生きるべきだっ! 労働反対!」
「いやそれが普通だからなっ!?」

 こんなクズの話を真に受ける俺がバカだった。

 ……よく考えたら、戦争でここを攻めることになればこの街は火で覆われる。

 だが今ならばクズで覆われるだけだ。火攻めよりもクズ攻めのほうが人道的では?

 命を奪うか、人の尊厳を奪うか……なら尊厳のほうがたぶん人道的だ。

「……いいだろう。さっきの奴をクズにしてこい」

 俺は決死の覚悟で弟に命令した。

 これでこの街はクズの地獄に変わるだろう。だが火の海地獄よりはマシなはずだ。

 そうこれは物凄く人道的な攻撃なのだっ!

「いいだろう。じゃあちょっと待っててね」

 弟は馬車から離れて、クズの因子を持った男に話しかける。

「なんだ? 私は仕事で忙しいんだ。今日中に酒を三本売らないとノルマが……上司に怒られるんだ……!」
「まあまあ。少しでいいから」

 話しかけられた男は嫌々ながらも弟と会話し始めた。

 すると何ということでしょう、弟と話すにつれてどんどん視線の鋭さがなくなっていく。

 そして表情も腑抜けていって、最終的には。

「ひゃっはー! 労働なんてバカらしいぜ! 酒だ酒! 好きな時に飲んで好きな時に寝る! これが人間の生き方!」

 ……男は売り物の酒を飲みながら、どこかに走り去っていった。

 え!? 何今の!? あんなのでクズ化できるのか!?

 弟は満足げな顔で戻ってきて、馬車の御者台に乗り込むと

「いやはや。可哀そうな人だったね。仕事のノルマ? とやらに追われて潰れる寸前だった」
「……お前、何したんだおい」
「少し話しただけだよ。さあ彼が困らないように、この街にもっと仲間を作ってあげよう!」

 なんて恐ろしい。たった数分で社畜をクズに堕落させるとは……。

 ……社畜がクズになるのって、ある意味救済な気もするのがなお恐ろしい。

 そうして弟がクズを広げた結果。

「酒をよこせ! 働くなんてくそくらえだ!」
「何が一日に十個売れだっ! そんな命令するならお前がやってみやがれっ!」
「全てから解放された気分だ……! もう絶対に働くものかよっ!」
「たとえ餓死してでも、絶対に働かないぞっ!」
「でも餓死は嫌だな。隣領の食料を奪えばいいんじゃないか?」
「「「「「それだ」」」」」

 街中からこんな叫びが聞こえてくる。

 もはやこの街はゾンビならぬクズに占領されてしまった。

 これにはラスペラス国も頭が痛いだろう。街ひとつが生産能力をなくしてしまったのだ。

「これは正戦である! 我らが働かないため! 正義の剣を振りかざすのだ!」
「「「「おおぉぉぉぉ!」」」」

 何が正戦だ、悪戦苦闘しておけ。

 あげくの果てに食料や酒を求めて、集団で隣街に襲い掛かってくる算段までつけている。

 しかも自国の民だから殺してしまうわけにもいかず、配給などせざるを得ないだろう。

 俺は満足げな顔の弟を見て背筋が凍る。まさにこいつは戦略兵器だ。

 こんなの絶対に防げないし、何としても敵の領地に置いておかねば……。

「弟よ、よくやった。これでお前は自由だ。今後もラスペラス国での活動を許す」
「わかったよ兄者。ちなみにもう少し軍資金が欲しいんだが。もらえないならフォルン領に戻って……」
「もってけ! いくらでももってけ! だから絶対に戻って来るなっ! ラーク、転移しろっ!」

 俺は手持ちの金貨袋を弟に投げつけた後、ラークの転移でフォルン領へ逃げ帰った。

 ……ところでノルマとか明らか社畜の考え方だが、この世界でそんな言葉なかったような。
 
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