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王家騒動編

第130話 リズ

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「も、申し訳ありません……けほ。いつものことなのでお気にしないでください」

 地面に倒れたリズにお願いされて、彼女を家の中に戻してベッドで介抱した。

 倒れてからの俺達への指示がすごく的確で、明らかに助けられることに慣れている。

 本当にたまに倒れているようだがすごく焦った。俺が呼びつけたせいで彼女が倒れたのかと……。

「それで……何の御用でしょうか? おじい様は外出中ですが……」

 リズは咳を出しながら話し続ける。彼女は本当に身体が弱いようだ。

 ……あの健康丈夫の文字が動いてるセバスチャンの孫とは思えない。

「ああ、今日はリズに用があって来たんだ。実は俺の伝記の話なんだが……」

 俺が伝記のことを話に出した瞬間、リズの目が輝きだした。

 上半身だけ勢いよく起き上がると。

「アトラス様のお話ですか!? すごく自信作です! あっ、けほっ」

 今までの十倍くらいの声量で叫び出した。そして思い出したかのように咳。

 先ほどまでの病人と同一人物とは思えない……実は今までの全て仮病だったりしない? 演技じゃないよね?

 弱り切った令嬢から、急によくしゃべる限界オタクみたいに進化? してあまりの落差に動揺しながらも。

「実はな。次の本でアトラスに言わせて欲しい台詞があるんだ」
「台詞ですか?」
「ああ。俺のこの国だけじゃなくて、他の国の者も大切にしている。だからこの国の王にはならないと」

 リズは大人しいし俺のお願いを聞いてくれるはずだ。

 これで本を読んだ国民たちの脳裏に俺は王になりたくない。いやならないほうがよいと刷り込むことが……。

「アトラス様はそんなこと言いません!」
「俺が言ってるんだけど!?」

 リズはベッドから立ち上がると俺に詰め寄ってくる。

 いや滅茶苦茶元気じゃないですかね!? 

「アトラス様は伝記五巻でレスタンブルク王になり! 六巻で悪神を浄化して、この国に平和と愛をもたらすんです! なのに王にならないなんてありえません!」
「もはや伝記じゃなくてお前の願望だそれ! 俺そんなこと欠片も予定してないぞ!? そもそも悪神ってなんだ!?」
「解釈違いです! アトラス様は私たちの英雄なんです! 他国の人のモノじゃありません!」

 解釈違いどころかもう人物違いだろそれ!

 てか伝記じゃない! もう名前だけ同じ人物の創作話だろうが!

 俺の名前を語った別の誰かの英雄譚じゃねぇか! もうアトラス=サンって名乗るのもダメだろ!

「リズ! それはもう俺でも伝記でもない! そんな話を書くなら俺を使用するのを禁止だっ!」
「そ、そんな……はっ!? けほっけほっ! うぅ……あまりの悲しさに身体が悲鳴を……このままじゃ生きる意味が……もう死ぬしか」

 リズは俺の言葉にショックを受けた後、急にせきこみ始めた。

 え、演技にしか見えない……。エフィルンのほうに視線を向けると、彼女はせきこんだリズに駆け寄って。

「大丈夫ですか? 身体が弱いのに無理しないでください」
「ご、ごめんなさい……もう私、生きる意味がありません……このままここで朽ちていくのです……」
「大丈夫です。主様はお優しい方です。きっと許してくださいます」

 ……なんか俺が悪者みたいになってる。おかしい、何一つ間違ったこと言ってないよな?

 むしろ間違ったことを言ってるのはアトラス=サンだよな? 俺の言葉偽造してるよな?

 釈然としない。しないのだが。

「……最低でも伝記なんだから起きたことを書け。後は俺が王にならない、とだけ台詞を書けば許してやる」
「けほっけほっけほっ……」
「…………台詞もいらんから」
「ありがとうございます!」

 俺が絞り出した言葉を聞いて、リズは咳をやめて笑顔を浮かべた。

 やっぱり仮病じゃないの? そんな俺の視線に気づいたのか、リズは小さくせきこむと。

「ふぅ……助かりました。落ち込むほど体調が悪くなって、咳が止まらなくなってしまうのです。このままだと危ういところでした」

 随分と都合のいい身体ですね。セバスチャンの孫とは思えないと言ったが前言撤回。

 この自分の意思を何としても押し通すのは、そっくりそのままセバスチャンだ。

「それとアトラス様。実は今後の書籍のために、アトラス様から直接お話をお聞きしたいです。体調が悪くて家から出られないのですが……その、来ていただくことは可能でしょうか」
「俺の話聞く必要あるんですかね……?」
「あります。やはりご本人の口から話を聞くほうが、より現実味のある伝記を作れます」

 本人の言葉を解釈違いしておいて現実味も何もないと思う。

 今までもアトラス=サンという俺からかけ離れた……ほぼオリジナルキャラが跋扈している伝記だぞ。

 まあ歴史上の偉人ってオリジナリティいれて書かれるけど。特に某信長さんとか好き放題化け物にされてるけど。

「まあいいよ。俺も結構暇してるし」
「あれ? おじい様からアトラス様は常にお忙しく、執務室に引きこもって仕事していると聞いてるのですが……」
「あ、違う。忙しい、超忙しいけど時間作って頑張るから! 今の言葉は忘れるように!」

 リズは俺の必死さにうなずいてくれた。あ、あぶねぇ……セバスチャンに執務室でサボってるのがバレるところだった。

 彼女はセバスチャンの孫。つまり隙を見せれば、それは全て奴に伝わると考えたほうがよい。

 とりあえずこの話は危険だ。ボロを出さないように話を変えよう。

「それはそれとして……リズ、かなり身体が細いがちゃんと食べてるのか?」
「食べようとはしているのですが……あまり身体が受け付けず」
「食べないと身体が弱いままだぞ。今日は何を食べようとしたんだ?」
「おじい様が牛のステーキを出してきまして……」

 ……病人に出す食べ物じゃねぇ! 健常者でも重いわ!

 リズはかなり細い。膝カックンしたら折れそうなほど細い手足。頬も少しこけていて、明らかに栄養が足りてない。

 以前の貧乏フォルン領ならともかく、今はちゃんと食べ物を得られるはずだ。

 ましてやセバスチャンにはちゃんと高額のお金を渡しているのだから。

「パンなどは食べられるのか?」
「いえ……それもあまり口を通りません。おじい様はどうせ食べ物が入らないなら、少しでも力になりそうなものをと肉を出してくれています」
「余計に口を通らなくなるんじゃないかな……肉も食べれるのか?」
「多少なら……でも何を食べてもすぐお腹いっぱいになってしまいます」

 肉でも口に入りはするのか。なら栄養というか、カロリーが高くて食べやすい物がよさそうだな。

 栄養ゼリーでも出すか? だがあれはまだフォルン領で作れてない。ここで俺が出して食べさせても安定供給が……あ、そうだ。

 俺は【異世界ショップ】から、ピーナッツ入りのチョコを購入。

 フォルン領ではピーナッツやカカオも作り始めている。農耕大臣に話を聞く限り、そのうち生産できそうとのことだ。

 ならそのうち作れるようになるだろう。作れるまでは俺が渡せばよい話だし。

 俺はチョコの包装を開くと、一粒手に取ってリズに手渡す。

 彼女はチョコを見て、目をぱちぱちしながら首をかしげた。
 
「あ、あの。これは何でしょうか……?」
「食べ物だ。騙されたと思って食べてみろ」

 俺はリズにチョコを食べるように勧める。だがチョコは真っ黒で、初見では食べ物と見えるか怪しい。

 アイスやケーキなどと違って、食べるのに抵抗があるかも……。

 だがリズは目を輝かせてチョコを見た後、ギュっと胸の前で握りしめた。

「こ、これが……あのアトラス様の食料生産魔法なんですね! フォルン領の貧困を救った奇跡! 私もありつけるなんて! 生きててよかったです!」
「……ああうん。何でもいいからお食べ」

 限界オタクみたいになってるリズに、チョコを食べるようにすすめる。

 だが彼女は勢いよく首を横に振ると。

「そんなもったいない! 家宝にします!」
「食えっつってんだろ!? 手を洗いませんみたいなノリやめろ!」
「はっ!? 確かにそうです! しばらく手を洗いません!」
「不潔だから洗え!」

 結局紆余曲折あって。

「わかった! 観賞用と保存用のチョコをやるから!」
「それならいただきます」

 観賞用と保存用のチョコを与えることで話がついた。

 ……観賞用と保存用のチョコってなんだよ。そう自問自答する俺の前で、ようやくリズはチョコを口にした。

 彼女は少しチョコを噛んだ後、満面の笑みを浮かべると。

「……すごく美味しい。何ですかこれ……カチカチの炭になったパンを更に焼き焦がした見た目なのに……」
「その表現は食欲失せるからやめよう」
「そうですね。こんなに美味しいなら頑張って食べられそうです。もう少し頂けますか」
「ほいほい。こればかり食べるのはダメだが、何も口にしないよりはマシだろ」

 一応ピーナッツ入ってるし最低限の栄養はあるだろ。ピザは野菜みたいな理論だが……。

 とりあえずチョコを食べて食欲が戻れば、他の食べ物も口にできるようになる。

 そうすればリズも元気になっていくはず。

「アトラス様から頂いた奇跡の食べ物……もう私、今後はチョコしか口にしません」
「いや他の物も食べろ! 面倒だなこの限界オタク!」

 セバスチャンの孫は一癖も二癖もある人物だった。

 あの祖父にしてこの孫ありということだろう。

「また俺の伝説がひとつ追加されたな。ここに来たかいがあった」
「ところで主様。結局当初の目的が一切果たせておりませんが」
「やめろ。現実逃避していい話でしめたのを蒸し返すな」

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