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王家騒動編

第126話 面倒なお話

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「エフィルン様の親がいるので帰ってこさせるように、と他の貴族から手紙が来ております」
「本当なら構わないが……嘘くさいな」

 執務室で作業しているフリをしていたら、セバスチャンが部屋に侵入してきた。

 危なかった。何となく嫌な予感がして、漫画を読むのをやめておいて正解だった。

 エフィルンの親ね……本当なら会ってきても構わない。

 でも彼女は周囲の貴族から狙われているのだ。自分のお抱え魔法使いにしたいと。

 領主である俺と、その妻のカーマとラークをフォルン領から引きはがすのは難しい。

 狙われるのはエフィルンばかりになるというわけだ。

 彼女は俺に盲目的に忠誠を尽くしているので、まともな貴族なら引き抜きを諦める。

 つまり狙ってくる貴族は頭がおかしい奴しかいない。頭がおかしいので手段も選んでこない。

 今回のも自領におびきよせて、何とかして洗脳薬でも飲ませる算段だろう。

「セバスチャン。エフィルンとセサルを呼んできてくれ」
「ははっ。すぐに」

 セバスチャンは窓から外に飛び降りて、そのまま土煙をあげて走り去っていく。

 ……ここ二階なんだけどな。飛び降りれる高さではあるが、普通に玄関から出ていけばいいのに。

 しばらくするとセサルとエフィルンが一緒にやって来た。

「私たちの親がという話だがおそらく嘘だろうサッ」
「父はすでに他界しています。母はベフォメットの国の森でひっそり住んでますので……」
「レスタンブルク国にいるわけないということか」

 エフィルンは無言でうなずいた。

 彼女たちの父親が他界した理由は、聞いてないがたぶん老衰の類だろうと思う。

 父親であるドワーフの寿命は普通の人間とあまり変わらない。

「なら断りの手紙を出しておく。どうしてもと言うなら連れてこいってな」

 どこのバカ貴族か知らんがこれで大人しくなるだろう。

 そう思っていた時期が俺にもありました。バカを甘く見てしまった。

 手紙を出してからしばらくした後である。

 珍しく、本当に珍しく俺は真面目に仕事をしていた。

 これは一年に一度あるかないかの、仕事に対するやる気があふれる日だ。

 今日という日を一秒も無駄にせずに、貯めている業務をなるべく処理して……

「アトラス様。ダダ男爵が何やら陳情があると、屋敷にやってきております」
「誰だそのドドドみたいな擬音みたいな奴……」
「以前にエフィルン様の親を保護していると言っていた貴族ですな」

 セバスチャンから面倒そうな報告が来た。すごくどうでもよい。

「ご丁重に押し帰せ……」
「アトラス伯爵はここか!」

 俺がセバスチャンに命令を下したのと同時に、執務室の扉が乱暴に開かれる。

 太った男と、取り巻きに武装した二人の男がいる。なんだこいつら、いやダダ男爵なんだろうが。

「……何だ貴様ら。他人の家に勝手に入ってきて」

 流石に意味不明過ぎるのでこちらも語気を強める。

 だが太った男は偉そうな笑みを浮かべると。

「こうでもしないと入れてもらえないと思いましてな。以前に手紙を出しましたが、何故緑の魔法使いを領地に戻さないのですか! いくらアトラス伯爵と言えども、家族のだんらんを阻止する権利はないはず!」

 いやあるよ。俺は雇い主だから少なくとも帰るなと言う権利はあるだろ。

 それに対してエフィルンがどう言うかは知らんが。

 しかもなんだこいつら。人の屋敷に土足で入って来やがって。

「……セバスチャン、うちの屋敷もそろそろ門番とかいるんじゃないか?」
「そのようですな。まさか仮にも貴族が、無理やり押し入ってくるとは思いませんでしたぞ」

 セバスチャンは無表情でダダ男爵その他を見ている。

 貴族ってボンボンだったり、自領では一番偉い人間だからな。信じがたい常識知らずがたまにいるんだよ。

 まあこいつらがここまで侵入できたのは、わざと通したのだろうが。

 屋敷にもトラップや暗部の警備による防衛網がある。後は自称最終防衛ラインのメルがいる。

 防衛ラインになるかはともかく、本来なら子犬みたいにキャンキャン吠えて時間稼いでるだろ。

 少なくとも素通りで俺の執務室に来れるほど、この屋敷はクソガバ警備というわけではない。

「……はあ。そのエフィルンの両親はどちらもいるのか?」
「もちろん二人ともいますとも。魔法使いに会えないことを悲しいでいて、それでこの私もこんな手段を」
「俺は両親に会ったことはないが、エルフだけあって二人とも酒とか嫌いなんだろうな」
「ええ。二人とも酒は嫌いですな」

 全てにおいて大嘘じゃねぇか! すでに父親死んでる上に、ドワーフだっての!

 酒嫌いの下戸ドワーフとか想像したくない……。

「それはすごいな。エフィルンの父親は既に亡くなっているのにな? 死人を蘇らせる魔法でも開発したのかな?」

 俺の皮肉にダダ男爵の顔が少しゆがんだ。

 この状況からこの男はどうするつもりなのだろうか? もしここを切り抜けるほど弁舌が立つというなら褒めてやる。今後の脅威なので舌を抜いてやろう。

「まあまあ。ここはちゃんとお話ししましょう」

 ダダ男爵が指を鳴らすと取り巻きの男たちが、前に出てこちらを威圧して来る。

 どう見ても話しあいじゃなくて脅しである。

 いや話を諦めたなら逃げろよ……ここまでバカとは思わなかった。これはマズイな。

「おい、忠告しておいてやる。今すぐ土下座したほうがいいぞ」
「おやおやビビっているのですか! アトラス伯爵と言えども所詮は田舎貴族!」
「そりゃ恐怖するさ。だって……」

 取り巻きの男のひとりが、セバスチャンに片手で持ち上げられる。そのまま投げつけられて、吹き飛んで壁にめり込んだ。

「俺の横には加減知らずの殺人鬼がいるから……」

 残念ながら俺の忠告は遅かったようで、すでにセバスチャンは殺人態勢に入っている。

 彼は無表情無言でただ標的を見つめている。こうなったら俺にも止められない。

「ひ、ひいっ!?」
「ひっ!? な、なんだ!? 化け物!」

 ダダ男爵は腰を抜かしてその場にへたりこむ。取り巻きは護衛なだけはあって、腰の鞘から剣を抜いた。抜いてしまった。

 バカ野郎! 素手ならセバスチャンも素手で戦ったのに!

 セバスチャンは俺のベッドの傍にかけられている斧を手に取る。

 そして取り巻きのひとりに対して斧を振るう。男はその斧を剣でガードできなかった。

 哀れにも剣の刃は根本からへし折れて壁に突き刺さる。

「は?」

 取り巻きは刃のへし折れた剣だったモノを見て、茫然としている。

 流石にこのままだと執務室が血に汚れてしまうので、俺は【異世界ショップ】から購入した麻酔銃を撃った。

 茫然とした取り巻きにあたって気絶する。
 
 更にもう一人の取り巻きの男に対して、セバスチャンが俺のベッドを持ち上げて投てき。

 見事に直撃して取り巻きの男は安らかな眠りについた。ベッドを使った間違った安眠のもたらしかたである。

 てか俺のマイベッド投げないで欲しかった……。

 そしてセバスチャンは腰を抜かしたダダ男爵に対して、斧を持ったままゆっくりと近づいていく。

「待てセバスチャン!」
「あ、アトラス伯爵! この執事を止めろ! 私は男爵だぞ!?」
「血で汚れるから斧はやめろっ!」

 俺の言葉にダダ男爵は絶望の表情をする。

 いやお前のことなんぞ知らんわ。勝手に侵入して脅しまでしてくる相手のことなど。

「……承知しました。アトラス様、ここはこうしますぞ」

 セバスチャンはダダ男爵を持ち上げると、窓の外へと投げ飛ばした。

 ここは二階なので死にはしないだろう。複雑骨折くらいはしてるかもしれんが死ななきゃ安い。
 
 特別にダダ男爵たちに処罰は与えないでおこう。すでに地獄を見ただろうし。

 まあ王家に報告はしておくけどな。それで処罰食らっても俺は何もしてないし。
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